87. ロシィを救え
エドワルドとアルフレッドは豊の、
【時を駆ける創造】を観察し、体得しようと日々努力を続けていた。
今は、豊が用意した【マジカルクレイ】という、魔力を流す事で形状を変化させる、真っ黒な粘土と格闘している。これは想像力、発想力、魔力の操作を同時に鍛える最良の手段であった。この方法は、豊も海上でやっていたものである。
「球体! 円錐! 正四角形!」
豊の掛け声に合わせて、マジカルクレイを瞬時に変形させる。
この難しい操作は、魔術と体術を組み合わせた戦いにおいて、有効な修行法となると、マリーゴールドはお墨付きを出していた。
【時を駆ける創造】は素材の性質をよく理解すればする程に、親和性が増し、創造の速度は上がり効率と精度が上がる。豊もマリーゴールドの様に、戦いながら武器を創り出したり、石壁を出して防御したりも、将来的には可能だと考えていた。
「こんなもんかな!」
「兄さんすごい!」
エドワルドがマジカルクレイで作ったのは精巧な馬の模型であった。
繊細な魔力コントロールが可能でなければ、ここまで細かい細工を施す事はできない。アルフレッドも負けじと挑戦するが、出来は若干兄より劣る。
「やっぱり兄さんはすごいや……」
兄弟は完成の度に、ロシィに見せに行っていた。
「ロシィ……僕が木で作った飾り細工なんだけど……受け取って貰えるかな……」
「ありがとうアルちゃんっ」
「ロシィ! オレも作ったんだ! やるよ!」
「わぁ、エドちゃんもありがとうっ♡」
贈り物を受け取りロシィが笑顔を見せると、二人は嬉しそうに修行に戻った。
修行を始めてしばらく時が経ち、豊とルルが買い出しで不在のある日、事件は起こった。いつもの様に修行をこなしていると、急にロシィが装備を整えだした。
「二人は物陰に隠れてて」
兄弟は初めて聞く彼女の冷たい声に、何かが起こっている事を察し、素直に指示に従った。二人が物陰に隠れると、全身黒尽くめで、黒鉄仮面がロシィの前に現れた。
「主人はあいにくと留守です、日を改め願えますか?」
「……………………………………」
兄弟の隠れている位置からでは、相手の言葉は聴き取れない。息を殺しながらロシィを見守る。黒鉄仮面の人物からは只ならぬ覇気を感じ、二人は動けずにいた。
「こ……こんな人間がいるのかよ……」
「レベルが違いすぎる……」
先に動いたのは黒鉄仮面、大型外套の下には厳かな大剣が隠されており、一直線にロシィへと突き出される。直後、高速のマインゴーシュが発動し、突きの軌道は【弾き《パリィ》】によって逸れる。
「【紅葉連刃】!」
続くロシィの風を纏った飛び込み回転斬り。
「【散葉乱刃】!」
二刀流の刺突連続攻撃により、八回。激しい鉄のぶつかり合いに、火花が勢い良く飛び散る。
連続刺突攻撃である【散葉乱刃】を剣で受け止め、技の勢いを殺すと、振り上げからの薙ぎ払い。動作に隙が無く一呼吸で行われる剣撃は、一瞬の隙も許しはしない。
この体格差では、相手の一撃一撃がとにかく重く、当たる訳にはいかない。受け流すか、回避しか手段はないが、機動力を活かした立体戦術で戦う彼女と、黒鉄仮面が扱う真っ当な剣術での戦いは、相手側が有利と見てとれる。
ロシィによる隙の少ない突きでの攻撃は、予備動作が読み辛く、相手の虚を突くには有効ではあるが、その分攻撃は点になり、範囲が狭くなることで、少しの移動で回避が可能になる弱点がある。円を描く動きで相手の死角に入り、幾度となく攻撃をするが力負けする。
このままではいずれ、体力の差により彼女は相手の攻撃に捕まってしまうだろう。
「アル、わかってるな」
「うん、やろう兄さん」
