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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第四章:あの橋の向こう側へ
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第五話『世界の中心』

 バルフ、というのは、初代ファザー・スピターマの育った街の名だという。

 ジャムシードの方は、善悪戦争をスピターマと共に戦った英雄の名だそうだ。

 両者の名を束ねたこの街は、しかし長きにわたる泰平の内に、その勇ましい名で呼ばれることはなくなってきた。

 現代において人間たちは、その街をこう呼ぶ。


 即ち、世界の中心——『央都』と。


 

 ***

 


 白く光を反射する街角の風景に、足取りが自然と軽くなった。

 中央都の風景は、シュウの知っているどんな街のそれとも異なっている。極東大陸の西部地方に位置する観光都市が近いような気がしなくもないが、どちらかといえば歴史的資産が多かったあそこよりも、擬古的というか、古めかしい造形を最新技術で再現した――そういう物件が多いような気がする。


 イスラーフィールとアルケイデスは同行していない。二人は今、到着の報告をするべく『教会』系列の役所に向かっている所だ。手配された宿の確認や、ファザー・スピターマとの対面に向けた準備が色々と必要らしい。その間シュウ達が付いて行っても仕方がないため、半ば追い出されるような形で観光に出発したのだった。


 船頭はエリナだ。

 この街の出身である彼女は、訪ねた場所の一つ一つに、詳しい解説を加えてくれる。それが楽しくて、自然とシュウの気分も晴れやかになってくる。


 訪れたことのない街を散策するのは、シュウの心を驚くほどに躍らせてくる。

 一歩踏み出すごとに新しい発見があるのだ。アウトドアとインドア、どちらが好きかと言われればどちらも同じくらいだ、と答えるタイプだが、こうやって観光に楽しみを覚えていると、アウトドア派なのかな、と内心思ってしまう。


 例えば、街に植えられた木々の数々。

 中央大陸でよく見かける種族の街路樹だが、明らかに品種が他の街と違う。スラエオータナと一体化した今のシュウには、その木々が人々の心と共鳴し、法力を排出し、魔力を捕食する――そういう機能を持っているのが分かった。そんな効能を持った植物を、シュウはこれまでに見たことも聞いたこともない。『教会』が独自に改良した品種、ということなのだろうか。


 例えば、街の構造。

 央都はその規模に圧倒されがちだが、構造そのものはいたってシンプルだ。外周を被う巨大な城壁、それを目指した放射線状の街路。中央に佇む『教会』の本部を中心にして配置された建物は、互いの距離こそ小さめなのだが整然としており、ごちゃごちゃした印象を受けないようになっている。

 街のどこからでも聖火台を見ることができるのは、やはり本部のおひざ元らしい構図だな、と思うのだが、シュウとしては城壁に取り付けられた『時計』の音が、街全体に響くようにオブジェクトを工夫している、というのが驚きだった。


 例えば、街そのものを着飾る、小さな工夫。

 そこに暮らす人々も、訪れた人々も、誰も彼もを輝かせるような、趣向を凝らした小物や装飾、建物の配備。正直な話をすればこれが一番気に入った。人の生活と街の風景、その相乗効果が見られるのは、一種『都市』という概念にとっては理想形のように思えたからだ。


「~♪ ~~♪」


 前方を進むアリア。楽しそうに奏でられる鼻歌は、この間出かけた時に商店街で流れていたものだろう。央都でダエーワ語の歌を紡ぐのは、流石のアリアでも難しいのだろうか? どちらにせよとてもうまい。相変わらず、音を取るのが上手だ。

