110. 成人の儀式
豊達は前回途中だった各地訪問を再開し、神の謎と世界の概念に触れる為、リザードマンの集落である、熱林湿地帯を訪れていた。
この地に住まうリザードマン達の神は、狩猟の神ストルテミス。古き時代から彼らに崇拝されている。豊かな自然が育む恵みを、狩猟によって毎日の糧とし、感謝を捧げることで、この地帯は信仰と秩序を保ってきたとされる。
豊はリザードマン達に神との謁見を申し出た。神がこの世に顕現し、人と対面するなど普通ならば信用されないが、豊にはコスモライブラ、トートに対面した実績があり、その話は巨人族、ドワーフ族から各方々へと伝わっていた。
リザードマン族の長である【若き勇敢なるジェンス】は、狩猟神ストルテミスの祭壇へ案内する条件として、近年村が抱えている問題を解決してほしいと、豊に申し出た。彼はまだリザードマン達の間では若輩であり、先代村長の息子として、跡を継ぐことになった為、まだ周りからの信頼が厚くなかった。
ジェンスは長い間、村の外を放浪し、様々な知識を得て帰ってきたが、村の伝統を重視する老人達に厄介がられている。豊が広く伝えた先進的な農業方法も、彼は知っていたが、この村でその農業法を行なっているのは、彼を知っている若い世代達だけであった。
最近ではリザードマン達の成人の儀式である【滝壺への挑戦】の件で、若い世代と対立が起こっている。
「知識や教養がない人達は、自分の知っている範囲のことしか物事を図れません。狭い世界と視野で漠然と歳だけを食い、さも、自分達がなんでも知っているかの様な万能感に浸り、事ある毎に若輩者だと反抗をする。コレでは我々リザードマンに未来はありません……!パシリカにも時代の流れがあるというのに……!」
成人の儀式である【滝壺への挑戦】満八歳になったリザードマンは成人として
度胸試しをする伝統がこの村にはあった。
しかし年々、大雨の影響で滝の水量が増加し、滝壺の深さが増したことで、事故が多発。これによって重傷者や死者が増えた。村長を始めとする若い世代は即刻、この危険な儀式を中止する様に意見を出したが、老人達は死人が出たにも関わらず、自分たちの意見を曲げようとはしなかった。
「滝壺への挑戦は、我々が乗り越えてきた伝統であり、この恐怖を勇気で補えない様ではこの世では強く生きてはいけない」の一点張りであった。
豊達の世界では「老害」という枠に含まれる人種である。
「では、私が【滝壺への挑戦】よりも遥かに勇気が必要で、且つ、より安全で新しい成人の儀式を提案致します。そのご老人方にもその儀式に参加して頂き、代案として相応しいか、身を以て理解してもらいましょう」
「それは良い考えですね! 是非とも、お願いいたします!」
現状の滝壺への挑戦を、老人に如何に危険か実践してみろと促したところで、年齢を言い訳に拒否されてしまう。だが、もし安全だとされる代案をも断る様であれば、この村の年寄り連中は、意気地の無さを自ら認める事となり、他のリザードマンに対して勇気がどうこう言える立場でなくすことが出来る。
「それで、この村の領地にある石切場から、少しまとまった量の大理石を頂きたいのですが、よろしいですか?」
「我が領地にはたくさんの資材がありますので必要な分、使ってください」
豊はジェンスから許可を得て、計画を実行するべく問題の滝へと向かった。
【パシリカ大瀑布】:名所
パシリカを代表する大滝であり、落差は約二百メートル程。
高層ビル六十階に相当する高さである。
リザードマン達は、この驚異的な高さを誇る滝の上から、滝壺に向かって飛び込む事を成人の儀式としている。豊達が見た感想は、
「ここから飛び込むのは自殺行為」
「狂気の沙汰」「頭がおかしい」
「成人する前に死んでしまう」
などであった。
リザードマン種族特有の頑丈さがなければ、明らかに成立しない。
まさに命懸けの成人式であった。
豊は大体の構想設計図を作り、測量をしたのち【時を駆ける創造】により、大型建築を開始した。場所は大瀑布の横、景観を損なわない程度に隣接させる。
材料は大量の大理石であり、
【水を利用して使う大掛かりな造り】【スリルと十分な安全性。】
