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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第二章:禁忌十字に愛を
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第十七話『並び立つ者』

「エリナ……!?」


 自分の口から、驚きに掠れ、ひび割れた声が漏れるのをシュウは聞いた。蒼白の月光の下でギラリと輝く深紅の瞳の持ち主は、その格好、装備、立ち姿が、あまりにも己の『妹』を名乗る少女と同一であったからだ。

 白磁の肌。月光を受けて淡く煌く薄金色の髪。普段の彼女のそれとは色こそ違うが、西方大陸の女性聖職者の纏う衣装――所謂『シスター服』を模したベール。そして構えた十字と円を組み合わせたような、彼女自身の身長と同様かあるいはそれよりも大きい、巨大な十字架。


 旧時代文明の呼称を採用するなら、『ケルト十字』という代物。法術、『武装型ハルワタート』によって顕現するそれを構えたエリナ・フェリドゥーンの姿は、ここ一週間前後で最早見慣れたものだ。さしものシュウでも、そう簡単に見間違えることはない。

 しかし――


「いや、違う……ッ!?」


 直後、シュウは再び己の目を疑うことになる。目の前の少女の顔立ち。最初に見たときはエリナだと思ったものだが、よく見れば全く違う様に思える。彼女は本当に自分の妹なのかとシュウに困惑させるほど、己と顔立ちが似通っていたはずだ。今目の前に立つ深紅の目の少女は、シュウとはまるで異なる顔立ちをしていた。

 彼女……シュウが便宜的に『エリナ』と呼称することに決めた少女は、にたり、と、やはりエリナとは似ても似つかない凶暴な笑みを浮かべる。くつくつとくぐもった笑い声をあげる『エリナ』。声帯から紡ぐ声は、逆にエリナとほぼ同一に思える。しかし良く聴けば、やはりこれもどこか違っているように思える。最早何が何なのか分からず、揺れ動く認識にシュウは困惑を隠せない。


 それに、何より。

 その獲物——巨大なケルト十字がまき散らす気配は、法術ではなく魔術のそれだ。ズルワーンとの接続によって法術と魔術の両者をコントロールする力を借り受けた影響で、シュウはそれらを判別できる。エリナの『ハルワタート』からは法術の気配を強く感じた。だが今『エリナ』の握る十字架は、法術ではなく濃密な魔の力を絡ませていた。

 加えて、『エリナ』自身の空気も異なる。シュウはマイヤ達と違い、人間と魔族を判別する程の感覚を持たない。それでも間違いなく「彼女は魔族だ」と確信させるほどの重圧が、少女の小柄な肉体から発生している。


 『エリナ』が一歩、足を踏み出す。がちゃり。重々しい音を立て、黒銀の十字架が横抱きに構えられた。


「邪魔が入りましたが……なるほど、好都合ですわ。ここで最後の贄と一緒に、救世主(サオシュヤント)も始末してしまいましょう」

「何……?」


 彼女の口にした言葉に、シュウは眉を顰める。『最後の贄』とはどういうことだろうか。アルバート少年を襲う彼女が、シュウ達の介入直前に発したワードの中に『儀式』というモノがあったが、それに関連するのだろうか。

 それに、『救世主(サオシュヤント)』——シュウをそう呼称する人物が現れるのは、これが初めてではない。半年前、マグナス・ハーキュリーとの決戦の最終局面で、己を打ち倒したシュウに対し、「お前の様な者が、救世主(サオシュヤント)になるのやもしれん」と口にしたのだ。


 その意味を問う、あるいは熟考する時間は、しかしシュウには与えられなかった。ばん、と形容すべき凄まじい炸裂音と舞い散る突風を置き去りに、十字架を構えた『エリナ』がシュウめがけて突進してきたのだ。 

 ――速い……! そう戦慄した時にはもう遅い。横薙ぎに振り払われる十字架を、シュウは大きく飛びのくことで避ける。しかし反射的なその行動では、後の動作に繋がる大勢は整わない。


「ぐっ……!」

「遅いですわ!!」


 バチィ! と鋭い大気を裂く音。エリナがスイングの勢いのまま大上段に掲げた十字架が、その交差点を中心に紅い雷を纏い出す。やがてそれは、円形をした半透明の刃を形成し、気味の悪い音色と共に高速で回転を始めた。

