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池袋行きの電車には、ホームの、この位置から乗らなければならない、と誠は主張した。
だが、場所は向かいの方南町の電車から丸見えの場所だ。
「乗り換えは誠君が詳しいのは判る。でも、柱に隠れる、とかすべきじゃないかしら?」
「いや、見られてもいいんです。ここなら逃げられます」
断言するが、誠は理由を示そうとはしない。
どういうことだ、と聞いても、ちょっと照れたような表情を浮かべ、自信は無いので言えないのだが、信じてくれ、と言うばかりだった。
もう十時半に近い時間なので、電車はなかなか来なかった。
そうしている間に、方南町からの電車が到着した。
扉が開くと、大男と細身の男が、扉から飛び出してきた。
階段に走り込もうとした二人は、思わず動きを止めた。
まさか向かいのホームの真正面で、追っている相手と鉢合わせるとは思わず、愕然として誠と美鳥と見つめ合ってしまった。
「あっ…」
繁華街で、知り合いと偶然に出くわしてしまったかのように、ぼんやりとした声を双方が上げた。
線路を挟んで互いは見つめ合い、大男は唐突に叫んで、良治の肩を突き飛ばした。
「走れ! 落とされちまうぞ!」
良治はつんのめり、慌てて自分を追い抜いて、隣のホームに続く階段のある方に走る大男を追った。
「誠君、あの距離じゃあ落とせないの?」
「判りません…、たぶんできると思いますけど、あそこはマズイんです」
謎めいたことを言う。
美鳥は影を解放し、数羽の蝶を自分と誠の周りに飛ばした。
「美鳥さん、攻撃はしなくても、たぶん大丈夫です」
「さっきから、一体どういう事?」
美鳥は誠を振り返った。
「僕たちが落ちるんです」
「えっ?」
「そのためにこの場所に立っているんです」
美鳥は、足元を見つめた。
「この下に何があるの?」
「都営大江戸線です」
美鳥も気が付いて、はっ、と顔を上げた。
「だから、この場所じゃないといけなかった?」
「そうです」
「で、でも、そんなに正確に判るものなの?」
「少し前までは判りませんでしたけど、今は、はっきりこの下だと分かります。
大丈夫です。信用してください」
影の探知能力は、その人それぞれ特有のもので、個人差は大きいが、人によっては半径一キロメートルぐらいの探知が出来る場合もある。
探知できる物も個人差が激しく、平面に半径一キロを探知する能力もあれば、鳥瞰視というように高い場所から見下ろせる能力もあるらしい。
どうやら誠は、自分が落とす先にあるものを見る能力らしい。
確かに、落とす能力だけがあっても、下にあるものが判らなければ思う結果は得られない場合もある。
土に埋めるつもりが、地下道でもあれば、運よくクッションの利いた物の上に落ちて無傷、という場合も考えられる。
誠は、自分の能力に最適な探知能力に目覚めたようだ。
特異なのは、普通の感知能力は、壁に遮られた場所や、何かに隠れた中の物は判らない場合が多いのに対して、誠のそれは限定的とはいえ、ほとんど透視能力に近い力なことだ。
だが落とす力、というのが極めて珍しい。
田代指令や前園博士も、さすがに野生種だと驚いていた。
内調のデータベースにも一例も載っていない能力なのだ。
何しろ…。
一瞬で相手を即死させられる、一セコンドキル能力なのだから圧倒的だ。
そのために追われることになったり、無意識に同級生を殺してしまったり、散々な目にあっているのだが…。
それだけはある強烈な能力、ということになる。
それに地下の物体を感知する能力が、この世に無かったわけではない。
井戸掘り名人と呼ばれるような人間は、小枝一つで地下の水脈を的確に発見したし、鉱山の発見などは、それなりの化学的根拠もあったにしろ、紀元前から存在している。
直感的、動物的な地下感知能力がこの世にないとは言い切れない。
一部の人間は、元々地下に何があるのかを感知する能力に恵まれていたし、技術として伝承されてもいたのだ。
「信用するわ。
いつ落ちるの?」
「あと十秒ぐらいです。発車のベルが鳴っていますから」
えっ、と美鳥は声を上げた。
「動いている電車に落ちようとしているの?」
「構造上、それしかないんです。問題ありません」
そんな馬鹿な。
美鳥は思ったが、誠は確信しているようだ。そこまで正確な動きを、能力に目覚めて一日と数時間の影繰りに出来るものなのか?
どうして彼は、そこまで自信をもっているのか、理解できない。
「動きました」
誠は見ているように言う。
大男たちが階段を上ってきた。
だが、彼らは落とされることを恐れていた。
誠に予測されないよう、左右に滅茶苦茶に動きながら、よろよろ進んでいる。
「美鳥さん、落ちます」
美鳥は慌てて誠を抱きしめた。
瞬間、美鳥の周囲は暗闇に包まれた。




