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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第三章:善と悪の境界に
55/87

第十話『海と大地の限界に』

「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁ――――ッ!?!?」


 宙を舞う小柄な肢体。少女の喉の奥から、甲高い悲鳴が上がる。十字槌を無茶苦茶に振り回しながら両足をばたつかせるものの、胴に絡まった赤く太い『足』は微動だにしない。空を切る『武装型ハルワタート』の一撃はあらぬ方向へと飛び去って、船上の法術師たちへと追撃の構えを取っていた不幸な魚人(ギルマン)を、遥か彼方へ吹き飛ばした。


「タコっ……!! 駄目ッ、(わたくし)タコだけは駄目ですのッ!!」


 一種天敵とも言って良い外敵との接触に叫ぶエリナ。

 見ればその顔は真っ青で、目じりには涙さえ浮かんでいる。よほど彼女はあの八本足の軟体動物が苦手らしい。


 母艦級海洋性魔物、クラーケン。

 全高は五メートルほど。シュウたちの乗る船よりも一回りほど大きなその体躯は、クリムゾンレッドとヴァイオレットパープルの間、ワインレッドとでも形容すべき、どす黒い色に染まっている。海底に潜伏された場合、海上からはその姿を見つけることは難しいだろう。

 

 聞くところによるとクラーケンはタコ型とイカ型の二種類がいるらしく、今シュウたちと戦闘しているのはタコ型の方だった。

 図鑑によれば母艦級としては最も小さいサイズ。しかしその統率能力と個体としての戦力は、流石は海洋性魔物の『王』の一角と言えよう、非常に高い。ぬめぬめとした何らかの粘液で覆われた体表は、物理攻撃を軽減する、強固な防御を形成しているし、八本ある足は強靭な筋肉で構成され、一薙ぎで周囲を囲む法術師達を吹き飛ばし、海原に大時化を巻き起こす。


 呼び出した魚人たちとの連携力にも注意が必要だろう。実力こそ高くはないが、数が多く防御力の高いタイプの魚人を召喚する。彼らが戦闘の中心となって戦場をかく乱し、統率個体であるクラーケンが、その強力な一撃で戦況を覆すのだ。

 

 前述した通り、海中に潜ったクラーケンは極めて視認しづらい。悔しいが、有効な戦術だと言わざるを得ない。

 現に不意打ちかつ相性の悪い相手とは言え、エリナを絡めとって上空に吊り上げているのだから。


 ——そう。

 エリナが滞空しているのは、何も彼女が何らかの方法で飛翔しているからではない。


 胴に絡まった足、という表現から想像できるように。

 今、彼女は。


「うびゃぁぁぁぁっ!! おーたーすーけぇぇぇぇぇ――――……!!」


 クラーケンの足の内の一本に拘束され、天高く掲げられているのだ。

 この軟体動物の魔物が動く度に上空のエリナも大きく揺れるのか、苦手極まりない相手に触れているという現状と相まって、先ほどからあられもない悲鳴を上げ続けていた。

 

 可能なら今すぐ助けに行きたい。しかし、現状がそうはさせてくれない。

  

 シュウは自身を囲み、攻撃のタイミングを計っている、十数体にも上る魚人たちをにらみつけた。戦意を感じ取ったのか。彼らは即座に動き出す。ある者は疾走、ある者は跳躍――素手であったり、銛のような槍や、貝殻で作ったと思しき手裏剣型の投擲武器を持っていたりとその戦術は様々である。簡単な対応がしづらい、という現実は、この包囲の突破が難しいことを指し示していた。


「くっ……!」


 眼前に迫る魚人を、ローキックで昏倒させる。その勢いでバク転、振り上げた脚でとびかかってきた魚人を撃墜。反動を利用し体勢を立て直す。


 ワンテンポ遅れて、倒れ伏した二体の魔物が、シュウに蹴られた箇所から爆裂。真っ二つにその体を分かつと、傷口から血液にも似たエフェクトで塵のような物質をまき散らす。どちゃりと音を立てて地面に落ちたその死体を、シュウは首から下げたプリズムを開け、その中の聖火を振りかけて消滅させた。


