第一話『銀の小箱と金糸雀』
かしゃり、という子気味良い音が小さく響く。シュウの手に収められた銀の小箱を正面から観察すれば、中央に設置された丸いレンズが、素早く瞬きをする様子が見れたはずだ。
じじじ、という鈍い音と共に、その下部に取り付けられた口から一枚の紙が吐き出される。形は綺麗な長方形で、大きさは文庫本の表紙くらいか。紙の材質が随分と良好で、切れてしまったらどこで追加分を買えばいいのだろうかと若干不安になる。
と、思っていたのだが、聞くところによると生活呪術の一種で無限に供給できるらしい。これでも呪術にはそれなりに詳しい自信があったが、世の中にはまだまだ知らない技があるものだ。
もしもどこかでそれを知らなかったがゆえに痛い目を見たらどうしよう、などと、いつもの心配性を発動してしまう。
「おぉ……」
そんな妙ちきりん極まる懸念は、紙片の表をその目で確かめた瞬間に吹き飛んだ。
思わず息を呑んでしまう。
硝子製の小窓の向こうに見えた景色とそっくり同じ、異様にきめ細やかな絵が描かれているのだ。
まるで風景をそのまま写し取ったかのような—―
いいや。
『まるで』ではなく『まさに』だ。長方形の紙に印刷されたのは、この金属の小箱が見たこの世界の景色そのものである。
そうとも、これは絵ではない。正しくは『写真』だ。現実世界の一瞬を切り取り、一枚に収める技術。そして銀の小箱の名前を『カメラ』という。古いスプンタ語でそのまま「小さな部屋」を意味する言葉らしく、ダエーワ語でも同様の意味の単語があるそうだ。
この興味深い機械は、二つの世界がまだ同一の存在であったころ、つまりは旧時代文明の代物だ。この時代の人々は、法術や魔術の活用に現在の人間たちほど長けていない反面、ずっとずっと発展した科学技術を持っていたらしい。シュウは以前『飛行機』なる空を飛ぶ機械の図面が発掘されたとき、イスラーフィールからそれを見せてもらったことがあるが、工学の方面に詳しくないことも相まってなにがなんだかさっぱり理解できなかった。当時の技術が再現できれば相当な発展に繋がるはずだが、それもまだまだ遠い未来の話になりそうだ。
そんな中にあって、カメラというのは非常に珍しい、『技術の再生に成功した遺産』である。
正確には、当時の技術を元に新たに作り出された技術、といった方が正しいかもしれない。何せ見た目こそ旧時代文明のカメラとよく似ているものの、その構造や理論は、足りない、あるいは再現が不可能な部分を法術や呪術で補うなどして、現代風に大きくアレンジされているのだ。それを技術の再生、と言い切るのは少々ナンセンスだと言わざるを得ない。むしろ当時の技術を現代なりに再現してみせた新たな技術に称賛を送るべきだ、とさえ考えられる。
無論、どちらが上でどちらが下、という、優劣を競う話ではないのだが。旧時代文明の頃に取られた写真資料は、全て世界が分裂するときの余波で焼け落ちてしまったらしい。ゆえに当時の画像を見ることはできないが、きっと今の写真とはまた違った美しさがあったのだろう。
その一端を楽しめることは、シュウにとっては望外の喜びだった。外の世界に飛び出してきて知ったものは色々とあるが、その中に新しい一ページを加えられたことに、シュウの口角は自然と上がる。その機会を、そしてそのための機械を与えてくれた、『新しいページの一枚目』、即ちマイヤには感謝しかない。
カメラに限らず、復刻技術の産物というのは非常に値が張る。当然だが一学生であり、その前は辺境の農家であるところのシュウにはそんなものをぽんと買える財産はない。そもそもイスラーフィールが「出世払いな」と笑いながら立て替えてくれているからこの学校に通えているのであって、本来学費を払うのも大変なのだ。
そんなシュウがこうしてカメラ片手に育成学園の構内を散策している理由は、ひとえにマイヤがこの小箱をプレゼントしてくれたからだ。
マイヤの庶民的な振舞いからは想像しづらいが、フィルドゥシーの家は本来、上位法術師を代々輩出する名門として知られた一族だ。近年では『教会』の権力行使に一枚噛めるほどのかつての力は持っていないそうだが、それでも先祖代々のパイプと財力は健在だ。マイヤの実家には、今でも世界中から珍品が贈られてくるらしい。
