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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第四章:あの橋の向こう側へ
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第十六話『アリア』

 物心ついたころには、既に彼女は寺院の中で暮らしていた。七人の仙人(リシ)、自分たちトゥランの人類を導く存在達から、少しずつ知識を与えられて、銀色の娘は形作られた。

 なんでも自分は、自分たちトゥランの人類、その切り札を解放するための鍵であるらしい。ザッハーク。我らの王。仙人たちは少女のことを、当時そう呼称していた。

 聞けばその『王』というのは、対となるパルスの人類――その長たる聖霊王との戦争に負け、分裂した世界の内苛酷な方へと飛ばされたトゥランたちの憎しみの結晶だという。王の死に呼応して目を覚まし、聖霊たちを砕き、拮抗するパルスとトゥランの天秤を、大きくトゥランの側へと傾けさせるための存在。


 お前の命は、その覚醒に費やされる運命にあるのだと。

 ずっとそう教えられて育ってきた。刷り込まれるように。それ以外の事実など、何一つ理解できないように。実際彼女の世界には、長い間ただそれだけが存在して、首や足を縛る金属の枷にも、そこから伸びる鎖にも、なんの疑問も抱かなかった。あてがわれた小さな部屋、窓の外から見える景色が、盃のような月(ソーマチャンドラ)だけであっても、彼女の心が、揺らぐようなことはなかった。

 

 悲しみは、育まれてなどいなかった。

 喜びは、許可されてなどいなかった。

 ただ少女には本能と、必要最低限の知識だけで構築された理性が与えられているだけだった。

 

 興味関心がなかったわけではない。定期的に更新される外の世界の情報は、彼女の心を躍らせた。きっとそれは素敵なところなんだろう、と思いもした。ただ、だからといって憧れのようなものを、懐くことがなかっただけ。現状を変えようと、思いつくこともなかっただけ。

 

 それが変わったあの日の事を、少女はずっと忘れない。

 今でも鮮明に覚えている。小さな部屋、自分を繋ぐ金色の鎖を、断ち切る形でクラックを開いた、異界へと続く幽世の『(ゲート)』。その向こうに見えた景色……笑顔で行き交う人々の姿を見たときに、生まれて初めて、少女は自分が『閉じ込められている』ことを理解した。理解し、恐れた。恐れ、憧れた。

 狂おしいほどの衝動が、本能が、少女を突き動かした。

 彼女は金色の枷をその身に着けたまま、扉の向こうへ駆け出した。


 不思議なことに、街の誰も、少女の事に気が付いていない様子だった。これ幸いと、物語で見たような風景を、踊るように歩いた日々。美味しそうな匂いをたてる建物の窓に映った自分の姿が、少し前までと違うことに気付いたのは、ちょうどこのころ。側頭部から伸びる黒い角。それで初めて、自分は世界を渡ったのだと知った。

 ここは仙人たちも、自分の役割もない別世界。

 もう一つの人類、パルスたちの住む世界。

 本当ならもっとあと、『救世主』なる存在がはっきりと力を確立して、二つの世界を繋いだ後に来るべきだった場所。人々が自分を見つけられないのも当然だ。仙人たちはその日の為に、ずっと自分の姿を隠蔽する術を研究していたはずだから。


 だから彼女は、本能の赴くままに、異界での生活を楽しんだ。知らない言葉、知らない顔、知らない物語――何もかもが楽しい毎日。あの囚われの日々にはきっと戻れないと、彼女なりに思ってしまうくらい。

 やがて手に入れた新しい知識で、少女は本能をベースにした、新しい理性を手に入れた。このまま、彼らの中で生きていくのも悪くないと、そう思っていた。


 丁度その頃だった。

 彼女の姿を視認できる人間が、現れ始めたのは。


 褐色の剣士からの逃避行。感じたことのないほどの恐怖。反撃シロ、殺セ、人間ヲ滅セヨと脳裏を叩く本能の叫び声から耳を塞いで、少女は逃げた。逃げた。逃げた。


 そしてその先で出逢ったのだ。

 もっと新しい毎日。

 楽しくて、大事で、ずっとずっと彼女の心に残るだろう、輝く様な『日常』と。


 大切な友達……青色の髪、青い瞳、いじらしく、幸せそうな女の子と、金色の髪、赤と青の瞳、それからちょっとうるさいけれど、でも一緒にいて楽しい女の子。

 黒い髪に、いろんなことを教えてくれる、優しくて立派なお姉さんもできた。自分を追いかけていた褐色の人間も、言葉を重ねていけば、思っていたよりいい人だった。すぐに仲良くなれた。

