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シャドーダンス  作者: 六青ゆーせー
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餓鬼が、大男の攻撃を、よろめきながらも避けた。


大男は唸った。


マジか?

影と契約して一日しかたっていないのに、もう俺の攻撃を避けるほどの感知能力を持っているっていうのか?


奴に、影能力を使わせないように、道を闇に変えた。

良治はよくやった。

餓鬼の攻撃は、一撃で相手の動きを止めてしまう。

それに俺の勘が正しく、学校での殺人も餓鬼の仕業だとしたら、昨日の殺人犯のように、首だけは外に出していてくれる、とは限らなかった。

即座に地下十メートルに埋葬されてしまうかもしれない。


この能力の恐ろしいのは、良治の目の前で大男が埋葬されたとしても、たとえ即座に大型重機を借り出したとして、掘り起こされたときには、大男は生きてはいない、ということだ。


誰の手も届かない場所に、一瞬で放り込まれてしまうのだ。


だから完全に視力を奪っておく必要があった。

完璧な策だったし、大男が一撃を加えれば、それで済むはずだった。のだが…。


奴は、避けやがったのだ。


大男はインラインスケートを履いているかのようにアスファルトを滑り、旋回すると加速した。


今度は避けることを盛り込み済みで攻撃する。


訓練した男の視力には、地面に蹲る餓鬼の姿が見えていた。

頭を打ったらしい。

今度はいける。


確信し、大男は突っ込んだ。


避けることは織り込み済みだったので、大男は克明に見ていた。

大男が高速で飛び込むタイミング、おそらく五メートル手前で、餓鬼は、ビクッと頭を上げ、右に転がった。


今度はいける距離だった。


一発、餓鬼の脇腹に決めればかたはつく。が…。


餓鬼の奥に壊れた自転車が倒れていることに、遅れて大男は気が付いた。

暗闇にしている欠点が、こんなところで出てしまった。


俺が自転車にぶつかっちゃ、なんにもならねぇ…。


舌打ちして、男は攻撃を取りやめた。


餓鬼は横に転がり、自転車の残骸から外れた。


それにしても、なんてぇ成長の速さだ。


微かだが、明らかに前より遠くから俺を感知していた。

勘の良い人間というのはいるが、元々そういう類の奴なのかもしれねぇな。


思いながらも、大男はニヤリと笑った。今度で最後だ。


どうせ、この攻撃で捕獲できなければ奴が大きく成長してしまうのは分かっていた。今度は絶対外さないように最大の加速をつけて攻撃する。逃れようのない一撃だ。


大男は前よりも助走距離を大きく取り、より速い攻撃を狙った。

大男の唯一の失敗は、助走距離を取るために、餓鬼から目を切ってしまったことだった。





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誠の目の前には黒いワゴン車が停まっていた。側面のスライドドアが開いていて、少女が手を伸ばしていた。


「乗って!」


誠は飛び乗った。


車が急発進した。

走りながら少女はスライドドアを軽々と閉めた。


「あ、あなたも影の力が?」


「自分の目で見たでしょう?」


少女が微笑し、誠は赤面した。


「あの…、えーと、そう言う事ではなくって…。

あっ、逆だ、なんで僕が影を持っているって分かったんですか?」


少女は落ち着いて頷いた。


「その質問なら的を得ているわね。答えはあなたの小指よ」


えっ? と誠は自分の指を見た。別に何ともなっていない。


「昨日、影と指切りしたわね。

自分の影と指切りした人間は、契約の証として指を落とすのよ。

まぁ、気がつかないのが普通なのだから仕方がないことだけど」


誠は不思議そうに小指を動かした。


「それは、あなたの影が作った指よ。

本当の指は警察が拾い、すぐに私たちのもとに送られる。

出血のない人の小指が落ちていたら、すぐに徹底的な調査が行われ、結果は私たちが手に入れるの。

今日のお昼には、あなたの住所も判明していたわ」


少女は自分で納得するように微かに頷いた。


同じぐらいの歳だろうか?