 魚人の身体はクラーケンと同じく、弾力性の高い粘液で覆われていた。打撃ダメージは吸収されてしまうため、格闘戦ではかなり不利になる相手だ。シュウは現状、格闘以外には光の木剣(バルスマン)正義の火種(アナヒット・ランプ)と言った、威力が低く決め手に成りづらい技と、逆に威力が高すぎて何を引き起こすか分からない二つの疑似魔術しか持たない。


 だが—―それは戦闘手段の喪失を意味しない。

 格闘しか攻撃手段がないのなら。

 

 その格闘を、通用する攻撃へと変化してしまえばよいのだと。


 シュウが己の四肢にかけた呪術は、打撃攻撃を切断攻撃へと変換する『我が手足は剣のように(エッジスパイク)』。打撃や刺突に対する高い耐性を持つ魚人たちも、流石に斬撃への防御性能は落ちる。

 この呪術の効果は非常に弱く、通常の戦闘で使えるほどのものではない。所謂生活呪術の一種だ。


 しかしその術も、工夫すればこうやって、十分な威力を発揮してくれる。


「——さぁ、次だ!」


 そう、口に出して己の士気を高める。

 シュウは構え直すと、追撃を仕掛けてくる残りの魚人たちへと向き直った。


 魚人たちを蹴散らしながら、脳裏に浮かぶのは出港からの記憶。

 この状況に至るまでの経緯だった。



 ***



「っひゃぁー! 意外と早いのですね船とは! 風切り音が心地いいですわ!」

「すずしーい!」


 きゃいきゃいと騒ぐ少女たちの髪が、流れていく海上の風に揺れる。

 バルガスの船に乗り込み、シャローム・ビーチの波止場を離れて早くも一時間半。つい先ほどまでは船内の操舵室兼ミーティングルームで、船の底に取り付けられた水質調査の機材の記録や、アローンたちと共に空の様子を観察していたのだが、折角だし、外に出てみたらどうだ、というイスラーフィールの提案で、今は殆どが甲板に出ていた。船員たち、それからアローンと一緒に航海記録とにらめっこをしているロザリアは船内だが……。


「空気が冷たい――沖合の方が水は冷えている、と聞きますが、それと関係があるのでしょうか?」

「どうだろう。でもほら、見てくれ」


 麦わら帽子を押さえるマイヤと寄り添いながら、シュウは眼下の水面を指差す。


「水の色が全然違う」

「本当ですね……海岸線より少し沖にいったころには緑色だったのに」

「ああ。群青色、というのだろうか?」


 深みを増し、濃くなっていく海の色。深淵の青――黒にほど近いそれは、海面と大地の距離差を示しているのだろうか。

 それでいて恐ろしさを感じない、不思議と優しい色合いは、降り注ぐ夏の陽光を反射した、水面の煌きによるものか。これもまた、ビーチのそれとは質が違う。小さなしぶきの一つ一つが、きらきらと輝いているように見える。


「私、反対側の景色も見てきますね」

「ああ」


 シュウたちが身を預けていた手すりのある側は、中央大陸が在る方向。

 光の当たる方面の都合なのだろうか、反対方向とは、微弱に水の色や反射の様子が違うのだ。


 見上げた青空に浮かぶ雲が、瞬く間に背後へと流れていく。その様子を、シュウは不思議な感慨と共に眺めてみる。

 シャローム市へと向かう道程で見た、馬車の外からの景色。馬の足音とともに移り変わるその風景と、原理的にはきっと同じだ。しかし至近距離にも、植木やランプ、村の景色といった、すれ違うオブジェクトがあったあちらと違い、今、バルガスの船に乗って駆け抜けるこの海上には、あたりを見回しても、遥か彼方までの水平線と、時折現れるでこぼこした岩山しか存在しない。