 それから――優しい笑顔の救世主。金色の髪に青い瞳、ふわりと少女を包み込んでくれるような、大好きな男の子。


 いろんな思い出を積み重ねて貰った。


 言葉も分かるようになった。彼らと同じ言葉で喋るのが楽しかった。不思議な韻律。優しい音階。誰かをそしるためではなく、絆を育むためにある言葉。きっと自分たちの言葉も分かってもらえたのだと思うけれど、でも、彼らのそれで会話がしたい、と思えるくらいには、少女はこの世界の言葉が好きになっていた。


 退屈ではなくなった。そう、思い返せば元居た世界の生活は『退屈』だったのだ。ただただ満ち欠けしていく月を見るだけの日々は、広い世界を知らないかったからこそ、飽きもせず、それでいて楽しむこともできず、無感動に通過していくだけだった。けれど皆と過ごす毎日は、同じように塔の中で生活することになってもなお、そんな感情はついぞ湧いてこなかった。ずっとここにいてもいい……そう思うことさえあった。


 海を見せてもらった。仙人たちから聞かされた、デーヴァローカの神話にも登場する、海。トゥランたちを率いた神々(デーヴァ)が、ミルクをかき混ぜて作った、と聞いていた。実際にみたそれは、物語できいたような由来を持つものではなかったけれど……でも星空みたいにきらきらして、まるで宝石を鋳溶かし流し込んだような、無窮の青色をしていた。夕日を浴びれば色を変え、彼女の心の奥底から、何か得体のしれない情動を汲み上げては放出していく、大海原の景色。親友の髪の毛の色と同じ風景は、少女にとっての宝物だ。


 それから――名前。

 なによりも彼女にとって、大切なものを貰った。誰よりも愛しい彼から貰った。少女がただ一つ、仙人たちから与えてもらった『歌うこと』……それを褒めてくれた彼から。綺麗な声だ、素敵な歌だ、と。

 きっと彼女はそのとき初めて、なんなのかもわからない『自分』というものを確立した。自我の構成が可能になった、といってもいいかもしれない。だってそれまで、儚く首をかしげることしかできなかった少女は、名前を貰って初めて、はつらつな今の自分に変わることができたのだから。


 名も無き邪竜の巫女(ザッハーク)は、『アリア』になった。

 触れば壊れてしまうそうなガラス細工の娘から、好奇心という名の『欲望(カルマ)』に忠実な、一人のトゥランになった。


 全部、全部、みんなのおかげ。

 アルの。リエの。マイヤの。エリナの。あんまり沢山は関われなかったけれど、エリックとリズ、それからローゼも。


 そして――シュウ。

 いちばんすきなひと。彼と一緒にいると、どきどきして、わくわくして、何もかもが楽しくなる。重ねた時間の分だけ、彼にも何かを返して上げたくなってくる。

 最初は自分の感情、それが何を意味しているのか、よく理解できなかった。知らなかった、といってもいい。人の感情の機微について、アリアは仙人たちから教えられてはいなかった。トゥランはそんなものを教えられずとも、己の内に潜む本能(カルマ)がある。それに名前を付ける必要なんてない、と判断されたのだろう。

 でもマイヤやエリナが彼と話すとき、いつも嬉しそうにしているから……彼女たちが、その感情をそう呼称しているのを聞いて、アリアもまた、ああそういうことなんだ、と理解した。そして、この感情にはやっぱり、名前を付けなくちゃいけないんだ、とも理解した。


 この感情は、きっと『恋』。

 自分に『自分』をくれたシュウへの恋。アリア=ザッハークを構成する全てをくれた、彼への無限大の恋心。


 だから、今。

 目を覚ました聖霊王が、二つの世界を滅ぼさんとしている、このとき。

 かつて仙人たちが予言し、『滅ぼすべき対象』として知識を与えてくれた、()()()()()()()()()()()()無尽蔵に再生を続ける聖霊たちが、大好きな仲間たちを屠らんとしている、このとき。