兄弟は物陰から飛び出すと二手に分かれ、戦っている二人を挟む様な位置取りを行い、地面に対して魔術を使う。マジカルクレイを変形させる要領で、戦いの範囲に、土の柱をランダムに創り出していく。全ての柱が同じ長さ同じ太さで作られた土の柱が完成する。
これで相手は剣を大きく振れず、ロシィは柱を使って、更なる立体戦術が可能となる。柱の形が全て同じなのにも理由がある。重要なのが模様、現代ではダズル迷彩と呼ばれる白と黒で構成された模様には、見る者の距離感を狂わせる幻惑効果がある。
その柱を足場として利用し、ロシィは素早い剣撃を次々と繰り出していく。彼女の小さな身体は柱と柱の隙間を縦横無尽に駆け巡る。
「……ッ⁉」
危機感知が働き、その場を離脱するロシィ、正しい判断であった。
次の瞬間、黒鉄仮面は身体を捻り、一瞬力を溜め、光りの剣を振るう。
暴風と強力な衝撃波が発生し、周囲全ての柱はバターの様に容易く切り裂かれ、程なくして、土へと還った。
三人が吹き飛ばされ、周囲の起点には、魔力の余波が立ち込めている。
「なんなんだよ……! あのデタラメな威力は……!」
「兄さん! 次だ! 早く!」
二人は黒鉄仮面を取り囲む様に土をせり上げ、作り上げたドームの中へと閉じ込めたが、それも瞬時に破壊される。
その一瞬でロシィは体勢を立て直し向かっていく、剣撃には先ほどの様な鋭さがなく、衝撃波の影響で怪我をしている様だった。自らにヒールを使う余裕はなく、襲い来る攻撃に、じわじわと追い詰められていく。
鋭い剣撃が一線。大きな音を響かせ攻撃を防いだのは、エドワルドとアルフレッドのマジカルクレイであった。
コレの主な原料は炭素と鉄。その炭素を魔術で操作し、ダイヤモンド並みの硬度へと変化させたのだ。
更に二つ目のクレイを投げて操作し、相手の膝関節に巻きつけ固定する事で動きを封じた。硬度操作をされたマジカルクレイを人間の手で外すのは不可能。動きを封じられた黒鉄仮面は膝をおり、我慢比べが始まった。
形状と硬度を維持する為には、遠隔で魔力を操作し続け、注ぎ続けなければならない。兄弟は両手を組み合わせ、内側に押し込む要領で魔力を操作し続ける。
柱をバターの様に粉砕する光の剣を使えば、脚の拘束は即座に解除可能だろうが、マジカルクレイだけを破壊するのは至難の業、剣を振るった途端に硬化を解除されれば、自分の脚が真っ二つになるのは目に見えている。
ならば、力比べをするしかない。純粋な怪力と、兄弟二人の魔力。どちらが先に根を上げるかの勝負になってくる。
「ふんぬあぁあっっっ‼ 気張れアル! ココで解除したら俺たちは終わりだ!」
「うおりゃああっっっ‼ わかってる! 負ける訳にはいかないんだ!」
黒鉄仮面も、力の限り拘束を解こうと足掻くが、ダイヤモンドの硬度にまで高められたマジカルクレイを素手で破壊する事はそう容易い事ではない。
抵抗する度に、マジカルクレイの硬度が下がり、形状維持が危うくなる。それに抗う為、兄弟は懸命に魔力を込める。
「「うおぉおぉおぉぉおっっ!!!」」
二人は魔力の放出を維持する。既に気力は限界を超え、ふたりの瞳孔は開き、鼻血が滴り落ちる。
「ココまでだよ」
ロシィの準備は万端であった。二人が稼いだ時間に回復を済ませ、相手の喉元に構えた剣からは、いつでも必殺の一撃が放てる。
そして、しばしの沈黙の後、黒鉄仮面は剣を地面に突き刺し、口を開く。
「まいった!」
聞き間違えではない。まいったと言ったのだ、その言葉と同時にロシィは剣をしまい。自らと黒鉄仮面の治療を始めた。兄弟は訳が分からず慌てていると、物陰から豊とルルが現れた。
「お疲れ様〜! なかなか迫力あったね〜!」
