第四話『イスラーフィール』
「あっははははははは!!! それは災難だったなフェリドゥーン! お前のその性格が祟った結果といえよう! ああ愉快愉快。そこまで堅物だからいつかこういう事態に遭遇するのではないかと思っていたが、まさか現実になるとは! それに加えて『俺の大事な後輩に、人殺しの真似事をさせたくない』、か……随分と格好つけたことを言うようになったな! 裸を見て恋人気分にでもなったか?」
「何を言っているんですか学園長」
腹を抱えて笑い転げる妙齢の女性。その姿を見て、シュウは一つ大きなため息を吐いた。この人はどうにも自分とマイヤを娯楽の対象として見ている節がある。
中央大陸法術師育成学園、その石造りの、一見すれば旧文明時代のさらに古い時期——『中世初期』と呼ばれた時代の城塞の様にも見える建造物が最上階——法術によって自然の景観を再現した『情報映写硝子』に四方を囲まれたその部屋に、シュウとマイヤはやってきていた。保護した魔族の少女を運び込み、真っ先に託した女性がここの主。先程大笑いをしていた女性である。
部屋の中央に置かれた暗い焦げ茶色の執務机にどっかりと、しかしどこか優雅に足を乗せて、ソファタイプの回転椅子に身を沈める彼女。シニヨン風にまとめたダークブラウンの髪と漆黒の瞳、凄まじく整ったスタイル、そして法術師なのにも関わらず、何故か法衣ではなく、旧文明時代に『スーツ』と呼称された服装で身を包んでいるせいで、これもまた旧文明時代の言葉なのだが、『キャリアウーマン』というものに見える。
しかし彼女は、シュウたちが通うこの法術師育成学園の学園長であり、何を隠そうシュウを中央大陸に連れてきた張本人であり、そして——
——世界にたった七人しか存在しない、最強の法術師、『特級法術師』の一人なのである。
彼女の名はイスラーフィール。ガブリエラ・イスラーフィール。特級法術師第四席、『伝令の調律者』のイスラーフィールである。
その実力は折り紙付きで、なんと一睨みで上級の悪性存在を蒸発させることができる。
加えて彼女はほかのアスラワンたちとは一線を画し、その法術が『顕現型』まで到達しているという特異な存在だ。シュウは直接その目で視たことは無いが、彼女の法術『顕現型スラオシャ』は周囲に存在する『情報』という概念を自由に操作できるという、まさしく規格外、と言っていい力を持っていると聞く。
こんな人間があと六人もいるのか、と思うと、シュウは戦慄を覚えずにはいられない。そしてその七人の中に、卒業後はいずれマイヤが入ることが確実視されているというのだから、彼女の実力をうかがい知ることができる。改めてとんでもない後輩とパーティーメンバーになれたものだ、と、シュウは心の中で身震いをする。
そして——その一点において、シュウはこの意地悪な学園長に無上の感謝を抱かざるを得ない。
何故なら何度も語っている通り。シュウとマイヤを引き合わせたのは、他でもないこの人物なのだから。
そのマイヤが、頬を少し朱に染めながら、学園長に文句を言う。いじられているのが恥ずかしいのだろう。
「学園長先生。今は私が……そ、その、先輩に、は、裸を見られたことよりも、もっと重要な問題があるとおもうのですがっ!」
「はぁ? 何を言ってるんだフィルドゥシー。お前は何だ? うれしくなかったのか? というよりいずれは裸を見せるよりももっと恥ずかしいことをする関係になりたいんだろうお前は」
「あああああっ! ダメです言わないでくださいっ! 先輩も! 今聞いたことは忘れてください!」
そして今度は顔全体を真っ赤にし、シュウに向かっても叫ぶマイヤ。
「……? わかった。忘れるが……何を怒っているんだ?」
マイヤが顔を真っ赤にしてまで怒る理由が良く分からず、シュウは首をかしげつつ答えた。
するとどうしたことか。つい今さっきまで烈火の如く怒っていたはずのマイヤは無表情に、ニヤついていたはずのイスラーフィールは真顔になると、互いに顔を見合わせてひとつ、大きなため息を吐いた。
「ああ……分かっていた。分かっていたさ。こいつがこういう人間だというのはとっくの昔に……なぁフィルドゥシー、お前今からでも別の男に乗り換えるつもりとかないのか?」
「全力でお断りします……でもさすがにここまでくると少々不安になってきますよね……こう、いざというときに意味を理解されずに、さらっと流されるのではないかと……」