 アリアは、その『善』に対抗しうる最強の『悪』を呼び覚ます、鏑矢になりたい。大切なこの世界を守る、礎になりたい。シュウに向ける恋の歌で――彼に、『明日(ミライ)』を返したい――そう、強く強く、思う。


 それが、自分の役目(サダメ)が持った、本当の意味だと信じて。 



 ***



 わたしをころして――星屑のような髪を揺らして、少女が告げたのは、そんな途方もない『お願い』だった。紅玉を思わせる丸い瞳が、じっとシュウの顔を見つめる。その奥に見えるのは、これまでに見たこともないほどの決意と覚悟だった。


「アリア……一体、何を言って」

「わたし、みんなのやくにたちたいの。みんなにたすけられたぶん、みんなをたすけたい」


 戦慄くことしかできないシュウに、アリアはひとつひとつ、噛み砕くように告げていく。


 模造聖霊の出現は、魔族たちの世界でも予言されていた『世界の終末』を表すこと。

 アリアの身体は本来、聖霊と対抗するための存在を封印する『枷』の役割を持っていること。

 その枷を特定の条件の下破壊する……即ちアリアの命を奪うことによって、模造聖霊を駆逐し、聖霊王オフルミズドの野望をも打ち砕く力を、解き放つことができること。

 

 条件とは――『(ザッハーク)』を破壊する人物が、『救世主(サオシュヤント)』に選ばれた者であること。


「駄目だアリア!! 君の命を奪って掴む未来なんて……流石の俺でも許さないぞ!!」

「ほかにほうほうはないの。しゅうたちがいくらたたかっても、あのおっきいひとはいつまでもふっかつしちゃうから」


 珍しく荒げた声は、静かな否定に拒絶される。


 曰く模造聖霊とは本来、二つの世界を塵へと還し、再創造の準備を進めるための使徒であるという。オフルミズドがズルワーンを殺害し、玉座を奪い取ったその暁には、いよいよその真の力を解き放つのだろう。無限に再生・増殖を繰り返し、この世界と魔族の世界、両方が完全に死滅するまで暴れまわる、善性存在最強の抹殺者。

 そんなものが相手なのだ。例え全ての人間が協力したとしても、アリアのいう通り『間に合わない』ことなど目に見えている。


 だがアリアの呼び出す『力』は違う。

 同じ役割を――悪性存在が持つ抹殺衝動の化身たるそれは、模造聖霊と真正面から衝突・中和し、それを悉くこの世界から剥ぎ取っていくのだという。


「おねがいしゅう。わたしにやらせて」


 懇願する彼女の表情は、まるで初めて出会ったころのよう。

 それでいて、重ねた時間の重さを感じる、感情豊かな決意のそれ。


「馬鹿を言わないでくださいまし!! 私たちを舐めすぎですわよ!!」

「はい。難しいかもしれませんが、何か手段が見つかる可能性は十分にあるはずです」

「ああ、任せろ。知っての通り、ゼロから一を捻り出すのは得意だからな」


 エリナもマイヤも、それからイスラーフィールも、アリアを説得しにかかる。ただ一人、アルケイデスだけは……何かを悟ったように、無言を貫いていたけれど。


「……ありがと、みんな」


 きっとその無言は、アリアがほころばせる顔の意味を、分かっていたからだったのだろう。


「でも、だいじょうぶ」

 

 ほっと息をついたのもつかの間。シュウは己の左腕が、勝手にホルスターへと延びるのを見た。

 脳の奥――思考の最底辺で、何かが呼んでいる。命令している。この短剣を突き刺せ、と叫んでいる。


「なに、を……!」


 弾かれた様にアリアを見据えれば、その両目が深紅に光り輝いていた。今まで、想像したこともなかった彼女の力……魔術、仮定名称『展開型アジ・ダハーカ』が持つ力。

 ともすれば魔族の王女と言ってもいい彼女が、ただ破壊を起こすだけの魔術を宿しているわけがなかったのだ。むしろその絶対破壊が、どういう意味を持つのかを、シュウたちは考えなければいけなかった。


