74. 忍び寄る影
エルフの森からパシリカ国港町までの間に、ちょっとした出来事があった。
「おや、道の真ん中に倒れている二人組がおりますぞ?」
その二人はどうやら女性らしく、露出度の高い装備に身を包み、健康的な褐色の肌がとても眩しい。美しい二人組であった。そのうちの一人が蹲り、もう一人が介抱しているように見受けられた。
彼女達が留まっている直前で、豊は魔装車を停止させ――
「SOS! 今日もまた誰か! 乙女のピンチ!」
「待て待て待て待て‼」
女性のピンチをいち早く察し、物凄い速さで救いの手を差し伸べようとした豊を、マリーゴールドが止めた。
「どう考えてもおかしいだろ! あんな格好した色気抜群の女二人組が『助けてください』と言わんばかりに目の前に現れる訳ないだろ! 罠だろ!罠!」
「罠でもいいんだ!!!」
「いや、ダメだろ!」
「いいかい、マリー。もし、僕が罠にハマったとしよう。罠だった場合、道中苦しんでいる人は居なかった事になる。もし、罠でなければ、その場で人を救うことが出来る。僕はそれでいいんだ……」
「良くねぇって‼」
「なんという慈悲深き心……! 騙される可能性すら承知の上で、苦しんでいる人々を救おうという気概……! まさに聖職者の鑑!」
「ギャリオンも止めろや!」
ギャリオンも完全に良い人なので、豊の尊い行いに賛成した。
「大丈夫ですかお嬢さん方! 私はフォルトゥナ教団団長ユタカ!何も心配する必要はありません! 私が来たからにはもう大丈夫!」
「あっ! もう行きやがった! 足が早過ぎる!」
ギャリオンに気を取られている隙に、豊が美女二人に手を差し伸べていた。マリーゴールドは頭を抱えているが、諦めて顛末を見届けることにした。
「あぁ、なんて素敵なお方……。わたくしは、ウーファン。こちらは姉アーファンですわ。つい先程、毒のある魔物と戦闘を行いまして、魔物は逃げ出したのですが、その毒が……!」
「大変だ! 刺された所を見せてください!」
ウーファンがアーファンの身体を支えながら体勢を変える。両腕を頭の後ろに組み、腋が露出する事で、患部が見やすくなった。彼女が毒を受けたのは、背中側の右腋の下、毒針が今も尚突き刺さっている。
「この針の形は、大痺れ蠍蜂……! パシリカにもいるのか……!」
【大痺れ蠍蜂】
麻痺毒を敵対者に注入する昆虫系の魔物であり、その活動範囲の広さから、ありとあらゆる地方で目撃される。毒自体は熱で分解するが、早期の治療が必要となる。手遅れになると身体に麻痺が残ってしまう。
「ウーファン……。右腕の感覚が……無くなってきた……。」
「アーファンしっかりして! 今治療してもらうから!」
戦いの疲労もあってか、アーファンの意識は既に絶え絶えとなっていた。
「水で洗浄しながら、なんとか針は取りだせたけど……。広背筋の近くなのに、余分な肉が無さ過ぎて、狭窄法で毒を搾りだすことが出来ない……。お二人とも、先に謝っておきます。【第一の術、第弐派生】【溢れる体液】!」
摘まんで毒を搾りだす事が不可能である為、豊は強行手段として、口での吸引法を実行した。
「ずりゅりゅうっ! じゅるじゅるずりゅう! ずぼぼぼぼぼっ! じゅるぼっ!」
とんでもなく大きい音を響かせながら、豊が毒を吸い上げている。とてもじゃないが、医療行為には見えない絵面である。だが、彼は至って真剣そのものである。実際、【溢れる体液】で分泌した油は、抗菌作用を持ち、更には麻痺毒に対して解毒作用を持っている。そして、その効果は早くも出ている。
「一回で大体半分の毒が吸い取れました! 後、二回程吸引すれば、自己治癒能力で回復できる範囲まで治療できます!」
「なんという胆力……!自らも毒に犯されるのを顧みず的確な治療を……!」
豊の男気に魅せられ、ウーファンは姉を支えながらも、恍惚とした表情を浮かべている。
そして、全ての毒が吸いだされ、治療が完了した。
アーファンも意識を取り戻し、その後【過剰なる糧】ユタカオリジナルを以て、身体の完全回復と果たしたのであった。
「わたくしの命を御救い頂き、誠に感謝いたします。ユタカ様には我が妹ウーファンを含め、心を込めて、夜のお供に興じさせて頂きたいとおもいまする」
「いえいえ、人として、当然のことをしたまでですから」
「それではわたくし達の気が治まり致しません。何卒……!」
「我々は救いを差し伸べる神の手。見返りを求めぬのが、矜持。それでも、貴女方の良心がそれを咎めるのであれば、フォルトゥナ教団の教えを、このパシリカでも広めて頂きたく思います」
「あぁ、なんて尊いお方……わたくし達をいなすその佇まい……!まさしく神が遣わせた救世主そのものですわ……!」
「では……これにて……」
豊は美人姉妹と別れ、魔装車へと戻り、早々と出発した。
「なかなか時間が掛かった様だな。やっぱり美人局かなんかの罠だったか?」
「……あぁ、罠だったよ。だけど、《《苦しんでいる人は居なかったんだ》》それでいい」
「だから言ったじゃんか、あんな美人が、あんな無防備に旅してる訳ないんだよ」
「あぁ。先を急ごう」
豊は何事も無かったかの様に魔装車を起動させた。その速度は、この世界の常識から外れ、すぐに丘の向こうへと走り去っていった。
