表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第三章:善と悪の境界に
62/87

第十七話『子とはいつか』

 ハレルヤザグナル・キュリオスハートは、この世界に於いて事実上唯一となる、『完全なる精神干渉特化法術』の使い手である。否、だった、というべきなのだろうか。何故なら彼は――正しくは、彼であるとされていた人物は、義理の娘によって既に葬られた後なのだから。

 そうとも。ハレルヤザグナルはもうこの世にはない。特級法術師の第七席は空席となり、彼が後継者育成のために開いていた孤児院は解体され、そこで生活していた子供たちも、ただ一人を除いて別の特級法術師に引き取られた。

 その、死んだはずの男は今──岩壁を思わせる鱗を鎧に、鎌首をもたげて灰色の吐息を撒き散らしていた。縦に割れた瞳孔の奥に、知性は見えない。あくまでもその姿、その思考は魔物のそれに準ずるらしい。

 されど偽りの蛇竜が纏った重圧は、マグナスやイスラーフィールと同質のもの。紛れもない、世界最強の法術師の気配。

 化けている――というよりは、生まれ変わった、という方が近しいのだろうか。人間が己の魂だけを別の器に移す、という御伽噺には事欠かないが、実在するとは思わなかった。しかし聞けば、キュリオスハート翁は二百年の時を生きる正真正銘の怪物。延命や転生といった技術に関する知識は十分だろう。

 そしてそれを使いこなせるだけの力が、かの老法術師にはあったということだ。延命術や転生術が誰にでも使える代物なら、もっとその情報が広まっていてもおかしくはないはずだから。


 岩石の顎が大きく開かれる。光が集う。定められた狙いは、紛れもなく自分たち。

 シュウ達が弾かれた様に四方へ散った、その直後。空間をも凝結させる灰色のブレスが、どうっ、と低い音を立てて発射された。ばきばきばき、という不気味な音と共に、シャローム・ビーチの上空に岩の柱が形成される。当たれば即死……否、石化という、死ですらない永遠の終わりが訪れる。なんにせよ戦線に二度と復帰できなくなることは、最早疑いようもあるまい。

 

 西方大陸の伝承に登場する、『塩の柱』の物語を思い出した。

 あれによれば、罪を犯した人間たちは、炎の中で塩の塊へと変えられてしまった、というが――今のキュリオスハート翁にとっては、計画を邪魔する自分たちこそが罪人、ということなのだろう。

 だが、世界にとっては逆のはずだ。

 海を潰し、大地を削り、人々の生活を脅かすような存在を、とてもではないが『善なる者』として見ることなどできない。例えそれが、かつての特級法術師(アスラワン)だとしても。


「——我らの敵に災禍在れ!!」


 シュウの抜き放った木簡が、空中でばらりと開いて剣と化す。握りしめた水晶の槍を、まるで指揮棒の様に振るえば、『光の木剣(バルスマン)』は灰色の蛇を目指して一直線に飛翔した。偽りの大蛇は大きく身をくねらせて小さな光の剣をやり過ごすが、くい、と指揮棒を引けば、まるで糸に吊られた人形であるかのように、剣は狙いを修正して再び襲い掛かる。

 しかし突き刺さったところで、大したダメージは与えられていないように思う。


 ——問題ない。

 シュウの目的、そして小剣の役目とは、巌の蛇に傷を負わせることではないのだから。

 

「『光輝女神の(メーザー・オブ・)眼差し(シャイニング)』」

「『×××××(くりしゅな)××××(だはーか)』」

 

 マイヤの宣告と、アリアの歌声が、暗雲を払い美しく響いた。 

 その声は、偽イルルヤンカシュの遥か頭上から聞こえてくる。見上げれば丁度、大空を覆う様に光輝の砲門が開いたところだった。掲げられたマイヤの細い右手、そこに握られた長剣が、シュウにとっての『スラエオータナ』と同じように、指揮棒の様にきらりと輝く。

 それだけではない。砲門の周囲を取り囲むように、漆黒の雷電が渦を巻く。それらはまるで竜の様にくねり、蔦の様に扉へと絡みついて行く。どくん、と鼓動、一つ。同時に光の剣を射出するはずのゲートが、大きく姿を歪めた。揺らぎにも思える不定形から、明確に瞳を模した円形へと。


