80. 紅の休日②
「白昼堂々といたいけな美少女二人に、野卑な眼差しを向ける卑劣な悪漢を、見過ごす程この私は愚かではない! 即刻この場から消え失せろ!」
青い瞳に白い肌、銀の長い髪に黒い軽鎧に、携えた得物はガントレット
流れる様な長身と、鎧の上からでもわかる鍛え抜かれた豊満な肉体。
繊細な彫刻が動き出した様な美しい姿に、悪漢三人を含めた皆が見惚れていた。
「おう、それじゃあアンタがこの子達の代わりに俺たちの相手をしてくれよ、俺たちゃ今し方、討伐任務を成功させて来て、懐があったかいんだ」
「久しぶりに酒に女と洒落込んで、気持ちよくなりたいのよぉ」
「い、良い女ダァ……。どんな声で泣くのかなぁ……」
男どもの興味が美少女二人から豊満な美女へと変わった。
彼女の姿を見て何を想像しているかは股間の膨らみが物語っている。
「貴様ら、少女がダメなら私を抱きたいというのか、痴れ者が……そんなに女が欲しいなら娼館にでも行け」
「俺たちは慣れた女よりも初々しいのが好みなんだよ……男をまだ知らない様な娘がさぁ……」
悪漢三人が銀髪の美女を囲む様に散開する。
「言ってもわからん様なら、私が天に変わって鉄槌を下してやる」
図体が一番大きい男が背後から襲い掛かる。
二メートルを超える巨体が、丸太の様な腕で掴みにかかる、がそれを軽々しく躱す、続けて、細身の男が素早く近寄り捕まえようとするが、それもスルリと躱す。まるで手の平で踊らされている様に、その行動は繰り返され、男達の怒りは徐々に高まっていく
「調子に乗りやがって……痛い目見せてやるぜ……」
リーダーらしき男が短剣を抜くと、丁度三人分の飲み物を持った豊が帰って来た。
その時、美女が躱し、押し出した大男がバランスを崩して豊に激突。
その衝撃で飲み物が宙に舞う。
「【クイックアップ】」
回転する飲み物に対し、円を描く様にコップへと戻して元通りにすると、再び時は動き出す。圧縮した六秒を使い、豊は見事に飲み物を死守した。
その動作を見ていた人物は、この場に三人だけ。ロシィ、マリーゴールド、
そして銀髪の美女だけであった。
「お待たせ〜。人気のある店らしくて、並んでたら時間かかっちゃった……。って何アレ……」
銀髪の美女と悪漢三人のやり取りを遠目に見ながら、ロシィとマリーゴールドに飲み物を渡す豊。手早くマリーゴールドが経緯を話すと、自然と男達に向かって歩みを進める
「せっかくの休日に水を差したくないのに……」
豊が四人に割って入ろうとすると、悪漢のリーダーが勢い余って豊に短剣を向けた。炎剛竜の鎧とスーツを着ている豊には何の効果もないが、危ないので腕ごと捻りあげる。
「こらこら、公共の場で、こんな危ないもの振り回しちゃダメですよ」
柔らかい口調ではあるが、背中へと捻りあげられた腕は手首、肘、肩の関節が完全に決まっていた。
「あぁー痛いっ! なにこれ痛い! めっちゃ痛い! ねぇ!! 痛い!!!!!」
男と関節が悲鳴をあげて解放を望む。
「町中の美少女二人に声かけたくなるのもわかるし、こぉんな美女を見つけたら一発お願いしたくなるのは仕方ありませんが、女性が断ったら素直に引くのが礼儀というものではありませんか?」
「な、なんだあの技……!!」
「かまわねぇ! アニキを助けろ!」
「こちらとしては、無駄に腕を折りたくはないんですよ、立ち去って頂けます?」
捻り上げた腕か更に曲がらない方向へと曲げられ軋んでいる。
「わかった! わかったから離してくれ! 折れちまう! 折れちまうから!」
解放した悪漢は、仲間に肩を貸してもらいながらその場を去って行った。
お決まりのセリフは言う程余裕はなかった様で、かなり急ぎ足だった。
「ウチのツレがご苦労をお掛け致しまして、申し訳あり……まっ!!」
謝罪と感謝の言葉を告げる間も無く、銀髪の美女から素早い蹴りが飛んできた。
「ちょ、アンタ! 何してんだ!!」
マリーゴールドが銀髪の美女に対して声を張り上げる。
「あの様な悪漢を正さずに逃すとはなんたる所業! 貴様! もし対応が間に合わず、あのまま彼女らが拐かされでもしたらどうするつもりなのだ! 未遂だからと言ってあの様な行為を見過ごすとは! 貴様も同罪だ!」
「貴女のご心配痛み入るよ。確かに痛みでしか分からない事もあるだろう。しかし、もう少し貴女が言葉を選べば、ただのナンパで済んだ話とも取れる」
「私の所為だというのか!」
「全てがそうとは言ってない、貴女の対応は、彼女らを助ける正義の行いだ……ただやり方が極端だと言いたい……いッ‼」
またしても空を切る素早い蹴りが、豊の頭をかすめて過ぎる。
「勝負しろ赤いの! 貴様に私の正義を叩き込んでやる!」
「いいよ。僕が勝ったら一晩デートしてくださいね」
「くっ……痴れ者がぁ!!」
銀髪の美女が大地を弾く様に突進してくる。風が突き抜ける様な早さに加え、稲妻を彷彿させる、身体に響く蹴り。ただ怒りに身を任せるだけの攻撃ではない事は、この一撃で豊にはわかった。
「この子、レベルが高いな……」
ロシィとマリーゴールドは、二人に近づかない様に周りに促すが、ギャラリーは刺激を求め、何処からともなくわらわらと集まってきた。