 僅かにスキップ気味の足取りは軽い。ふわり、と舞った黒いベールが、央都の白亜に良く映える。

 こうしていると、この世界で生まれ育った、ただの村娘のようだ。魔族としての運命も、『王』としての強大な力も持たない、なんてことはない、普通の。

 ——いや、彼女がそうあれるように戦うのが、自分たちの目的の一つではあるまいか。シュウはいつものようにそう決意し直すと、上機嫌な彼女を呼び止める。


「アリア、そこでちょっと止まってくれ」

「んー?」


 くるり、と振り返るその顔は、どこか不思議そう。どうして呼び止められたのか分からないようだ。

 けれど流石の察しの良さ。シュウが鞄から銀の小箱を取り出したのを見ると、彼女は笑顔で次の指示を待ってくれた。


 お菓子や植物の絵柄が彫り込まれた石畳が並ぶ、ポップで華やかなストリート。その中央へと彼女を立たせると、シュウは少し離れたところでカメラを構えた。行き交う人々の数は、時間の問題か、それとも場所の問題なのかあまり多くはない。今がチャンスだ。


「ここ?」

「もう僅かに左……良いな、ポーズもしてくれると嬉しい」

「いえーい」


 にぱーっ、と、お日様が笑うような表情を浮かべるアリア。見ているこちらの心まで温かくなってくるようだ。僅かに体を傾けながら、両手で取ったピースサインがこれまた微笑ましい。

 シュウはそんなアリアの姿を、優しくフレームに納めてみる。丁度射し込んだ日差しと合わせて、現像された一枚に写るアリアは、まるで黒と銀の妖精のようだ。


「うん、可愛く撮れたな……ありがとう。はい、焼きあがったよ」

「おぉー」

「先輩、本当に筋が良いですよね。最初に撮った時点でかなりお上手でしたけど、日に日に、更に腕が上がっている気がします」

「本当か? それは嬉しいな」


 零れた笑みは本心からのものだ。

 仕事とも学業とも関係ない、全くの趣味の腕を褒められる――これまでに中々なかった経験だ。少々こそばゆいが、悪い感覚ではなかった。

 写真撮影に留まらず、絵を描いたり文章を書く、といった、所謂芸術方面の力というのは、褒められることで良く伸びると聞くが、案外的を得た表現なのかもしれない。自分の奥底の、どこなのかもよく分からない所が喜んで、次から次へとやる気を汲みだしてくる、というか。


 このモチベーションが続いているうちに、もう一枚撮っておきたい。そう思えてくる。


「折角だから、マイの写真も更新しておこうか」

「えっ、いえ、それは……ああっ」


 素早くシャッターを下ろす。ぱしゃり、という軽やかな音と共に、驚いて赤面するマイヤの姿が、銀の小部屋に収められた。

 程なくして現像された写真を見れば、シュウの心のどこか、保護欲というか父性というか、そういうものがやたらと強い自己主張を始めてきた。無防備なマイヤの表情と、自らの身を隠そうと、腕を跳ね上げかけるぶれた動き。

 ピントがしっかり彼女の顔に合っているおかげだろうか。全体の出来自体はお世辞にも良いとは言えない一枚なのに、妙に趣深い。

 何より、わたわたと慌てる恋人の表情が、こう、とても――


「……可愛いな……」

「うぅ、お恥ずかしい姿をお見せしまして……」


 俯くマイヤ。何だろう、何もかもを投げ出して、今すぐ彼女を抱きしめたい。


 そんな自分たちの様子が何か琴線に触れたのか、エリナが乙女らしからぬ歯ぎしりをする。


「ぐぬぬぬ、何故私は不意打ちショットで写真が崩れるのに、青髪は綺麗に撮影されるのでしょうか。これこそ理不尽、不公平というものですわ!」

「ぜつぼーてきしゃしんうつりのわるさ?」

「ぬわぁんですってこの銀髪!! 今に見ていなさい、そう遠くない未来、私がお兄様の被写体における最高の存在になってみせますわ!」


 勢いのままに、猛々しく咆えるエリナ。いや、今の表現は女の子に対しては失礼だったかもしれないのだが、そうとしか表現できないというかなんというか。

 本当に彼女の、こういうポジティブな所は見習っていきたいな、と思う。エリナがシュウに相応しくなれるよう、と頑張るたびに、シュウもまた、エリナが目標とするに相応しい、そんな兄にならなくては、と思えるのだ。

