97
96
「やばっ!」
さすがの獣も、ダンサーのコンビプレイの前に狼狽えて逃げ回るのを見て、レディは内心、ほくそ笑んでいた。
それが瞬きをするほどの間に、永田のバリアーを砕いていた。
「やはり一筋縄ではいかないな、あれは」
ミオは叫んで、素早く蕾を開くと走り出した。
背後でレディが叫んだ。
「バカ、ミオ、慌てるんじゃない!」
その声自体も、上ずっていた。
97
油断していた。
ダンサーが来るまで持ちこたえれば終わりだと、どこかで思っていた。
俺は何年、影繰りをしているんだ?
永田は自分を叱責した。
バリアーを薄くしたつもりは毛頭ないが、どの道、影は影繰りの心の力だ。
使い手が油断をすれば、影は脆くなる。
バリアーを破った獣の爪は、そのまま永田の背中を抉り、ずたずたに引き裂く、はずだった。
永田は、二人の子供を抱いて倒れ、慌てて起き上がった。
庇ったはずの子供の一人、美鳥が、永田より先に起き上がり、獣の前に立ちはだかっていた。
「美鳥っ、止めろっ!」
だが美鳥の周りに、蝶が集まってくる。
キャハッ!
獣は叫んでいた。
「お嬢ちゃん。無駄な抵抗はしない方が利口だよ!」
少女の体を、黒い影の蝶が覆っていく。
「それはどうかしら?」
獣の顔が、一瞬で沸騰した。
「馬鹿めっ!」
獣は叫んで、狂暴に爪を横に薙ぎ払った。
真っ黒に、影の蝶で覆われた少女が、爪を受け止めようと手を伸ばしている。
獣は笑った。
いっちょ前に、腕絡み投げの動きだよ!
だが。
腕の先には狂暴な爪が伸びているのだ。
腕を受け止める前に、胴体は千切れてしまうだろう。
爪が、真っ黒に染まった少女に触れる。
少女は、獣の腕を掴んだ。
爪が通らない?
あっ、と叫んだのは獣だった。
少女は、いつの間にか黒い鎧で覆われている。
そもそも少女の蝶は、獣の動きを封じ込めるほどに強靭だった。
それを、今、少女は鎧にして纏っていた。
しかも…。
いつの間にか、獣の爪も、黒い蝶が何重にも貼り付いていた。
やられたぜ…。
こいつも、それなりに影繰りって事か…。
美鳥に腕を取られ、獣は横に滑った。
獣の想像以上に早く、美鳥は獣の懐に入ると、くるり、と体を返した。
今や、四百キロを越える体重を持つ獣が、巨体を虚空に投げ出され、コンクリートに叩きつけられていた。
獣は考えを改めていた。
幼く見えるので馬鹿にしていた。
だが少女は、合気道の技で、牛ほどもある、いや、大抵の牛より、よほど大きい獣を、鮮やかに投げて見せたのだ。
「永田さん、怪我は?」
美鳥が聞いた。
永田は背中に触ったが、傷どころか、来ていたスーツにも傷はない。
「誠君か?」
誠は、にっこり笑って、上手くいって良かったです、と照れた。
全く俺は何をやってんだ? チビたちに助けられてよぅ…。
永田は唇を噛んだ。
血の味が広がるが、それが永田なりのけじめだった。
「バリアー、張んぞ!」
永田は言うが、美鳥は対戦中だった。
「永田さん、僕が透過しますから、ここはバリアーを張りましょう。
このままじゃダンサーさんたちも戦いづらいでしょうし」
誠が囁く。
黒い蝶が飛んできて、美鳥の声で囁いた。
「誠君の言う通りよ。
永田さん、バリアーを張って」
美鳥が外に出ているのもダンサーの邪魔になるんじゃないか、と永田は思ったが、状況的に、すぐ美鳥が獣を振り切ってバリアーに入るのは不可能なようだ。
仕方なく、永田はバリアーを張った。