 育成学園に通う様になってから、ずっと興味深く思っていたのだが、学園の周辺、つまり中央大陸中部地方と、このシャローム海の周囲たる中央大陸東部、それから極東大陸では、どういうわけか空の色が違う。これはどちらかと言うと極東大陸から中央大陸に来た時に抱いた感想だが、学園付近の方が青が『濃い』のだ。コバルトブルー、と言えばいいのだろうか。極東大陸の空は、もっとペールブルー、所謂『空色』に近い色をしていた。驚くべきことに水平線および地平線の色まで異なっていて、中央大陸の空は水平線までしっかりと青いのだが、極東大陸では水平線がかなり白い。

 それから空が『高い』。これに関しては、極東大陸でも「冬の空は高い」という言葉を良く聞く。俗説だが、大気が乾燥しているため、空と地上の距離が離れて見えるのだそうだ。なるほど、確かに中央大陸の方が乾燥している。学術的な正解がどういう形なのか、自然科学に明るくないシュウでは良く分からないが、あながち間違っていないのかもしれないな、などと思えてしまうほどには、納得のいく説だった。


 船上から望む空は、そういう意味でも不思議な画だった。

 色合いは極東大陸のものに似ている。流石にペールブルーとまではいかないが、一般の言うところの『水色』くらいの位置だろう。しかし面白いことに、空はとても澄んでいて、無制限に飛行出来たらどこまでも飛んでいけそうなほど高い。故郷の邑から上空を見たなら、雲は天井に貼り付いているように見えただろう。しかしこの海上天はどうだろうか? 寧ろ雲から手を伸ばしてもなお、空へは届かないようにさえ思える。


「先輩、見てください!」

「ん?」


 背後からかかった声に振り返れば、甲板の対岸で海原の風景を見渡していたマイヤが、彼女にしては珍しく興奮した様子で、遠くを指差している。


 見れば、水平線付近に、うっすらと、本当にうっすらとだが、大きな島が見えた。

 アジ=クールマの特徴とは一致しない。かの蛇亀島とは異なる、もっと横に、奥に、広く小高い、『大陸の名前を持つものの、大陸に満たないともされる島』。


 ——極東大陸。

 その遥か西端が、わずかにだが見えていた。もう、そんな距離にまで来ているらしい。


 マイヤが感慨深げに、ぽつりと呟く。


「……あそこが、先輩の育った場所……」

「厳密には、極東大陸は列島だからな……所謂大陸部分はもっと向こうだよ。あれは西の端にある別の島で――いや」


 半分ほどまで馬鹿正直に解説しかけたところで、シュウは言葉を切って頷いた。


「うん。そうだな。あれが、俺の育った場所だ。俺の故郷だ」


 確かに、今見えている場所は最西端の無人島だろう。シュウの故郷の邑を持つ本島は、もっと離れた場所にある。


 極東大陸は異様なまでの広範囲に渡って点在する、列島の姿を取っている。他の大陸と比べて特色の強い、その気候や生物の生育状況は列島を通して基本的に同一で、強い地域差こそあるものの、確かに「一つの大陸」だと言えた。

 別の大陸から地殻変動で移動してきたものだとも、海面上昇で取り残された別の大陸の一部だという説もあるが、確かなことは唯一つ。そのエリアの規模は、極東大陸を『大陸』と呼ぶに足りる規模である、ということ。


 だから。

 あれが、どれだけ馴染みの薄い、名前も知らない島だとしても。


 シュウの故郷の一部であることに変わりはないのだ。


「……昼にも言ったけど、いつかマイを本島に招待するよ。その時は、あの島をもっと近くで見よう」

「はい、先輩……そうですね、折角なら、今年の冬なんてどうでしょう? そのまま先輩のおうちにもお邪魔して」

「流石に厳しいと思うぞ……あの島は兎も角として、俺の邑は十一の月の終わり頃から豪雪期に入るからな……」


 そんな、他愛もない会話を交わしながら、彼方の故郷を見つめていると。


 不意に。

 ズン、と音を立てて、船体が揺れた。重い。あまり感じたことのない響きだ。強いて言うなら—―畑を荒らす猪の突進を、正面から受け止めたときのような。


 何かが船にぶつかっているのだ、と気づくには、そう時間はかからなかった。

 そしてその『何か』の正体を察することにも。


「うおわぁぁっ!?」

「うわぁエリック君!?」


 ダイブスーツの安全性にものをいわせて、船体から身を乗り出して風景を見ていたエリックが、揺れの衝撃で落下しかける。急いで伸ばされたリズベットの手が、エリック・スーツのゴム製の表層をがっちり掴む。拡張性の高い材質が引っ張られ、びよーんと間抜けに伸張した。


