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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第二章:禁忌十字に愛を
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第十話『変わらせてはならないもの』

 学園長棟に向かうと、アルケイデスは不在だった。どうやら搬送された生徒の見舞いと状況把握のために、医務室のある中央棟へと向かったらしい。

 対照的に、アリアはここ最近ずっと学園長棟に居る様だ。魔族であるため、休暇だからと言ってみだりに外を歩くことができない、というのもあるが、学園長棟の管理をしている女性事務員によれば、何か調べものをするために学園長の資料室に出入りしたり、夜遅くまで起きているらしい。


 何だかんだで彼女とは最近あまり顔を合わせていなかったので、安否の確認という以前に、一度その姿を見ておきたい。


 ――と、思っていたのだが。


「やっ……!」

「あらまぁ」

「アリアちゃん、ドアを開けてください」

「いや! いかない!」


 アリアはかつて学園長棟の客間として使われていた、そして今は自身の部屋である一室のドアを、かたくなに開けようとしなかった。マイヤかエリナが肉体強化系の法術を発動させれば造作もなく開くのだろうが、そこまでして開ける必要はないように思えた。アリアが嫌がっているのだから、何か理由があるのだろう。それを無視してまで彼女を連れ出すわけには行くまい。


「きょうはきぶんじゃないの!」


 普段のアリアからは想像もつかない、しかしどちらかというと外見年齢的にはよく言いそうなワードを口にして、彼女は外出を拒否する。


「アリア。俺たちはアルケイデス先生に会いに医務室まで行ってくる」

「……」


 かける言葉に返答はない。ただ、妙に不機嫌な気配が伝わってくる。何がどうしたのだろうか。

 少し心配になりながら、シュウは開かずの扉に向かって続けた。


「何かあったらこっちまで来てくれ」

「……うん」


 今度は返答があった。シュウはマイヤとエリナを促し、中央棟を目指して石造りの尖塔を出る。


「アリアちゃん……どうしてしまったんでしょう?」

「分からない……こんなことが今まであったか?」

「ない……と思います。そもそも、理由が見つからないと言いますか……」


 眉根を寄せて訝しむマイヤの姿を見て、エリナが少し寂し気に呟く。


「私と一緒に高度するのが嫌だったのかもしれませんわ。だとしたら……」

「いや、それは無いだろう。アリアはエリナが転入してきた日に、君と顔を合わせているし――樹海に赴くときは兎も角、帰りは一緒に歩いたはずだ」


 マイヤとエリナの顔が、「赴くときは兎も角」の辺りで若干頬が赤くなると同時に、表情自体は青ざめるという器用な事をやってのける。シュウは大して気にしていなかったのだが、二人は微妙にあの日の暴走を後悔しているらしい。

 エリナとシュウたちが初めて顔を合わせた、五の月始めの樹海演習。行きはマイヤとエリナが妙に高いモチベーションの下、みるみるうちに先行してしまい、シュウとアリアがそれを追う形だった。が、演習の時間が終了して、学園に帰還する際は四人揃って帰路についたため、アリアがエリナに近づくことを苦手としている、というのは少し違う気がする。最も、あの時二人の間に会話はあまりなかったのだが。


「……やはり心配だ。エリナ、その……良ければ、部屋の中には入れないと思うが、アリアの傍に居てやってくれないか。もし体調が悪かった時に、近くに誰も居ないのは心細いと思うんだ」

「構いませんわ。ですが……それはお兄様や青髪の方が適任なのでは? こう言っては何ですけれども、私とアリアさんにはそれほど接点もございませんし……」

「いや、だからこそだよ。俺やマイヤを嫌がった、という事は、もしかしたらある程度親しい人には会いたくない気分なのかもしれないからな」


 人というのは、時に親しい人には明かしたくない悩みを抱えることがある。シュウはあまりそういうモノ持ったことがないが、アリアは今がその時だ、というのであれば、シュウやマイヤが直接何かをするのは逆効果かもしれない。

 最も、単純にアリアが出かける気分ではなかっただけかもしれないが――その時はその時だ。

 それに。


「エリナも、アリアと話すのを少なからず楽しみにしていたんじゃないか?」

「それは……」

「家を出る前の口ぶりから類推しただけだから、違ったかもしれないが……」

「……いえ。正直、残念に思っていた所だったのですわ。アリアさんの視点からみたお兄様の事や、普段のお兄様についてお聞きしたかったので」


 ――残念に思っていたのはそこだったのか!?

