103. 誰かを忘れてはいないか
戦いが始まってから三十分が経過していた。相変わらず攻撃は通用せず、回避の為だけにヘイストギアを発動させ、豊はその場を凌いでいた。
「だ、ダメだ……長時間に渡るヘイストギアの使用で身体がもう保たない……!!」
四速まで加速した状態での攻撃ですら、どれも決定打に至らず、徐々に戦況は悪くなっていく。
先にロシィを逃したのは正解であった。激しい戦いの最中、崩れた岩により出口が塞がってしまったのである。
「ポーションで多少保っているが……体力も魔力も限界に近い……なにか、活路を見出さないと……!」
クイックアップ使用中に、第五の術を高速チャージする方法も試したが
以前使用したクイックアップ+溢れる体液の様な低コスト術の組み合わせとは違い
【怒りの鉄槌】は発動出来なかった。術の出力に必要な分の魔力を、クイックアップ使用中に用意するのは不可能だったのだ。
例えば、豊が術を発動させる為に、一回で使用出来る全体のコストが十五だとする。クイックアップの発動中は十のコストが、常時使用中になり、余剰コストが五となる。コストの低い汗、油、炎は最小の一、怒りの鉄槌は三十となる。
怒りの鉄槌は、一回で使用できるコスト制限十五を、
「溜める」という行動により、解消する事で発動させているのだ。
つまり、今の豊には喰散蟲を倒す唯一の希望である第五の術、【怒りの鉄槌】を放つ事は出来ない。
まさに絶体絶命という状況、更に出口が塞がった事で酸素が急激に少なくなり、松明の火も徐々に弱まってきた。喰散蟲の動きも心なしか鈍ってきている。
「こうなったらコイツと我慢比べしてやるしかないな!」
息を殺しその場に伏せる豊、幸い、喰散蟲が対象を感知する方法は接触によるものしかない。長期戦を覚悟し、糧で腹を満たす。
更に十分が経過し、お互いに意識が薄れてきた。喰散蟲はその体躯故に大量の酸素が必要になる。豊よりも消費が激しく、苦しんでいる事だろう。
一方豊は風の通り道を僅かに作り、必死に酸素を確保していたが、それも徐々に厳しくなってきた。やがて喰散蟲は酸素が足りないと苦しみ出し、辺りを掘ってその場の脱出を図るが時すでに遅し、しばらく藻搔いた後動かなくなった。
「僕の……粘り勝ち……だな……後は……なんとかして脱出を……!」
戦いが始まり既に、一時間以上が経過していた。
「やはり……ダメか……!」
豊の意識が途切れそうになったその時、彼が伏せ、
酸素を確保していたその場所が――
――吹き飛んだ。
「おわぁぁぁぁぁっ!!」
衝撃により吹き飛ばされるのと同時に、塞がれた出口から光と空気が流れてくる。
「なんとか間に合った様だなユタカ」
現れたのは、ガントレットを装備したユピスと、
泥だらけのロシィだった。
「ごしゅじんさまぁぁぁぁ! 生きててよかったよぉぉぉぉ!!」
主人の無事に顔をくしゃくしゃにしながら泣き散らかすロシィ。豊の指示でその場を逃げ出したロシィは、全速力で村へと戻り、ユピスを連れて戻ってきたのだ。
「全然無事ではなかったがね……」
「ごしゅじんさまが怪我してる! 早く治さないと!!」
「まさか喰散蟲がそこまで強敵だったとはな……!」
「コレは、今しがた吹き飛ばされた時に出来た傷です……」
なんとか豊の救出に成功し、そのまま帰路につこうとしたその時
喰散蟲も息を吹き返した。
「おわぁぁぁぁぁっ! 生きてたぁぁぁぁぁ!! もう嫌だ! 逃げるぞ!!」
「まぁ待てユタカ、私にもコイツと戦わせろ」
「何言ってんだ! 相手は斬撃無効化、炎無効化だぞ!!」
「私の攻撃は打撃と雷撃だ!!」
その言葉と同時に巨大な相手に殴りかかるユピス【ガオン!!】という鈍い衝撃音を響かせ、その圧倒的な打撃力に喰散蟲の体は打ち上げられた。
「えぇ……何それ……(ドン引き)」
「なんだぁ! 打撃は十分に通るみたいだなぁ!」
彼女の一撃一撃が必殺、喰散蟲は殴られる度に装甲を砕かれ、悲鳴をあげてのたうちまわる。思えば豊とロシィは初めてユピスの実戦を見た。
その戦いは鬼神の如く、余りにも暴力的で一方的。
喰散蟲はなす術なく、体を砕かれていく。
普段なら大きく揺れるユピスの爆乳に目を奪われる豊だが、今この瞬間だけは冷静であった。気持ちが良くなる程見事に砕かれてゆく喰散蟲に対し、ユピスはご機嫌で拳を叩き込む。
「はーっはっはっはっ!」
その鬼神の如き戦い様は、見る者を恐怖に震わせるには十分過ぎた。
「ユピスちゃんこわ……」
「今後、あいつを怒らせるのはダメだな。ははっ……」
「【鎧貫く、電磁発勁】!」
最後に放った電磁発勁が、喰散蟲を構築していた体組織全て砕き、さっきまで命だったものが辺り一面に散らばっていた。




