第十四話『霧の中の降臨』
旅館を出ると、いつの間にか濃い霧が立ち込めていた。それは彼方に迫る暗雲と共に、先ほどまで鮮明に見えたはずの星空を、瞬く間に覆いつくしてしまう。
シュウ達は海岸線へと走る。道中、ナイトビーチを楽しんでいたと思しき観光客たちと多数すれ違った。サイレンの音の直後から、もう人々の騒ぐ声や悲鳴が聞こえていたことを思うと、アジ・クールマの影は想定よりもかなり近くまで迫ってきているのではないか、という焦燥感が生まれる。
その予想がある意味では正しく、ある意味では間違っていたことは、すぐに証明された。
「なんだあれは……」
後方でエリックが息を呑む。シュウもまた、眼前に見える威容に唖然とするしかなかった。
陸生の魔物にも、数メートルを超す巨体を持つ存在、というのは存在する。以前戦ったサーベルグリズリーは三メートルを超す体長を誇るし、マイヤと初めて出会った頃、彼女が打ち解けてくれる理由にもなった戦いでシュウが倒した、竜の様な見た目の大型魔物。あれはサーベルグリズリーを優に越す六メートル近い巨躯である。シュウはまだ出会ったことが無いが、資料を読むと時折、海洋性魔物の母艦級と同じような、数十メートルを超えるタイプの悪性存在の記述を確認できた。
これはアリアから聞いた話だが、魔族たちの住む『異境』では、エリアにもよるがそういった超大型の魔物が大量に発生、日夜同士討ちを繰り返し、その余波で人々の生活が脅かされる、ということもあるらしい。
そして海洋の大型魔物に関しては、シュウ自身、その目で確かめた。クラーケンのような母艦級魔物は船一つを丸のみにしてしまいそうなほどの巨体だった。あれでも統率種個体の中では最小サイズだというから、他の母艦級魔物は一回りも二回りも大きいのだろう。
故に、シュウたちは決して、呪甲魔蛇——魔族たちの神話にその名を刻む亀のダエーワの称号を持った、大海の支配者の全体像を、侮って見ていたわけではないのだ。各自が想像力の効く限りで、きっと最も大きなサイズを想定していた。何せ『島を背負った亀』などと称されるほどだ。五倍、六倍、下手をすれば十倍クラスの大海魔なのだろう、と。
だが。
その想像の全てが、甘かった。
海洋性魔物を統べる魔王とは、あるいは、人の想像力で表せるようなものではなかったのかもしれない。
——それは、もはや島ではなかった。
結論から言うのであれば、アジ・クールマはまだビーチには到着していなかった。それどころか、水平線の付近にその影を見せている程度である。だが、ゆっくりとではあるが、確かに近づいては来ていた。その証拠に、掻き分けられた海面が飛沫を上げ、渦潮が発生し、立ち込める暗雲が王の降臨を知らしめる。
いいや、飛沫などという生易しい領域ではない。あれは、津波だ。街を壊し、人を攫い、地表の全てを嘗め尽くす、海が備える、文明に対しての最大の牙。
アジ・クールマは、数間進むだけで、シュウが今まで見たこともないほど高い津波を、いとも簡単に引き起こしていた。それも……この数え方が正しいのかは不明だが……一筋ではない。あまりの巨体に、津波は複数に分割され、いくつも、そして何層にも重なって発生していた。恐らくあれが地表に乗り上げたなら、人間の棲息領域はひとたまりもあるまい。最寄りのシャローム市だけでなく、下手をすれば馬車を一日使ってようやく届くほどの距離までもを喰らい尽くす。
それほどの威力を発する巨体、逆算するだけで簡単に想像がついてしまう。シュウは正直な話あまり大きい数字の計算が得意ではない方だが、それでも目の前に今まさに姿を見せようとしている最強最悪の魔物の全長を予測することは、余りにも容易だった。
――大陸である。
アジ・クールマは、極東大陸本島と、ほぼ同じ大きさをしていた。
厳密に言うならば、極東大陸はそのサイズ自体は他の七つの大陸と比べてはるかに小さい。極東大陸が大陸足りえる理由は無数の列島を全て領域としてカウントしているからであり、本島だけならば大きな島の一つに過ぎない。