「やはり直接的な手段に出るしかないと思うぞ……強く生きろよ……」
何か二人が話しているようだが、全くさっぱり理解ができない。マイヤは非常に強いので、これ以上強くなってしまうといよいよシュウの存在意義がなくなってくる。いや、今でもすでに無いのだが。改めて自覚すると心がつらい。
と、そこで、イスラーフィールが真顔に戻った。
「……さて、話を戻そうか。君たちが連れてきた、あの銀髪の娘についてだ」
「……!」
その口からは、先ほどまでのふざけ気味の、意地悪なひととしての声ではなく、一人の、中央大陸の法術師、その育成の頂点としての責任を持つ、学園長の声が流れ出た。威厳が違う、と言えばいいのか。この人は時折、こうしてまるで人格でも違うかのように態度を変える。
「検査の結果、間違いなく『魔族』であると確認できた。それも相当高位の魔族だ。恐らくは——先日樹海で確認された、巨大な魔力反応は彼女の仕業だろう」
「巨大な、魔力反応………!?」
その言葉に顔色を変えたのはマイヤだ。彼女は執務机に手を置いてまで身を乗り出し、イスラーフィールに詰め寄る。
「聞いていません! そんなことがあったのならば、どうして先輩の樹海行きを許可したのですか! 私でも手に負えないような悪性存在が出たら……」
ちなみに『魔力』というのは、悪性存在が異郷からこの世界に渡ってくるときや、『魔術』を使用するときに発生する一種の特殊な大気だ。異郷にはこれが満ちているとされ、悪性存在の体内にも色濃く含まれている。
対してシュウたちの住まうこの世界には『法力』というものが満ちているとされるが、観測はできないため全くの不明である。
ただ、どちらにせよ——魔力反応というのは悪性存在がその場にいることを示し、そしてそれが大きければ大きいほど、その悪性存在が強大であることも示すのだ。
つまり、その魔力反応を放つ存在が、あの魔族の少女ではなく、アスラワン候補とも言われるマイヤでさえ倒せないようなバケモノであったなら?
——シュウは、今ここにいない可能性さえある。
ぞくり、と。背中に何か、冷たいものが走る。なるほどマイヤが怒るのも良く分かった。そうなったらシュウは完全にお荷物だ。あの局面で、マイヤが珍しく悲鳴を上げるものだから心配になって突撃してしまったのは完全な判断ミスである。
もし万が一、シュウが邪魔をしたばかりにマイヤが命を落とすような事態になってしまったとしたら──それを想像し、シュウの心は氷獄に墜ちていくかのように冷却されていく。
恐ろしい──単純に、そう感じる。
この素直で優しい後輩を、未来ある少女を、自分ごときの判断ミスで殺してしまう──そんなことは、絶対にあってはならない。
また、迷惑をかけてしまった。それも酷く──と、改めて反省する。
シュウはマイヤを見下ろすと、表情を改めて頼んだ。
「……マイ。次にもしこんな風な事態になったら、俺を見捨てて逃げてくれ。俺が死ぬことより君が死ぬ方が、あらゆる意味で世界の損失につながる」
シュウが死んでも、この世界の被る不利益は何もない。全くもって役に立たない出来損ないの法術師が一人いなくなるだけだ。寧ろ食糧問題における、『口数減らし』になるだろう。
対してマイヤが死んでしまったら、この世界は非常に優秀な法術師を一人喪うことになる。いずれアスラワンの一人として、教会の『天則』を遂行するエグゼキューショナーがいなくなるのだ。それは、多大な損失であると言える。
それに何より——シュウは、自分の大切な後輩に死んで欲しくはなかった。自分のせいでそうなってしまうかもしれないというのなら尚更だ。もしも——もしもそんなことになったら、きっと。シュウは、自分自身を一生怨み続けることになるだろう。
しかしマイヤはふわり、と笑って答えた。
「何を言ってるんですか、先輩。私は最期まで先輩を護りますよ。その間にキチンと逃げてくださいね」
「しかし……」
「しかしも何もありません」
いいですか、と、マイヤはシュウに一歩近づく。ぴん、と細い人差し指を立てて、彼女はそれをシュウの胸に這わせた。
「私は先輩よりも強いんですよ? 強い人間が自分より弱い人間を護るのは『強者の責任』——当然のことです」
そして今度は、少し目線を逸らして、「それに」と彼女は続ける。
「私が、個人的に先輩をお護りしたいんです。それでは駄目ですか」