 しかし動作としては懸命だ。格好悪さと引き換えに、エリックは無事——と言って良いのかは分からないが――甲板へと尻餅をつき、冷たい海中へと落下することは避けられた。


「あ、ありがとう。助かったよレディ・リズベット……」

「もーう、だから変な姿勢だと後が怖いよって言ったのに……」


 顔を真っ青にするエリック。その様子に、リズベットはぷんすかと頬を膨らませて呆れたため息を漏らした。流石に目の前で人が落下する様子を見せられれば、温厚な彼女でも文句の一つは言いたくなるのだろう。リズベットは既にエリックに何度か注意を呼び掛けていた後だったため、呆れもひとしお、といった感じらしい。


「こいつはどうやら『釣れた』らしいな……おい教え子ども、私とアルケイデスは手を出さんから、一つ実習と行ってみようぜ」

「また唐突な……」


 にやり、と笑うイスラーフィールに、思わず、といった様子でマイヤが言葉をこぼす。

 しかし彼女も、その提案を拒否する様子はない。それはシュウも同じだ。

 

 丁度いい機会だ。

 出航前、旅館でアルケイデスから言われた様に――今のうちに、『慣れて』しまおう。


 ズン、ズズン、という重苦しい響きと、足元から伝わる鈍い衝撃は、ひとつ、ふたつと増えていき、その度に大きさを増していく。


 そして、ある一点まで到達したとき。


 ——来る。

 直感が、そう呼びかけてきた。


 それは間違いではなかった。一年にわたる魔物たちとの戦いで、曲がりなりにも鍛え上げられてきたシュウの『戦闘の勘』。それは彼の予想通りの相手が、予想通りのタイミングで出没することを、見事に予見して見せる。

 

 ざばぁッ!! 

 鋭い水しぶきの音が上がる。白い王冠状の波紋が、船を囲む形で至る所に現出した。その内より、まるで弾丸の様に打ち上げられ、船上へと身を躍らせてきたのは、岩のような、薄暗くごつごつした、しかし表面にぬらりとしたコーティングを持つヒトの身体。その頭部は人間や魔族のそれではなく、もっと歪な別の生物――即ち、魚の顔である。


 甲板に上がってきた者達だけではない。見下ろせば海面には、無数の不気味な魚の頭。彼らの瞳は一様に、漁船へと獲物を見る視線を寄せていた。先程まで水面が反射していた陽光を、今は白い眼球が反射している。

 その数、優に数十を超えるか――シュウたちと直接対峙している数は少ないが、これからどんどん増えるだろう。


 シュウの予感が正しいことを証明するかのように。

 カサゴを思わせる派手なヒレを持った『魚人(ギルマン)』たちは、そのぎょろりとした白い目で、瞬時に戦闘態勢に移った法術師達を観察する。そのままゆっくりと自分たちの武器を構える。


「来るぞ!! アリアは船の中に!!」

「——我が正義に(ダエーナー・)光をくべよ(ウェイクアップ)!!」

「さーあ叩き潰しますわよ!!」


 イスラーフィールとアルケイデスにアリアを預けると、シュウは腰の小道具ポーチを開き、臨戦態勢に入る。マイヤは起動句を唱え、エリナもまた、銀色の小槌を依代に、白銀の十字槌を顕現させた。

 

 法術師たちが各々の装備を構え、術式を起動するのとほぼ同時に、魚人たちもまた、意味の取れぬ奇声を上げ、槍や海賊刀(シミター)を振り上げる。


「うおぁぁぁッ!? くっ、くるな、くるなぁぁぁッ!!」


 若干情けない悲鳴を上げながら、エリックが法術を解き放った。『展開型キャメロット』は応用性こそ低いが、非常に威力の高いエネルギーソードを操る。術者のへっぴり腰とは対照的に、勇ましく飛んで行った十三の剣は、魚人たちを叩き切ると霧散、消滅した。