 しなる『エリナ』の上半身。全力で振り下ろされた十字斧が、シュウを両断せんと迫る。宵闇の空に反射する、血の様な紅い燐光——十字斧の破壊力を如実に表しているようだった。

 直撃すれば、まずい。


「先輩!」


 だがその刃は届かない。

 シュウと『エリナ』の間に、三対六枚、輝く光の翼を備えたマイヤが割り込んだからだ。『武装型アールマティ』が形成する光の刃が、紅雷纏う十字斧の攻撃を弾き返す。


「マイ! 助かった」

「ちっ……!」


 舌打ちをしたエリナが数歩後退するのを後目に、マイヤはシュウに笑いかける。シュウがそれに頷き返すと、マイヤは羽を震わせシュウの隣に並び立つ。


「何者なんだ彼女は……! エリナに見えるが、全くエリナではないようにも見える……!」

「分かりません。ですが――彼女が此度の敵、元凶なのは、確かです」


 腰を低く落とし、十字斧の刀身を上に、グリップを下段に置く形で構える『エリナ』。凶暴な笑みは鳴りを潜め、一転して冷徹な無表情へと変わる彼女。しかし纏う気配はより一層凶悪、強烈に歪んでいく。 


「貴女に用はありませんわ、青い髪の法術師……!」


 咆えるように、エリナが叫ぶ。


「ですが私は貴女に用がありますよ、エリナさん」


 涼し気に、マイヤが反論する。

 『エリナ』はぎりり、と忌々し気な表情を取ると、直後、獰猛な笑みへと様相を変えた。


「良いでしょう――二人纏めて相手をして差し上げますわ……!」


 その、言葉の交錯を皮切りに――『エリナ』とマイヤの刃も再び激突する。

 紅雷と、白光が飛び散る。ぶつかっているのはどちらも法術によって編まれたエネルギー体の刃だというのに、重々しい金属音と、目もくらむような激突の火花。弾き飛ばし合った二人は互いに地面を削りながら停止する。


 マイヤの白い翼が震える。青白い月がぽっかりと浮かぶ闇空へ、まるで太陽が昇る様に。彼女の背後に、無数の砲口が開く。『光輝女神の(メーザー・オブ)眼差し(シャイニング)』の威光が花開き、光の細剣が幾重にも重なって地面に突き立った。 


「効きませんわ!」


 しかし『エリナ』は、金の髪を靡かせ疾駆する。時には紙一重の距離で光撃をさけ、またある時は自らの紅電でマイヤの刃を弾いていく。十字斧を大地に突き立て、それを軸にがりがりがりと地面を削る方向転換。引き抜いた十字の先端を、がちゃりと音を立てて上空のマイヤへと向けた。先端に、ダーククリムゾンの雷が集う――


 直感的にシュウは悟る。あれがリズベットを襲撃した、彼女の魔術——否、『魔法』だと。

 学園に侵入した魔族は二人いたのではなく、彼女一人だったのだろう。これまでの事件もまた、下手人は『エリナ』だったはずだ。人であり、魔族でもある――そのロジックや、彼女がどうしてシュウを『お兄様』と呼ぶのか、何故二つの顔を持つのか、その原因はいまだ不明であるが、恐らくそれだけは、間違いない。


 ――彼女は、ここで止める。


「纏めて相手をするんじゃなかったのか、エリナ」

「何ッ……!?」


 不意打ち、と言えば聞こえは悪いが、シュウはマイヤの方に気を取られていた『エリナ』の背後に回ると、全力の下段回し蹴り(ローキック)を放つ。

 彼女自身に恐らくダメージを与えることは大してできていないが、その姿勢は崩れ、魔法の発動はキャンセルされる。憎々し気に歪む『エリナ』の顔。普段のエリナからは想像の出来ない表情。無論、顔立ちは異なるのだが――シュウの認識が、彼女が確かにエリナなのだと囁きかけた。


 その隙を突くべく、崩れた体勢のまま『エリナ』は十字斧を構え直す。グリップをまるで三本目の脚の様に扱い、倒れかけた姿勢を補強すると、今度はエリナが蹴りを打つ。両腕でガードしたシュウは大きく弾き飛ばされ、夜の校庭の砂を吹き飛ばしながら後退。


