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大男は、何とか生きていた。
蝶に体を覆われながら、咄嗟に銛についていたロープを中空にして口とつないだのだ。
そのまま地面に叩きつけられたが、逆に、蝶に覆われていたため、それほどのダメージは受けなかった。
だが、身動きは全く取れない。
アクトレスの傍らに落ちたはいいが、救出は出来そうになかった。
職業柄、捕縛されたことは両手に余るほどあったが、足の指の先まで、全く動けないというのは、さすがに初体験だった。
こうなってはコンクリートの上で、身体を転がすこともできない。
唯一、息を吸うために伸ばしたロープだけは動かせたが、もし、これを脱出のために使うとすれば、呼吸を諦めなければならない。
一回限りの賭けだ。自分が生きていることを知られれば、敵は間違いなく、容赦なく殺しにかかるだろう。
だから一回のチャンスに確実に仕事をしなければ、それは自殺となんら変わらない。
問題は蝶の強度だ。
大男は接近戦に特化した影繰りなので、伸ばしたロープを動かしてドリルを使っても、大したパワーは出せなかった。せめてロープをどこかに固定できなければ、ドリルのパワーが引き出せない。
思案に暮れる大男に、微かな声が届いた。
「ちょっと、バタフライ。生きているね?」
アクトレスが、影を、大男、コードネーム、バタフライのロープに接触させたのだ。
影繰りの中でも、大男のように地面をスケートリンクとして滑る能力は、いたって珍しい。
背を丸め、両手を大きく振って左右にぶれながら滑走する姿が蝶のようだと、アメリカ時代にバタフライと呼ばれ始め、今や、すっかり定着している。
「ああ。
だが動きが取れねぇ」
「あんたが敵をナメてかかるからだろ」
「正直、あの娘のことはナメていた。殺されかけるとはな…」
「まぁ、終わっちまったことは仕方ない。
あんた、影でドリルを作れるんだろ?」
「出来るが、固定が出来ねぇ」
「それはこっちでやるよ。
あんたはドリルさえ回せばいいんだ。出来るね」
大男は了承した。
光明が見えて来たじゃねぇか…。
一発勝負だった。
息は出来なくなるが、一分や二分ぐらい、なんとでもなる。
アクトレスが協力してくれれば、間違いなく俺は脱出できる。
大男は確信した。
俺たちの逆転勝利だ!
大男は、美鳥の蝶に固められた中で、にぃ、と笑った。