 強化魔術――アリアの使用した術式は、他人の法術や魔術に干渉し、融合、そしてその性能を大きく引き上げるのだ。

 光の扉は、まだまだ空を埋めていく。普段のマイヤが使用する『光輝女神の眼差し』、その数倍はあるかという規模で。

 それらの全てが、アジ・クールマ全体を囲むように展開しきった、直後。


「遍く照らせ」


 光剣(タクト)が、ひゅっ、と音を立てて振り下ろされた。

 ほぼ同時に渦を巻く砲門が煌き、一斉に光の刃を射出する。

 その威容、まさに光輝女神の断罪が如く。怒りの視線が灼熱となって、灰色の蛇へと降り注ぐ。


 偽イルルヤンカシュの巨体では、それらを避けきることができない。大気を震わせる炸裂の衝撃。音を伴わない絶叫が轟き、そのダメージの大きさを物語る。

 おまけにその鎧の至る所に、巨大な罅が入っていくではないか。起点になるのは、シュウの突き刺した『光の木剣』——そう、火力の低いシュウの連撃は、導線として灰色蛇の全身にマイヤとアリアの攻撃を届かせ、かつ鎧を砕くための楔となったのだ。

 

 ばぎっ、という嫌な音を立て、岩の巨体が大きく破損する。同時に、ひび割れを辿る様に無数の爆発が起こった。『光輝女神の眼差し』に付与された、魔術的な破壊因子が解放され、ただの法術では起こし得ない、『殺すための追撃』を行っているのだ。

 内部が露出する――驚くべきことに、イルルヤンカシュ・ウルリクムはその体内まで岩で構成されているらしい。無数の見たこともない鉱石が、まるで鉱山の中であるかのように胴体を形成していた。


 ——そのいくつかが、ぎらり、と煌く。

 ぢりっ、と、首の裏が焦げ付く様な、妙な感覚。初めて感じるそれは、しかしどういう意味を持っているのか即座に理解できた。

 これは――『警鐘』だ。次にアジ・クールマが、偽りのイルルヤンカシュが取る行動が、このままでは甚大な被害を齎すという、世界からのメッセージ。


「マイッ!!」

 

 (アグニ)よ、と心の中で唱えながら、闇の翼を全力で震わせる。爆裂――翼を起点に移動した、火炎を操る疑似魔術が、普段の何倍もの推進力をシュウに与える。体がバラバラになってしまいそうな、強烈極まる重圧の中、シュウはマイヤと、彼女に抱きかかえられたアリアをかっさらう。

 建前上は、速度が減衰しないように。空気抵抗を極限まで減らすべく。

 本音のところは、落としてしまわないように。何かの間違いで、手を離したりしないように。


「せん、ぱ……っ!?」

「舌を噛まないように注意してくれ……!!」


 シュウは二人を強く、強く抱きしめて、もう一度黒い炎を爆発させた。ギュィィィィィイイ、と、聞いたこともないような重苦しく、禍々しい音が鳴り響き、シュウの速度が限界へと到達する。


 同時に。

 ぎらついた石から、滅茶苦茶な方面に向かって、石化光線が乱打された。法則性や規則性などどこにもない。しかしその分、予測しての回避が難しい攻撃だった。

 灰色のレーザーの隙間を縫うように滑空する。海上に着弾した石化光線は即座に効力を発揮し、まるで海面が凍ってしまったかのように、灰色の疑似大地を作り出す。


「な……」

「やはりそういうことだったか……」


 呆気にとられるマイヤと、青ざめた顔でぶるぶる震えるアリア。落ち着かせるように、反射的にアリアの手を握り、マイヤと自分の接触面が増えるように、もっと強く抱き寄せる。

 もしもシュウが、キュリオスハートの仕掛けた罠に気が付かなかったなら、今頃マイヤもアリアも、石造と化して海の底だ。あの煌きが攻撃の予備動作だと、良く分かったなと自分で自分に驚いてしまう。