だが—―その大きさは、恐らく七つの大陸を除いたあらゆる島の中で、最も大きい。だからこそ極東大陸は周辺列島の王足り得るし、独自の文化を築き上げる土台を生み出すに至ったのだから。
故に。
アジ・クールマの巨躯とは、この世界で最も大きい島と等しい、ということになる。
即座にシュウの脳裏に、最悪の未来が像を結んだ。
あの魔物がもし、シャローム・ビーチに激突したならば? 砂浜に乗り上げる必要はない。周辺の崖、あるいは灯台を備えた高台と接触するだけでもいい。物体には反発する力がある。複数のものが激突したならば、即座に膨大なエネルギーが発生し、瞬く間に解き放たれるだろう。
その時きっと――この中央大陸東端は、『終わる』。
文字通り。そう、文字通り、跡形もなく消え去るだろう。海岸線も、観光地も、シャロームの街も、そこに暮らす人々や、野生・家畜問わず数多の動物たちも。
そして、シュウたちの紡いだ、大切な思い出も。
「そんなことさせるか……!!」
気が付かないうちに、叫んでいた。何か状況が改善するわけではない。だが、モチベーションは違う。
こちら側の勝利条件は不明。あの巨大過ぎる海魔を、撃退できるのかどうかは、正直な話不明だ。だが、何もしないわけには、いけない。
シュウたちは海岸線へと向かう速度を速める。法術師達は己の法術で足腰を強化し、シュウは身体強化の呪術をフル活用。
その背後を、銀色の流星が追随する。いつになく真剣な表情と、暗闇の中で映える真紅の瞳。ドレスワンピースがふわりと揺れて、その姿はまるで宵闇を舞う蝙蝠の如し。
あるいは、聖典に登場する、暗黒を支配する竜の王女か。
アリアだ。今回の戦いには、彼女も参加するのだ。
本来ならばついて来る必要のない人材だが、しかし彼女の方から「いっしょにたたかう」と申し出があった。アリアの『仮称:展開型アジ・ダハーカ』が持つ絶大な破壊力は、恐らくこの戦いで役に立つ。それ以前に、固まって動いた方がより危険が少ないようにも思えた。
以上の理由から、彼女もビーチへと向かっているのだが――速い。とても速い。正直この中で進軍速度が最も早いのはアルケイデス、次いで純粋な身体強化に特化した呪術を同時に使えるシュウなのだが、その二人に全く肉体を強化することなく、ぴったりとついてこられるのだ。
魔族が最強足り得るのは、ただ単にその魔術や強さの気配によるものだけではないのだ、と、改めて悟る。
海岸線が見えてくる。
直後、ざぁっ、という音と共に、霧が急速に濃くなった。今の今まで見えていたはずの一寸先が、まるで猛吹雪の内にいるように、まるで確認できなくなる。
「——! 先輩!」
後方でマイヤが叫んだ。その声に振り返れば、目と鼻の先に、船の上で見たような魚類を思わせる人型の影。咄嗟に腰のホルスターから、木簡を抜き放ち解放する。
「我らの敵に災禍在れ‼」
シュウの祝詞に呼応して、開かれた木の板たちは、そのまま光の苦無と化す。鉤爪の要領でそれらを指の間に挟み込み、腰を落として正拳突き。ぐしゃり、という肉を突き刺す嫌な感触と共に、呪術の刃は魔物の胴を貫いた。
気味の悪い断末魔と共に、敵の身体から力が抜ける。倒したようだ。ずるり、と光の木剣から重みが消え、代わりにどさりと地面に何かが落ちる音。
倒した魔物の骸を、シュウたちは間近で確認する。止めを刺すのに法術を使えば塵に、魔術を使えば煙となってしまう魔物たちだが、呪術を使えば死骸が残る。こういう時に、仲間たちの力ではなく自分で倒し、証拠を残すことができるようになったのは大きな成長だ。
改めてみる魔物の姿は、カサゴの様な頭部、鱗の生えた錆色の肌。ぬるりとした粘液で全身を覆い、貝殻で作った刃の槍を携えたそいつは、紛れもなく海洋性個体――ギルマンだ。