 いつか感謝の言葉を伝えたい。今までも何度も繰り返しているが、それとは別種の、もっともっと、大きな言葉で。


 装飾の施された裏ストリートを抜けると、一気に道行く人の数が増えた。楽団が何やら音楽を流し、子供たちが笑顔で鬼ごっこ。立ち並ぶ露天の商人たちは笑顔で、よくよく見れば料理やお菓子を売っているらしい。どちらかというと、シャロームの海の家とか、極東大陸の屋台に近い雰囲気だ。


「今日はお祭りかなにかなのか?」

「いえ、特になにもなかったはずですが」

「央都はいつも大体こんな感じですわ。他の街なら『五月蠅い』と思えるほどだと思うのですが、ここでは騒がしい程度にとどまります。不思議ですわねぇ……」

「街そのものの規模が段違いだからな……スケールの差で感覚が狂うのかもしれない」


 ちょっと驚きだ。

 毎日こんな風に騒いでいたら、騒ぎ疲れてしまいそうだ。周囲に暮らす人々も、時には迷惑に思うだろう。

 そう思っていたのだが、聞くとこの辺りには住居が構えられていないらしい。街の構造を利用した防音で、お祭り騒ぎが漏れ出ないように工夫もされているんだとか。確かにストリートを抜けるまで、全然こちら側の音は聞こえなかった。なるほどなぁ、と感心する。

 アリアと一緒に短剣を掘った時もそうだが、シュウは比較的工作が好きだ。そのため、こういった構造学にはかなり興味をそそられる。今度何かジオラマでも作るような機会があったら参考にしよう、と密かに決意し、雑踏の中に足を踏み入れた。


 折角だから何か買ってみよう、ということで、各々スイーツの屋台に声をかけてみる。シュウとマイヤは、育成学園の近郊都市でも見かけたことがある、クレープというお菓子を買った。求肥のような、西方大陸のピザ生地のような不思議な薄さのクレープ生地が面白い。厚さは数ミリほどしかないのに、意外と頑丈なのだ、これが。

 ちなみにアリアはグラスからはみ出てしまうほど巨大なパフェを。エリナは七段重ねのアイスクリームに挑戦だ。


「ふおぉぉぉ……!」


 丁度休憩コーナーがあったので、そこに戦利品を持ち寄ってみる。

 スプーンを片手に瞳を輝かせるアリアは、直後大きく口を開けて、すくった生クリームをぱくり。嬉しそうに全身を震わせる。


「あぎゃーっ! 崩れる、崩れますわ!! あわわわわ」


 七段重ねを半分まで制覇したあたりで、エリナのタワーが崩れ出す。今日は晴れているので溶けるのも早いのだ。結局崩壊は回避していたが、食べ終わる頃には肩で息をしていたのが印象深い。


「うーん、結構甘さが強いな……これはこれで美味しいが、個人的にはもう少しひかえめな方が好きかもしれん」

「私が買ったほうはどちらかと言えば酸味が強めですね……はい、先輩。あーん」

「あーん……ん、これは良いな。マイとお揃いにすればよかった」


 シュウとマイヤの買ったクレープは、シュウの方がバナナと生クリーム、それからチョコレートをふんだんに使ったもの。マイヤの方はヨーグルトと桃を組み合わせた一品だった。シュウ的にはマイヤが買った方を気に入ったため、彼女の好意で半分ずつにして食べさせあう。

