28.剣牙獣
掲示板の真ん前で、顔を顰める様子の大柄な男性に対し
豊は思わず声を掛ける。
「どうかしましたか?」
話しかけられたことで、豊の存在に気が付いたのか
若い戦士は慌てたように答えた。
それと同時に、自分の体格が、掲示板の前を塞いでいたのも察した。
「あぁっ! すみません邪魔ですよね! すみません!」
にらめっこの相手を見ると、それは大型魔獣である
剣牙獣の討伐依頼書だった。
「コレが、どうかしましたか?」
「実はこの依頼、参加条件がありまして……」
豊が条件を確認すると、
狂暴な魔獣のため【三人以上の集団限定】と記されていた。
「成る程ね」
「急に申し訳ありません。オレは戦士のギャリオンと申します。もし宜しければ臨時のパーティを組んでいただけませんか?」
ギャリオンと名乗った男性の唐突な申し出に対し、
豊は当然の疑問を返す。
「なんでまた僕らを?」
「先程、邪悪大蛇の査定をしてらしたので……」
周りの冒険者が騒ぎ立てる程に、邪悪大蛇の討伐難易度は高い
これは、ギャリオンを含め冒険者たちにも周知の事実だ。
それと同じ様に、張り出されている討伐対象も、強敵と知られている。
「しかし、冒険者達の話では、剣牙獣は相当手強いらしいですよ?」
【剣牙獣】
山の中に住む大型の魔獣
鍛え上げた剣の様な鋭い牙を持ち、四足歩行で駆ける。
しなやかで素早い動きに、鋭い爪と牙による、圧倒的な攻撃力
太い毛皮と、伸縮自在な筋肉による強固な肉体
頑丈な顎は、頑丈な甲羅をもつ魔獣でさえも、粉々に噛み砕くことが出来る。
群れを作らず、常に一匹で活動し戦う、孤高の存在
鋭い牙が名剣の材料になる為、
多くの剣士がそれを持つことを夢見る。
「はい、承知しています! しかし、今は危険を承知で、どうしてもまとまったお金が必要でして……」
「ロシィ、どうする?」
「私はかまわないですよ〜。ごしゅじんさまについていくだけです!」
ほんの少し、思考を巡らせたのち、決断は下される。
「じゃあ、行きますか」
それは余りにも早く、思い切りのよい判断であった。
「あ、ありがとうございます!」
依頼を受注し、街中で必要なものを購入してから、馬車で近くの村まで行き
そこから徒歩で目標の住む山に向かう予定だが、
馬車で移動中に、改めて互いの自己紹介をした。
「僕はユタカ、冒険者として各地を旅して回っています。こっちは従者のロシィ」
「ロシィです、こっちはルルちゃん」
ピョンピョン
「よろしくーだって!」
「改めましてギャリオンです。職業は戦士、主に扱うのは剣です。」
ギャリオンが下げている剣は、厚みがあり、幅が広く作られた短剣であり
相当な重量があると見てとれた。
形状が特殊で、種別を特定することが出来ない。変わった剣である。
強いて言えば、バスターソードを太く、短くした鉄塊の様な剣だ。
「実はオレ、村選抜の出稼ぎなんです。だから村に仕送りしなきゃならなくて……」
【村選抜】とは
実力と適性のある若者に対して
村が総出で支援金を出し合い
レベル申請を行うことで、村から稼ぎ頭
出来れば英雄を生み出そうとする手段である。
申請の為の銀貨十枚に加え、必要な生活費を村が出すのは大変な努力が必要で
この選択をするというには相当の覚悟が必要とされる。
「それだけで、今回の目標を選んだわけではないですよね?」
「剣牙獣は、冒険者にとっては越えるべき壁であると同時に、高い報酬も望める好条件の相手なんです。爪、牙、毛皮に肉と目玉、全て売却出来れば、かなりの額になるはず……」
「なるほど。参加条件が最低三人でも、十分な報酬になると言うことですね」
「そのとおりです。邪悪大蛇を倒す実力のあるお二人でしたら、互いに足を引っ張らずに済みそうですし」
「あ〜! 村が見えてきたよ〜!」
そうこう話をしている間に
目的地近くの村に到着し、宿で一泊
十分な準備を済ませた後、朝早くに山へ入る運びとなる。
険しい山道を進むことしばらく、
ギャリオンが、木々に目標の痕跡を発見する。
木の皮は大きく、爪の形に削がれ、その深さと鋭さを物語る。
この爪の向けられた先が、もし人間であったとしたら……
想像をすれば、血の気が引く様な思いである。
「爪研ぎの後に匂い付け、ここを縄張りにしているようですね」
「あしあと、大っきいねぇ……」
「剣牙獣ってこんなサイズだったっけか……思ったよりも大きい気がするが……」
「変異種だったら大変ですよね。ははっ……!」
ギャリオンの冗談は全然笑えなかった。
それもそのはず、魔獣は環境次第で、変異種へと変化するが
その強さは普通種の比ではない。
目撃はされても、討伐されたという報告は少なく
発見者は、命辛々逃げおおせたと云う話ばかりが持ち上がる。
グオォォォォォォォォォン…………!