 追撃を目論んだか。腰を落とす『エリナ』を、しかし上空から降り注ぐ光の剣が妨害する。まるで結界の様に、彼女がシュウに近づくためのルートを的確に塞ぐ刃たちは、マイヤが普段から携帯している短剣を軸に顕現させた、『武装型アールマティ』の「光を生み、操る」という力の極致——即ち、金属の刀身を持つ武装の、光の刀身を持つ武器への変換。

 

「小賢しい……ッ!」

 

 『エリナ』が一瞬、立ち止まる。

 その僅かな隙を狙って、上空からマイヤが、普段から使用している光剣変換されたロングソードを構えて凄まじい速度で降下した。逆手に構えた刀身を突き立てる様なドロップ・アタック――逃げ場を持たない『エリナ』は十字架を勢いよく持ち上げると、縦の様に構えて剣激を防ぐ。


 されど、マイヤの攻撃は止まらない。弾かれた長剣をそのまま手放すと、『エリナ』の周囲に突き立っていた光の剣を抜き取り、抜錨の動作を利用して勢いをつけると、そのまま刺突を繰り出す。

 

「ちっ……!」


 軽く舌打ちをする『エリナ』。十字斧を引き戻し、マイヤの刺突に対応する。そのまま足を振り上げると、マイヤに向かって一撃、蹴りを入れる。開く彼我の距離。しかしその動作の後には隙が生まれるのが道理である。


「はァッ!」


 気合い、一つ。

 シュウが再び、今度は『エリナ』の背に向かって蹴りを入れる。バランスの崩れた彼女に対し、距離を詰めて足払い。さらに腰を低く構えてからのアッパーカット。前述の通り、衝撃が伝わり彼女の体勢を崩せているだけで、恐らくダメージは一切入っていない。この世界に於いては、人間も魔族も、ある程度の実力差がある人間にはさした傷を負わせることができないのだ。そしてその法則が発動してしまうほどに、シュウと彼女の実力には大きな差がある。


 それでも――攻撃を、止めない。


「このっ……邪魔、ですわッ……!」


 上空にかちあげられたエリナが、十字架に雷電を込め始める。先程不発に終わった『魔法』——否、『魔砲』だ。しかし発動にはエネルギーのチャージが必要であることを、既にシュウは知っている。両足にかかる身体強化呪術をさらに強化。同時に掛けられる呪術の数には制限がある。代わりに上半身を強化する呪術の数を減らし、シュウは大きく飛び上がった。


 『エリナ』よりも、空へ。アルケイデスも使ったガラスの呪術を起動、足場を作ると、それを蹴って眼下の彼女へと肉薄する。

 着弾の瞬間、シュウは上下半身の強化を逆転。大気の唸る音を聞きながら、『エリナ』の胴へと正拳突きを叩き込む。


 地面が揺れる。

 落下した『エリナ』が大地と接触。炸裂の衝撃が、校庭の草と砂をまき散らす。砂煙が空を覆う。足場を失い自由落下を開始するシュウ。その視界が塞がれる。


「おのれ……!」


 煙と闇の向こうから、『エリナ』の憎悪に満ちた声が、ぽつりと。

 同時に、重々しい雷撃の、ダーククリムゾンの光も見える。


 叫び声、一つ。

 大きく、轟いて。


「紅き呪い、黒き傷跡、無限の苦しみを与え給え――『縛り貫き、(グリムローズ・)刻め紅蓮の(ヴァニティ・)雷電棘(ヴァニティ)』!」

「……っ!」


 どうっ――

 いっそ小気味良いとさえいえる音の後に、禍々しい深紅のオーラが弾けた。大気を引き裂く轟音は、ここが旧時代文明であったならこう形容されるだろう。——ジェットエンジンの音のような、と。

 これはまずい、とシュウは反射的に回避行動を模索する。しかしエリナを殴打したままの姿勢の彼には、とっさな姿勢変更は難しい。先程のように足場を作るにしても、体勢の崩れた今の状態ではその利用もままならない。