「——我らの敵に災禍あれ!!」


 入れ替わる様に、シュウは前に出る。

 そのまま腰の木簡を抜き放つと、ばらりと広げて投げつけた。それは空中で光のナイフへと変換されると、大気を割く甲高い音と共に中空を疾走、魚人たちの頭部へと突き刺さる。

 

 脳裏に思い返す図鑑の記録によれば、魚人たちの皮膚は弾力性に富む他、あのぬらぬらとした粘液コーティングのせいで、物理兵装による攻撃の威力がそがれるという。

 シュウは自身に攻撃の属性を変換する法術を掛けながら、バルスマンでけん制、可能なら撃退を繰り返しつつ、魚人を一体、一体と着実に狩っていく。背後でエリックが悲鳴混じりに法術を連発、時にはシュウの頭のすぐ傍を掠めていく。


「落ち着いてくれ、エリック。君に魔物は寄せ付けない。代わりに、俺では火力不足だ。その立派な剣でおろしてくれ」

「わっ……わかった!! 任せてくれ!」


 振り向いて彼にかけた言葉は、意外と功を奏したようだ。子供好きだと言っていたし、案外頼られるのが好きなのかもしれない。

 連携――とまでは、まだいかないかもしれないが、上手く前衛と後衛を分けることができたと思う。シュウがけん制、あるいは足止めした魚人たちを、エリックの『キャメロット』がスライスする――その方式が出来上がったころ、爆音と共にシュウの眼前を、黒焦げになった魚人が吹き飛び、通り過ぎていく。


 見れば少し離れたところで、リズベットがニ十体ほどの魚人の群れを相手に勇戦していた。


「でぇぇぇいッ!!!」


 グローブを嵌めた己の腕を、腰だめに構えるリズベット。魚人の胴に向けて強烈な正拳突きを放つ。どうっ、という鈍い音と共に魚人たちの群れへと突っ込んだその個体は、直後、全身から発火。周囲の個体を巻き込んで塵と化した。

 単体攻撃、全体攻撃、どちらもを兼ね、おまけに身体強化で怪力まで引き出す強力な法術――およそ展開型とは思えぬ完成度の高いそれは、リズベットの持つ『展開型ヘスティア』の神髄だ。中央大陸西方の民間信仰に登場する、かまどを司る聖霊の名。パン屋さんを志す彼女に相応しい、心温まるマッチ具合だと思う。


 だが—―その法術と本人の微笑ましい相性からは想像できぬほど、彼女の戦闘は苛烈、過激、圧倒的。


 腕を振るえば、爆発が起きる。飛び散った火炎と巻き起こる爆風が、魚人を焼き、焦がし、吹き飛ばす。

 蹴りを決めれば、劫火が舞う。曰く、料理に使う火から、余裕で骨まで燃やせる温度まで変動するというその焔は、行く手を阻む魔物たち、その悉くを塵に変える。


 しかし数の差というものは、集団戦の基本戦術と言われるだけあって大きい。リズベットの法術がいかに強力だとは言え、彼女は一人しかいない。次第に物量で推され出し、彼女の周囲には、さばききれない数の魚人たちが――


『がっ……』

『ぎっ……』


 ——悲鳴を上げる間もない絶命。

 上空からの正確無比な一撃が、魚人たちの脳髄を貫いていく。


 数の差など何のその。アウトレンジからの掃射の前には無力である。

 それも、味方を巻き込まぬ正確無比な位置調整であるならば—―()()()()、文字通りに敵ではあるまい。


「——『光輝女神の(メーザー・オブ・)眼差し(シャイニング)』」


 祝詞、繰り返して。

 レースの裾をはためかせ、天空へと翼を広げたマイヤ。彼女の頭上に開いた無数の『砲門』が、次弾となる光輝の剣を生成すると、雨あられとそれを発射する。


 海上の魚人たちもまた、彼女のターゲットだ。船へと取りつくその前に、一体、また一体と、海の藻屑と消えていく。


「くっ……刺しにくいな、こいつらッ……!!」


 一方、レイピアを構えたロザリアは、苦戦を強いられているようだった。細いその剣が得意とする、威力の高い突き。構造にもよるが、レイピアは柄の部分の形によって、得意とする攻撃方法が刺突より・斬撃よりに変わるらしい。

