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坊やは、あそこで、あたしを待ち構えている。
女は、影の爪でホームの床をひっかきながら、にたり、と笑った。
待ち構えている敵を慌てさせるには、速攻が一番だ。
どのみち、道は一本。丸くトンネルの穴が一つあいているきりである。
そこから坊やの、緊張したような、興奮したような、甘酸っぱい匂いが溢れてきている。
クククッ、女は笑いを洩らし、背中から影の胴体を伸ばした。
影の足に、本来の足が重なって、いつか女は、両手両足を狂暴な爪に変えた四足歩行の獣になった。
牛ほどもある、巨大な漆黒の獣だ。
前足の爪の長さは三十センチ。
顔も鼻が長く伸び、犬、または狼のようだ。
この巨大な顎に生えている鋭い牙も、女の強力な武器であり、軽くコンクリートのテトラポットも噛み砕く。
だが最大の武器は、スピードと敏捷性だ。
この獣の姿ならば、原チャリをも追い抜く速度で走り、武装した一小隊が連発する自動ライフルの弾の嵐も、容易くかわし、敵を切り裂く。
驚くわよ、坊や…。
心で呟くと、漆黒の獣は暗いトンネルに飛び込み、全速力で駆け出した。