彼女が育成学園に来たのは単純に法術師としての道を歩むため以外にも、そういった格式の高い実家との折り合いが悪かったからなのだ、と以前恥ずかし気に語っていたのだが、八の月のシャロームビーチでの一件でしばし昏睡していたシュウが目を覚ますと、彼女はその家柄を利用して、快気祝いをくれた。
それこそがこの、銀色のカメラだったわけである。発注から完成、そして彼女の故郷から学園最寄りの街の郵便局に届くまでに大分時間がかかったのか、実際にシュウの下に来たのはつい二週間ほど前である。事前には何も知らされていなかったため、本当に驚いてしまった。
当然だが最初の一枚はマイヤを撮った。
簡単に携行できる上、その場で写真を印刷できるタイプのものは旧時代文明の頃にも珍しかったらしい。最先端技術の結晶だなぁ、などと思いながら、はにかむ恋人を収めた写真は、今はリビングに飾ってある。それを見る度にマイヤが恥ずかしそうに顔を真っ赤にするので、妙に嗜虐心的な何かが刺激され、揶揄いたくなってしまう。もう何枚か撮って飾ろうか、と提案したら、「流石にやめてください」と久方ぶりとなる冷たい目を向けられてしまった。残念。
「それにしても、やはり難しいな……」
現像された自らの作品を陽光に透かしながら、シュウはふむぅ、と深く唸ってみる。
木々のぽつぽつと立っている校庭の風景を捉えた一枚なのだが、なんというか、こう……ぱっとしない。腕は悪くない、とのことだったので、どちらかというとセンスの問題だろう。これでも手先は器用な方なのだが、写真撮影というものには、絵を描いたり図面を引いたりするのとはまた違った芸術的視点が求められて、中々に奥深いのだ。
また一枚、風景に向かって、かしゃり、と音を鳴らす。
レンズを瞳、シャッターを瞼、現像機を口とすれば、人間の顔を模している、と思えなくもないのだが、写真を撮るときに覗き込むのはレンズではなく右上端にある別の窓なのだ。当然だが、シュウの見る景色とカメラが映す景色は僅かにずれることになる。また、動くものをフレームに収めるときにはタイミングに注意する必要があるし、光の当たり具合を絵以上に注意深く認識しなくてはならない。一度日向で写真を撮ったところ、逆光が酷すぎて被写体――この時はエリナだった――が真っ黒、ということがあったのだ。あの時は現像される写真を楽しみにしていた彼女にそれを見せることができず、どうしたものかと慌てふためいたものだ。
だが、そんな小さな失敗も、ここ最近ではシュウの楽しみの一つとなりつつある。試行錯誤をしながら新しい技術を会得していくというのは、存外に気分のいい行いだ。
楽しみ、と言えば。
最近は、もう一つ新しい楽しみができたのだ。
老後は故郷の風景でもフレームに納めて過ごすことになりそうだなぁ、などと、思いのほか写真撮影にドハマリしている自分に驚いていると、彼方から小さく、フルートを思わせるメゾソプラノが聞こえてきた。
聞いたことのない、しかしどこか懐かしい言葉で紡がれるそれは、音律を備えていた。歌だ。誰かが、歌を歌っている。
ああ、もうそんな時間か、と思いながら、シュウは歌声の方向へと足を向ける。カメラをマイヤ謹製のポーチへと入れ直し、少し駆け足になってみる。
やがて、歌声の発信地へとたどり着いた。
学園のどの建物よりも高い、石造りの尖塔——学園長棟。その客間のバルコニーが、歌姫のステージだ。
「तोदोइते तोदोइते इनोचिनोउता अनातानोमोतोहे दोकोनिइतेमो ……♪」
桃色の唇が彼女の楽器だ。
薄く開いた瞼から、宝石のような深紅の瞳が覗く。黒いベールの下、星屑を思わす銀色の髪が、そよ風に揺られてふわりとなびく。彼女自身がリズムに合わせて小さく揺れれば、そのさまはまるで昼空に掛かる天の川。遠い遠い宇宙から、この星に向けて歌声を届けるかのようだ。
バルコニーの手すりに寄りかかりながら、アリア=ザッハークが歌っていた。
