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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第二章:禁忌十字に愛を
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第十六話『アズール・サイド』

「ふんふーん、ふんふふ~ん」


 法術師育成学園、その夜の校庭に、調子の外れた――正直な話をしてしまえば大変『下手』な鼻歌が響く。宝石を思わせる月と、それを包む真綿が如く、淡い雲だけが浮かぶ真夜中ではそれを聞く者もおるまいが、もしも誰かがその歌を耳に入れたなら、あまりのテンポの悪さに耳を塞ぐだろう。今中央大陸で流行っている歌劇の挿入歌だが、作品のイメージが崩れてしまうほどの調子はずれ。しかしこれ以上ないほど楽しそうに歌っているので余計にたちが悪い。やめさせ辛いのだ。

 歌っているのは金髪の少年だった。仕立ての良いことが一目でわかる、白いシルクのシャツの上に、育成学園男子生徒共通の詰襟型制服の上着。下は同じく男子生徒共通の白いズボン。


 鼻歌が一息ついたのだろうか。少年は演技がかったしぐさで立ち止まる。ふわりと頭上の月を見た彼は、見る者がいればやたらと腹が立ったであろう笑みを浮かべ、叫んだ。


「あぁなんと美しい月光なのだろうか! 青白く輝くそのまぁるいボディはサファイアにも劣らず、空に煌き大地を照らす……! 銀の縁取りをしてこの指に飾ってしまいたいほどだ!」


 髪をかき上げ、そのまま両腕を広げて妙に爽やかな笑顔を、誰もいない虚空へ見せる少年。声は虚しく夜の学園に霧散するが、本人は全く気にしていないのかすぐに右手を額に当てると、瞳を閉じ、眉根を寄せて、唐突に何かに悩みだした。


「ああだがそれは赦されまい……全ての人にこの光を届けるのがキミの使命なんだろうからね! 今は僕の煌びやかな金髪の色が薄れてしまうことへの哀しみを抱いて、この学び舎の夜を歩くだけ、さ……」


 構えをとくと、少年は再び妙なトーンで、やはり流行りの歌劇の挿入歌を口ずさみながら再び歩き出した。


 彼の名はエリック・アルフレッド・アルバート。西方大陸指折りの財力を持つ叩き上げ貴族、アルバート準男爵家の四男である。商才を認められて貴族になったアルバート家の一員としては珍しく、彼は商人ではなく法術師としての力を秘めていた。そのため、中央大陸に暮らす親類の伝手をたどって育成学園に通っている。

 この連休で件の親類の家に帰っていた彼は、もう二日もすれば再開される授業のために、たった今、育成学園へと帰還したところだった。


 本来ならばこんな夜中に街を行き来する馬車などないが、そこは商人一族アルバート家。私有の馬車で末子を学園まで送り届けた。


 有意義な休暇だった、とエリックはこの連休の出来事を思い起こす。春期休暇では西方大陸の実家に戻っていたので、親類の所に顔を見せることができなかったことが気になっていたのだ。幼いころから良く遊んでくれた従姉や、まだ小さい彼女の子供たちと会うことができたのは、エリックにとっては幸いだった。

 小さな目を星の様にキラキラさせながら、エリックの話す法術師としての毎日を聞く従甥と従姪の姿を思い出すと、自然と頬が緩んでしまう。彼らのためにも立派な法術師にならなくては――


「ん?」


 と、そこで。

 エリックは、進行方向に立つ木の傍に、一つの人影を見た。木陰に隠れて良く見えないが、シルエットから察するにどうやら女性のようだ。警備の法術師——というワケではなさそうだ。何故こんな夜中に、寮の外に人、それも女性が、等々とエリックが困惑していると、女性が口を開き、声をかけてきた。


「こんばんは」


 鈴の音の様な、と表現すべきか。綺麗な声だった。エリックは一発で、この女性が所謂『麗しの淑女』の類に入ることを理解する。彼は得意の芝居がかった動作で一礼すると、ニコリと笑って挨拶を返す。


「こんばんは、素敵なレディ。まさかそちらから声をかけて頂けるとは。して、このエリック・アルフレド・アルバートにどのような御用かな?」


 フルネームを名乗るのは彼流の流儀だった。愛すべきアルバート家の名と、自らに受け継がれた偉大なる初代当主の名、そして自分自身の名前は、エリックの誇りである。そんなエリックの内心を理解しているのか否か、女性はくすくすくす、と優し気に笑うと、


