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美鳥は蝶を上空に退避させた。
相当強力な影繰りらしい。
作戦遂行前に蝶を壊されては元も子もない。
まずは永田が敵を押えて、それからが美鳥のターンなのだ。
前で、二人を庇うように立っていた永田が、前を向いたまま呟いた。
「嬢ちゃん。
アクトレスって聞いたことがあるか?」
「戦争をする影繰りね。とてつもなく強いと聞いているわ」
「たぶん奴がそうだ。
こりゃあ、一筋縄じゃいかないぜ…」
「戦争って、銃や戦車を使う、あの戦争ですか?」
誠が驚いた。
美鳥は頷いて説明を始めた。
「彼女は世界の紛争地域で、お金で雇われて戦うフリーの影繰りなの。
戦いの場数も、規模も、私たちより数段勝っているわ」
「そ、そんな人がなぜ?」
「事情は分からないけど、殺す気で挑まないと、向こうは一人二人殺すことなんて、何とも思っていないわ」
誠の胸に、巨大な不安の津波が押し寄せた。
軍隊?
殺す?
殺される?
待ち構えたのは失敗だったと思わざるを得ない。
誠たちは、みすみす、全く逃げ場のない場所に自ら入り込んでしまったのだ。
「…最悪の場合は、僕をかれらに引き渡してください…」
そう。
これは誠を奪うために起きた諍いなのだ。
そのために東新宿の駅が崩壊し、青山一丁目で事故が起こった。
この上、死者まで出すわけにはいかなかった。
「誠君、貴方は勘違いをしているわ。
私たちは国家として自国の影繰りを守る義務があって、あなたを助けたの。
決して、可哀そうだから、とか、あなたの力が強いから、という訳じゃないのよ。
私たちは正義の味方じゃない。
子供たちのDNAを保存し、影繰りを国に集めるために、あなたを保護しているの。そういう仕事なのよ。
どんな敵であろうとも、戦う覚悟はできているし、戦うわよ。
負けるなんて思ってないわ」
「で…、ても…。
ここに誘い込む計画は僕が…」
「誠君よぅ。
あんまり俺たちをなめるんじゃないぜ。
餓鬼の一言で作戦を決めたわけじゃない。
最善の策だったから、君の意見を取り入れたんだ。
元々、この作戦の責任者は俺だ。
君は、まだ正式な影繰りとして認められてもいない、ただの子供なんだぜ。
責任能力っていうのは、組織に認められたうえで付加されるものなんだよ。
坊やは大人しく、大人の背中に隠れていなさい」
「…でも、このままじゃ…」
くすっ、と美鳥が笑った。
「今のあなたのことを、どう言うか知ってる?
ビビってる、って言うのよ」
ビビってる…。
確かにそうだ。
とてつもなく怖い…。
戦争で、たくさん人を殺しているような人と戦うなんて、考えてもみなかった。
戦争に、自分から好きこのんで参加して、人を殺しまくっている人間って、いったいどんな人なんだろう?
殺人鬼?
サディスト?
サイコパス?
シリアルキラー?
人を切り刻むことに興奮するような、猟奇的な趣味の持ち主?
「美鳥さんは恐くないんですか?」
美鳥は首を傾げた。
「怖い…。
確かに、そういう感情はあるわ。
同時に戦おうと思えば、アドレナリンも出てくるものよ。
負けたくない、死にたくない、という気持ちもあるし、この作戦なら勝てるはず、とも思っているわ。
何より…」
美鳥は誠の頬を両手で包んだ。
「誠君が、計画通りに力を出してくれたら、負けるはずがない、と信じている。
三人で力を合わせれば、必ず勝てるわ。
戦争、と聞いて恐ろしくなるのは当然だけど、考えてみて。
影繰りが、普通の人と戦うなら、それが武装した兵士だろうと、勝てるのは当然なのよ。
影繰り同士の戦いは全く別物。
彼女がいかに強くても、足を掬うことは不可能じゃない」
影繰り同士の戦い…。
確かに、永田さんが守ってくれて、美鳥さんが戦ってくれるのなら、僕も落とせるかもしれない…。
それ以外にも、もしかしたら…。
美鳥の言葉が引き金になったのだろうか?
誠の中に、戦いのアイディアが次々に生まれてきた。
「そう…、ですね。
戦う前から、ビビっていました」
誠は呟いた。
「そういうこった」
永田が言い、そして…。
「来るぞっ!」
永田が叫んだ。
直後、バリアーが衝撃に震えた。