彼女はふわっ、と、舞うような動きで虚空に向かって一礼し、曲を締めくくる。遠くで小鳥がぴちち、と鳴いた。歓声を上げてくれているのだろうか。
シュウも彼女の美声を称賛するべく、ぱちぱち拍手を送ってみる。
「しゅう!」
気が付いた。彼女は嬉しそうに頬を緩めると、眼下のシュウに向かって大きく手を振ってくる。シュウが手を振り返せば、さらに大きく、かつ激しく、全身で喜びを表現してきた。手すりから身を乗り出しているので少々はらはらしそうになるが、そこは魔族、流石の身体能力というべきか、異様なまでのバランス力で、全く危険を感じさせない。
『樹海』の奥で彼女と出逢ってから、もう一年になる。自身の人生を変えた一瞬をいくつか挙げろ、と言われたら、シュウは間違いなくあの日を候補とするだろう。ただの落ちこぼれ法術師だったシュウ・フェリドゥーンという少年の運命。それが想像だにしない方向へと舵を取った瞬間だ。
「今日も上手だな」
「ありがと! しゅうもおいで!」
「ああ。今行かせてもらうよ――と、その前に」
シュウはアリアの立つ石造りの舞台に向けて、銀の小箱をよいしょと構えた。
ぱしゃり、と快い音が響く。すぐに現像が始まる。印刷された呪符紙には、ぽかん、とした表情のアリアが写っていた。こういう無垢な表情は、幼げな言動のアリアに非常によく合う。イメージ通り、と言えばいいのだろうか。最も、彼女はシュウたちの思っているよりずっと賢いので、そんな印象を抱くのは失礼なような気がしなくもないが。
「しゅう、なにそれ?」
「そうか、アリアにはまだ実物は見せてなかったな。これがカメラだよ」
「まいやからもらったやつ?」
「ああ」
首をかしげるアリアとカメラについて会話をしながら、シュウは大気中の魔力に意識を巡らせる。こちらの世界には本来存在しない物質であるが、例外的に『迷宮』の付近には滞留していることが多い。迷宮を形成する、『異境』とこちらの世界を繋ぐ『門』を通って流入していることが多々あるのだ。
また、迷宮付近に魔力が発生しやすい理由の一つに、魔物が定期的に討伐されているから、というものもある。魔力は悪性存在を倒すことでもこちらの世界に解き放たれるからだ。
善性存在がその思念から法力を生成するように、悪性存在も生体エネルギーとして魔力をため込んでいる。魔族を含めたあらゆる悪性存在に存在する、黒曜石を思わせる角――あれは魔力の結晶体、善性存在の世界には存在しない魔力を、十分な量チャージできるまでのストックの役割を果たすらしい。
話が逸れた。
ともかく、大迷宮たる『樹海』を至近距離に有する育成学園では、大気中に魔力が含有していることが多い。そして魔力は主たる悪性存在、とくに魔族の近くに集中しやすいという特性がある。これに関しては法力も人間に集中するのではないかと疑っているのだが、それは置いておいて。
大気中の魔力を粘土のように掴み、捏ね、形状を変えていくイメージ。創り上げるのは三対六枚の闇の翼。それを己の背へと装着し、広げ、伸ばし――
「お邪魔します」
「おじゃまされまーす」
シュウは魔力の翼をはためかせ、バルコニーに向けて飛翔。そのままアリアの隣へゆっくり着地した。
記憶を取り戻して以来、シュウは『スラエオータナ』がもたらす世界呪術、即ち『法力と魔力の操作』を、ほぼ自由に行使できるようになっていた。一体何が理由なのかは分からないが、恐らくはこの力を授けた存在—―この世界最後の『神核種』を名乗る女性、ズルワーンの血が、己に流れていることを自覚したからなのだろう。
……実感は、さっぱりと言っていいほどなかったが。
それはそれとして、まずは成果をアリアに報告するとしよう。
「おぉ~……」
「凄いだろう、俺も自分の手でこんなものが撮れる日が来るとは思っていなかった」
「うん……」
まん丸く目を見開き驚くアリア。興味深げに写真を見つめる彼女の返答は少々上の空だった。余程注目しているらしい。
自分が写っているものを見るのは、少々不思議な感覚だ。シュウもカメラを貰った当日、マイヤから一枚撮ってもらっているのだが、なんというか、眺めているだけで恥ずかしいというか……自身の良くない所にばかり目が行ってしまうのだ。マイヤが普段恥ずかしがるのもそういう意味なのだろう。