 言葉一つ、感情一つで、魔物さえも滅ぼす一撃。

 それは――悪性存在を構成するものを含めて、魔力を自在に操作し、命令を下す王の号令ではなかったか。


「あ、ああ、あああ……!」


 一歩、一歩と、いくら抗ってもシュウの身体はアリアに近づく。先輩、お兄様、と自分を呼ぶ声がするが、直後にそれは悲鳴と変わった。アリアの影が蠢いて、彼女たちを拒絶するように……あるいは、危険から遠ざけるように、巨大な闇の壁を生成したのだ。


「嫌だ。駄目だ。アリア、アリア……!!」


 起こる未来を拒否する脳と、その命令を受け入れない体。両者の齟齬はシュウの視界を真っ赤に染め、限界まで明滅させる。

 それでもなお、視線の先――可憐で儚いアリアの表情は、恐ろしいほどにはっきり見えた。


「――ばいばい。しゅう、だいすき――」


 にこり、と。

 淡く頬を染めて、銀色の歌姫は、愛を告白した。


 その言葉が、きっとトリガーだったのだろう。

 黒曜石の刃が、意志に反して急速に距離を詰める。

 ずぶり、という感触さえも、今や置き去り。それを感じたのは、全てが終わった後だった。

 操られたシュウの左手が、アリアの心臓を刺し貫いていた。

 彼女の小さな命が、確かに散り消える感覚がした。


 傷口から、鮮血の代わりに闇が漏れ出る。

 ほぼ同時に、ドン、と。固体のごとき重圧を備えた、暗黒の疾風が踊り狂った。


 悲鳴が上がる。咄嗟に受け身を取るがもう遅い。あまりに軽い人間の身体は、暴風に呑まれて吹き飛んだ。数秒の滞空の後、落下、激突。仲間たちの苦悶の声を耳に、シュウもまた、鈍い呻き声を喉から漏らす。短剣はとっくに手放してしまっていた。アリアと一緒に、嵐の中心へと吸い込まれてしまった。

 殆ど祈る様に彼女の名前を呼び、手を伸ばすが届かない。美しい銀色の髪は、粘性の闇に呑み込まれ、はるか遠くに離れていた。


「がっ……」

「先輩!」


 暗黒結界の中から弾き飛ばされたシュウの身体を、とっさにマイヤが抱き留めてくれる。彼女はシュウの表情から、起こったことを悟ったのだろう。青い瞳を見開いて、ぎゅっとその唇をかみしめた。


 寸前まで法力に満たされていた空間を、塗りつぶすように魔力が侵食していく。その速度、シュウが持つ毒焔の短剣の凡そ三十倍。ただそこにいるだけで、この世界が犯されていく。まるで『迷宮』と同じだ。コバルトブルーの大空は、血を思わせる赤色へ。青々と茂っていた木々は枯れ、代わりに黒く湿った野草が地を這う。

 切り替わっていく世界の中心。眠るように瞳を閉じた少女の額に、第三の瞳を思わす小さな『門』が開いた。そこから、更なる闇があふれ出す。アリアの身体を呑み込んで、それを核に融合していく。


 一際強烈な疾風が、大地を凪いだ。

 顕現したのは、見上げんばかりに巨大な『龍』。

 星屑を思わす銀色の身体に、闇そのものとしか言いようのない巨大な翼が、六対十二枚。

 一度湾曲してから天を衝く、黒曜石の角は全部で三本。悪性存在の神話にあるという、創造・維持・破壊の概念を、象徴しているかのようだった。


 シュウは屹立した銀色の龍が、巨大な翼を広げるのを見た。上がる咆哮は大地を揺るがし、善性存在の世界そのものを否定するかにさえ思える。


「なん、ですか、あれ……」

「た、立っているだけで凄い威圧感ですわ……あれが本当にアリアですの……!?」

「ああ、間違いない……あれは……あれは……」


 認めたくない、と。

 きっとずっと、思っていたのだろう。納得したはずだったけれど、でも、その名前を彼女が名乗るたびに、シュウはチクリと、胸の奥が痛むのを感じていたのだ。

 君がその名前を背負う必要はない、と。寧ろ背負って欲しくない、とすら思っていた。だって烙印のようなものじゃないか。世界に向けて、『自分がそうだ』と堂々宣言するようなものじゃないか。

