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誠は自転車で走っていた。
息が切れるが構わなかった。とにかく、力の限りペダルを踏んだ。
何もかも忘れたい。
それには、まだまだ体を苛めなければならなかった。
少しカーブになった、銭湯のある坂を抜けると広い通りに出る。その三つめの角を曲がると長い直線道だ。
横道も少ないし、この時間ほとんど人通りが無いので好きなだけスピードが出せる。
角を曲がった瞬間、誠は立ち漕ぎになってスピードを上げた。
だが。
突然、ハンドルに体重をかけた誠の体は、空中に投げ出された。
何かを踏んだような感触はなかった。
まるで、前輪が大きな穴に落ちたように、体が浮いた。
誠は地面に叩きつけられ、転がった。
転がりながら、街灯が次々に爆発するのを見た。
何だ? と思う間もなく、空の星から、周りの家屋の窓から漏れる明かりまで、ゆっくりと薄暗くなってくる。
停電か? と思ったが、停電なら同時に一瞬で全部の光りが消えるはずだ。
だが、この暗闇は、まるで煙幕でも張ったように、ゆるゆると誠を包んでいった。
煙たくはない。火事とか災害ではなさそうだ。
誠の周囲は完全な暗闇になった。
何も見えない!
体の痛みも忘れて、誠は身を起こした。
動けば、誠を包む暗闇の外に出られるというように。
だが闇は晴れなかった。
何か異常な闇だ。
暗闇が湿度のように誠の肌にペタリと貼りつくようだ。
何か来る!
誠は感じ、慌てて転がった。
一瞬、誠のすぐ脇を、なにか獣のような物が通り過ぎたようだった。
感じられた気配は、すぐに完全に消えた。
この暗闇の中に何かがいる。それだけは理解できた。
そいつが暗闇を作ったのだろう。
漫画みたいな妄想のようだが、誠自身が影と契約して変な力を身に付けていた。
たぶん。たぶん僕と同じ種類の力なんだ。
物理法則を超えた異常な力がある。
それを誠は知っていた。
そして、それが世界で誠だけが貰ったギフトだとは、単純には思えない。
おそらくそれは、非常に稀ではあるが、ある条件を満たせば、人間が手に入れられる類の力なのだろう…。
そう考えると、これは誠が身に付けたのと同じ、影の力のはずだった。
同じ力。
この闇、周りを真っ暗にするのも影の力だ。
誠に突進してくる、とんでもなく大きく恐ろしい力も影の力の可能性が高い。
そうだ…。その前に街灯が連続して爆発していた!
誠は混乱した頭で思い出した。あれも確実に影の力だろう。すると…。
敵は、この通り一面の街灯を、誠が自転車から転げ落ちる一瞬のうちに爆破し、それから誠の周りを真っ暗にした。
そして何か凶暴な力を有する者が、誠のすぐ脇を走り抜けたということになる。
誠の力は、たぶん透過。落とす力だ。
すると敵の力は何なのだろう。
考えようとした刹那、再び、凄いスピードで何かが迫ってきた。
誠は転がって、何か、を避けた。
この接近してくる何か、が一。
誠の視力を完全に奪った暗くする力、が二。
三は、通り一面、およそ数百メートルの距離の街灯を一瞬で破壊する力だ。誠が自転車から落ちたのも、たぶん三の力だと思う。
そう考えてみて、一つ疑問に残るのは、一瞬で全ての街灯と誠の自転車を破壊するような力があるのならば、なぜ誠は落ちただけで済んだのだろうか?
むろんスピードは出していたし、落ち方によっては命にかかわることもあったかもしれないが、遡って考えてみると、誠はこれから立ち漕ぎをして速度を上げようとしていた。遠くのものを破壊する力ならば、もっと十分に速度を上げてから自転車を壊せば、誠は大怪我をしたかもしれない。
なぜ、そうしなかったのか?
