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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第一章:邪竜の巫女は唄う
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第三話『少女に願うこと』

 古式ゆかしいSEKKYOUめいたものが入ります。苦手な方はご注意ください。

 着替えるまでこちらを見るのは禁止です、と言い放ち、マイヤは対岸の方へ行ってしまった。シュウは今、彼女が出したタオルをかぶせられた、件の魔族の少女の傍にいる。魔族にどのような治療法法が効くのか専門家ではないシュウには分からない。それ故看病のようなことは残念ながらできないが、容体が急変しないとも限らないためだ。


 見れば見るほど美しい少女だと思う。星屑を編んだかのような銀色の髪。白磁の肌は、しかし女性的な柔らかさに富んでいるように思える。今の彼女にはバスタオルが一枚かけられただけなので、その体の起伏が非常に良く分かってしまった。わずかに上下する胸は蠱惑的な双丘を形成している。流石のシュウもこれは直視できず、先ほどから視線を外しっぱなしである。


 シュウだって、一応は年頃の男子である。俗に『枯れている』と評されるレベルでは性に興味がないとはいえ、全く無関心、というわけではない。普段もマイヤのふとした仕草にドキッとしてしまうときはあるし、その度に自分を冷静に保とうとしてきている。まぁ、基本的にはそんなことはしなくても何も感じないのだが。時々自分には繁殖の願望が無いのだろうか、と、ある意味で不安になってくる。


 そんなことを考えながら、改めて白銀の魔族を見る。


 マイヤも非常に可憐な娘だが、この少女からは彼女の美しさとはまたベクトルの違った『美』を感じた。

 マイヤのそれは、磨き上げられた鋼の『美』だ。研ぎ澄まされた、その刃のような美しさは、見る者の心を怪しく惑わせる。まるで、東大陸に伝わるという『妖刀』のようだ。

 対してこの魔族の娘は、触れればそのまま崩れてしまいそうな儚さなのだ。なんと形容すればいいのか——そう、あえて言うならば、ガラス細工のような『美』。


 ——見ていると、それだけで吸い込まれそうになってくるな。


 そんなことを、シュウが彼女を見ながら思っていると。


「……っ……」


 ぴくり、と。少女が、動いた。


「……! 君、大丈夫か!?」


 慌てて身を乗り出す。少女の瞳がうっすらと開く。彼女のその眼の色に、シュウの心はひどくざわつき——そして、吸い込まれそうな気分になってくる。


 ——赤い。

 ——ただただ、()()い。


 直感的にそう感じた。彼女のその深紅の瞳は、これまで見たどの目の色とも異なっていた。単純に赤い色の瞳を見たことがない、というわけではない(いや、実際赤い瞳の人物を見たことはなのだが)。そうではなくて、その『深さ』というか。奥に秘めた、天上の星のような、何かが——


 と、その時。

 少女の、桜色をした小さな唇が音を紡いだ。


「……अना……ताहा……?」

「な……なん、だって……?」


 ——綺麗な声だ。

 そう感じたのもつかの間、シュウはその口から発せられた、異様な音に耳を疑った。聞いたこともない言葉だ。もしや、これが噂に聞く悪性存在達の言語——『ダエーワ語』というやつなのだろうか

 シュウが焦りながらもそう考えていると、白銀の少女はシュウの顔を見、そして。


「……अनातामो、ओनाजि……?」

「何……?」


 何事かを呟き、その右手を、ゆっくりとシュウの頬に伸ばした。

 つめたい指が、シュウの肌の上を滑る。細い——白魚のような、という表現があるが、これまさにそれだ、と、彼は心の隅で感じる。しかし彼女の指は止まらず、そのまま、シュウの唇に向けて動き出し——


「何をしているのですか! 先輩から離れてください‼」


 飛来した光の弾丸によって弾かれた。


「っっ……!?」

「マイッ!? 何を──」


 下手人はマイヤだ。彼女がその法術、『武装型アールマティ』、その末端技術を使用したのだ。

 『武装型アールマティ』の能力は、単純に言えば『光を操ること』だ。彼女がいつも近接戦闘用に使用している片手剣(『武装型アールマティ』の力の結晶であり、彼女の能力をコントロールするための一種のタクトの役割も果たすと聞く)、その刀身に光を這わせて切れ味を上げたり、光弾を飛ばして敵を攻撃することができる。

 シュウを追跡魔(チェイサー)たちから守った奥義、『光輝女神の眼差しメーザー・オブ・シャイニング』も、これらの力の発展上にある。

 そして——法術による攻撃は、悪性存在に多大なダメージを与える。そしてそれは、たとえ上位の悪性存在である魔族(トゥラン)であっても変わりはない。


「इताइ……っ!」


 少女はその白い指を胸元に抱くと、うっすらと目に涙を浮かべた。その姿を見て、シュウは心のどこかに、これまでにそうそう感じたことの無い何かが浮かぶのを感じた。


 それは——後輩(マイヤ)への怒りだ。

 気が付けば、彼はマイヤに向けて大声を上げていた。


「マイ! 何もいきなり攻撃する必要はないだろう!」

「何ですか、先輩。私の行動のどこが間違っていますか。若い女性の姿をしていても、魔族は悪性存在なんですよ? 先輩に何かあってからじゃ遅——」

「そうじゃない!」


 違う。

 違うのだ。シュウが怒っているのはそこではないのだ。シュウが憤りを感じているのはそうではなくて——


「君に! 君に『人』を傷つけるために法術を使ってほしくない‼」

「……え?」


 マイヤの表情が、一瞬、呆けたようなものになる。恐らく、シュウがそんな理由で怒っているのだとは想像しなかったのだろう。シュウはここぞとばかりに畳みかけた。


「いいか、マイ。君は俺よりも強い。ずっとずっとだ。それは俺も分かっている。だが……いいや、だからこそ、その力を人に向かって使ってほしくない。人間(パルス)魔族(トゥラン)も、もとは同じ『人類』だ。君に魔族を攻撃するなんていう事をしてほしくないんだ。そして——そうならないようにするくらいなら、俺にだってできる」