 アリア=ザッハークという名前は、彼女こそがその封印であるのだと、声高に唱えるものだった。


 善性存在ならば誰もが恐れ、畏怖し、忌避する存在。

 その降臨は世界の滅びと、人間は頑なに魔物を、魔族を、屠ってきた。彼らの存在する限り、いつかは必ず目を覚ますのだと、偽りの『正義』の拠り所として掲げてきた。

 七の災禍で世界を燃やし、十の王冠で天地を砕く。聖霊王と相克し、あらゆる善性存在を殺す『悪』の窮極。

 いっそ魔族を葬るための、言い訳であって欲しいとさえ思ってしまう――悪性存在世界(デーヴァローカ)の持つ切り札。


「『絶対悪(アンラマンユ)』――」


 誰かが、その名前を呼んだ。

 多分それは、シュウ自身の声だったと、そう思う。 


()()()()()()()()()()()――――――!!!』


 魔族の王(ザッハーク)三首の蛇竜(アジ・ダハーカ)。どちらも、その『殻』に過ぎなかったのだ。ある意味では滅びのきざはし、その最期こそが崩壊の序章。

 聖典に記されるかつての戦いで、英雄フェリドゥーンは人間を苦しめる蛇王を討滅した。されど告知天使(スラオシャ)の名のもとに、彼は救世の槍を置き、殺す代わりに魔王を封印したという。それは何故なのか? どうしてスラオシャは、悪性存在滅すべし、の法を徹底するための聖典の中でなお、ザッハークを殺せとは言わなかったのか?


 簡単だ。ザッハークを殺すこととは即ち、人間を滅ぼすことと同義だから。

 悪性存在の最終兵器、『絶対悪』を呼び覚ますことと完全に一致するから。


 信じる心で繋がるはずの人間が、強烈な感情のもとに、魔族の王を殺したとき。激情に生きるはずの魔族が、誰かと紡いだ信頼によって、人間の内に没するとき。善と悪の均衡は崩壊し、二つの世界は溶け合い、分解される。世界の命運を決める終わりの戯曲が、もう一度その幕を開ける。

 それを起こさないためにこそ、スラオシャは大英雄に、ザッハーク封印を指示したのだ。


『――――――!!!!』


 翼を開いた、『絶対悪』はもう一度鎌首をもたげると、大地を揺るがし咆哮する。

 直後、またあの暗黒の疾風を大地に向けて叩きつけながら、その巨体が飛翔した。


 反射的にその行方を追ったシュウは見た。

 最早乱れ狂った魔力と法力の影響で、どんな色をしているのかもわからなくなってしまった空の向こう――始まる、終焉の序章を。


 天に大孔を開くが如く、鷹揚に両手を掲げる十二枚羽――境界を繋ぐ儀式の最中にある、オフルミズドの姿があった。まるで同じ枚数の龍翼を広げたアンラマンユが、恐ろしいスピードでそれに接近する。

 聖霊王が何事かを叫んだように見えた。きっと邪魔をするな、とでも言ったのだろう。

 瞬きもできぬほどの間に、理解不能な重圧が空を覆う。この世界の歴史において、過去存在しなかったほどの絶大な密度を持った、法力と魔力が激突したのだ。


 世界が砕けた、と錯覚した。

 轟く轟音と明滅する視界。神核種と神核種の衝突は、立っていられないほどに地表を揺さぶり、破壊する。

 

 三本角から放たれる雷鳴と、その口が吐き出すドラゴン・ブレスは、聖霊王に苦悶の叫びを上げさせる。

 その一方で、水晶の錫杖から放たれる閃光が、絶対悪の鱗を焼き、痛々しい悲鳴が響き渡る。


 命を削り合っている。絶対悪顕現の依代となったアリアと、オフルミズドの核となったファザー・スピターマが、互いを被った神の傷をそのまま受けて、その生命を散らしていく。

 

「やめろ……やめてくれ……!」


 泣きそうな声は届かない。

 伸ばした手は、宙をかくだけ。


 目の前で繰り広げられる悪夢は、四百年の時を超えた、最低最悪の終末戦争。

 まるで、善悪大戦が再開されたかのようだった。

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