本来ならば地上には上がってこないはずの存在である。海から陸へと自発的に進軍してくる魔物は、南方都市周辺に住まう軟体動物タイプの海洋性魔物だけのはずだ。第一海洋性の悪性存在にはテリトリーがあるため、中央大陸東部のギルマンたちがこのような行動に自発的に出るとは考えづらい。
「ちっ……アジ・クールマの顕現に伴い、陸上がテリトリー化したか……! 急ぐぞ、恐らくビーチは既に占領されている」
「な……」
ギルマンの死体を一瞥して、アルケイデスが呻く。彼はシュウの絶句に一瞥もせず、白銀の巨剣を顕現させると、それを担いで瞬く間に霧の向こうに消えた。最強戦力が最速で現場に向かうのが、被害を一番抑えることができる方法だと判断したからだろう。
観光客たちが逃げ惑っていたのは、はるか遠くからでも優に視認できる、アジ・クールマの巨体を目にしたから、ということだけでなく、身近な脅威として、本来ならば海上でのみ戦うはずの魔物たちが、地上へと湧き出たからだったのだ。魔物というのは決して呪術で立ち向かえない相手ではない。シュウ自身がそうであるように、法術も魔術も使わずに、ギルマン達を倒すことはできる。
だがそれは、戦闘訓練を積んだ使い手に限った話だ。ただナイトビーチを楽しんでいただけの民衆に、それが可能なはずがない。
彼らを護ることも、今のシュウ達に課せられた使命だ。しかし、海岸線に向かって、発生源を潰す必要もある――
「こいつはちょっと面倒かもしれんぞ……相当数が浜辺にいる。今みたいに取り逃しが上がってくるとまずいな……マッケンジー、アルバート、ちょっと付き合え。観光客の避難誘導および護衛をする。バルガス先生がもう向かっているはずだが、多分一人じゃ足りん。フェリドゥーン、フィルドゥシー、キュリオスハート。それからアリアとルーズヴェルトはアルケイデスを追え」
逡巡するシュウの様子を見かねたか。あるいは、情報の女王としての力で得た情報から、この先の混乱を予測したか。
イスラーフィールがメンバーのうちの数名に声をかけ、来た道を引き返していく。特級法術師が付いていればある程度は安心だ。残されたシュウ達は頷き合うと、また一段、速度を上げてビーチへ向かう。
霧の奥へと飛び込むと、がきん、がきんと鋭い金属音が複数の箇所から聞こえた。どうやらアルケイデスだけでなく、他にも魚人たちと戦っている者がいるらしい。白く霞む視界の奥に見えたその影は、ロザリアの従兄、アローンだ。
「兄さん! 今手を貸すよ!」
「ローゼ……! いや、こっちは大丈夫だ! お前は別の魚人を頼む!」
僅かに視線を交わし、最小限の言葉で互いの駆逐すべき標的を確定させていく現代の騎士。それに呼応し、ロザリアが戦線へと突入するとほぼ同時——シュウたちの周りにも、多数の魚人が姿を見せ始めた。
その数、二十を超す。バルガスの船の上で戦った群れほどではないが、しかし簡単に殲滅できる数ではない。
「お下がりくださいお兄様! 叩き潰しますわ!! ——我が正義に光をくべよ!!」
——この場にいる法術師達が、『並』ならば、の話だが。
シュウと入れ替わる様に、エリナ・キュリオスハートが前に出る。顕現した白銀の十字槌が、蒼い雷を激しく明滅させる。
踏み込み一つで魚人の懐へと入り込むと、十字架の頭でその胴を貫く。瞬間、幻想の電撃が放射状にスパーク。内側からその『認識』ごとギルマンを焼き焦がし、黒い塵へと霧散させた。
残身するエリナの背後へ、二体の魚人がおどろおどろしい叫び声と共に飛び掛かる。しかしエリナは微動だにしない。代わりに彼女の身体を中心に、ばちり、と深紅の火花が散った。
次の瞬間、濃霧の中を、激情に彩られた赤薔薇の蔦がはい回る。地面の全てをダーククリムゾンの雷撃が嘗め尽くし、直後、まるで薔薇の棘が伸びるが如く、雷電の刃が素早く伸び、豪速を以て魚人たちを串刺しにする。
ものの数秒にして、視界にとらえていた二十のギルマンは一掃された。戦っていた獲物を総獲りされたアローンとロザリアが、目を丸くして停止する。シュウもまた、壮絶な殲滅戦に言葉を失っていた。
沈黙の中、振り向いたエリナの瞳は赤。『エリナ』だ。
