89. 魅惑の窯焼き
ギルダム王国とフォルトゥナ教団による契約式典まであと一週間。
豊は、仕事をひと段落させたマリーゴールドに魔術師を育てた事を報告していたが、魔道を重んじる彼女にはそれが癇に障った様だった。
「私が仕事に奔走している間に弟子を取るとは……ユタカも偉くなったもんだなぁ!お前みたいなデタラメ魔術師が魔術の何を教えるってんだコラァ!!」
「そんなに怒るなよマリー、やった事は君に教わった基礎だけだ」
「マリーちゃんは面白そうな事大好きだもんね〜」
「本当は自分が教えたかっただけなんだケロ」
「なんだとぉ〜! よく喋る口はコレかぁ〜!」
「やめてケロ〜〜!」
ルルの口を伸ばして広げるマリーゴールドと、それを宥めるロシィ。どうやら弟子云々の話よりも、楽しそうなことに首を突っ込めなかったことの方が、マリーゴールドにとっては残念なようである。
紅の救世主に幼い二刀流剣士、癒しのカエルに黒鉄の竜巻。
金の魔術師と雷の魔術師
フォルトゥナ教団はいつの間にか立派なパーティになっていた。
「ユタカよ! まだ私が入ってから歓迎会が行われてない! 宴を催そう!」
親睦を深めるためだと称し、ユピスは声を高らかに、宴の提案を切り出していく
「そうだね、何処か店でも貸し切って……」
「ユタカの料理を食わせろ! まだ数える程しか口にしてないからな!」
「あ、はい……」
王都滞在中のパピロス兄弟も誘って、王城の一部を借り、宴を催す事になった。
豊とロシィ、ギャリオンで王都商業区食品街へ買い出しに向かう。人々で賑わうその場所には、様々な店が立ち並び、食欲をそそる様な香りが辺りに漂っていた。
「今日は何を作ろうかなぁ……」
まるで主婦の様に献立に頭を悩ませていると、食材屋の主人が良いトマトが入ったと知らせてくれた。トマトはギルダム国近くの村々で、最近よく取れるようになった期待のホープだ。豊の提案した先進式な【狂い泥活用法】により、各地でも作物の収穫量は増えている。
いくらかの材料を購入ながら食品街を回っていると、一際大きな声が辺りに響く
「そいつを捕まえてくれ!ウチの大事な商品なんだ!!」
一斉に逃げ出してきたのは、この地でテイバーと呼ばれる大きな鶏であった。豊達は素早く、それぞれ捕まえて逃げ出したテイバー十五羽全てを捕獲した。
肉屋の主人は三人に礼を言うと、大特価でテイバーの肉を売ってくれた。適切な環境でよく運動された鳥の肉は、身が引き締まっていて臭みが少なく、火にかけると旨味油が溢れ出る絶品の肉である。
「トマトにテイバー……各種野菜でパーティにピッタリな料理……うーむ、あと一押しかな……」
食品街を歩き進めると、突き当たりの店にはチーズを始めとした乳製品専門店の看板が見えた。
「久々に食べたいなぁ……アレ」
ギャリオンとロシィには豊の言う「アレ」の正体は分からなかった。材料を買い込みパピロス兄弟を誘って王城に戻ると、豊は会場となるひらけた中庭に【時を駆ける創造】で窯を創り出した。残っていた【おばけ白炭】を燃料にして窯を十分に温め、その間に生地作りから始める。
【時を駆ける創造】を利用する事で、生地の発酵時間を短縮し、すぐに焼く段階まで出来る。トマトでベースになるソースを作り、野菜とテイバーの下処理を行う。テイバーは薄切りにして、あらかじめ加熱調理をする。ソースとハーブ、ニンニクとオイルにチーズ。
これらを基準にし、追加で様々な野菜を乗せてから順に焼いていく。糧のサブメニューから唐揚げやマヨネーズまで取り出しトッピングをした。
「これぞ! ユタカオリジナル! 特製ピザの完成でい!」
久しぶりのピザに、急な江戸っ子が飛び出す豊。
皆は初めて見るピザに興味津々であった。
焼けたチーズと生地、各種具材から放たれた香ばしい香りが、食欲を掻き立てる。豊の口調が変わる時は、決まって美味いものだと教団のみんなはよく知っていた。みんな揃って『いただきます』の合図。その勢いは食事というよりも合戦に近いかもしれない。
喜びを分かち合う焼き立てのピザには、皆を笑顔にする特別な力がある。中でも宴の発案者であるユピスは初めてのピザに大変満足しており二枚目を既に平らげていた
ロシィやギャリオンも手伝い、様々な具材のピザが次々と焼かれていく
「ユタカ! ピザというものは美味いな! 葡萄酒にも良く合う!」