「いいえ。楽しそうでしたので、お声をかけさせていただこうかな、と」

「ははは、それは嬉しい。一夜のロマンスのお誘いかな? しかし残念だが今僕はこの闇夜を照らす月天に道ならぬ恋を――おや?」


 ふと、その時。

 夜天に煌く白い月が、照らす領域を拡大した。月光を遮っていた白い雲が、少しだけ位置をずらしたのだ。結果として木陰の位置も変わり、エリックは女性の姿を確りとその目にとらえる。

 彼は困惑と少しの落胆を混ぜながら、仰々しく髪をかきあげた。何故なら、その女性はエリックの知っている人物だったからだ。直接会話をしたのは初めてだが――


「いやはや、冗談ならよしてくれ。キミがロマンスのお誘いなんてするわけが無かった」

「あら」


 女性――というより、少女は「意外だ」とでも言わんばかりに()()目を開く。エリックの知る彼女とは目の色が違うような気がしたのだが、光の当たり具合だろう、と受け流す。何にしても、『彼女』が一夜のロマンスを求める様なタイプでないのは確かだ。


「他のレディならまだしも、キミほどの女性(ひと)にはあり得ない話だ」

「まぁ、随分と信頼をして下さっているのですね」

「有名だからな、一応。僕もレディたちの恋愛関係くらいある程度は把握しているつもりさ。ぶっちゃけ変な騒動に首突っ込みたくないし……」


 最後の一節は、少し小声で、かつ早口で。

 エリックは自らを、無意識的に蝶々(レディ)達を引き寄せる花の様なものである、と定義している。実際顔立ちは整っているし、商人貴族の家に生まれただけあってそれなりに話術にも自信がある。友人たちからは「言動が嘘くさい」「エリマキトカゲ」「中二病乙」などよ旧時代文明のスラングを使ってまでこっぴどくこき下ろされてしまったが、ある程度のコミュニケーション力があるのは確かだ。モテる――かどうかは別として、少なくとも女性の気を引く術には、平均以上の素質を持っていると信じている。


 だが、というかだからこそ、既に意中の相手がいたり、逆に誰かから想いを寄せられているような相手に声をかけることはない。小心者と罵りたければそうするが良い。エリックは痴情のもつれに関しては生来的にやたらと敏感なのだ。プレイボーイ失格だとは思うが。


 そんな事を思いながら、エリックはその場を去ろうとする。


 ——が。


「では――(わたくし)が、()()()()()()()としたら?」

「……何だって? それはどういう――うわッ!?」


 直後。

 エリックは半ば本能的に、大きく右側へと跳躍した。一瞬前まで彼の立っていた場所を、ぎゃりぎゃりぎゃり、という異音を立てて、深紅の雷を纏った『何か』が通過する。大地を引き裂き突き刺さり、砂埃を舞わせたそれを、少女が地面から引き抜けば、ぼこり、という角形のモノが掘り出された様な妙な音。

 

 十字架だ。その周囲に、赤黒い雷電の刃を展開し、それをまるで西方大陸のピッツァを切り分けるスライサーよろしく回転させた、『十字斧』とでもいうべき奇怪な武器。

 身の丈の倍、とまではいかずとも、明らかに少女の細身な体格に似合わない巨大な兵装を、彼女は軽々と肩に担いで、またくすくすと笑う。

 にんまりと開いた口は、瞳と同じく赤かった。


 少女の体から、強烈かつ濃密な『悪』の気配を感じる。何故今まで気が付かなかったのだろう。

 ——魔族。

 彼女は人間(パルス)ではなく魔族(トゥラン)だ。それも、今年からこの学園で生活しているあの銀色の愛らしい少女とも引けを取らない、強大な魔族。


「まぁ、今のを御除けになるのですね。私、貴方は法術の力は強いけれども戦闘センスは皆無な、『出力が高いだけの法術師』と聞き及んでおりましたのに」

「出力が高いだけは余計だッ!!!」


 反射的に叫んでしまう。それはエリックにとって禁句だ。


 ——エリックは別に、家族たちからの期待を一身に背負ってこの学園に通っている、というワケではない。法術師としてのエリックを尊敬してくれているのは従姉とその子供たちだけだ。

 理由はいくつかある。一つは、エリックに商人としての才能が無いこと。前述の通りそれなりにトークテクニックには自信があるが、それはどちらかと言うと『受けが悪い』『滑り芸』の類に分類される。顧客の心をつかみ、アルバート家が運営する商会に利益を齎すほどの求心力は無かった。