 

 ロザリアのものはちょうど中間。どちらも可能なタイプだ。しかし、彼女自身の手癖、あるいは得意不得意の問題なのか、攻撃は比較的刺突の方が向ているようだ。

 だからこそ――刺突攻撃へと耐性を持つ魚人たちは、天敵の様だった。


「ローゼ!!」

「アローン兄さん!?」

「受け取れ!!」


 その時だった。

 船の内から、アローン・ルーズヴェルトが己の法術を飛ばす。

 

 天気を予測するという彼の法術。その正体は、ロザリアの『展開型ランスロット』とも似た、「大気操作」にあるらしい。

 詳しいロジックは不明だが、その操作を用いて天候を手玉に取るようなのだが――今回は、別の面で効力を発揮した。


 元々、ロザリアは刀身の周囲に真空空間を形成し、刺突の威力を上げる、という技術を持っていた。

 それが、アローンによる気体操作でさらに密度と精度を増し、強靭かつ鋭い、新たな不可視の刃を作り出しているのだ。


「ぜぇぇッ!!」

 

 細い気合。

 ワンテンポ遅れて、炸裂。刺突の威力で内側から爆散した魚人が、黒い塵へと霧散する。調子が上がって来たか。ロザリアの周囲が、陽炎の様に揺らめき出す。彼女は残像を置いて移動すると、振り返ることなく背後、正面と魚人を貫き、そして切り払う動作と共に一回転。その一連の動作だけで、七体の魚人を屠り去った。


 対象の意思を読み、敵意や戦意の方向から、精度の高い索敵を行う――『ランスロット』の齎す特殊技能。やはり彼女は、力の使い方が上手い。


 しかし、力の使い方が上手い、と言えば――


「あぁーっはっはっはっはっは!! 無駄ッ! 無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!! ですわ!!」


 ——やはり、エリナだろう。


 一閃。銀の十字架で自身を囲む魚人たちを遠方へ。そのまま、行く先の群れまで含めて幻想の雷で焼き尽くす。認識を司り、意思ある限り影響を与える凶悪な法術、『武装型ハルワタート』の暴威が、なぎ倒すように、魚の頭を持つ魔を塵に。

 小柄な体が、巨大な槌を構えて暴れまわる様子は、一種「どちらがモンスターなのか分からない」という奴だろう。おまけにエリナの青と赤の瞳にも、笑みの形に吊り上げられた口元にも、狂喜的な色が浮かんでいるというのだからもうどうしようもない。


 やっぱり悪性存在と善性存在の間の柵は思ったよりも低いのでは――などと、流石のシュウも思っていると。


「うふ、うふふふふ、あははははははぁッ!! 弱い、弱すぎますわ!! 私を倒したければタコの一匹でも持って来————へ?」


 ざばぁん……ッ!! と、ひときわ大きい水しぶき。

 海面が揺れる。巻き上げられた波で、バルガスの船が横転しかけた。しかしそこは流石、熟練の漁師達。背後に見える操舵室では、必死の操作で船の方向を保とうとする、船団員の男たち。


 シュウ達も、船から墜落すまいと踏ん張る。逆にそれが効かない魚人たちは、どぼどぼと海の底へ落ちて行った。


 下手人が、姿を見せる。


 赤黒い肌。

 てかる粘液。

 にゅるにゅる蠢く八本の足。


「ぎぇぇええええええ!!! タコぉぉぉぉぉぉッ!?!?」


 響いた悲鳴はエリナの声。あまりに鋭いその奥には、彼女にしては珍しいほどに、相当の怯えの色が混じっていた。


 