誠は少女を見つめていた。


とても目が大きい。

目と眉の間が少し離れているためか、とても穏やかな顔に見える。

確か美術の授業で仏様の眉毛と習った、と誠は思った。

髪の毛を真後ろで三つ編みにしている女の子は初めて見た。

漫画の、真面目な少女、みたいだ。


「DNAとかを鑑定したんですか? でも、どうして、それで住所までわかるんです? 本人のDNAをあらかじめ知らなければ照合が出来ないはずです」


少女は、形の良い唇を笑顔にして、教えた。


「あらかじめ登録してあるのよ。

学校で身体検査をするわね。血液型とかを調べたでしょう? あれは、それだけの意味じゃないのよ」


「国民全員のDNAを国は知っているというんですか?」


「全員ではないわ。

データベースが作成されたのは一九八七年。

それ以降の子供たちの血液データは全て、ある場所に保管されている。

ヒトゲノムが解析されてからはデータベースも膨大になっているわね」


「それって、人権侵害じゃあ!」


声を荒げた誠の口に、少女の人差し指が触れた。


「勝手に使ったりしていないわ。

極秘のデータベースで、使用できるのは私たちだけ。

そして使用目的は、さっき言ったように、出血のない小指が発見された場合のみ。


その重要性は、今のあなたなら判るんじゃない?

途方もない力を持った人間が出現してしまった時だけなのよ。


もし法律の枠外に生きる、この怪物を政府が把握できなかったとしたら、あなた、どうする?

漫画であったわね、どんどん人を殺して神を名乗る大学生の話だったかしら。

その、元々の原案は中学生が主人公だったそうよ。


中学生にそんな力があったら、どうなるでしょうね? あなただって判っているんでしょう?」


誠は、自分の顔が青くなるのを感じた。

僕が人を殺したのを知っているのだろうか? 僕は、逮捕されるのだろうか?


さっきまで誘拐を恐れていたが、逮捕されるという事は、例えば霧峰静香にも誠の犯罪を知られるという事だ。それを誠は恐れた。


「あの…。僕は捕まるんですか?」


さっきは松崎を殺したのだから制裁を受けるのは当たり前だ、と思った誠だったが、逮捕される、と思うと、身が竦んだ。

なにより、ただ死ぬのと、殺人犯として生きることは全く違った。


「捕まるようなことをしたのね?」


少女は静かに聞いた。

誠は息を吐き、答えた。


「…はい。友達の、松崎君を殺しました…」


声が掠れた。


少女は、小さな声で、そう…、と答えた。


「詳しい事情を教えてもらえるかしら?」


誠は途切れ途切れに語りだした。松崎との経緯を話し、なぜか霧峰静香のことも名前は出さないまま語っていた。


「…もう、こんな気持ちは沢山です。

でも捕まっても、この気持ちは消えないんでしょうね…」


証拠にDVDがあることに誠は気が付いたが、それは喋らなかった。

なぜだか、それを持ち出すのは、死んだ松崎を屈辱するような気がした。


少女は俯いた。

その姿が、少し悲しげで、誠はなんだか申し訳なくなった。

色々言い訳がましいことを言わなければよかった。こんな話は大人の刑事さんにするべきだった。


「あの…、こんな話をしてしまって、ごめんなさい…。重いですよね…」


少女は俯いていたが、誠の謝罪に、ふと笑顔を見せた。


「いいのよ。小田切君。君は誠実だわ」


「違います! 僕は卑怯だ! 奴はナイフを振りかざしたけど、僕はナイフを隠して突き刺したんです。

それに静香ちゃんに偽善者ぶった姿を見せて、心の奥底では、何か期待だってしていたんだ!