 もう一つは、そんなエリックが覚醒した法術が、決して『非常に優秀』とは呼べないものであったこと。

 

「何だよ毎回毎回どいつもこいつもぉぅっ! 父上も母上も兄上も妹もみーんな僕のことを出力と口先だけって……! 僕はできそこない(ビルドエラー)だから法術師をやってるんじゃなぁいッ!!」


 エリックの足元を中心に、西方大陸の騎士が携える様な銀色の剣を模したエネルギー体が出現する。それは一本、二本、三本――と数を増やし、最終的に十三本まで拡張される。やがて徐々に、徐々に、白銀の剣気の内に、同じく白銀色の光が満たされていく。


「役に立つ、役に立つんだ僕だって! 我が正義に(ダエーナー・)光をくべよ(ウェイクアップ)……!」


 その言葉と同時に、銀白の剣が彗星の如く尾を引いて飛翔した。


 『展開型キャメロット』。

 エリック・アルフレッド・アルバートの法術は、銀色の剣型エネルギーの中に、さらにエネルギーを蓄積することで着弾時に二重炸裂を引き起こす、強力な攻撃を放つものだ。

 内部にチャージするエネルギーは、生成から発動までの待機時間を始めとし、全部で十三の条件を一つ達成する度に飛躍的に上がっていく。炸裂すれば、展開型法術としては恐らく破格のダメージを与えられるだろう。


 ——だが、それだけなのだ。

 武装型法術の様な小回りは効かない。所詮当たらなければ意味のない『展開型キャメロット』にとって、それは致命的と言って良い弱点だった。

 正直な話をしてしまえば、エリックの法術は『強力なバルスマン』に過ぎない。飛行法則は単調で、軌道は簡単に読めてしまうし、飛翔を妨害することも簡単だ。

 恐らくある程度は戦闘の駆け引きや誘導によって必中を成すことも可能なのだろうが、残念ながらエリックにあったのは、家柄と、この『一応強力』な法術だけ。

 

 現に――巨大な武器を構えて鈍重になっているはずの少女が、踊る様な足取りでひらり、ひらりと聖剣を躱していく。時には余裕たっぷりに引き付けておいて、最小限の動きで回避したり、紅雷を奔らせて剣を叩き落したり。


「何……ッ!?」

「うふ、うふふふふふふっ……!」


 ——無かったのだ。

 エリックには、法術師としての才能も、商人としての才能も。

 だからこそ、実家の父も、母も、エリックの五歳年上で既に自分の商館も持っている優秀な兄も、二歳年下の、育成学園に通っているわけでもないのに既にエリックよりも優秀な法術師に成りだしている妹も、彼の事を『できそこない』だと罵るのだ。認めてくれたのは従姉と、その子供たちだけ。

 

 一説によれば、法術とは『信じる気持ち』だという。

 もしかしたらエリックには、それが足りないのかもしれない。あるいは、逆境に耐える心が。


「あ、うわ、あああ……」


 ざり、と音を立てて、十字斧を携えた少女が迫る。瞬間、腰が抜けた。明確な死の恐怖に、彼の体が耐えられなかったのだ。


「ご安心を。私は別に、貴方の事を役立たずと罵ったわけではございませんでしてよ? むしろ、貴方の様な人を探していた、というべきでしょう」


 少女は赤い瞳を細めて、いっそ『花の咲くような』とさえ形容できる、可憐な笑顔を見せる。だがその花が、部屋の隅に飾って楽しむような、心を和ませるようなそれではなく。森林の奥で蕾を開き、昆虫たちを惑い殺す毒花の類であるのは、最早疑いようも無かった。


「優秀な法術師。けれども、弱く、倒しやすい法術師――私が貴方を有効活用して差し上げましょう。私が、貴方を役に立たせて見せましょう」

「ひっ……!」


 また一歩、少女が近づく。がちゃり、と音を立てて、彼女は十字斧を構え直した。


 エリックの視界が曇る。恥も外聞もなく、彼は泣き出していた。本来臆病な人格なのだ。何故、どうして自分がこんな目に合わなければならないのか、という感情が溢れ出し、エリックの体をがたがたと震えさせる。


「い、いやだ……死ぬくらいなら役に立たない方がマシだ……!」


 生きていればまだ何とかなる。

 妹ほどではないがそこそこの法術師にはなれるかもしれない。『キャメロット』は運用に難のある法術だが、しかし法術は使い手の心理に呼応してグレードアップしたり、展開型から武装型に発展することで新たな力を得ることがある。