 勘、と言えばそれまでなのだが、今だけはそれに感謝したい。それから、火を使って天高く飛び上がる技術――旧時代文明において『ジェット機』や『ロケット』と呼ばれた、空を飛ぶ機械の図面を、その昔見せてくれたイスラーフィールにも。あれが無ければ今、シュウは間に合っていなかった可能性が高い。


「お兄様! マイヤ、銀髪! 大丈夫ですの!?」

 

 エリナが青ざめた顔で駆け寄ってきた。

 先ほどの乱射場面ではぎりぎり圏外に居た彼女も、一歩間違えば巻き込まれていたかもしれない。咄嗟にマイヤの方を助けに行ってしまったが、エリナは彼女や自分と違って自由に空を飛べるわけではない。あの場面でエリナも拾えるほどに飛行技術を磨かなくては、と今後の課題を胸に刻む。


 マイヤを抱きしめていた腕を解く。ちょっと名残惜しそうな顔をしないでほしい。いつまでも抱き締めていたくなる。

 アリアの方も落ち着いたようだ。もう震えていない。


 ふと振り返れば、レーザーを発射し追えた岩とは別の部分がちかり、ちかりと瞬いていた。

 それは攻撃準備ではなかったが、しかし極めて厄介な結果を齎した。崩れ去ったはずの岩の鎧が、見る見るうちに修復していったのだ。


「キリがありませんね……」


 呻くマイヤ。彼女にしては珍しい、少し弱音気味の声だった。

 無理もない。迂闊に近づけない上に、ダメージを通しても回復。ついでに攻撃に当たれば一発で戦闘不能と来た。シュウ一人だったらとっくに心が折れていたと思う。

 

 しかし弱った。アジ・クールマを倒すには、最低でも石化ブレスを無力化し、その上で再生能力まで無効化しなくてはならないらしい。シュウの『スラエオータナ』は法術や魔術を無効化・吸収する力があるが、石化や再生はイルルヤンカシュ・ウルリクムに元々備わっている機能のようだ。これがハレルヤザグナルの法術であるなら話は早かったのだが、どうやらそうもいかないらしい。


 こうやって悩んでいる間に、灰色の鎧はすぐにでも再生を終わらせてしまうだろう。

 そうなったら、自分たちはどう対処すればいいのだろうか? たとえ強力な法術で撃退したとしても、また再生されてしまっては意味がない。無限に続く攻防の内に、先に集中力が切れるのはこちら側だ。

 

 もしかして最初から、自分たちに勝ち目はなかったのではないか?

 全部ハレルヤザグナルの罠で、自分たちはそれにまんまと嵌まっていたのではないか—―?


 暗雲が胸中に立ち込め、まるで目の前の灰色蛇のように、不安が鎌首をもたげた。あり得ない、きっと大丈夫だ、といくら自分自身に言い聞かせても、その暗い推測は消え去ってくれない。

 精神干渉を受けているわけではない。

 けれどもきっと、ハレルヤザグナルは、そんな難しい手段に訴えかけずとも、誰かを簡単にコントロールできてしまうのだ。

 強烈な力を見せつければ、人間は己自身の心に、おのずと支配されてしまうのだから。


「お兄様、ここは私にお任せください」


 沈黙を破ったのは、エリナだった。

 凛、と鈴の音を思わせる声を響かせながら、彼女は碧と紅の双眸で、シュウをじっ、と、強く見つめた。

 

「な……」


 自分の喉から、震える声が漏れ出たのが分かった。

 きっと次の言葉も、震えている。


「無茶だエリナ! 君一人で行かせるだなんて――」

「問題ありませんわ。寧ろあの石化ブレスを止められるのは、この中では私だけです」


 しかしエリナは、その小さな体に驚くほどの自信を込めて、左右に首を振ったのだった。

 彼女は場違いなほどにいつも通りの、ちょっと得意げな表情を取ると、シュウに一つの問いを投げる。


「お兄様、石化を司る法術をご存知ですか? 一つとしてその名を聞いたことは?」

「……? いや、聞いたことが無いな」

 