コレが今回のキーワードとなる。
村のリザードマン達は、大瀑布で何やらおかしなことが行われていると興味津々の様子であった。
設計図を見てロシィはこの建築物に、見覚えがあるのと感じていた。
「コレ、ロシィ達の村にある!」
「ロシィは気がついた様だな」
「だけど、こんなに大きなもの作ったらどうなっちゃうの? 大丈夫なの?」
「一応、滑走速度も計算して作ってあるから死ぬ事はないだろう」
【時を駆ける創造】により、早回し映像の様な短い間に作られた大型建築物。
「名付けて【パシリカ大瀑布スライダー】だ」
全長、約千六百メートルという、
頭のおかしいウォータースライダーである。
滝の始点となる部分に乗り口が設置されており、そこから滝の裏に向かって、石造りの滑り台が長距離に渡って伸びている。滝から汲んだ適量の水を、磨き上げた石の滑り台に流す事で、摩擦係数を極限まで減らし、滑る速度を上げた絶叫必至のスライダーである。
初めは緩やかな傾斜で徐々に加速、大胆な曲線は脱線を考慮して、屋根が用意されている。直線と曲線を数度繰り返したのち、大瀑布の滝壺へ向けて螺旋式滑り台で加速。最後は滝壺に直下してスライダーは終了となる造りだ。
こんな長さで石のスライダーが形を維持できるのか、普通は出来ないが、大瀑布を形成している巨大な絶壁に支柱を掛けることで重量負荷を分散させたり、熟練度向上によって、大型建築に対し、「超硬度」「結合性強化」「自動修復」というオプションの任意有無設定が追加されていた。
安全性、耐久性、メンテナンス問題を全て考慮したスーパーモンスター大型建築物である。各所に、狂い泥の核が埋め込まれており、大気から魔力を取り込んで半永久的に修復活動が可能となっている。このスライダーは建築物でありながら生きているのだ。
「更にこのバルブを捻れば、滝から直接流す水の量を調整する事が可能な仕組みになっているのだ。これで洗浄もバッチリ」
災害時対策もしっかり施され、アフターケアも充実のアトラクションが完成した。あまりにも早い大瀑布スライダーの完成に、リザードマン族の老人達は文句のいう隙すらなく、豊の口車に乗せられた。
「ヒューマであるこの僕が、楽しく滑る事が出来るこの絶叫大瀑布スライダーを、皆さんの様な、勇猛果敢なリザードマン族の戦士が挑戦出来ないなんて事ありませんからね。大丈夫です。皆さんの分の浮き輪ボートは揃えてあります」
苦言を呈そうとした人々は、次々とスライダーへの挑戦を余儀無くされる。特製の浮き輪ボートに乗せられ、高さ二百メートル、全長千六百メートルの大瀑布スライダーを体験する老人達。初めは悲鳴しか聞こえなかったが、カーブやジャンプに差し掛かると、子供の様に声をあげてはしゃぎ始めた。
リザードマン特有の、スリルに対する欲求が、彼らの若かりし頃の心を呼び覚まし、再び覚醒させたのだろう。
「世の中にはまだ、ワシらの知らない体験があったのか……」
「この飛び降りに匹敵する恐怖……! これは最早認めざるを得まい……!」
「ワシはもう一回乗るぞ! まだ確かめねばならぬことが……ひゃっほーい!」
頭の固い方々も、超規格外アトラクションを体験する事で、自らの視野の狭さを恥じ、心を入れ替えると約束した。
村長ジェンスは、豊の手腕に大層感動した様子で、彼を賞賛した。
「この度は本当にありがとうございます、ユタカ殿。貴方の作った大瀑布スライダーは今後、正式に成人の儀式として活用される事と相成りました」
「これからはめでたい場で死者や怪我人が出る事はないでしょう。よかったよかった」
「しかし、逆に困った事態が起きたのです」
「えっ……」
大瀑布スライダーの面白さを知った老人達が、成人式をそっちのけで遊び始めてしまったのだ。
「落ち着くまで待つしかなさそうですね……」
「成人式以外はあの大瀑布スライダーを禁止にすることになるやもしれません……」
「それはそれで問題が起こりそう……ですね……」
問題は解決に向かったが、それはそれで新たな問題が浮上した。己を省み、どんな場所でも、人の迷惑になる様なことは控えるべきである。




