91. ユピスの貫く雷
ギルダム中央における守りの要、城壁監視塔は王都をぐるりと囲み、高さ三十メートル、幅五メートルの巨大で頑丈な城壁の上に作られており、塔には少なくとも常に兵士が二人一組で駐在している。
今からユピスが向かうのは、南西の監視塔であった。
雷の魔術師と名高い彼女の真髄は、その、雷光の様な、他の追随を許さぬ驚異的な速度にある。魔術技能である【電光石火】によって、雷を纏った彼女は、まさに稲妻の如き速さで目的地へと辿り着く。
豊やマリーゴールドの考えでは、監視塔の天辺に、結界を維持している術印が刻まれているとの事である。
そして予期していた。
「結界が発動している中、もう早此処まで辿り着くとは、大したスピードだ。小娘」
【術印を守る存在】を
ユピスを悠々と凌駕する巨軀に鋼の様な筋肉。それは明らかに巨人族であった。種族はアトラ。額に二本の角を生やし、巨大な金棒を携えた鬼の様な風体。
近くには変わり果てた姿の兵士が、無残にも投げ捨てられていた。顔には出さないがユピスは気迫で、その場の空気を引き締めていく。
「貴様には話を聞かせてもらうつもりだ……力強くでな……!」
「ほう……この俺様と金棒を見ても臆さず向かってくるのか……良い度胸だ……覇気を纏い、その凜とした目も悪くない……楽しめそうだな……」
巨人がゆっくりと金棒を構えると、ユピスは身体を弾かせる様に跳ぶ。瞬きをする間も無く、連続攻撃が繰り出される。
「【雷衝連撃!】」
「魔力を吸い取るこの結界内でこれ程の瞬発力を生み出す脚力、それに加えてこの打撃、只者ではあるまい……」
ユピスの突進から繰り出される猛撃を、金棒で防ぐ巨人は図体に似合わず、その動きは俊敏であり、次々と攻撃を回避。受け流してゆくが、彼女の素早く重たい攻撃は、そう軽々しく何度も躱せたりはしない。既に数発、致命打にはならずとも、重たい打撃は当たっている。
「巨人族よ、悪いが貴様と長々と戯れるつもりはないっ!」
一段階速度が上がったユピス渾身の蹴りが、相手の顔面に直撃する。
攻撃を受けた箇所から蒸気が上がり。その威力を物語っていた。
間髪入れず続けて蹴りが――直撃、直撃、直撃する。
なす術なく受けていると思われたが巨人は、その場から一歩も退いていない。
「むっ……! よもや私の蹴りが効かぬとは、見上げた頑丈さだな……!」
顎、後頭部、頭に直撃したダメージが、巨人特有の分厚く、しなやかな首の筋肉に吸収され脳を揺さぶる事ができない。能力値、頑強さの数値がユピスの攻撃力を遥かに上回っているのは明白であった。
一度距離を取り仕切り直すユピス、先程のお返しにと、巨人の怪力から繰り出される金棒が空を裂く。放たれた一閃を瞬時に判断し、身を屈めて回避すると、続けて二撃目がユピスを襲う。
「奥義【削岩爆撃衝!】」
足を軸とし、回転を加え繰り出される猛撃は、ギャリオンの竜巻斬りを彷彿させる。まるで暴走する削岩機の様な攻撃は、踏み込みの度に敷き詰められた煉瓦は砕き、足場を崩してゆく。
「なんて迫力だ……コレは……本気で戦わなくてはなるまい……!」
ユピスが改めてガントレットを装着し、雷の魔術が発動する。
「【充電!】」
両腕にそれぞれ装着された大きな籠手は、本来の用途である腕を守る為に作られたものではない。分厚い魔鉱銅で雷を帯電させ、爆発的な破壊力を発揮させる為である。右手が殴る為のガントレットで、左手が電気を放出する為のガントレットだ。
雷を纏うユピスの連撃を金棒で防ぎながら、巨体に似合わぬ立ち回りと素早さで、己の立ち位置を守りながら巨人は戦う。
ユピスの勝利条件は、術印の破壊と、巨人が持っているであろう、ドレインの術式に抵抗する手段の無力化。あわよくば、敵の持つ情報を入手したいところではある。
相手は、監視塔の天辺に有る術印を守りながらの戦いを余儀なくされるが、ユピスは常に魔力を奪われながらの戦い、現状は彼女の方が、圧倒的に不利であった。
敵の強さを認識し目的を見定めると、再びユピスの鉄拳と鉄脚が繰り出される。先程の直線的な動きとは打って変わり、機敏にして滑らか、まるで水流の様な体捌きで一気に距離を詰め、相手の懐に飛び込む。
金棒が使えないと判断するやいなや、巨人は己の武器から手を離し、素手での攻撃へと切り替えてゆく
「お前の小さく、ひ弱な身体など捻り潰してくれるわ‼」
大木の様な太い両腕が襲いかかる。ユピスは身体を捻りながら、床を踏みしめて両腕の隙間をすり抜け、潜り込むことで相手の虚をつく。
「よかろう小娘! お前の一撃、受けてくれるわ!」
巨人は全身の力を集約し、防御の姿勢に入る。それと同時にユピスの拳が鋼の肉体に触れた。
「【鎧貫く、電磁発勁】!」
ユピスが発動させた技は、体術と魔術を組み合わせた合体技である。
体重移動の的確な連動から繰り出す発勁により、放たれた運動量に雷の力を乗せ、高出力で体内に送り込み、体内で爆発させることで、絶大な破壊力を内臓へと叩き込む。強靭な肉体を無視した防御貫通技の為、威力はあるが超至近距離での接近戦が要求される。リスクの高い手段となる。
相手よりも段違いの巨体である事と、自らの防御力に対する自信により、相手に油断が生じた結果。
「うごふっ……‼」
巨大な鬼は、自ら膝を折ることとなる。
既に内臓は、雷の炎に焼かれ、取り返しの付かないレベルで裂傷している。衝撃が通過しただけでなく、強力な電気が内臓を通った事で、神経伝達系と臓器の機能は完全に失われ、焼け焦げている。通常であれば身動き一つとれない。
「最後だ……!!」
ユピスは、容赦無く膝をついた敵の頭にガントレットを撃ち落とした。
「ガァァァァァァァッ!!」
鬼は苦痛に顔を歪め、吐血をしながらも、渾身の力で剛腕を振り回し、ユピスを遠ざける。
「まだそんな力がッ……!!」
彼女が距離を取ったその一瞬の隙を突き、巨人は懐から閃光弾と煙幕を、地面に叩きつける。
「さらばだ小娘……!」
視界を奪い、その場から姿を消す巨人。隠し持っていたポーションを口から流し込み、内臓に応急処置を施すと、高さ三十メートルもある城壁監視塔から、飛び降り、逃走した。
ユピスは追う事が出来ないと察し、監視塔の天辺に残された術印を破壊。結界の力が弱まるのを確認すると、その場に座り込んだ。
「魔力を奪われながらの戦いが……。これ程消費するものとは……。致し方ない……少し休もう……」
ユピスは豊から受け取っていた戦闘おにぎりを取り出して頬張った。
「しゅっぱっいっっっ!!」
中身は梅干しだった。