だがそれは逆に言えば、今という時間を、未来へと残すことができることを意味している。
時を置いてからこの写真をもう一度見直せば、「ああ、この時の自分はこうだったな」と思い出すことができるのだ。昨日の自分に勝てるようになれ、という言葉をよく聞くが、その『昨日の自分』と『今日の自分』の差を、形として確認できるのは、きっと色々なことに役立つ。
無論、単純に想い出を残しておくためにも大活躍なのだが。むしろシュウとしてはそちらの方の目的を主としている節がある。
「さいきんのとれんど?」
「まぁ、そんなところかな……」
三年生であるシュウには、夏の長期休暇が終わってから殆ど授業がない。普通の生徒なら、まだ法術の修行なりなんなりがあるのだろうが、法術を使えないシュウにはそれもない。『樹海』行きを始めとした迷宮探索の実習授業以外には、本当ならシュウが学園にとどまっているのはおかしいのではないかと思えるほどだ。
無論教師陣、特にイスラーフィールはまだ学園に居ていい、と言ってくれるし、シュウ自身も現状離れるつもりはない。少なくともマイヤが卒業するまでは、学園の従業員としてあの家で暮らす予定でいる。
そうなるとこの身では、毎日の大半が空き時間になってしまうのだ。大抵の場合は家事であったり調べものであったり、前述の通り従業員としての修行を積んでいたりするのだが、昼休みの時間帯には大抵、こうやってカメラ片手に散策していることが多い。
最も、カメラばかり覗いていると、目の前の人々とのコミュニケーションが失われてしまう。
ほどほどにしよう、と自戒しながら、アリアに新しい歌をせがんでみる。
「アリア、続きを聴かせてくれ」
「うん!」
数日に一度ではあるが、こうやってアリアが歌っている場面に遭遇できることがある。写真の撮影中とアリアの元を訪ねる時間が一致したのは、先ほど言った通り今日が初めてだ。
彼女の音域の広く、優しいシルクのような肌触りの声が、シュウの心を癒してくれる。いや、何か疲労をため込んでいる、というわけではないのだが――そもそもマイヤやエリナと過ごしているだけで十分に癒されている――一種のオーバーヒールのようなものが受けられるのだ。明日は今日以上に頑張れそうな気さえしてくる。
アリアは一曲だけでなく、シュウのために何曲か別の歌も歌ってくれた。
彼女の綺麗な声が紡ぐ歌は、どれもダエーワ語の歌詞を持つ。
最近の話ではあるが、普段はスプンタ語の歌を口ずさんでいることもある。だが、こうやってバルコニーに出て音に出すとき、それは決まってダエーワ語なのだ。
故郷の世界に繋がる『門』。それを通して、己の生まれた場所へと届くようにと願っているのだろうか。
そういえばアリアがどういう生活を向こうの世界でしていたのか、彼女は殆ど語らない。今のシュウには、魔族だった父――ヴィクトールが故郷の事を語って聞かせた、幼いころの記憶がある。だから、彼女が今まで教えてくれた『異境』の出来事が、どれも魔族ならば誰でも知っている様な一般的なものでしかないことが分かる。
もしかしたらアリアは、シュウよりもずっとずっと、自分のことを良く知らないのではないか? そう考えてしまうほどに、彼女の無垢さからは、十六年間という彼女の生活が抜け落ちているように思えるのだ。
そもそも彼女と初めて出会ったとき、アリアには名前すらなかったのだ。シュウですら、六歳で目を覚ましたあの日の時点で自分の名前だけは忘れていなかった。アリアの知性の高さや知識量を考えれば、そもそも名前というものを持っていなかった、あるいは、そういうモノが必要ではない生活を送っていた可能性がある。
ザッハーク。
『教会』の聖典に登場する、魔族の王。
その称号を冠するということは、アリアは間違いなく、魔族にとって特別な存在なのだ。
シュウが人間と魔族から生まれた、ある種特殊な存在であるように。
——あなたも、おなじ。わたしと、おなじ。
初めて出会った日に、彼女が今の様子からは考えられないほど神秘的な表情で紡いだあの言葉の意味を、今更ながらに考えてしまう。あれは一体、どういうことだったのだろうか?