「お兄様、今地上にいる個体は全て倒しましたわ。褒めてくださいまし」
「あ、ああ……ありがとうエリナ。偉いぞ」
「うふふっ、お褒めにあずかり光栄ですわ♪」
いまにもるんるんと歌い出してしまいそうなほど上機嫌で、『エリナ』は再び十字槌――否、『武装型アムルタート』の生み出す十字斧を構え直した。その動作に呼応するように、ざばぁ、という音が続く。海洋の内から新たな魚人たちが姿を現したのだ。最早数えるのも馬鹿らしいほどの数――連中は本気で、地上を制圧するつもりらしい。
「……行きましょう、先輩」
マイヤが腰のホルスターから、銀色のロングソードを抜刀する。次の瞬間その刀身がぶれ、物質ではなく聖なる光を宿した剣へと生まれ変わった。『女神の光を』——マイヤの主武装たる光の剣が、天より地上に降り立った。
翼を開き、一瞬で姿を消すマイヤ。直後、散会を始めていた魚人たち、その首が纏めて吹き飛んだ。ヴン、という微かな音を立てて、下手人たる光輝女神の姿が現出。高速で移動したマイヤが、その速度のままギルマンを切り裂いたのだ。
明らかに、以前より戦闘の速度が上がっている。彼女があんな風な高速移動を使用するのを見たのは初めてだ。一秒ごとに進化していく光の剣姫。もしかしたら、限界なんてどこにもなくて、いつかはシュウがどうあがいても手の届かない、遥か彼方へと飛び去ってしまうのかもしれない。
「ああ」
――それでも、手を伸ばすことはできる。
応えるシュウもまた、魔力結晶の短剣を抜き放った。昨日まで……というより、昼までのシュウであればここで斬撃化の呪術を自分にかけていただろう。だが、クラーケンとの一戦で、ある程度『ザリチュ』と『タルウィ』をコントロールできるようになったことが判明した。まだ奥義の発動は難しいだろうが、こうして通常の武器として使用することは、どうやら可能らしい。
そう、シュウにも進化は訪れている。
この実戦でしっかりとその足掛かりをつかもう。そして、使いこなして見せよう。その決意と共に、シュウは大地を蹴り穿つ。
弩弓の撃ち放った矢が如く。シュウの身体は、魚人の群れの目前へと急速に接近する。
重ねた呪術は二つ。
一つは、オーソドックスな身体強化系呪術。脚力を強化し、疾走のスピードを爆発的に向上させる技、『アレグレット』。かつてマグナスからアリアを助け出すために使用したものと同じ術。
もう一つは、やはり同じく身体強化系呪術。『コン・フオーコ』。爆発する火山の如く、一つの行動、その一瞬の威力を跳ね上げる技だ。こちらは一日に一回、攻撃以外の行動にしか使えない。そのため、今の様な接近のために使用する術としては最適だった。
ぎぎっ、と不気味な驚愕の声を漏らす魔物たちを一瞥し、交差させた両腕を、左右に大きく解き放つ。描かれた二筋の弧が、暗い空隙を生み出した。片方は、まるで喰らい尽くすように周囲の大気を巻き込みねじれ、もう片方は腐食の毒炎をまき散らす。空間を嘗める疑似魔術の鱗片が、次から次へと湧いて来る浜辺の魔物たちを、一体、また一体と蹴散らした。
振り返ることなく、次の獲物へと狙いを定めるシュウ。格闘戦で隙を作り、短剣でギルマンを吹き飛ばす。
魚人たちは、確実にその数を減らしていく。
しかし同時に、際限なく次軍が地上へ進出していく。
さばききれなかった個体たちは、新天地を目指す航海者の如く、らんらんと目を光らせて浜辺を駆ける。彼らが目指すは、街へと続く一本道、それが設けられた堤防だ。
されど彼らは知ることができない。
あるいは、濃霧のせいで気付けないのか。
——堤防の前、守護者のように立つ、海洋性魔物はおろか、全ての悪性存在の頂点に坐する、銀の娘の存在に。
「कोनाइदे」
愚かにも群がる魚人たちに対して、女王の死刑宣告が下る。
巻きあがる暗黒。それは肉を引き裂き骨を断つ、奪命の嵐となって、瞬く間にギルマンを駆逐していく。