「駄目、とは言わないが……」
責任。義務。当然のこと。そう言われてしまえば、ここでの反論は逆に彼女への侮辱になってしまうかもしれない。
しかしだとしても、シュウはマイヤに、自分ごときのために命を懸けてほしくない——
「あー、お熱いところ悪いがねご両人」
その堂々巡りになりそうな思考は、咳払いと共にイスラーフィールが口を開いたことで中断された。
「っ……!」
マイヤが頬を若干朱に染めて振り返る。自分の返事が芳しくない故に怒ってしまったのか、とシュウはまた気落ちした。
しかしその沈んだ気分は、直後のイスラーフィールの発言によって、ある意味では吹き飛ばされることになる。
「私がお前たちを樹海へ派遣したのは、お前たちならば生き残ることが可能だと判断したからだ。それに加えて——可能ならば、この少女を保護してほしかった」
「なっ……」
硬直するマイヤ。当然だ。流石のシュウもこれには驚かざるを得ない。なるほど、魔力反応があった、という事は、何らかの強大な悪性存在が樹海に出現したことを示すため、『何かがいる』という事までは理解できよう。
だが。
だがしかし、今イスラーフィールは、シュウとマイヤを樹海に向かわせた理由として、『魔族の少女の保護』を上げた。
それはつまり——
「先生は魔族がこちらに来ていると、知っていたと?」
「ああ」
マイヤが天を仰ぐ。ある意味では上位悪性存在よりも危険な存在である魔族、その出現を知っていながら、わざわざ二人を樹海に送り出した——その真意を測りかねたのだろう。保護とは言っても、それが可能であるとは限らない。魔族が暴れ出し、シュウとマイヤを傷つける可能性も高かったはずだ。
第一——マイヤがあの時、銀色の少女を攻撃したように。
二人が、保護ではなく『対立』を選ぶ可能性は考えなかったのだろうか。
それを問えば、イスラーフィールは笑う。お前の考えなどお見通しだ、と言わんばかりの、見透かすような鋭い笑み。ああ、これは面倒なことなのだな、と、シュウは直感的に感じた。
「フェリドゥーン。お前はあの魔族の娘を、フィルドゥシーから庇っただろう?」
「ええ、まぁ。マイに可能な限り人を攻撃してほしくなかった、というのもありますし——何より、あの娘が一体どういう存在なのか、分からないままに殺すのは、問題ではないかと」
「それだよ」
くつくつくつ、と彼女はまた笑う。狡猾さを感じさせる声。数多くの法術師たち、その頂点に立つ七人の一人であることを伺わせる、それ。
イスラーフィールはシュウを指さし、続けた。
「よもや忘れたわけではあるまい、フェリドゥーン。お前があの極東大陸の邑で暮らしていた時に、私はお前に問うたはずだ」
「『魔族と人間の違いは何だと思う』——ですか」
「そうだ。そしてお前はこう答えた。『生まれた場所の差でしょう』と。いいか、お前は善性存在と悪性存在という区別を設けず、人間と魔族を同列に扱うのだ。『天則』に逆らって、だ。そのような人間を、私は私以外にそれまで知らなかった。故にお前を連れてきた。私の理解者として」
——そう。
イスラーフィールは。この当代における四番目の特級法術師は。
——すべての法術師たちの頂点に君臨する者の一人なのにもかかわらず、法術師達を管理する『教会』がもたらした予言、『天則』を、信じていないのである。
すべての悪を滅ぼすべし。さもなければ、『絶対悪』があらゆる善を滅ぼさん——その予言を、イスラーフィールは否と断ずる。善と悪には共存の道があると。
『天則』は、シュウの住んでいた邑にさえ浸透した絶対の理念だ。この世に生きるありとあらゆる全盛存在がそれを知っている。
知っていてもなお、シュウはそれに共感できないし、それゆえに法術を使うこともできない。そのシュウが見習い法術師として、こうやって学園に通えているのも、すべては学園長である彼女が、天則に懐疑的だからである。
勿論、彼女も法術が扱えるという事は、何かしら『善性存在』足るべき意思を持っているのだろうが——どちらかと言えば、イスラーフィールは『中立』であった。
「故に私は樹海にお前たち以外が入るのを、法術を使った情報操作でシャットアウトし、なんとしてでもフェリドゥーンにあの娘を見つけさせようとした。まぁ、実際のところ見つけたのはフィルドゥシーだったわけだが、大した怪我も無く保護できたので良しとする」
