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アクトレスは、鴉の嘴を微かに開き、舌を糸のように細く、長く伸ばしていた。
影はイメージを具現化させたものなので、自由に姿など変えられそうだが、実は、そう簡単では無い。
そもそも指切りが、影と人との神聖な契約なのだ。
一旦、影の力が定まると、後で姿を変える、という訳にもいかない。
それは、指切りで言うところの、嘘ついたら針千本飲ます、に抵触してしまうからだ。
実際の人間は、どうやっても針を千本飲むなどと言うことは出来ない。だが、仮に出来たら、それは、のたうち回るような苦痛だろう。
影の契約を違えた人間は、本当に、苦しみ悶えながら死んでいくのだ。
そういう例は、欲張って無理な契約をした影繰りがたまに起こすことだ。
アクトレスも、契約で縛られている。
女の格好はしない、と言うのが内容だったが、鴉になり、猫になるにつけ、契約は厳しくなっていったようだ。弟とペアのリングを付けようとして死にかけた。
影は、どういう意味があるものか、クソ真面目に契約の履行を求めるのだ。
だから、舌を伸ばして、バタフライの体を動かす、のはリスクある行動だった。
だが実際問題、アクトレスは鴉の口の中がどうなっているのか知らない。
飼える鳥ではないし、調べたことも無い。
犬と猫の口の中は知っている。
だから、たぶん獣の姿で舌を伸ばすことは出来ないのだが、グレーゾーンで、もしかしたら鴉であれば伸ばせるのではないか、と思いついたのは、今、さっきだ。
何とか三十センチほど舌を伸ばし、バタフライと交信した。
埃の動きで、バタフライが呼吸をしていることに気が付いたのは、はるか前だった。
悪戦苦闘の末、バタフライが呼吸のために伸ばしたロープを、自分の近くに引きずった。
バリアーの三人の目を盗みながらの行動だったので、ずいぶん時間がかかってしまった。
苦労のかいあって、ロープを自分の埋まっている場所に運べた。
そして、バタフライは、ロープの先端から、ドリルを発生させた。