考えるうち、もう一つ、疑問が出てきた。
周りを暗くする力。それがあるなら、街灯の破壊は必要だったのだろうか?
壊さなくとも、暗くなるのだから同じではないか?
それが同じではない、のだとしたら、どう解釈できるだろうか?
例えば、誠が速度を上げるかどうか分からなかった。
でも立ち漕ぎをしようとしていたし、速度が上がるのは予測が付いたはずだ。
と、すると…。
頭に閃いたのは、遠くまで攻撃できる敵は、誠の行動をよく観察していなかった。いや、観察できなかった。
街灯を連続で全て破壊しなければならなかった。そして同時に誠の自転車も壊さなくてはならなかった。
だから、誠の動きまで見ている余裕はなかった。
それは理にかなっているように思えた。
遠くまで攻撃できる敵は、一瞬で最善の努力をしていたのだ。
なら、二の解明。
なぜ暗くできるのに、街灯を壊さなければならなかったのか?
街灯を壊さなくても、暗くする力があった。それをわざわざ壊したのは、なぜなのだろう?
あの暗くなり方に理由があるかもしれない。
ゆっくりと、黒い霧でも広がるように暗くなっていった。
その後で何者かが接近してきた。
街灯が煌々と光っていれば、暗くなるのはもっと遅くなり、接近する敵が真っ暗の中でないと襲えない理由があるのだとしたら、襲い掛かる時間が、もっと遅くなったはずだ。
時間が問題だとするならば。
人目を避けたいのか、もしかしたら、逆に誠の目を避けたいのか?
もし、少しでも明かりが残っていたら、誠は周りを見、自転車があり得ない力で壊されたのを知り、そして…。
襲ってきた人間と、僕は身を護るため、戦うだろう…。
それを避けるための暗黒?
敵は三つの力を駆使している。
僕が落とす力を持っているのと同じなら、敵は三人組ということになる。
遠くから物を壊す力。
凄い速度で接近し、おそらくは致命傷を与える力。
そして周りを暗くする力だ。
三人組の敵が、僕を襲ってきた。
どうしてだ?
人を殺したのが、バレたのだろうか…。
誠は呻いた。
それは絶対にいけないことだし、世の法律や警察では立証できないことだ。だから狙われたのか?
それならば、仕方がないのかもしれない…。
僕は裁かれるのだ。
誠は暗澹と、そう思った。
だが、何か疑問も感じる。
考えてみて、なぜ暗くするのかが分からない、と感じた。
もし暗くしなければ、スピードがあって致命傷を与えられる敵は、一撃で誠を殺せたのではないか?
そう。
街灯を壊す敵も、殺すつもりなら直接誠を傷つけられたはずだ。
彼らは、暗くすることをとても重要視しているのが判る。
それはどういうことなのだろうか?
目撃者を避けるため、と考えれば、なるほど影の力を行使するには暗くすることが必要かもしれなかった。
そうおもえば、大体の謎は理解できる気がする。
だけど。
抹殺が目的なら、もっと簡単にできたんじゃないか?
例えば塾の階段で、足を攻撃すればかなりの確率で階段から誠は落ちただろう。自転車で車道も走った。簡単に交通事故を演出できるはずだ。
なぜ、こんな手の込んだことを?
裁きが目的じゃない!
誠は気が付いた。
単に人を殺そうとするなら、それこそ昨日誠が見たように車で轢けばいい。
証拠が残るというなら、影の力を使えば済む話だった。
こんなに手をかけるのは、ただ殺すのが目的ではないからだろう。
誠が暗闇で動けないようにしておいて、しかも二度も仕損じているのは殺せないからではない。
殺さないようにしているからだ!