 だが。

 今のシュウは、不思議と恐怖を感じることはなかった。彼の胸を満たすのは――


「虚ろなる者、立ち入るべからず! 『光輝女神の(シュライン・オブ)聖域(シャイニング)』!」


 ——『信頼』だ。

 今までのシュウなら、きっとそんなものは持たなかった。そんな価値は自分にはないと、自分自身を認める言葉を拒否して、「誰も俺を助けることなどしない」と、自分だけで対処方法を探そうとしたはずだ。

 けれど、今は違う。


 マイヤがいる。彼女の響く声が、その信頼が正しい回答であったことを指し示した。


 目の前に、薄く白い障壁が展開する。交錯する無数の剣にも見える、不思議な組み合わさり方をした光の盾は、『縛り貫き、刻め紅蓮の雷電棘』の悉くを弾き、霧散させ、無力化し、そして防ぎ切った。

 彼女の扱う法術は、日々加速度的に進化を続ける。最初は『眼差し(メーザー)』『怒り(カノン)』『威光(グロリア)』だけだった彼女の奥義は、今やこのように結界を貼るものまでが誕生している。


 いずれ最強の法術師(マグナス)さえも超える、光輝女神(アールマティ)の素養——今のシュウは、その加護を十全に受ける事を決意している。


「なんですって……ッ!?」


 驚愕に目をむき放心する『エリナ』を後目に、シュウは受け身を取って着地。その反動で立ち上がり、即座に格闘の構えを取る。


「……想定していた戦況とは大きく異なりますわね……当代の救世主は、法術の使えぬ落ちこぼれだと聞いていましたが」


 忌々し気に『エリナ』は顔を歪める。昔のシュウであれば、敵からの言葉であっても少しは傷ついたかもしれない。しかし今しがたマイヤの助けを信じる道を選んだ今の彼は、動揺することはない。

 静かに一度目を閉じると、今度はしっかりと『エリナ』を見据える形で、今朝までは彼女もまた、それと同じ色だったはずの碧い目を開いた。


「……確かにそうだな。俺は、法術も魔術も使えない。呪術だって、こうして身体強化に使うならまだしも、恐らく光の木剣や正義の種火の類では君にダメージを与えられないだろう。第一今の攻撃だって、本当に君の脅威となったかは怪しい。だが――」

「だからこそ、私がいます」


 そのシュウの隣に、ふわり、とマイヤが降り立つ。戦士と、それを守護する戦乙女であるかのように。いや実際にはシュウの方が従属しているようなものなのだが。

 そんな、ちょと自信のない彼の内心を読んだのか。マイヤは確りとした、強い口調で宣言した。


「私が支え、私が並び立ち、私が共に戦います。先輩が私を護り、私が先輩を護る。貴女には、負けません」

「ちィッ……!!」


 流石は、というべきか。『エリナ』が我を忘れていた時間は極めて短かった。彼女は即座に臨戦態勢に戻ると、再び十字架に深紅の電斧を顕現させる。

 だがその一撃がシュウへと照準を合わせる前に、光翼を震わせてマイヤが疾駆する。『エリナ』を拘束していた光の剣と、弾かれたときに手放した長剣を回収し、両手に一振りずつ構えたマイヤ。『エリナ』が本能的判断に基づいてか振りぬいた十字斧と二刀が激しくせめぎあい、一瞬の炸裂の後に『エリナ』を大きく弾き飛ばした。


 マイヤの広げた翼に呼応して、私用していない五振りの光剣が浮遊する。現実の武器を基軸として、法術の原型となる聖霊(スプンタ)を模す力を顕現させる武装型法術は、力の解放のみを可能とする展開型よりも多彩な戦術を取ることができる。強力な特殊技能(スキル)や様々な奥義はその代名詞と言えよう。


 ――シュウが思うに。武装型の神髄はそこではなく、その名が示す通りの『武装』にこそある。

 展開型法術の中にも、武器を形成するものはある。だがそれらは力の発動が一定の時間を迎えると、次の使用まで消滅してしまうのだ。

 武装型法術は違う。マイヤのそれはスキルの恩恵を受けている、ということもあるが、武装型法術が作り出した武器は、使い手の意思によって消去されるまでこの世界に持続して顕現するのだ。加えて、基軸となるものが法術ではなく地上の物質であるのにも関わらず、法術の影響によって如何様にも変化させることができる。例えばマグナス・ハーキュリーの『武装型ウルスラグナ』の種武装である白銀の巨剣『ウルスラグナ』は、アルケイデス曰く普段はグリップだけの存在だそうだ。そこに彼の法術が持つ、『戦いを司る』という権能が働き、銀の刃が形成される。オルトロス・マージを発動させれば、グリップごと二本に増える。