 頑張れば商人としてある程度仕事ができるかもしれない。エリックの友人関係は広い。彼の数少ない兄に勝っている点の一つがこれだ。エリックの友人は西方大陸や中央大陸の西部都市だけにとどまらず、商業都市として世界中と繋がる南方都市にすら存在する。彼らとの伝手を大切にしていけば、兄とは違う形で大成できるかもしれない。


 というか、そんな将来の事だったり、自分の栄光に関することなど関係なく――死にたくない。こんなところで終われない。


 自分が死んだと知ったら、従姉はきっと悲しむ。彼女の子供たちも悲しむ。子供の悲しむ顔は嫌いだ。エリックがこの世で一番嫌いなものだ。本当は才能が無いと分かっていても、エリックが栄光を掴みたいと思うのは、子供たちの笑顔が溢れる世界を見たいという、大きな夢のためだ。

 

 過ぎた夢だとは分かっている。それでも、諦めることはできない……!


 きっとその時のエリックには、いつもの彼が持たない、逆境に立ち向かう心が生まれていた。

 足下が輝きを増す。新たに作り直された十三本の霊体剣が、主を害する敵を迎撃する、その目的で射出された。


「あらあら、困った方ですわねぇ……では仕方ありません。闇より出でよ(カルマ・)我が罪業(ドライヴ)


 されど。

 そんな風に抵抗をするには、あまりにも彼我の実力差は開き過ぎていて。


 少女が、雷の斧を消す。黒銀の十字に戻った得物をざくりと地面に突き刺して、一言。


「万聖、我に触れる事叶わず。『暗愚の大斧、(ラブリュス・オブ・)勇猛を喰らいて走る(イービルクラウン)』」


 十字の交差点を中心として、同心円状に雷電が解き放たれる。赤き雷の波は一種の障壁となって、『展開型キャメロット』が打ち出した聖剣の全てを叩き落した。

 展開型法術が生み出した武器は、武装型法術と違ってこの世界に寄る辺を持たぬ、一種の霊体に近い。役目を終える、或いは果たせぬと判断された瞬間に消えてしまう。十三の剣は霧散し、何処へと消えて行ってしまった。


 反撃の芽を潰されると、人はここまで衝撃を受けるのか――エリックは、全く動かない四肢の重みを感じながら、そう戦慄する。


「あ、ああ……!」


 喉の奥から絞り出した声は、乾き、ひび割れていた。


「ごめんなさいね、変な騒動に首を突っ込みたくはない、と仰っていたのに――でも、これは『変な騒動』ではなく、『大切な儀式』ですので」


 少女は笑う。くすくすと。エリックの先程の言葉を引用して、否定して、確かな殺意を向けてくる。

 地面から抜いた十字架を、彼女は再び担ぎ、一拍置いた後に大上段に掲げた。再び紅雷が迸り、闇の斧を形成する。


「その魂、切り落として差し上げます……わ……ッ!!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁッ……!」


 振り降ろされた一撃は、確実にエリックをかち割るだろう。

 ああ、ここまでか、と目をつむる。彼の脳裏に、走馬燈めいたものが走り去る。せめてもっと、この休暇の内は従甥姪たちと遊んでやるんだった――


「……?」


 しかし。

 来るはずの衝撃は、来ずに。


 代わりに響いたのは、金属と金属がぶつかり合う、鋭い音。

 

 恐る恐る開かれたエリックの両の瞳。そこに映ったのは――


 エリックを護る様に立ち、恐らくは呪術であろう揺らめきを両手に宿した金髪の青年と、月以外の光無き夜にあってなお、太陽の如き光輝を纏う青髪の少女の姿だった。



 ***



「先輩、ここはお任せを――!」

「頼む、俺もすぐ行く!」


 受け止めた雷電の斧を、マイヤが強く弾き飛ばす。再び振り下ろされたその一撃と、マイヤの的確な防御の間に発生した強いインパクト。びりびりとそれを肌に感じながら、シュウは今宵の標的にされたと思しき男子生徒を立ち上がらせ、ロザリアと共に彼を戦場から離れた場所に移動させる。


「大丈夫か?」

「え、あ、ああ……」


 声をかけると、彼は心ここにあらず、と言わんがばかりに気の抜けた返事を返してくる。状況が理解できていない様だ。実際恐らく、シュウ達が間に合わなければ、彼は殺されていたか、あるいは大怪我を負っていたであろうことは想像に難くない。