その場に残った二人は口を開く。
「貴女の毒、効かなかったわね。アーファン」
「そうね。大型魔獣すら即死する毒を、わざわざ大痺れ蠍蜂に偽装したのに」
「奇襲をする隙も無かった。やはり、本当に【神の遣い】なのかも」
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港町を訪れた一行は、長旅の疲れを癒す為に休息日を挟む事にした。
豊が一人、町中を散策していると、たくさんの人混みの中から、妙に鋭い視線を感じ、裏路地へと向かった。
こんなあからさまな誘導に引っかかる様では、追跡者、暗殺者の類だとしても、大したことないと豊は考えていたのだ。
入り組んだ道を素早く移動するも、視線は消えず追いついてきている。
「僕の熱烈なファンの方ですかね?」
袋小路へと辿り着き、振り返ると、複数の影が現れる。
「黒髪に紅の鎧、コイツだ」
全身を黒いコートで隠し、顔には白い獣を模した仮面、男でも女でもない冷たい声に明らかな殺気。
「怨みを買う様な生き方はしていないつもりなんですがね」
顔へとまっすぐ飛んできた複数のナイフを剣で撃ち落とすと、間髪入れず、一斉に影が広がっていく得物達。個々により種類は異なるが、鉤爪、曲剣、短剣、拳剣、首狩り刀を確認した。
攻撃を捌きながら、豊は問う。
「何の目的で僕を狙う」
影達は、ペラペラと喋るタイプの刺客ではなかった。
徹底した口の噤み様、信念と冷たい視線、これは明らかに個人の主張や目的ではなく、大規模な組織によるものであると、豊は確信していた。
この手のもの達は、例え拷問をしても、情報を出さず自ら死を選ぶ。喋らないというだけで逆に、これ程の推測が可能であった。
豊が闘気を発しても影達は怯まない。同時に4つの攻撃が襲い来る。
「【クイックアップ】」
仮面ごと、顔面に強烈な一撃を叩き込むのと同時に、次々と刺客達の顎を砕いていく。舌を噛んだり、歯に仕込んだ毒で自害をさせない為だ。それと同時に、回復が出来ぬ様に手足も砕き、動きを封じようと試みるが
たった一人だけ、クイックアップでの攻撃を一度躱す影が存在があった。
豊は一瞬考えを巡らせ、再び時は動き出す。辺りには刺客が、声にならない呻きで痛みにのたうちまわっている。
「どうやら痛覚や感情を完全に忘れている暗殺集団という訳ではなさそうですね。無理だとは思いますが、情報を吐かせて頂きます」
「【ヘイストギア】」
速度を上げた豊に、刺客は臆せず攻撃を仕掛けて来る。壁と壁の間を蹴り渡り、人間離れした立体戦術で、常に豊の死角から攻撃は繰り出される。
何度か攻撃はかすったが、炎剛竜の皮で作られたインナースーツは毒も通さず、鎧の隙間に生まれる弱点を難なく守りきっている。大砲の様な衝撃ならともかく、斬撃や刺突や毒で、この防具を無力化する事は不可能。
「二速ッ」
何度も武器を交差し、殺気を込めたフェイントを織り交ぜながら、蹴りを交換する。
「(僕の記憶に該当する体術は存在しないが、上半身で武器攻撃を繰り出し脚でも攻撃を休めない。非常に興味深い)」
近代的マーシャルアーツを駆使する豊とは対照的に、雲の様に型の読めない動きで翻弄する刺客。
ナイフと蹴りによる攻撃と、動作のフェイントで豊の虚を突き、腕を巻き込む様に、身体を回転させる。
「(合気道にも似た身体の構造を理解した投げ技に瞬時に決めにかかる関節技! まずい!)」
【溢れる体液】を発動し、腕を滑らせる事で、関節技を回避するも、同時に地面へと叩きつけられる。
「俺に! 寝技で勝てると思ったかぁ‼」
寝技に入ると、豊が豹変した。すかさず、体液を塗しながらの寝技を繰り出す。相手のマントを引きちぎり、油を染み込ませて縛り、動きを封じた。
「コレが! ユタカオリジナル寝技【変形布巻き締め】じゃあ! 観念しろ!」
肌と肌、衣服と衣服とでは滑ってしまうこの特殊な油は、
衣服と肌が接触する際には滑らず、逆に滑り止めへと変わる。
関節技と鎧の重みによる完全なる決め技。本来柔道による寝技も、完璧に決まってしまえば身動きは取れないが、この技は、うつ伏せの相手の四肢を、油の染み込んだ布で縛り上げ自由を奪い、尚且つ重みでダメ押しする。地面も油にまみれていて滑り、力は霧散される故に脱出は不可能。
「オラッ! 素顔見せろ!」
寝技でテンションがおかしくなっている豊は、刺客の仮面を外すと
「あっ……!」
光を失った目に整った顔立ち、幼さを残しながらも、成長途中の可愛らしさがあるが、顔半分に、隠しきれない程の大きな火傷があった。その顔に、豊は戸惑いを隠せないでいた。
こんな少女を使って自分を狙わせる輩が存在する事、彼女が今まで歩んだであろう、影の道を想像し、豊は良心が揺れ力が少し緩んだ。
その瞬間、油布は彼女の手足に仕込んでいたであろう、小型のナイフで引き裂かれた。
「しまっ……!」
間髪入れず煙幕が投げ込まれ、瞬時に視界は遮られた。動けなかった他の刺客達は、持っていた爆薬を使い自害し、刺客の少女は姿を消した。
彼女が落とした思われる一冊の小さな冊子。豊はそれを懐にしまう。
爆発の音に人々が集まり始めているのを察した豊は、素早くその場を離れ、再び町の中へと戻っていった。