誠は理解した。
これは誘拐だ。
それは裁きとは真逆のことだった。
誠を捕らえる理由は、相手が影の能力者であれば、たぶん影の問題だろうと推測できる。
この誘拐は、誠を捕らえることを目的としていて、だから誘拐というよりは強奪だった。お金ではなく、敵は影を欲しているのだ。
逃げなければならなかった。
自分の能力を悪用されるのは絶対に避けたい。
なぜなら、松崎を殺してしまって気が付いたが、誠の精神は自分でも驚くほど脆かった。また、殺人などをすることになったら、とてもではないが誠の心は耐えられそうにない。
まだ、胸の中に形容できない感情がうねっていた。
こんなことは、もう、こりごりだ。
誠は、手探りで周囲を探った。
何か逃げるヒントはないだろうか?
地面はアスファルトだ。
両手で探りながら前進してみる。
車が一台、やっと通れる道だから、上手くすれば道の端に出られるかもしれない。
そこからは、小さな一軒家やアパート、低いビルなどが建ち並んでいるはずだ。上手くどこかの家屋のドアを探り当てられれば、助けを求めることもできるかもしれない。
そうだとしても、影の力を使う者たちから、どれだけ逃げられるか分からなかった。
だが、例えば警察に保護を求めた事実があれば、記録には残るはずだ。それから誘拐されたとしても事件として扱われるはずで、発見されることも望めるし、敵から逃亡出来たら記録に残っていることは、それだけでも大きい。
誠は地面の端を探して、這い続けた。
また不意に、敵が高速で接近してくるのが分かった。
誠は横に飛んだ。
頭を電柱にぶつけ、誠は蹲った。
自分が自転車から落ちた時よりも痛かった。
全くの不意打ちだったからだ。
このまま追われていても死ぬかもしれない。
誠は思ったが、同時に気が付いた。
敵はわざと誠を逃がしているのだろうか?
敵の目的が誘拐ならば、いかに影の力を使っているとはいえ、長く時間をかけたくはないはずだ。
通行人だって来るかもしれないし、どんなアクシデントがあるか分からない。
僕が避けているのか?
確かに、猛スピードで何かが迫ってくるのを感じ、避けてはいる。
全く自分の手も見えない闇の中で、僕は何を感じているんだ?
敵の接近、としか言えなかった。
逆に、電柱は全く分からなかった。
敵、という事は、この場合、影、と考えてもいいのかもしれない。
この暗闇の中、誠は、影の接近だけは感じられる!
ただ、今敵がどこにいるのかは分からなかったし、感じられても一瞬だ。
一瞬なのかな?
誠は首を傾げた。
滝は凄い速度で迫ってくる。
一瞬には違いないが敵の速度がもっと遅かったら、もう少し分かるのかもしれない。
自分を中心に円を描き、何メートルなのかは分からないものの、その縁の中に影が入れば感じられる、ようなものではないのか?
確かめている時間も方法もなかった。
とにかく、誠は影を感じようとした。
直感などと言う不確かなものに頼るのは心もとなかったが、今は緊急時だ。やってみるしかない。
何かを感じようとする誠の幻想だろうか?
目の前を黒い蝶が飛んでいるようなきがする。
この十一月に蝶が飛んでいるわけもなかったが…。
幻想でも、すがるしかなかった。誠は蝶の後を這って進んだ。
黒い蝶を追うと、すぐに道の角に手が触れた。
と、蝶が誠の耳に近づいた。
「立ち上がって」
少女の声で、蝶が言う。
この暗闇で立ち上がっても、三歩と歩けはしない。
思ったが、蝶は再び、立ち上がれ、と促した。
誠は立ち上がった。
「時間が無いのよ。
まっすぐに蝶を追って走って!」
言葉と共に蝶が前進した。
誠は歩いた。
暗闇で走るなんて無理だ。
思ったが、蝶と分かれるわけにはいかなかった。たぶんこれは最後のチャンスだ。
誠は走った。
蝶を追って。
肩や足が何かにぶつかったが、構わなかった。
夢中で走った。
どん、と体の側面がコンクリートにあたって、よろめいた瞬間、誠は光の中に飛び出していた。