獣の低い唸り声が、山の中に響く
「ごしゅじんさま……こわいよぉ」
ぴったりと豊にしがみつくロシィ
「大丈夫だぞ、僕がいるじゃないか」
安心させる為に、頭を撫でるとロシィは
笑顔を見せたが、豊の方も正直内心、おっかなびっくりだ。
「まだ目標はオレ達を見つけてはいない様ですね。昨夜拵えた罠を仕掛けますので、お二人共、間違えて引っかからない様に、場所を憶えてくださいね」
「わかった」「はーい」
【罠餌】
目標の好物である、バフロウの肉に痺れ薬と
「おいし草」と呼ばれる、匂いと旨味を引き出す香草を塗す事で
目標は、例え痺れ薬だとわかっても、食べるのをやめられなくなる。
【スパイクボール】
硬い木の杭を網で包み、木に吊るす罠
ロープを切ると、勢い良くスパイクボールが相手を襲う
グレイトワグマの際にも活躍した。
【落とし穴】
今回は、素材をなるべく傷つけない為に、底にスパイクは仕掛けず
泥油を敷いた。目標は脚を取られる為、戦局が僅かだが有利になる
【閃光弾】
可燃性であるキノコ「バクレツダケ」と
発光性の鱗粉をもつ「閃光虫」を掛け合わせた目眩まし、視界を暫く奪う。
「特にスパイクボールと落とし穴はシャレにならないので……っていってもお二人も罠を使うでしょうし、印だけは見間違えない様にお願いしますね」
「でもギャリオン。野生の魔獣なら、こんな罠の餌なんて食べないんじゃない?」
「警戒心の強い種類ならそうするでしょうが、剣牙獣はそれを覆す程に強い個体なんです。なので、そこまで考える必要がないんですよ」
彼の言う事は、至極もっともであり豊もあっさり納得した。
「じゃあ、しばらく物陰で様子を見るか……」
「はーいっ」
【臭い消し】
「無香虫」の出す特殊なガスが、臭いの成分と結び付いて消える。
街でも人気の消臭アイテム。
匂いを消して待つ事しばらく
目標である剣牙獣が、奥の暗がりからやって来た。
(うわっ! でけぇ……!)
(なにあれ、こわ〜い……)
(見事な変異種だな……)
予想は悪い方へ的中した。
本来茶色である毛皮は、紫へと変わり、体長は一回り大きい。
自慢の牙は、剣と呼ぶにはあまりにも大きすぎる。
(聞いたことがあります。この手の魔獣は、魔力分を多く秘めた獲物を大量に捕食することによって、極稀に突然変異を起こす事があるとか……)
(その【極稀】を引き当てたことが吉と出るか、凶と出るか……)
(がんばって、たおしましょうっ)
(まず、餌に喰い付いたら落とし穴まで僕が誘導するよ)
(お願いしますね)
(がんばれ、ごしゅじんさま〜)
この三人の中で一番美味そうな豊が、誘導役を買って出たのは至極当然だった。
餌罠を食べ始める目標。食い付きはよく、夢中で食べており、
麻痺の効果は出ているが、その食事は止まらない。
全て食べたのを確認してから、豊が目標を誘導する。
ズシャッ!!
大地を蹴ると表現するには、あまりにも早いステップイン
本当に痺れ薬は入っていたのか疑わしい程
軽やかな動きに、豊は面を食らった。