 ***



「確かにっ!! 私を倒したければとはいいましたがっ……本当に出す必要もないでしょうに!」


 上空に吊られたエリナが、涙交じりに悲痛な叫びをあげる。

 シュウたちはまだ、船上に残った魚人の対応に追われて、出没したクラーケンへと攻撃できない。


 そんな中、巨大蛸の長い足の内の数本が、拘束したエリナへと延びる。よく見ればあの蛸、体表の色が流れるように変わっていく。恐らく、揺らめく水面の奥で、より忠実に擬態をするためなのだろうが――今は、その機能が余計に気味の悪さを誇張しているようだった。


「ひっ……!?」


 赤黒の足はぬらりとエリナへ絡みつくと、サマードレスの裾から侵入。得物を捕食しやすいようにするためか、表面の粘液をべちゃり、と塗りたくっていく。


「いぎゃっ……ぶっ……」


 うら若き乙女の上げる声にしては少々似つかわしくない鈍った音。顔へ向かったタコ足が、顔面に体液を塗って呼吸を閉ざした上に、口内へと侵入しかけたのだ。

 おまけに胴を締め上げる脚も威力を上げたか。エリナは苦しそうに悶えもがく。海中からわずかに見える、蛸の目がにたりと笑ったように見えた。ごちそうを前に喜んでいるのか――その様子が、余計にエリナの恐怖をあおる。彼女の顔は酸欠と嫌悪感で真っ青になっていた。


 次第に、クラーケンの足はエリナの衣服を脱がせにかかった。柔らかい人の肉を喰らうのに、硬く筋張った服は邪魔だと思ったのか――ドレスの下の水着に、蛸の吸盤がぺたりとかかる。


 まだ、魚人の数は減らない。

 まだ、彼女の下へ向かえない。


「まずい……!!」


 シュウの内に焦りが募る。

 そのせいか、ギルマンを裁く動きにも陰りが出始める。

 

 一瞬の隙を突いて、シュウの背後へとカサゴの頭が駆け抜けた。背後のエリックに向けて、構えた槍から素早い一撃が放たれる。鈍重な振りかぶりとはわけが違う。魚人族の、跳躍と遊泳に向いた、ぼこりと肥大した上腕二頭筋が躍動する。捻った体が元に戻る動作を利用して、海の魔物はそのまま槍を投擲した。


 しまった、と思った時にはもう遅い。

 緩やかな放物線を描きながら、貝殻で作られたトライデントが、背後の少年を狙い撃つ。


「げぇっ!」


 エリックがカエルの潰れたような悲鳴をあげる。丁度十三本の剣全てを射出し終わったところだった彼に、今、対抗手段はない。

 

 そしてシュウもまた、この緊急事態に対応できるだけの余裕と、それを生み出すための術を持たない。



 ——だが。

 ——隙を見せたのは、相手も、同じだった。


 がんっ、と音を立てて、飛翔していたはずの槍が地に落ちる。否、その表現は正しくない。『縫い付けられた』というべきだ。

 魚人の腕を離れた銛は、光の刀身を持つ短剣によって、甲板の床へと拘束されていた。


『ィィィイイィィィイイイイ!!!!』


 同時に、不気味で昏い、しかしトーンの異常に高い悲鳴が上がる。

 

 発声者は、勿論クラーケンである。彼(または彼女。あるいはそのどちらでもないかもしれないし、どちらもかもしれない。そもそも魔物に性別が在るのかは知らない)は激痛を感じているのか、狂ったように身もだえする。


 その八本の足のうち、優に三本が、すっぱりと、まるで刃物で切断されたかのように切り落とされていた。

 ——いいや。実際、刃物で切断されたのだ。


「油断大敵ですよ、先輩」

「マイ……!!」


 刀身が、金属ではなく、光で構成された聖剣で。


 六枚の羽を震わせて、マイヤがシュウのすぐ傍に降り立った。浮遊する光の剣が、彼女を囲んでいる。エリックを襲う槍を撃墜したのは、どうやらこれらのようだ。


 『武装型アールマティ』がマイヤに与える、通常武装の刀身を光へと変換する特殊技能――『女神の光を(プロミネンス)』。

 今回マイヤは、この技能によって光剣化したロングソードを、さらに強化した大切断を放ち、一気にクラーケンを切断したようだ。


 アールマティは多種多様かつ強力な特殊技能や奥義に目を奪われがちだが、その本質は『光を操る』所にある。一分一秒ごとに進化するマイヤは、光剣の刀身を構成するそれに、自然の太陽光を集約させて、刃を強化する技術を編み出した。