 故にマイヤも同じように、本来は自分の法術と関係ない量産品の剣であっても、光の刃を顕現させることで奥義で生み出す剣たちと同じように、自在にコントロールができるのだ。


 そしてそれは、相手がエリナなのだとすれば。

 彼女も、同じである。


「がぁぁあッ!!」


 獣じみた咆哮を上げ、『エリナ』が砂塵の彼方から高速で接近する。構えた十字架はやはり半透明の円刃を形成し、深紅の雷電をまき散らしながら鋭い音と共に回転する。


 迎撃の姿勢を取るマイヤ。間合いは十分、二本の剣を交差させ――


「えっ……!?」


 瞬間。

 世界が『ずれる』ような妙な感覚。直後、がいん、と嫌な音が響いた。


 マイヤの両の剣が、弾かれている。距離が変わったわけではない。『エリナ』はまだ、マイヤよりも少し離れた場所を疾走している。だがその得物は、一度振り払ったのか。横薙ぎの姿勢に構えられていたはずの十字斧が、大上段へと高々に掲げられていた。

 そして彼女の武装の変化は、それだけではない。回転を続けていたはずの円形刀身は――今、夜天に煌く月に負けじと、大きく、大きく膨張していた。コインの穴を通すと月がその内に納まっているように見えるが、あれと同じ原理――遠近法による認識の混乱を思わせる、月さえ喰らう大きさの刀身だ。


 レンジが絶大に強化されたのだ、と気づくのに、数秒かかった。エリナの法術、『武装型ハルワタート』は広範囲を焼き尽くす強力な奥義を有する。あれと同じ、広範囲殲滅の権能を、『エリナ』が己の武器に付与できるのだとしたら――!


 エリナの斧が、次はマイヤを両断せんと奔る。あれだけ巨大な刀身を持っていながら、その振り下ろされる速度は尋常ではない。寧ろ刀身が小さかった頃より、増しているような気さえする。

 シュウは反射的に下半身に全ての強化を凝縮させると、マグナスの凶刃からアリアを救った時と同じ、あるいはそれ以上の速度で『エリナ』に迫った。軸として左足を固定。膝裏、脛、足首、踵――一連の右足部位を、まるで鎌、あるいはそれこそエリナの用いる斧や槌であるかのようにイメージし、高速でその鳩尾へと打ち込んだ。


「ごふっ……! 救世主……ッ!?」


 十字斧のサイズが、瞬時に元に戻る。同時に『エリナ』は、数間先へと吹き飛んだ。数度バウンドした後に、うつぶせの形で停止する。全力の一撃だ。敵とは言え女性に行っていい攻撃だったのかどうか少し疑問に思わなくもないが、今更である。別にシュウはフェミニストというワケではない。


「マイ! 大丈夫か!」

「先輩! 助かりました」


 大事なのは敵ではなくマイヤの方である。「万人を救う」契約の下ズルワーンに力を借りた身としてそれはどうなのかと自分でも思うが、しかしシュウも人間だ(パルス的な意味ではなく)。身内を優先してしまうのは仕方のない心理である。

 ……訂正。シュウ・フェリドゥーンは、一人の男として、やはり他者よりは恋人を優先してしまうのである。以前なら考えられない挙動だ。そしてそれが、良い変化なのか悪い変化なのか、シュウには分からない。だがイスラーフィールに言わせれば「良い影響」なのだろう、これも。だから――信じることにする。


 マイヤに駆け寄る。彼女はシュウに礼を言うと、弾き飛ばされた光剣を浮遊させ、回収した。改めて思うが、便利なものである。『光の木剣(バルスマン)』に使用した木簡は、飛来した後再利用がしたいなら自前で回収をする必要がある。というよりもともと使い捨ての消耗品なので、一度光剣に変化させてしまうと元の木簡に戻すことはできない。なので光剣のまま再利用するということなのだが……強度が低く、大抵の場合は最初に相手と激突した時点で崩壊してしまう。