本来止めるべき立場の兵士は、巻き込まれたら死ぬのを察して、見て見ぬ振りをする。この戦いによって、小規模な竜巻まで発生している。誰でも命は惜しいのだ。
普段、先ほどの様な軽口で相手を挑発する様な豊ではなかった。
相手が怒りに我を忘れる様に、ワザとあんな言葉を選んだのだ。
彼女の力量を鑑み、真剣にやらないと怪我をするのはわかっていた。
正直ギャリオンと比べれば、そう対した事はないと踏んでいた豊であったが、反応速度と技のキレ、切り替えの早さに殺気のあるフェイント。モンスターを相手に、修羅の道を歩んだギャリオンとは違い、対人格闘でその道を極めた人物である事がわかった。
「【ヘイストギア】」
経験値を稼ぐ為、銀髪の美女の攻撃を躱し、いなしていくと、更にその上の攻撃が的確に死角から急所目掛けて飛んでくる。
アウトボクシングの様に足を使い、相手の周りを時計回りに移動していく事で
攻撃をした後はすぐに離脱し姿を追わせない。
現に今、豊は鎧の上からだが、何発か良い打撃を受けている。
攻めている、押している、これなら勝てる、イケる、そう相手は思っているだろう。だが、豊の作戦は着々と進んでいた。
「あいつ……あの女にまで容赦しないつもりだな……」
「ごしゅじんさまやらしい! スケベ〜!」
この戦術を知っているのは、フォルトゥナ教団のメンバーと極一部の人間。
地面は噴水広場の為に整備された石畳。よく動く戦いに、豊のかいている汗の量
一撃をもらい動きが鈍る豊。銀髪の美女が好機と判断し、石畳を踏みしめ、大きな一撃を追加しようとしたその時。
不意に、彼女の足が滑った
「かかったなあぁぁぁ!」
石畳に手をつく美女に対し、すかさず豊の寝技が炸裂。
またしても油作戦である。
逃げながら撒き散らした油、見た目ではただの汗に過ぎないが、
それは時間経過と共に、滑る油へと姿を変える。
水だから、汗だから多少滑るのは想定内であろうが、それが油ならば話は別である。
彼女は咄嗟の判断で、関節技を決められない様、膝を軸に回転を続けるが、
足掻けば足掻くほど、ユタカオリジナル寝技は身体へと食い込んでいく。
装備のマントを搦め捕り、手足を巻き込んで縛り上げるこれは、
以前、命を狙ってきた刺客にも使用した技
【変形布巻き締め】の進化型
【変形布巻き鰻締め】である。
ヌルヌルした布に加え、豊の手足が複雑に絡む事で
滑りに滑って力を拡散させる、ユタカオリジナル寝技である。
手足の自由を奪われ、うつ伏せに倒されるが、それでも彼女はまだ足掻き続けた。
「くっ……! この私が近接格闘で遅れを取るとは……! あぁっ!」
「フハハ! この技から逃げる術はない!」
「アイツ寝技かける時だけ性格変わるよな……」
「ごしゅじんさまは初めてあった時からそうだったよ」
二人の視線はだいぶ冷めついたものであったが、銀髪の美女まだ諦めない。
なんと腹筋の力だけで地面を弾き、数十センチ程、空中に飛んだのであった。
「なんて腹筋の力だ! あれ程の技を喰らいながら反動で飛ぶなんて!」
周囲からは驚きの声が上がる。
「そうくると思ったよ」
これを読んでいた豊は、【変形布巻き鰻締め】をそのままひっくり返した。
【天地逆転鰻締め】へと更に変形したのである。
拘束され手足が使えない今、地面に接する事が出来なければ新たに力は生まれない。
激しい打撃戦から、寝技戦への移行に周りも盛り上がっていたが、
一方的な展開になると、銀髪美女を案じる者も現れ、豊も勝負はついたと決断し降参を促す。
「参ったしてください! 早く! 骨が折れてしまいますよ!」
「降参などするものか! 例え腕を折られ、足が砕けようとも、私は貴様に屈したりはしない! 絶対にだ!」
「あ、そう」
「ひぃっ!!」
この技の真髄は、絡まった手足の使い方にある。絡みついた豊の手足がまるで鰻の様に這い回る。
「ひぃっ! あはははっ! やめて! やめてくれ! 脇腹は! 卑怯者っ! 卑怯者〜! あっ、やめてそんなイヤだ! そこはダメだ! あははははは! やめ! あははは! ひぃ〜〜! 許して! いやっ!」
「早くギブアップしてください! この技めっちゃ疲れるんですから!」
銀髪の美女が大衆の面前で、紅の鎧の男に擽られて身をよじる光景は、その場に居た小さなお子様を目覚めさせるには十分過ぎる内容だった。
「疲れる技と言ったな! 貴様が力尽きるまで……いひっ! 耐えてやるっ! ……負けるか! んひぃ〜〜! もうダメだ! 殺せ! こんな辱めもうイヤだ! 殺してくれ〜〜!! あははははは〜!!!!! …………ふぅ……」
「強情な女性だった……」
擽られて気絶した銀髪の美女を技から解き放つと、マリーゴールドから痛烈な一撃が飛んできた。
「なんて事してんだこのドスケベ! 気絶までさせやがって! この後どうするつもりなんだ!」
「ほっとくわけにもいかないし、宿屋にでも連れ込みますかね? いてっ!!」
二度目の痛撃が響き、噴水広場の激闘は幕を閉じた。
一体どれだけのトラウマを銀髪の彼女と、幼気な少年に植え付けた事になったのか想像をすると、怖くて仕方ないマリーゴールドだった。