そういえば、今日は『樹海』へ向かった生徒は自分とマイヤくらいだった、とシュウは思い返す。中央大陸には樹海以外にもダンジョンが存在するため、そちらに行く人間が多かったのだ。恐らくイスラーフィールの根回しだったのだろう。情報を操る彼女の法術ならば容易だったはずだ。自分はともかく、マイヤにさえ気づかせずにそれぞ実行するこの特級法術師の腕前に、シュウは内心で舌を巻かざるを得なかった。
一連の種明かしを経て、しかしまだ疑問が残ったか。マイヤがイスラーフィールに問うた。
「では——何故、私たちに魔族の少女の『保護』を望んだのですか? 魔族は強力な悪性存在です。保護よりも討伐が支持されるべきでしょうし、何より——何より、わざわざ保護しなくても、生き残るはずです」
彼女の疑問は最もだ。魔族というのは何度も言う通り、最上位の悪性存在。ただそこにあるだけで下位の善性存在を滅ぼすとまで言われる(とはいえシュウは死ななかったので恐らく眉唾であろう。よしんば本当だとしても、居るだけで『任意で』下位の悪性存在を殺せる上位法術師の様に、任意能力なのだろうと推測できるが)、非常に強力な力を持った種族だ。
魔術と呼ばれる、人類の法術と対を成す特殊な能力は全体的に法術よりも出力が高く、こと『破壊』の側面においては人間は遠く及ばない——そんな存在である。
ならば、シュウやマイヤが彼女を保護せずとも、彼女は一人、あの樹海を生き残った可能性が高い。いくら傷ついていたとしても、『力関係』というモノがはっきりとしているとされる悪性存在たちは、明らかな格上である魔族を襲うことはほとんどあり得ない。
——そういえば。
——だとするなら、何故彼女はあんな大怪我をしていたのだろう……?
ふと、シュウの胸に、一つの疑問が浮かび上がる。
それを口に出して二人に問う前に、イスラーフィールの口から、答えは、少し意外な形でもたらされた。
「それに関しては、彼女を——というより、魔族を早急に保護する必要があったから、と回答しよう。私は、人間・魔族問わずに人命を優先するつもりでいる」
それはイスラーフィールという人間の行動原理でもある。彼女は、善性存在であるのか、それとも悪性存在であるのか問わず、それが『人類』である限り救う。
しかしそれはいつでも、無条件に人命を救うわけではない。彼女が、『必要』と判断した時——つまりは、「意味もなく人命を損なう行為」が発生する場合に限り、イスラーフィールは全力で命を救うために奔走する。
つまり今回は、それだけの理由があったのだ。
そう——
「——マグナス・ハーキュリーが来ている」
その名が、イスラーフィールの形の良い唇から紡がれた。少しの怒りと、悲嘆を含んだような声で。
それに気が付けたのは、シュウが集中して彼女の話を聞いていたからだが——その理由を問う前に、マイヤが半ば悲鳴に近い声を上げた。
「マグナス・ハーキュリー!? 特級法術師第二席——アスラワン最強の近接戦闘法術師ですか!?」
無理もない——マグナス・ハーキュリー……『英雄現象』のマグナスと言えば、たとえ法術師ではなくとも聞くことのある名前だし、同時に仲間であるはずの法術師さえ震え上がる名前だからだ。
マイヤが言った通り、彼は特級法術師の第二席に当たる人物だ。法術は『武装型ウルスラグナ』と呼ばれる白銀の大剣だと伝え聞くが、それは武装型の極致である、と言われていた。
マイヤの『武装型アールマティ』は光を武器として自在に操る法術だ。光であれば法術によって生み出されたものでも、自然光でもある程度武器に変えることができると聞く。
対して、マグナスの法術は、その法術の名(すなわちは性質の似た聖霊の名)を冠する大剣『ウルスラグナ』以外に干渉しない。
その面に於いて——彼の法術は、戦いの聖霊として知られるウルスラグナの権能そのものを君臨させる術——一種の『顕現型』法術なのではないか、とさえ噂されるほどなのだ。
そしてそれほどまでの圧倒的な法術を持つ彼は、良く言えば『天則に忠実』——悪く言えば、『悪性存在には一切容赦をしない』人間だと聞く。
「マグナスの目的は甲種指名手配魔族、『ザッハーク』の抹殺。あの少女がその『ザッハーク』なのかは知らないが、少なくとも魔族かそれに類するものであれば、マグナスは容赦なく殺害するだろう。あれはそういう男だ。そういう男に、なってしまった」
