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誠は少女の手を引っ張って走っていた。
中野坂上行きの電車がホームに停まっている。
出発の電子音が地下駅に響いていた。
扉が閉まりそうになったが、間一髪、車掌が二人に気付き、扉を閉めないでいてくれた。
乗客が少ない終電間近の私鉄だからしてくれるサービスだろう。
二人は何とか無人の列車に乗り込んだ。
「間に合った!」
誠は満面の笑顔を見せた。
「そう急がなくても、永田さんがいるから大丈夫よ」
「運転していた? 強いんですか?」
少女は頷いた。
「安心していいわ」
誠は溜息をついて、全て空席の座席に座り込んだ。
「じゃあ、もう襲われないんですね?」
少女は誠の隣に座り、誠を見つめた。
「それは判らないわ。彼らがどんな組織で、何人で君を狙っているのか判明していないから。
もしかしたら別動隊が、もう動き出しているかもしれないのよ」
「ええっ! じゃあ、まだ敵がいる可能性があるんですね!」
誠は窓に顔をつけて、唸った。
「断言はできないけど、近くに影繰りはいなかったと思う。
そして、あの二人は、今、電話も出来ない状況にあるわ。別の奴らが動くとして、なん十分か、何時間か稼げるはずよ。
その間にあなたは安全な場所に逃げられるわ。でも…」
少女は誠の左手を持った。
「この小指を何とかできれば、よ。
今、あなたは影を巻き散らかしながら、歩いているの。
このままでは通りすがりにでも発見されてしまうわ。
影を抑える技術を身につけないと」
誠には普通の小指にしか見えない。そう言うと、少女は頷き、コントロール法を教える、と言った。
「さっき、体に影を纏う方法を教えたわね。
あれが影を出す力だとすると、影を引き戻す力を覚えるのよ。
誠君は釣りをしたことがある?」
「えっ? ええ。昔、一度だけ父と一緒に船釣りに行きました。酔ってしまって、あまり釣りはしなかったんですが…」
「リールを巻く、と言ったら判るかしら」
誠は頷いた。
「それをイメージするの。
小指から流れ出る影は一本の糸のような物よ。
釣りで言うならテグスの糸ね。そんな風にイメージして、手の中にリールがあると想像して。それをくるくる巻いていくの」
誠は自分の左手を見つめ、リールをイメージしようとした。
「なかなか良いわよ。
目を瞑って、リラックスして。腹式呼吸をするのよ」
少女の手が誠のズボンの上を押さえ、誠は慌てたが、少女はゆっくりと、呼吸を深くするように言い、だんだん、誠は手にイメージしたリールにだけ意識を集中するようになった。
手の平にリールが付いていて、カラカラと糸を巻き取っていく。
糸の先にはオモリが付いている。
最初は遠くて判らなかったが、段々、糸が巻き取られていくと。
何か、白っぽいオモリが先端に見えてきた。
釣れた魚のように細長い。
それが、流れに翻弄されるように、右に折れ、左に揺らめくようにしながら、少しづつ近づいてきた。
ああ、そう言うことか。
誠は納得した。それは自分の小指だ。
誠は、まじまじと繋がった自分の小指を見た。
「影は塞がったようね」
少女は誠の手を擦って、頷いた。
「これで、もう追われないんですね?」
「あの二人に追いつかれていた時点で、ある程度の情報は敵に漏れているはずよ。
写真も撮られているかもしれないし、そこまでじゃなくても人相風体は伝わっているでしょう。
用心に越したことはないわ」
誠は自分の服を見た。
今晩、塾に出かけた時のままだ。
が夜もそろそろ十時を回っている頃だし、服を買うお金もない。
少女は誠の髪をぐちゃぐちゃに混ぜて、取り出した缶入りのワックスで、わざとあちこちを尖らせた。
今まで、地味な受験生だった誠が、なにやら髪型だけは今風のようになっていた。
「感じは変わったわね」
窓に映った自分を見て、誠は溜息をついた。
「これが僕だなんて、本人が信じられませんよ」
「そのくらいで無ければ変装とは言えないわ」
フフフと少女は笑った。