 内心で妙な驚きを感じながら、兎に角、とシュウは言葉を続ける。

 理由が何であれ、エリナがアリアとの対話に興味を示してくれているのは、色々な意味で助かるからだ。単純に彼女の傍にいる人がいた方が、もしもの時に助かる、という事。それから、アリアとの会話で、エリナにも「優しい魔族」の存在を知って欲しかった。


 エリナは反魔族派の法術師ではない。しかしアリアほど善良……という表現は少し違う気もするので、ここはあくまで『心優しい』と表現するが、そんな魔族と出会ったこともまた、ないという。それ以前に、そもそも魔族と会ったことが無いらしい。ならばここで、魔物の上位存在であるかの様に語られる世間一般のイメージする魔族と、本物の魔族との乖離を、知って欲しかった。


「頼んでも良いか」

「お任せくださいまし。何かあったら飛んでいきますわ!」

「助かる。俺たちはアルケイデス先生の所にいこう、マイ」

「了解です」


 こうして、シュウとマイヤは中央棟へ。エリナは来た道を引き返し、学園長棟へと足を進める。


 中央棟には野次馬でも集まっているかと思っていたが、人の気は余りなかった。普段から勤務している教師たちや、或いは休みの日でも補習や研究などで教室に足を運んでいる生徒たちがいる程度。朝の騒ぎの大きさからすれば、拍子抜けするほどに静かだ。


「アルケイデス先生が何か指示を出したのかもしれませんね」

「ああ。もしかしたら、訪ねて行くのは悪手か……?」

「とは言え、アリアちゃんのことも心配ですし……話を聞きに行くくらいは」


 シュウ一人だけなら尻込みしてしまうかもしれない状況にも、マイヤは意外と強かに対応する。


「君が一緒でよかった。俺は幸せ者だな」

「へっ……!? こ、こんな時に何を言ってるんですか! もうっ」

「……? いや、本心を口にしただけだが」


 軽口をたたき合いながら、二人は『医務室』とスプンタ語で書かれた部屋の前にたどり着く。中から、二人分の話し声が聞こえた。片方は男性のもの。もう片方は女性の声だ。男性のほうはアルケイデスだろう。女性の方は――


『では、私は戻ります。本当はずっとついていたいのですけれども……』

『ああ。用事が終わったらまた来ると良い。私は暫くこの部屋で警護をするつもりだからな』

『お願いします。では』


 がらり、と医務室の引き戸が開く。中から姿を見せたのは、新緑を思わせる深い緑の髪の少女だった。彼女が、もう片方の声の主だろう。声のトーンが低いので教員を想像していたのだが、年齢はマイヤと同じくらいの様に見える。ということは、二年生の生徒だろう。ショートカットの髪や、高い身長によって、どこか男性的な印象のある娘だ。が、かけた眼鏡の赤い淵に一輪だけ刻まれた、花の模様が妙に可愛らしく、少女趣味の一面をそこに垣間見た気がした。


「ルーズヴェルトさん?」

「フィルドゥシー……」


 そんな緑髪の少女の顔を見た途端、マイヤの表情が驚きのそれに変わる。直後に、彼女は何かを理解したように、鎮痛の気配を纏わせた。どうやら知り合いらしい。もしかしたらクラスメイトなのかもしれない。