 マイヤとロザリアが、二人とも魔族の強大な気配を素早く察知してくれて助かった。二人の迅速な対応が無ければ、この少年の命は失われていたかも知れないのだ。


「アルバートじゃないか。今回のターゲットはキミだったのかい?」

「そ、その声はルーズヴェルト女史……! 眼鏡をかけていないと意外と印象が違うな……」

「こんな時でも軽口が言える精神をボクは偉大に思うよ。思ったより元気そうで安心した」


 はぁ、とため息を吐くロザリア。だが、アルバートと呼ばれた男子生徒——ロザリアは対象を苗字で呼ぶので、恐らくそれが彼のファミリーネームなのだろう――は見た感じ大分気が動転しているようだった。自分を落ち着かせるために、あえて軽い態度を取っているのかもしれない。


「下がっていてくれ。ここにいても恐らく危険だが、今ここを離れるともっと危険かもしれない」

「わ、わかった……」

「ロザリアは彼の警護を頼めるか」

「了解しました。アルバート、こっちに」


 敵にも仲間がいないとは限らない。シュウは身体強化系呪術をいくつか自分にかけると、ロザリアにアルバート少年を任せ、今なお打ち合いを続けるマイヤと魔族の方へと駆け出した。


「青髪の法術師……!」

「く……っ!?」


 シュウの視界の彼方で、マイヤの構えた光の剣と、男子生徒を襲っていた魔族の獲物が、再度激突する。マイヤの剣は淡い光の欠片を、敵の武具は赤黒い電撃を迸らせながら、互いを押しのけようと鍔迫り合う。ぎりり、ぎりり――角度を小さく変えながらの接触は、やがて大きな衝撃を放ちながら両者が吹き飛ばされたことで終幕する。


「ちっ……」


 巻き起こった砂埃の向こうで、敵の舌打ちが聴こえる。存外に可愛らしい音から、シュウは相手が女性であることを悟った。


 弾き飛ばされたマイヤは光の翼を広げると、何度か地面に足の裏を付け、その度にざざざ、ざざざ、と鋭い音を立てながら減速する。しかしそれでも、一種爆発の様な状態でもあったらしい衝撃を抑えきることはできない様で、中々後退が止まらない。


「マイ……!」

「きゃっ……」


 シュウは思い切って身を乗り出すと、吹き飛んでくるマイヤを抱きすくめる形で停止させた。幾重にもかけた身体強化呪術が功をせいしたか、あるいは、本当の所はシュウの助けなど無くともそろそろマイヤも停止したのかは分からないが、二人が数歩下がった後、マイヤは停止した。


「大丈夫か?」

「ありがとうございます」


 体勢を立て直すマイヤに頷くと、シュウも軽く構えを取る。砂煙の向こうに人影。襲撃の張本人たる魔族が、姿を見せようとしていたからだ。

 マイヤと互角に打ち合う程の強敵である。一瞬で距離を縮められた場合に備える。


 だが――予想に反して、彼女はゆっくりと姿を現した。巨大な十字斧を片手で構え、一閃。砂の壁が引き裂かれ、何処へと吹き消えていく。 

 

「え……!?」


 そして。

 その姿もまた、予想外であった。隣でマイヤが息をのむ。恐らく先程の応酬の間では、夜闇と戦闘の衝撃で良く確認できなかったのだろう。


「そんな、馬鹿な……」

 

 シュウもまた、同様に震える声を漏らす。

 何故ならば。

 

 姿を現した魔族は、西方大陸の修道女が被るようなベールを纏っていた。

 育成学園の制服そのものが、その修道服をモデルにしているせいもあってか、上下揃えば『教会』ではなくそちらの組織に属した人物であるかのように見える。


 『その人物』の、普段の服装と、全く同じ。


 されど色は異なる。いつもの彼女が白い修道服を纏っているのに対し、今宵の彼女の色は黒。

 加えて――サファイアの様に碧い筈の瞳は、今はルビー、或いは薔薇の様な深紅。


 けれどもその出で立ちと纏う気配は、間違いなくシュウたちの知る人物だった。

 反射的にその名を紡いでしまう。


「エリナ……!?」


 シュウの妹を名乗る少女。

 法術師であるはずの彼女――エリナ・フェリドゥーンは、にたり、と不気味な笑顔を浮かべると、今度はシュウでも分かるほどの濃密な『魔』の気配と共に、十字の斧を構え直した。

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