考えても答えは出なかった。仕方がない、と一旦思考を切り替える。
アリアの歌は五曲目に入っていた。よく喉が枯れないなぁ、と驚くと同時に、本当に楽しそうに歌うアリアの姿に自然と頬が緩む。そういえば、最近は取り戻した記憶を使って、ダエーワ語が若干理解できるようになってきたのだ。歌詞の意味を聞き取ってみよう。
そう、シュウが耳をすました、その時。
「あぁぁっ! 姿が見当たらないと思ったら、こんなところにいらっしゃいましたのね!」
階下、学園長棟へと続く道から、鈴のそれを思わせる音で紡がれた、大きな声が届いてきた。
発信源を見れば、駆け足で近づいて来る、所謂シスター服の少女。白いベールの下には、シュウのそれとそっくりな色の金色の髪が見え隠れする。出自のはっきりした今となってはただの偶然なのだが、そこに運命めいたものを感じてしまうくらいには、シュウも彼女の事を『妹』として認識しているのかもしれない。
「エリナ」
「はい、おはようございます、お兄様っ! アリアもおはようございます」
「おはよ!」
バルコニーへと登ってくるエリナ。アリアもニコニコ顔で挨拶を返す。
既に正午を回ってはいるが、今日エリナの姿を見るのは初めてだ。どんな時間であれ、一日の最初の挨拶を「おはようございます」で始めるのはどうにも彼女の癖らしく、ぺこりと頭を下げるその仕草と相まって、エリナ・キュリオスハートという少女の人柄を表しているように思う。
「エリナも一枚撮るか?」
「え? ち、ちょっとお待ちを、今身だしなみを整えて—―あぁっ」
不意打ち気味に一枚パシャリ。
彼女の写真を撮るときは、色々と細工をしてみないといけない。何故ならば。
「……どうです?」
「……駄目みたいだな」
「きーッ!!」
エリナがシスター服の裾を噛んで悔しがる。
プリントアウトされた写真には、髪の毛を整えようと上げた腕で顔が隠れてしまったエリナの姿。
うーん、構える隙を与えずに撮ればあるいは、と思っていたが、やはり良くなかったようだ。そもそも動いている最中の人間を撮影するのは非常に難しい。シュウにはまだまだできない技だったようだ。
「いつもこうですわ! 青髪やそこの銀髪はきちんと写るのにどうして私だけ毎回毎回変な写真ばかりが撮られるのです!」
「これは単純に俺の腕の問題だと思うけどな……ごめんエリナ、いつも綺麗に撮ってやれなくて」
「いいえ、お兄様はなにも悪くございませんわ。これはひとえに私の不徳の致すところ。さぁ今度こそタイミング、格好、共にばっちりです! カモンお兄様! イッツシャッターチャンス!」
ばっ、とポーズをとるエリナ。可愛らしさは十分、角度も問題ない、何か唐突に介入してくるような障害物或いは動物も周囲には散見されず。
今こそ完璧な撮影のときだ……!
「……どうです?」
「……やっぱり駄目だな」
「おめめとじちゃってるねぇ」
現像された一枚には、丁度良く瞬きをしてしまい、見事に両目を閉じたエリナの姿が写っていた。うん、これは駄目だ。場合によっては瞬きも写真の個性となるが、今回は顔の横に沿えたピースサインと致命的にマッチしない。
どうやらエリナは、絶望的に写真写りが悪い体質らしい。しっかりと準備を整えた彼女をきれいに撮れたことは、これまでに一度もない。必ず何らかの理由によってタイミングが噛み合わなくなってしまうのだ。これまで彼女をあの手この手と変えてそれを回避しようとしてきたのだが、そのことごとくが失敗に終わっていた。
ごくまれにそういう人がいると聞くが、まさか自らの義妹がそうだとは思わなんだ。
これはエリナを素敵に撮るための技術を身に付けないとだなぁ、などと内心で独り言ちていると、地団駄を踏んでいたエリナがはっ、と何かを思い出したように、碧と紅の瞳を見開いた。
「そうでしたわ、こんなことをしている場合ではありませんでした。探しましたのよお兄様、イスラーフィール先生が呼んでいらっしゃいます」
「学園長が?」
「ええ。何でも、夏季休暇の事件に関して、央都から使者の方が来ていらっしゃるとか……」
——運命に転換点をいくつか挙げろと言われるのであれば。
シュウ・フェリドゥーンは、こう答えるに違いない。
即ちそれは、ガブリエラ・イスラーフィールによって、極東大陸を連れ出された日。アリア=ザッハークを『樹海』で見つけた日。マイヤ・フィルドゥシーと想いを交わし合った日。エリナ・キュリオスハートと兄妹になった日。
そして、今日という日なのだろう、と。