 対して武装型法術は、離れていてもものによっては操作が効く上、変換と復元は自由自在だ。強度も高く、エネルギーの刃であるはずなのにどうしたことか実剣との打ち合いもできる。この辺りが実力差ということなのだろうなぁ、と思いながら、そんな自分でも役に立ったということに、シュウは強く感謝した。


 意識を切り替え『エリナ』の方を向き直れば、彼女は今まさに立ち上がろうとしようとしている所だった。しかしこれまでの戦闘のダメージが意外にも蓄積しているのか。彼女は中々大勢を整えることができない。


「こ……のッ……!」

「もう終わりだ、エリナ」

「事情を話してもらいますよ。——『光輝女神の(グロリア・オブ・)威光(シャイニング)』」


 マイヤの拘束系奥義が起動。光の鞭がしなり、『エリナ』を縛り上げるべく伸びる。

 その端が、彼女の体に取りつく――その、直前であった。


 ばん、と、地面が弾ける。あかい光の尾を引きながら、『エリナ』がシュウ達とは別方向へと疾走を開始したのだ。


「何っ……!」

「儀式はまだ、終わりではありません……!」


 驚愕するシュウを後目に、彼女が向かったのは――本来の標的であった、アルバート少年だ。彼は小さく悲鳴を上げると、いっそ小気味良いとさえいえるほどの音をたてて、綺麗に腰を抜かした。


 アルバート少年へ距離を詰める『エリナ』の前に、ロザリアが素早く立ちはだかる。左腰のホルスターから蒼銀色の刀身を持つ細剣(レイピア)を抜き放ち、構えると、彼女は鋭い口調で叫ぶ。


「リズの仇……キミにも何か事情があるのかもしれないけれど――我が正義に(ダエーナー・)光をくべよ(ウェイクアップ)!」


 そこに込めた思いが何であるか、シュウたちには想像する事しかできない。

 彼女は言った。リズベットを傷つけた相手を許せないと。だが同時に、罪をいつまでも糾弾し続けるのではなく、その理由を聞き出して、和解の道を探したいと。


 きっと並大抵の意思ではないはずだ。シュウは手の届く限り、自分に関係した人なら救いたい、と、ズルワーンに告げた通りに常々薄ぼんやりと思っているが、しかしマイヤを殺されかけたともなればそう簡単に許すことはできないように思う。現にマグナス/アルケイデスにきちんとした信頼を置けるようになったのはつい先日だ。それも彼の境遇や、今の彼の意思などを全て知ってからできたことである。

 ロザリアは、今でこそ合わせていても、当時は顔も知らず、名前も知らなかった宿敵との和解を、戦う前から決意しているのだ。

 

「その罪、償ってもらうぞ……!」


 当然、その一撃は重い。得物の華奢な見た目にはいっそ不釣り合いとさえ思える、疾風を巻き起こす一撃。

 ロザリアの携える細剣の刀身が、湖面の様に揺らぐ。恐らくは彼女の法術――『展開型ランスロット』によるものだろう。半ば不可視となった刺突と斬撃が、『エリナ』を少しずつ追い詰める。


「誰が……ッ!」


 咆哮。一層激しさを増すのは、『エリナ』とその十字斧が纏う雷電。紅の火花をまき散らす『エリナ』が、得物を一閃。レイピアを大きく弾き返す。


「ぐっ……何の!」


 しかしロザリアはぐっと耐える。跳ね上がった上半身を全力で引き戻すと、風と湖面の揺らめきを携え、『エリナ』めがけて強烈な刺突――


 ——その瞬間。

 また、あの『世界がぶれる』錯覚。

 ロザリアの、『展開型ランスロット』の神髄を込めた一撃は、紙一重の位置で避けられていた。常人を超える異様なスピードで、『エリナ』が身をかがめたのだ。


「なにっ!?」

「まだまだですわね」

「がっ……」


 回し蹴り。背中を強撃されたロザリアが吹き飛ばされる。その反動を利用したのか、『エリナ』はさらに速度を上げてアルバート少年に肉薄する。 


「まずい――!」

 