 発想力もさることながら、それを実現するだけの力と行動力――やはりマイヤは頼りになる。


 ——負けていられないな。

 

 胸中で、その気持ちが強く湧き上がる。彼女の隣に相応しい男になると、そう決めたのだ。だから—―自分もまた、進化しなくては。

 

 恐れてはいけない。

 シュウは腰から黒曜石の如き短剣を抜き放つと、いまだ苦痛に蠢くクラーケンを遠く見据える。

 タルウィの名を与えられた、アリアの角から削り出された触媒。それを構え、まるで不可視の大剣を振り下ろすように、大きく大上段から切り降ろしのモーションを取った。


「——闇より出でよ、(カルマ・)我が罪業(ドライヴ)


 同時に告げるは、暗黒の呪い。

 灼熱の毒が、黒曜の刃から吹き上がる。

 

 それは渦を巻いて無防備なクラーケンへと激突すると、まるで喰らい、奪い、吸い尽くすようにその体を侵食した。


 コントロールができたかは怪しい。

 だが、少なくとも成果と得るモノはあった。周囲一帯を大気ごと焼き尽くすこの疑似魔術も、奥義解放を行わなければまだ制御が効く! 


 再び、イカともタコともつかない……というには若干タコよりのその魔物が、ひび割れた絶叫を上げる。暴れ出す残る五本の足。うねり、渦巻き、のたうつ大海――母艦級魔物の巨体を生かした波濤の叫びが、外敵の乗る船を覆さんと荒れ狂う。


 だが—―忘れてはいまいか?

 この場に在り、そして今、外敵の母艦を撃つに足りるだけの余裕を持った人間が、もう一人いる事を。


 海面に、ばちり、と電撃が奔る。

 その火花は即座に数を増やし、やがて青白い色から深いダーククリムゾンへと変貌した。


 込める思いは激怒。

 忌々しき天敵へ、認識の王女が牙を剥く。


「だぁぁぁああぁぁぁらっしゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 擬音を用いるのなら、ズバァァッ!! と記すのが恐らく最も正しい。

 一瞬白くクラウン状にしぶきが上がったかと思えば、直後海面が爆発。潜んでいた魚人たちを塵に変え、一般の魚をぼろぼろの刺身へと分解しながら、紅の雷撃を纏ったエリナが飛ぶ。正確には、弾丸の様に飛び上がる。


 マイヤがクラーケンの足を切断した時、エリナはそのまま海中に墜ちた。その寒さが祟っているのか、何となく顔が先程とは違う雰囲気で青褪めている。


「もう許しませんわよこの八本足……!! よくも、よくもわたくしにお兄様の眼前で恥をかかせましたわね……!!」


 その両目が、雷撃と同じダーククリムゾンに変化する。

 直後、閃光。電撃が明度を増す。同時に、瞳もまるで、御伽噺の精霊の様に発光した。


 今が夜なら、そこには一つ、紅の月、あるいは星が浮かんでいるように見えただろう。


 エリナの激情側面――『エリナ』が、『武装型アムルタート』の十字斧を振りかざす。


「崩せッ……!! 『黒銀の鍵、(マールート・)万聖滅潰すは(ネスハ・)紅の薔薇(イブリース)』————!!」


 

 光の刃に切断され。

 毒の炎に浸食され。

 おまけに怒りの雷撃まで受けたクラーケンは。


『ぃ、ィィ、ィイイィィ……』


 打って変わって、いっそ悲し気な悲鳴さえ上げながら――


 爆散。

 黒い塵となって、海の底へと溶け消えたのだった。


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