 質問の意図を計りかねながら、シュウは左右に首を振る。

 一年前までにシュウが紐解いた、法術に関する様々な資料。その中には、古今東西の一級法術師たちの強力な技から、一般法術師の術式、さらにはかつてアリアが使ってしまった様な、ある程度法力をコントロールできるならだれにでも扱える法術が記されていた。

 その中に、対象を石化させる、といったものは一つも確認していない。法力を相手の身体で変換し、直接未知の毒で侵す、全身を痺れさせて拘束する、遠距離から火傷を負わせる――といった、所謂『状態異常系』の法術に分類される、まだ誰も使いこなせていない術理なのだろう、と思っていたのだが……。

 しかしエリナの言葉から察するに、恐らくそれは違うのだ。石化の法術は、誰も使えない状態異常系法術なのではなく、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 以前、中央大陸には出現しない魔物について調べたことがある。その際、西方大陸に生息する『バシリコック』という魔物の記述を見た。

 ニワトリの身体に蛇の尾を持つというこの奇妙な魔物は、その眼光で以て相手を一時的に石化させる、非常に強力な相手だという。しかしその石化眼光は、とある手段で防御・無効化することができるのだという。


 それは、バシリコックに対して、恐怖や畏怖の感情を抱かないこと。

 体がすくむ、というが、バシリコックの異能はその「すくみ」を極限まで強大化させることで、「石になってしまった」という錯覚を抱かせるものなのだ。

 精神が肉体に引っ張られるように、肉体もまた、精神に引っ張られる。エリナが己の人格を切り替えるように。キュリオスハート翁が、異なる姿の怪物に転生したように。

 頭脳が受けた衝撃が、物理的な形で現出する、という光景を、シュウは『エリナ』との戦闘で何度も見ている。そこに刃などなくとも、刃がある、と錯覚してしまえば、周囲の人間ごと騙し切ることができるのだ。それは思考回路など持たないはずの『この世界』であっても例外ではない。呪術師的な視点から見れば、世界にも意思がある、というのが定説ではあるし、だからこそ今のシュウは『スラエオータナ』を握っているわけなのだが。


 なんにせよ、『世界への詐称』が可能な法術の種別は、一つをおいて他にあるまい。

 瞬間、シュウはエリナの質問、その意図を理解した。


「まさか……石化は精神干渉系なのか……!?」

「ご明察です。法術とは違うものですが、石化の原理は一緒ですわ。私の敵ではありません」

 

 エリナが、我が意を得たり、と言わんばかりに笑う。

 なるほど、彼女の妙な自信も良く分かる。

 法術には、同系統の法術に長けた人材ほど対抗しやすい、という特徴がある。四人の中で、最も精神干渉系法術に長けるのは間違いなくエリナだ。養父が己の後継者にするべく育て上げ、孤児院のメンバーの中で最も精神干渉系法術に素質を示した少女。ならばこの場で、石化ブレスを防ぐための最適解は、エリナが同じく精神干渉系法術でブレスを弾き返すことだ。


 一歩踏み出すと、大切なものに触れるように――いや、恥ずかしい話だが、実際彼女にとっては何よりも大切なものなのだろう。エリナはシュウの手を執ると、こんな表情が彼女にできたのか、というほど、優しく微笑んだ。


「かつての私なら、ここでお父様への恐怖に屈していたことでしょう。いいえ、それどころか、今でも屈してしまうかもしれませんわ。だって私、お昼にその名前を聞いた時、震えあがって何もできませんでしたもの」

「だったら……」

「ですが」

 

 彼女は毅然と、好戦的な笑みと共に白銀の十字架を召喚した。

 仮想足場の上で、ブーツの留め具がかちゃりと鳴る。潮騒の風が少女のベールを強く揺らして、はっきりと、自分とそっくりな金色の髪を見せつける。


「お兄様が、私を応援してくださるなら、話は全くの別ですわ」

「——!」

「マイヤはかつて、マグナス・ハーキュリーからお兄様と銀髪を逃がすために、命を振り絞ったというではありませんか。あのアドバンテージの塊みたいな青髪に、さらなる優位性などいつまでも与えておけません。私にもちょっとくらい、格好つけさせてくださいまし」