イスラーフィールの視線が泳ぐ。彼女の口からはっきりとしない言葉が出るのは非常に珍しい。互いに最強の法術師、アスラワンの一員なのだ。かつて、何らかの確執があったのかもしれない。
気になることではあるが、今ここで問うべきことでは無いな——とシュウは考える。彼女が何らかの深い傷をその『確執』に関連して持っていた場合、無用にイスラーフィールを傷つけることになるからだ。肉体の傷よりも心の傷は治りにくい。特に女性は男性よりも心の傷の回復が早い分、治らない場合はとことんまで治らない、と、故郷の例の師匠が言っていた。良く分からないが、彼を信じる。
そんなことをシュウが考えていると、イスラーフィールの話は続きへと接続した。
「故に私は、魔族らしき魔力反応があった時点で、お前たちに樹海への探索を命じた」
「ならば、最初から魔族の発見を指示すればよかったのでは……」
マイヤがそう返す。確かにそうだとは思う。マイヤはシュウに彼女が近づいた際には過激な反応をしたが、魔族の少女を救助することに否定的だったわけではない。寧ろ賛成の意を示してくれたほどなのだ。シュウ自身は言わずもがなである。
故に、自分たちが任務を断る、或いは反対する、と言ったことは無いと思うのだが——
「そういうわけにもいかなかったのさ、これが。こちらにもこちらの事情があってな……すまない」
どうやら、明かせない特殊な事情があるらしい。それならば仕方がないか、と思う。イスラーフィールはこちらの不利益になる情報を隠したりすることは無い。彼女はあらゆる情報を操る力を持つが、それ故に『嘘も真実も必ず放出する』。黙っている、ということは、それだけの重要さのあることなのだろう、とシュウは解釈した。隣のマイヤはいまだ、いささか不満そうではあったが。
「兎も角、彼女は無事だよ。情報操作をして私の方で保護することにした」
イスラーフィールはこちらを安心させるかのように、穏やかな表情でそう言った。彼女はシュウの目を見ると問う。
「今奥の部屋で寝かせている。様子を見に行くかい?」
「……ええ。連れてきた俺達にも責任がありますから。良いな? マイ」
どうにも、あの少女には何らかの厄介ごとが付いていそうだ。それを(彼女も承知の上ではあるが)イスラーフィールの下に持ち込んだのはシュウとマイヤなのだ。第一、最初にあの魔族の娘を発見した者たちとして、何か責任の様なものを感じていた。
「はぁ……本当なら反対ですけど、先輩ならそういうと思ってました。良いですよ」
そんなシュウの願いを、マイヤはため息交じりにも聞き入れてくれた。ふわり、と笑顔になった彼女は、しかし直後に少し眉根を潜めると、真面目な表情になって続ける。
「それから、安全確保のために私も一緒に看ます。良いですね?」
むしろ願ったり叶ったりだった。万が一のことがあった場合、シュウでは戦闘能力含めてあらゆる面が頼りない。マイヤが一緒にいてくれるなら心強い。
感謝の気持ちを、再びマイに伝える。
「ああ。ありがとう、マイ。繰り返しになるが、君のような良い子をパートナーにできて本当に良かった」
「っ……そういうことを言わないでください……っ!」
マイヤは(今日何度目になるかもわからないが)赤面すると、顔をぷいとそむけてしまった。
(怒らせてしまったか……?)
やはり女性の心理というものはわかりにくいな、とシュウは改めて思う。
その様子をにやにやと眺めていたイスラーフィールが呟いた。
「ついでにそのまま人生のパートナーに、ってかい?」
「学園長も! そうやって私をからかって遊ぶのをやめてください!」
マイヤが反応して叫ぶと、意地悪な学園長は笑い出す。
「はっはっは。悪いね。若いのを見るとどうしてもこうなる。いやぁ、私も齢だねぇ」
——彼女の経歴が偽りでなければ、イスラーフィールはまだ三十歳にもなっていない齢だったはずだ。「私も齢だ」というほど年を取っているわけではないと思う。寧ろかなり若い方だし、そんな齢で特級法術師の役職を得ているというのは素直に尊敬に値する。
それをそのまま伝えると、
「やはり馬鹿だなフェリドゥーンは」
と返されてしまった。
冗談が通じない、とよく言われるシュウに、その意味は良く分からなかった。
投稿遅れて申し訳ありません。
なんか他の話と比べるとえらい長いですが、長いのはこの話だけです(真顔)
次回更新は明日の18時ごろです。次回もよろしくお願いします。