アリア=ザッハークの放つ魔力の奔流が、魔術の形を取らずとも、確実に戦況を動かしていた。
やがて浜辺の魔物の大群を、法術師たちが駆逐し終えた頃。
『オォオォオオォォオオオオオ!!』
びりびりと大地を揺らす咆哮——いや、まるで笛の奏でる重い音のようなそれは、正しくは『唄』だろう。
弾かれた様に顔を上げれば、霧の向こう、海の直中に、呪甲魔蛇とは別の大きな影が姿を見せていた。旧文明時代から続く長さの単位ではかるなら、その全長は二十メートルを超すだろう。天へとむかってその頭頂から、大きく潮の飛沫を上げる、巌のような海洋性魔物――母艦級、『ケイオス・ケートス』。無数の小さな歯が並んだ、不気味な顎を開いて叫ぶ、クジラの姿をした悪性存在だ。本来ならば、西方大陸との境海にのみにしか出現しないはず。
それが、確認できるだけで三体。『母艦級魔物にとっての母艦級』であるアジ・クールマが、この東の海に彼らを召喚したのだろう。
一体一体が絶大な力を持つ上に、その体内に開いた異界の『門』は、悪性存在達の世界から新たな魚人を呼び寄せる。
シュウたちは再び、各々の武器を構え直し、あるいは法術を再発動させるための準備をする。
正直、息が切れてきた。魚人をいくら倒しても、次から次へと召喚されてくるのでは意味がない。なんとかして親玉のクジラたちを倒したいが、しかし彼らは沖合におり、ビーチからでは攻撃が届かない。マイヤやエリナの遠距離攻撃にも射程の限界というものはある。では飛行していくか、ということにしても、この中で飛翔が可能なのはマイヤだけだ。彼女一人にケイオス・ケートス三体の相手を任せるわけにもいかないし、第一マイヤの殲滅力が浜辺の戦場から失われると、一気に形勢が傾いてしまう。
これは相当の長期戦を覚悟しなくてはいけないぞ――内心でシュウが冷や汗を流していると。
ばん、という炸裂音と、ぎゃっ、と小さな断末魔の悲鳴。突然、魚人のうちの一人が、灰色の塵となって消え去った。呆気にとられかけて、思い出す。今のは法術師の頂点、特級法術師たちが、その威光によって下級の魔物たちを滅するために使用する力――見ただけで魔物を破壊する、最も簡易で、最も凶悪な汎用法術だ。
「全く、厄介なことしてくれやがって」
ざり、と音を立てて。
すぐ隣に、細い長身が並び立った。
「学園長先生……!? 観光客の方々の避難誘導をしていたんじゃ……」
「ああ、もう終わった。いやぁ見誤ったな。バルガス先生がまだあんなに強いとは思わなかった……まぁ、街の方からも防衛のために法術師が何人か出てきたからな。マッケンジーとアルバートは置いて、私だけ来た」
どうやら、正解だったようだな――そう呟きながら、にやりと笑う彼女。
何故かスーツ姿でも私服でもなく水着姿で夜の海へと姿を見せたのは、学園長、ガブリエラ・イスラーフィールその人であった。
彼女は鷹揚な手つきでその右腕を天へと掲げる。そのまま、びしっ、と効果音が鳴りそうなほど勢いよく、彼方の魔鯨たちを指差した。
「アルケイデス──いいや、先輩!! 居眠りの時間はもう終わり、無敵の英雄の力を見せるときですよ!」
「ちっ……」
壮絶な笑みを浮かべるイスラーフィール。
その背後に、銀の巨剣を携えたアルケイデス・ミュケーナイが『着弾』した。彼方の岬で魚人たちを駆逐し、学園長の声に呼応して戻ってきたのだ。
若干嫌そうな顔をしているのは、パートナーのノリにノった表情から、何か悪い記憶でも刺激されているからだろうか。
「プロメテウス・マージ、外部起動――汝が正義に光をくべよ。『天峰拘束、焔の待つは予言の刻』、自動解除。フェリドゥーン! フィルドゥシー! 港の防衛は私たちが引き受ける。お前達は味方を引き連れアジ・クールマを追え!! ——さぁ、暴れに暴れてくださいな、英雄様!!」
「——了解した。我が正義に光をくべよ――アトラス・マージ」
——アルケイデスの口から、封じていたはずの力の名が、紡がれる。
直後。
——海面が、爆音と共に、逆転した。