 十字架を担ぐと、彼女は無数の足場を展開。そのうちのひとつにぴょんと飛び乗ると、くるりと振り向き、また笑う。


「無論、お兄様に心配をかけさせる、などという失態は犯しませんわ。一つくらいマイヤに勝る部分、手に入れてみせますから」


 ——直後だった。

 偽りのイルルヤンカシュ・ウルリクムが、完全に再生を終え、声なき声で絶叫したのは。

 長くのたうつその体が、ぴたり、と狙いを定めて停止する。開いた顎のその奥に、ちらちらと鈍い輝きが見えた。なるほど、あのブレスはそもそも体内の岩から放っていたらしい。つまり本当の姿は、あの光線乱打なのだ。虫眼鏡に太陽光を通すと収束して大地を焼くが、あれと似たような原理で極太のレーザー砲に変貌させていたのだろう。


 エリナはがりっ、と音を立てて、十字架を仮想の大地に突き刺した。そのまま彼女は、威風堂々と声を張り上げる。


「さぁ、行ってくださいお兄様!! 偽物とはいえ『呪甲魔蛇』は『呪甲魔蛇』!! あの体のどこかに、内部に入るための扉があるはずです!!」


 スカートの裾をはためかせるその姿は、驚くほどに格好良くて。

 シュウは目頭が熱くなるのを、必死で我慢するはめになった。


「先輩」

「……ああ、分かっている」


 マイヤに裾を引っ張られ、重く頷き返す。

 そうとも、これはエリナの意思だ。ずっと誰かに操られて生きてきた彼女の、彼女だけが決めた選択。

 それを尊重せずに何が兄だ。それに頼らずして、何が仲間だ!


「しゅう、あそこ」  

 

 アリアが、島を模した(クールマ)の甲羅、その表面の一部を指差す。どうやらあそこが、目的地のようだ。

 シュウの闇の翼が、マイヤの光の翼が、それぞれヴン、と音を立てて震える。


「——勝負です、お父様。(わたくし)、もうあなたの掌の上で踊る、無知な娘ではありませんことよ!」


 エリナが叫ぶ。

 シュウ達を己が体内に入れまいと、灰色の巨龍は邪悪のブレスを吐き出した。

 その規模、その威力、これまでの比ではない。全力の攻撃――どうやら自分たちを、一撃で仕留めるつもりらしい。


我が正義に(ダエーナー・)光をくべよ(ウェイクアップ)!!」


 張り上げたのは、己の正義を誇示する祝詞。戦闘に特化した『エリナ』と『武装型アムルタート』ではなく、エリナと『武装型ハルワタート』の人格で挑んだのは、一体彼女のどういう心境によるものだったのだろうか。

 紡がれていく。世界そのものを幻惑させる、精神干渉系法術の一つの極致が。

 編み上げていく。空を切り裂き、一人でに集う青と白の雷電が、白亜の塔を思わせる、巨大な壁を。


 それは彼女に名を貸す聖霊、その力の神髄だった。


「至れッ!! 『白銀の鍵、(ハルート・)万魔滅潰すは(ネスハ・)碧の薔薇(イブリース)』!!」


 バンッ、と。

 何かが破裂した様な音が轟く。だがその受け取り方は間違いだ。今この場では、何も爆発してなどいない。

 今のは――エリナの展開した障壁が、灰色のドラゴン・ブレスを完全に受け止めた、その音だ。発生した衝撃波は海上をはるか遠くまで吹き抜けて、島に向けて飛んでいたシュウ達の体勢を危うく崩しかけた。

 

 シュウの視界の端、エリナを中心に、まるで城壁の様に、蒼白の光盾が広がっていく。

 光の壁と灰色の石化光線が、世界を震わせ拮抗する。どちらも一歩も譲らない。互いに手の内が若手居るから、どれだけの力を出せばどう相手が返してくるのか、全て分かっているのだろう。

 そうなったとき、強いのはハレルヤザグナルの方だ。彼はエリナを育て上げてきた人物である。エリナの限界を知っている。そのうえで、まだ見せても居ない底力も有しているだろう。