あっ…、女の人に、こんなこと、済みません…」


俯いた誠の顔を、少女の手が包んだ。


「影を使うものは、誰でも似たような経験をするものなのよ。私もそう…」


あっ、と誠は声を上げた。

隣りの少女が影を使うことを、誠は忘れていた。


「あなたにも?」


「私が影繰りになったのは中学一年の頃。あなたと違って、ずっと影繰りになるために訓練を受けてきたのよ。

十分に危険は理解しているつもりだった。でも違ったの。

全然、判っていなかった。


あなたが話してくれたのだから、私も話さないとフェアじゃないわね。

私、その頃、大人の人と付き合っていたのよ」


誠の目を見つめて囁く少女の言葉に、誠の心臓が暴れ出した。

言葉にすると自分が変なことを言いそうで、誠はただ頷いた。


「でも、街で見ちゃったの。

大人の女と歩いている姿を。キスまでしていたわ。

それで呼び出して話したら、急に押し倒されちゃったのよ…」


顔が赤くなっていないか、誠は心配した。


「影繰りの訓練をしてきたのだから、素手で相手を制圧する事も出来たわ。

でも影を使ってしまった。

誠君も見たでしょ。あの黒い蝶よ。

あの蝶は相手の顔に貼り付けることで相手を殺すことが出来るの。

それが、私の初めての殺人…」


誠と少女は、無言で見つめ合った。


「…はじ…め…て?」


少女は、頷いた。


「誠君は、自分は捕まるのか、と聞いたわね。

捕まるのよ。

でも、それが警察に捕まって刑務所、まぁ少年院よね、に行くのか、という質問なら答えはNOよ。

第一、法的に立証できないし科学的に不可能ですものね。

私は内閣調査室に所属している公務員なの。

あなたも、これは強制的にだけど、公務員になってもらうわ」


「え、ええっ! 僕、中三ですよ!」


「私は高一よ。

言ったでしょう。怪物を野放しには出来ないの。

あなたには国家の首輪をつけなければ生きられない怪物になってしまったのよ。それに…」


少女は急に厳しい目をした。


「あなたは襲われた。誰にだか判る?」


「判りません。でも…その…。影繰りにです!」


少女は頷く。


「そうよ。

正確には影繰りを捕まえて、売り飛ばすハンターね。

彼らはあたしたちが見落とした、あなたのような影繰りを天然種と呼んで好んで狩るの。

高く売れるからよ」


「ぼ、僕も誘拐されると感じました。

でも、人を売るなんて!」


少女は嘲るように笑った。


「ほんの百年前には、割とあったことよ。

それに奴隷とは限らないわ。

欧米をはじめ世界中の諜報機関や軍部が影繰りを買いたがっている。

そういうところの方が、お金は公務員よりはいいかもね。ただ、人権まであると思わない方がいい」


誠は息を飲む。


「人としては扱われない、ということですね?」


「何億も出して買ったものを、あなたはどう使うと思う?」


誠は押し黙った。


「お金は沢山もらえるかもしれない。裏切られたんじゃ元も子もないものね。でも殺人兵器としてしか扱われないの。

誰が、自分の国に怪物を野放しにする?

そういう奴らから身を護るためにも、あなたは国家公務員になるしかないのよ」


誠は少女の目を見つめた。


「でも、あなたは、初めての殺人、と言いましたよね?」


ニッコリと少女は笑った。


「あなたが好まなければ無理強いはしないわ。

それ以外にも沢山の仕事があるのよ。


私は、人を殺す仕事もしているわ。

私、あまりチームで仕事をしたくないのよ。疲れるから。


正直に言うとね、あなたと同じなの。

最初の殺しから立ち直ってないのよ。

だから怖いの。

あなたなら判るんじゃないかしら。

もし感情のこじれとかが、あるレベルを超えてしまったら、とか思うとね…。

だから、できるだけ、他人と関わらないで生きていたいの。

自分に自信が無いのね」


「それで殺しを?」


「殺しばかりじゃないわ。

そういう仕事が来ても断らない、というだけ。誤解しないでね」


「そっ…そりゃそうですよね。

でも国が人殺しをするなんて、いったいどんな仕事なんですか?」


「ハリウッド映画みたいなこともあるわ。それに…」


少女は背後を振り向いた。


「今回も、そういう仕事になりそうね」


いつの間にか二台のバイクが、ワゴン車を追って、夜の環状七号線を走っていた。






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