「みんな強かったケロよ〜」
「ユタカの兄ちゃん! どうなってんだ⁉」
「ユタカさん、これは一体……」
「実戦形式の模擬戦闘だよ、身が引き締まっただろう?」
「いやぁ〜さすがはユタカさんの弟子だ。センスありますよ! 特に幻惑迷彩の柱なんかビックリしました!」
黒鉄仮面の正体はギャリオンであった。
まだ兄弟はギャリオンの存在を知らされていないため、実戦訓練には適役だった。
改めてギャリオンがフォルトゥナ教団のメンバーだと知り、
有名な【黒鉄の竜巻】だと知ると、二人は呆気に取られていた。
今回のポイントは、二人が圧倒的な実力差がありながら、ロシィを助けようとしたかどうか、と戦闘における判断力と創造魔術の応用である。
「二人は男の子だから、必ずロシィを助ける為に戦うと思っていたよ」
豊は話しながらギャリオンの膝関節に巻き付いていたクレイを取り除いていた。
「ロ、ロシィは知ってたのか?」
エドワルドとアルフレッドは全身の力が抜けてしまい、立つ事が出来ずにいた。
「ごめんねぇ……騙す様な事して♡」
しゅんとしてみせるロシィに対して、二人は慌てて
『自分たちの為にしてくれた事だから!』と理由づけた。
「二人ともカッコよかったよ。助けてくれてありがとう」
彼女がとびきりの笑顔を見せると、兄弟はその笑顔に、もう何もかも引っ括めて考えるのをやめた。
いきなりの抜き打ち実戦訓練に、かなりまいった様子の兄弟であったが、あの実戦での経験から創造魔術の技能が一気にレベルアップしていた。二人の状態から察し、一通りの基礎を教え終わったと考えた豊は、兄弟に対して卒業を言い渡した。
彼らの魔術は【錬成術の釜】という名前で発現を果たした。
豊の様な、魔力で物理法則を完全に無視した、デタラメな魔術では無く、素早く質の良いものを創り出す魔術となっている。
時間にすると、約二週間程の期間ではあったが、魔術基礎、護身体術、戦闘訓練に創造魔術と、非常に濃密な内容であった事が、エドワルドとアルフレッドの脳内を過ってゆく。この期間に食べ続けた能力値補正料理のおかげで、年相応よりも遥かにたくましくなっていた。
パピロス村に戻り、兄弟に魔術を利用した商売を伝える。
二人の術により、本来必要な設備である、繊維を高温で煮詰める為の釜や繊維を抽出する為の薬品。型に合わせて熱圧縮し紙を作るプレス機。瞬間的に乾燥させる為の熱風機なども短縮され、砂糖を抽出した、後大量に保管しておいたサトウキビは、一夜にして全て上質な紙に変わった。
この結果に、村の代表を始めとした人々は、皆喜びの声をあげた。
王政経済大臣バルベロンとは、あらかじめ話をつけておいたので、この上質な紙は一部は国が買い取り、残りは国が責任を持って他の国との貿易に差し込むことで、高い値で売り出してもらう手筈になっている。
この短時間で、在庫のサトウキビを全て使い尽くした事により、兄弟の仕事は無くなってしまった。続けて砂糖を抽出する仕事に戻ろうにも、彼らの手際では、全てのサトウキビを使い切り、他の人の雇用を奪ってしまう事になりかねない。
それならばと、兄弟は見聞を広め自らを鍛えるために旅に出て、時々、村に帰って来ては上質な植物紙を作るという事にした。
卒業と旅立ちの餞別として、豊からふたりに、マジカルクレイを戦闘特化に改良した【クレイフラガ】が贈られた。
ふたりはこの後、パピロスの魔術師兄弟と呼ばれる様になり、これからの創造魔術を大きく発展させる事になるだろう。
「まぁふたりには、まだやってもらうことがあるんだけどね」
張り切って旅立とうとする兄弟を魔装車に乗せて、一行は王都へと向かう