 シュウが一口食べるごとに、何故かマイヤが幸せそうな顔をする。その光景が嬉しくて、シュウも自然と笑ってしまう。


 きっと平和というのは、こういう時間のことを言うのだろう。

 おやつタイムを終えるころ、シュウは強く、そんなことを考えていた。


 だからこそ、思ってしまうこともある。

 今シュウたちが味わっている平和は、悪性存在という、いわば『部外者』を徹底的に廃絶することで、この街が得たものだ。

 シュウはこれまでずっと、その平和維持の方法は間違っている、と信じてきた。善と悪が手を取った先にこそ、誰もが笑顔になれる未来が待っているはずだ、と。


 けれどこの街の風景を、平和を、一度味わってしまった今。

 その統治体制に牙を剥く余地はあるのだろうか、と、疑問を抱いてしまうのだ。


 四百年。

 善悪戦争が終結し、世界が真っ二つに分裂してから経過した、短いようで長い時間だ。

 それだけの間、善性存在の世界を守ってきた「誰かを犠牲にして平和を勝ち取る」という方法。実績は事実となって、『価値』とでも言うべき重圧が付加してくる。

 アルケイデスほどの人物が、人類の絶滅を回避するためには、悪性存在を滅ぼすしかないのだ、と、夢をあきらめて(マグナスになって)しまうのも分かる。かつてのシュウには理解できなかったが、今なら、その時の彼の絶望が、痛いほど理解できた。


 だって『完璧』なのだ。

 言い様がないほど、この都は『楽園』なのだ。

 そんな『完成された平和』へと、ケーキにナイフを入れるが如く、介入することは難しい。寧ろその状況において、万人にとっての悪となるのは自分自身だ。


 ——自分は。

 どうやって、教会が打ち立ててきた歴史に、立ち向かえばいいのだろうか?


 急に、足元がぐらついてしまうような、そんな錯覚に陥る。久しぶりだ、この感覚を味わうのは。自分に自信がないときに、シュウが良く陥る癖だった。

 最近は仲間たちのお蔭で、そんなことも無くなってきた、と思っていたのに……。 


「……央都のこと、こんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれません。きっとお兄様は、そこにいるだけで誰かを幸せにする天才ですのね」


 ふいにエリナが、そんなことを口にする。そのトーンが少し暗くて、心配で。

 自分自身の迷いきった思考からも逃げたくて、シュウは咄嗟に、問いを投げていた。


「……これまでは、楽しくなかったのか?」

「ええ。私は実際に住んでいたクチですけれど……こんな風に遊んだのは初めてです」 


 それは意外だった。

 確かにエリナは、キュリオスハート翁の娘として、上級法術師としての教育を受けてきたのだろう。将来特級法術師として彼の後を継ぐために、遊んでいる暇など無かったのかもしれない。

 以前シュウに語ったところから推察するに、そもそも『街へ降りて遊ぼう』、などと、孤児院の子供たちは微塵も考えなかったのかもしれないが。彼らは皆、キュリオスハート翁の『展開型ウォフマナフ』の力によって、教育方針に疑問を抱かないようにされていたそうだから。


 けれど、俯いて陰になった彼女の顔は、どこか寂しそう、というか。

 申し訳なさそうな色を、浮かべているように見えて。


「ちょっと卑怯な手段かもしれません。お兄様にこの街の素敵なところをお見せしてから、悪いところを見せるだなんて。都合のいい配分ですわよね、私ったら……ねぇ、お兄様。実は私、お兄様と一緒にこの街に来ることがあったら、どうしてもお連れしたい場所がございましたの」


 エリナが、きっ、と、その色の違う双眸で、シュウの顔を見つめてくる。引き結ばれた口は決意の証。

 多分彼女は、もうずっと前からそのことを決めていたのだろう。それこそシュウと初めて出会った、五の月の騒動の時期から。


 その願いを聞き届けることは、シュウにとっては必須のことだ。直感的にそう悟る。これは央都の真実だけではなく、エリナ・キュリオスハートという、たった一人の『妹』のことを、しっかり知るためにも必要なのだ。


 そして。

 ——自分がこれから先、どうやってこの街に、『教会』に立ち向かっていくのか。その方法を、考え出すためにも。


「……来てくださいますか? 私の生まれ育った場所――『キュリオスハート孤児院』の、その跡へ」


 だからその名前がおずおずと告げられた時に。

 シュウは、一にも二にもなく頷いていたのだった。

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