ピザの味にご機嫌のユピスは、熱いピザをものともせず豪快に頬張り、次々と焼けていくピザを食べ比べて楽しんでいた。
豊は断然コーラ派であった。糧のサブメニューから何本か冷えた瓶のコーラを取り出し、黄金の組み合わせに身を震わせる。
ピザが放つ香しい誘惑につられて、昼食を目前にしたエウロ王が、初めて見る料理を所望する 。彼は巷では食通として広く知られていた故、まだ見知らぬものに対して、只ならぬ好奇心を示した。
ナイフとフォークを握り皿に用意された熱々のピザを目の前にすると、まずは目で見て彩りを楽しむ。色鮮やかな具材達。トマトの赤、ハーブの緑がバランス良く配色されており、料理人のこだわりと配慮が伺える。
次に香り、美味しさを知らしめる匂いが鼻を通る。その喜びがずっと続いて欲しいと願うが、すぐに王の肺は取り込んだ酸素に満たされてしまう。もっと味わっていたいという気持ちと早く口にしたいという想いが拮抗するが、程なくして僅かに食欲がこの戦いに勝利した。
左右の銀食器でピザに手をつけようとしたその時、自分の周りを見渡したエウロ王は、思い切った行動に出る。
「お、王よ! なんという!」
王政大臣バルベロンが目撃したのは、素手で料理を口へと運ぶギルダム十八世であった。既にピザ切りで食べやすくなっていたとはいえ、素手で食べるとは思ってもみなかったのだろう。
「時には豪快な食事法が、料理を高める事もあるであろう」
豊達の姿を見て即発されたエウロ王は、普段やらない事への罪悪感をスパイスに、ピザを満喫していく。滅多に見ることのできない王の大胆な行動に、大臣を始めとした城に仕える者達は驚きを隠せずにいた。
熱いピザを時折覚ましながら、口の中へと消えてゆく。生地のさっくりとした食感に、トマトベースのソースが酸味と旨味を与え、鳥の肉と脂がその旨味を引き立てる。スパイスとハーブの香りが鼻の中を爽やかに抜け、舌に楽しい刺激を残し、チーズの滑らかな舌触りがそれを飲み込んでゆく。噛めば噛む程にその味わいは口の中で調和し、飲み込むことで料理として完成する。その瞬間、王の顔は恍惚とし、この世の快楽を全て味わったかの様な衝撃を身に受ける。
巷ではにわかに囁かれていた。
『炎の料理人が作る料理には、人を魅了する魔術が込められている』
という噂は事実とは異なるが、城の者達の目には紛れも無い真実と映った。
王のその様子を見たバルベロンは、皿を持参し、焼き立てのピザを所望する。数秒もしないうちに、焼き立てが皿に盛られ、まるで初恋の様な緊張感と期待の中、口の中へ放り込む。美味すぎる……。王政大臣として数々の宴に足を運んだが、これ程に熱く、口の中を焼く料理は、安全の面から口にしたことが無かった。しかし、焼き立ての料理が、出来たての料理がこれ程までに気分を高揚させ、自分の心を惑わす事を、バルベロンは生まれて初めて知ってしまったのである。これを貪る事が許される……?本当にいいのか?私は狂ってしまうのではないだろうか?そんな絶望すら湧き上がる。皿に盛られたピザを一心不乱に、火傷を顧みず口に運ぶ、その姿はこの場に居た配下の目を奪う程であった。
「焼き上がり一丁!」
周囲の人間も、王と大臣の様子を見て、津波の様に押し寄せる。それぞれの手にはピザのひとピースがしっかりと渡され、各々放り込む。後は、それが延々と繰り返されるだけであった。
その後、影で王と豊の間に、この料理のアイディア権についての契約が交わされていた。内容はピザをギルダム国王都発祥とし、その詳細な調理法の掲示を条件に、フォルトゥナ教団へ一定の商標使用料、及び口止め料を支払う。
ギルダムは、この美味な料理を生み出す程の国力があり、聡明である。という事柄を民衆に知らしめ、支持を得ようというのだ。一件穴だらけの策に見えるが、実は効果が望める。娯楽が現代程発展していないこの世界にとって、食事は最高の楽しみのひとつ。それを比較的安くて美味しく、食べ応えのある料理の方法を広め、食欲を満たす事で、人々の心と胃袋を掴むのだ。
式典では各地の代表も集まる運びとなっている、その時にカットしたピザを振る舞い、料理法を伝え、一気に国内へ拡めようという作戦で話がついた。
ユピスの歓迎会であったはずの食事会は、思わぬ展開を招くこととなった。