「で、ですが——」


 マイヤがうろたえながら反論する。だが譲らない。これだけは譲れない。シュウは彼女のどんな願いも聞いてあげたい、と常々思っている。けれど——これは、その範疇外なのだ。シュウにとって、絶対に変えることのできない思いなのだ。


「俺はそんなに頼りなく思えるか? ……いや、思えるのだろうな。何せ、法術の一つも使えない落ちこぼれだ」


 自分の言葉は、届かないかもしれないけれど。


「先輩が落ちこぼれだなんて、そんなことは——」

「いいや、事実だから良いんだ。気にしていない。だがそれは逆に言えば、そんな俺は君に頼らざるを得ないという事を意味する。そして、君に頼る以上、俺は君のコンディションを常に十全に保っておきたい」


 マイヤは優秀な法術師だ。魔族を傷つけたくらいで、きっと心は痛んだりしない。けれど——けれど。それは本人が見えていないだけかもしれない。もしかしたら、知らないところで積もり積もって、いつか決壊してしまうかもしれない。マイヤの言葉を借りれば、『そうなってからでは遅い』のだ。

 合理的に考えれば、これが理由だといえる。


 けれども実際のところ、シュウにとって重要なのは、そこではなくて——


「——それに俺は、俺の大事な後輩に、人殺しの真似事をさせたくない」

「……っ!」


 さっ、とマイヤの頬が朱色に染まる。怒っているのかもしれない。

 何せ、やがてマイヤには、上位の法術師となる運命みちが開けているのだ。願っても意味のないことなのかもしれない。けれど——けれどせめて。彼女が、名目だけは自分の後輩である間は、彼女に他人を傷つけてほしくはないのだ。

 できることなら、悪性存在と戦うことさえ、してほしくはない。


 いつか——いつか。呪術だけでも戦えるくらいに強くなって、彼女が戦わなくてもいい世界を導きたい——それは、シュウのささやかな夢の一つでもあるのだから。

 それがどれだけ遠いことかはわかっている。マイヤだって成長を停めているわけではない。彼女の恐ろしいところの一つは、その法術師としての力量は、あらゆる面で日々強力になっていっている、ということにある。だからシュウが一つ強くなれば、マイヤも一つ、或いはそれ以上に強くなる。差は縮まらないかもしれない。

 それでも——いつか。きっと。

 

 そう、彼は祈って止まない。その日を目指して、今日の様に少し無理をしてでも、呪術の腕を磨いてきたのだから。


 

 そして数瞬ののちに、マイヤはその光の剣を消し去った。はぁ、とため息をついて、


「もう……先輩は甘いんですから……仕方ありません」


 どうやら、魔族の少女を攻撃するのをやめてくれたらしい。シュウは自然と、自分の表情が笑顔に変わるのが分かった。感じたままの感謝を、彼女に伝えたい。マイヤの目を見つめて、シュウは笑う。


「ありがとう、マイ。君のようないい子が後輩で本当に良かった」

「っ……! また、先輩は……っ! そういうことを、平気で言う……っ!」


 マイヤはまた顔を真っ赤にして、ふいっ、と目を逸らしてしまった。怒らせてしまったのだろうか。最近は彼女の怒りを買ってばかりだな、と、少し内心で反省する。

 と同時に、シュウは後ろを振り返る。おびえたような表情をとる彼女を少しでも安心させたくて、シュウはぎこちなく微笑んだ。


「悪いな。俺の後輩が、迷惑をかけた。とてもいい奴なんだ。俺の心配をしてくれていただけだった。だから、俺の言葉が理解できていたらでいい。許してやってくれ」


 彼女がこちらの言葉を理解できるのかは分からない。けれど、何故だか『自分の言葉なら伝わる』——そんな気がして、シュウは少女にそう告げた。


「……युरुसु……」


 もう一度目を閉じながら、魔族の少女は口にする。どうやら言葉は通じたらしい。


 瞳を閉じ切った彼女は、もう一度だけ唇を開いた。


「अनाताहा……यासाशिइ……」


 何故だか、褒められた気がした。

 作者は若干サンスクリット語を解しますが、この作品で使われているのはただの日本語デーヴァナーガリー文字ヒンディー表記です。興味のある方はぜひ。長母音と単母音の区別をつけていないのはフォントの都合です。知識のある方々には本当に申し訳ない……いずれ改修したい。


 更新が遅れて申し訳ありませんでした。PCが故障してしまったようで、現在はなんとかデータを移して別の端末から投稿しています。

 明日も18時更新の予定です。

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