 シュウが冷や汗を流すのと、


「うそだろっ……!」


 アルバート少年が悲鳴をあげるのはほぼ同時だった。

 そして『エリナ』が、ばちばちと火花を散らせて紅色の刃を十字架に形成するのも。

 大上段に掲げられた十字斧は、いっそ桜吹雪を思わせる幻想的な光さえ伴って切り降ろされた。


「さぁ、その命捧げ――」


 狂気的な『エリナ』の声が響き――

 ——しかし、それは途中で止まった。


 彼女は斧を上段に構えたまま硬直していた。数秒の後、得物を振り下ろさずに、ゆっくりと構えを解く『エリナ』。アルバート少年を両断すべくシュウ達に背を向けていた彼女だが、今度はその向きを変えてシュウとマイヤ、それから今まさに姿勢を立て直しきったロザリアに目線を向ける。

 そして数秒の思考の後、納得した、と言わんばかりの表情をとった。


「今宵はここまでですわ。どうやら、こんなものを捧げなくとも目的は達成できたようですし」

「こ、こんなものとはなんだ失礼な! 僕は――ごっふ」


 反論するアルバート少年を一度蹴飛ばし、『エリナ』はその深紅の瞳を、しっかりとシュウへと合わせて、笑った。


「ではごきげんよう、『お兄様』」

「……ッ! 待て、待つんだエリナ……!」


 その、普段のエリナと全く変わらない口調に、シュウが驚き引き留めようとする間は、最早なく。

 『エリナ』は、闇の中に溶け込むように、姿を消した。


 あとには月と、夜天と、呆然と立ち尽くすシュウ、マイヤ、ロザリアの三人、そして腹を抑えて「ぐおぉぉお……ちょ、ちょっとは容赦というものをだね……!」などと呻くエリック・アルフレッド・アルバートだけが、残る。


 シュウ達は彼を抱えて起こすと、戦場を後にした。



 ***



 ロザリアがアルバート少年を医務室に連れていく、という形で、シュウとマイヤは結局家に戻ることにした。本当は自分たちも報告を兼ねてついて行こうとしたのだが、戦闘時間が長かった二人は早めに休んだ方がいい、というロザリアの言葉が効いた。実際、ここ最近では一番激しい戦闘だったようにも思う。最近は樹海探索でもアリアが同行する影響で、あまり魔物との戦闘が難解ではないからだ。


 そして休暇も残すところあとわずかとなった翌日。朝のうちに医務室に向かってしまおう、ということで校庭を歩いていた二人に、後ろから聞きなれた声が掛けられる


「おはようございます、お兄様! おや……お顔色が優れませんが……ハッ、まさかそこの青髪と一晩中……!? キーッ! 私というモノがありながら! 私というモノがありながら!!」


 鈴の音のような声、朝日を受けて照り輝く薄金色の髪。そして白いシスターベールにシュウと同じ碧い瞳――顔立ちもシュウとよく似たもの。『エリナ』ではなく、いつものエリナだ。

 普段と一切変わらない言動を見せる彼女に、思わずシュウとマイヤは顔を見合わせてしまう。

 その口ぶりは、昨晩の激闘を一切記憶していない様。思わずシュウは、彼女に問いかけてしまった。


「……エリナ、君は……昨夜の記憶がないのか……?」

「はて、昨夜……?」


 何を言っているのだろう、と言わんがばかりの表情は、流石に少しシュウでも傷つく。だが直後、彼女はぼん、と形容することが可能なほど、高速で顔を紅潮させた。そのまま数秒ほど意味の取れない叫びをあげると、何を勘違いしたのか早口で叫び出す。


「も、申し訳ありませんお兄様、まままままさかこのエリナ、あずかり知らぬところでお兄様と閨を共に……!? 思い出せ、思い出せ(わたくし)! 流石にハジメテの記憶が無いとかどうかしていますわよ……!」

「いえ、そう言う意味ではなくですね……」


 真っ赤な顔のまま慌てるエリナに、マイヤが苦笑する。

 

 その風景は、いつもと変わらず。

 まるで昨夜のことが、実態を伴った、幻想であるかのように。

 改めて戦闘描写クソ下手だなと思う毎日です。一体どこを直したら良くなるんでしょうねー……もう何もかもが悪いとしか思えないという。

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