 シュウ達がアジ・クールマの甲羅――便宜的に『クールマ島』と呼ぶ――に着陸するのと、ほぼ同時に。

 灰色の蛇の装甲が、がちゃりと音を立てて開いた。その内部には無数の岩。新たなる精神干渉を引き起こす、追加の石化光線が放たれた。

 どうっ、という重苦しい音と共に、びりびり世界が振動する。


「お、ぉ、ぉ、お、お、お、おおおおおおおおお――――――ッ!!!」


 ——しかしエリナは耐える。彼女の十字架が一層煌き、碧薔薇の蔦が密集した様な、光の盾を無限に強化していく。最早空間の色さえもがぶれるほどの衝撃の中、エリナはいつまでも、いつまでもそこに立っていた。


「と、ど、けぇぇぇええええええ!!!」


 その叫びは、かつてシュウが彼女に向けたものと、全く同じで。


 直後、均衡が崩れた。エリナの張った理論障壁の強度が極端に上がったのだ。彼女の中で、「自分は絶対に負けない」という思いが、紛れもない確信へと変貌したのだろう。

 二人が重ねた時間、キュリオスハートの呪縛から解き放たれた、エリナという一人の少女を象徴するような一言が、もしかしたら最後の決め手だったのかもしれない。


 ズンッ、と、鈍い音が響いた。

 弾かれた様に上空を見れば、偽イルルヤンカシュ――その頭部に、反射された石化ブレスの全てが直撃していた。白煙が上がる。絶叫は、聞こえない。


 そこから先は、もう瞬きをする暇さえなかった。

 一瞬にして灰色の肉体が、鎧を構成していたのとは、僅かに異なる色合いの岩で覆われ始める。石化しているのだ。己の吐いた一撃の反射。あり得べからざる現状に、彼の本能が敗北を認めたのだ。

 子とはいつか、親を超えるもの――その思想を、七番目にして最古の特級法術師もまた、持っていたということなのだろうか。


 光の城壁が消え失せる。同時に集中力が途切れたのだろうか。エリナが立っていた仮想足場までもが消え去ってしまった。

 ぐらり、と傾く華奢な体。銀色の十字架も光の粒子となって中空に消える。軽い彼女の肉体は、ひゅるるると音を立てながら海面に向けて一直線。


「エリナッ!!」


 多分そのとき、シュウは何も考えていなかったのだと思う。折角着陸したクールマ島から、羽を広げて飛び去ってしまったのだから。

 向かう先は、落下を続けるエリナの下。彼女をしっかり抱きとめると、想定外の重さに態勢を崩してしまう。いや、別にエリナが重かった、という意味ではなく、単純にキャッチの衝撃に備えていなかっただけなのだが。 


「お、にい、さま……?」

「エリナ、エリナ……っ、よく、よく頑張ってくれたな……!」


 何度も何度も名前を呼べば、彼女は力なく笑顔を返してくれた。信じられないくらいに儚いその表情が、彼女に掛かっていた負荷の全てを物語る。


「え、えへへ……私、やりましたわ……これで、お父様と一緒に、青髪も超えられましたか……?」


 ああ、超えた!


 ——と、本当なら言うべきなのだろう。嘘でもそうするべきなのだと、シュウの脳裏で遥か東方の師匠がフライパンをカンカン鳴らしながら叫んでいる。

 しかしシュウ・フェリドゥーンは、このご時世珍しいほどに馬鹿正直な人間である。残念ながら、師匠やエリナの期待には全く応えず、そしてある意味では極めて期待通りの返答をするのであった。


「……いや、そっちは厳しいかな……やっぱりマイの事が好きな気持ちに嘘が吐けない……」

「なぁぁぁぁああああんですってぇぇぇええええッ!?!?」


 ばっ、と。

 先ほどまでの儚さはどこへやら、エリナは上半身を起こして絶叫した。

 

「おのれぇぇえええッ!! 何だというのです、青髪にあって私に足りないモノとは一体!! どうすれば私はお兄様の一番になれるというのですかぁぁああああああああッ!!!」


 その声は、そこいらの音響兵器系法術よりも強力であったのだろうか?

 震える視界の端で、石化した偽りのイルルヤンカシュがばらばらと砕け散り、海中に沈んでいくのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