 少女の方も、マイヤの姿に一瞬だけ目を見開くと、「バレたか」と言ったような表情を浮かべた。


「何の用だい」


 その容貌に違わぬ中性的な口調で、ルーズヴェルトと呼ばれた少女はマイヤに問う。眼鏡の奥の目つきは鋭く、低い声と相まって思ったよりもすごみがある。

 しかしマイヤはひるんだ様子もなく、彼女の言に答えた。


「アルケイデス先生に会いに。友人の調子が悪いようなので、その対処法についての相談と――それから、今後私たちがとるべき防備について」


 びくり、と緑髪の少女が反応する。防備、という言葉に何かを感じたようだった。ということは、まさか――


「ルーズヴェルトさん。貴女が医務室から出てきた、ということは、襲われたのはマッケンジーさんだったんですね?」

「……君には隠し事ができないな。まぁ、ボクが随分とわかり易い、というのもあるのかもしれないけれど……ああ、そうだよ」

「彼女ほどの人が後れを取った、ということですか?」

「ああ。酷いものさ……アルケイデス先生に会うんだろう? なら、おのずと見る事になる」

「……」


 どうやら、マイヤは彼女の様子から、殺人未遂の被害に遭ったという生徒に見当がついたらしい。先程の知人、あるいはクラスメイトであるという予想は、大方当たっていたらしい。

 シュウだって、あまり仲の良い面々がいるとは言えずとも、一応同じホームルームに属する生徒たちはいる。彼ら彼女らが被害に遭ったとしたら、少なからずショックを受けるはずだ。


「マイ……」

「……いえ。大丈夫です」

「……そうか」 


 強い子だ。改めて、そう思う。何か、言いたいことはあるだろうに、ルーズヴェルト嬢の心情を慮ってか、マイヤは何も口にしない。

 

 重い沈黙を破ったのは、ルーズヴェルト嬢の次の言葉だった。

 彼女はシュウの方を見ると、不思議そうに問う。


「ところで、そちらの御仁は?」

「あ……そうですね、私のクラスの人で、先輩に直接会ったことがある方は殆ど……」


 やはりクラスメイトであったらしい。そう言えばマイヤから直接クラスの話を聞いたことはあまりない。この間のデートの時の様に、クラスメイト伝手で何かを聞いた、とか、こういう事があった、というのは良く聞くのだが、実名が出ることは殆どないのだ。


 しかしどうやら、マイヤの友人たちにとってはそれは逆であったらしい。

 ルーズヴェルト嬢はほう、と呟くと、急ににやり、と笑った。


「なるほどなるほど。彼が例の『先輩』か。厄介な君の心を、真正面から堂々と射止めたという……ふぅむ、噂に違わぬ気配だね。あの触れるもの皆切り捨てるとでも言わんばかりのフィルドゥシーが、高等部に上がってから急に丸くなったものだからどうしたものかと思ったら、いやはや、これは納得だ……」

「な、何がですか……」


 急に早口になったルーズヴェルト嬢の言葉に、マイヤの頬がみるみるうちに赤くなっていく。どうやらマイヤとシュウの関係というのは、彼女の友人たちには筒抜けになっているらしい。

 シュウは自分と同じくらいの年代の少女たちが、普段どのような会話をしているのか、ということに関しては詳しくはない。が、この様子だと、交友関係や恋愛、あとはファッションや食べ物――そんな、法術師とは関係ない、普通の娘たちがするような毎日を、送れているのだろう。


 そのことに少しだけ、シュウはホッとする。昔のマイヤはいつも気を張り詰めていて、そういったことを友人たちと話しているような様子がなかったから。


「初めまして。お目にかかれて光栄です、フェリドゥーン先輩。ボク……私はロザリア・ルーズヴェルトと申します。ご夫人とは中等部の頃からの付き合いとなります。以後お見知りおきを」


 ルーズヴェルト嬢……ロザリアは、自らをそう紹介しながら握手を求めてきた。


「ご、ごごごごごふじっ……!?」


 徐々に赤くなっていたマイヤが、彼女の言葉で一気にその赤面化速度を速める。ぼふん、という音と湯気もついてきそうだ。なるほど、この人物、どうやら方向性はイスラーフィール学園長と似たようなものと見た。

 自分にとっては初対面なのに、相手は自分を知っている、というのは、中々不思議な感覚だな、などと思いながら、シュウはロザリアの握手に応える。マイヤ、エリナ、アリアの誰とも違う手触りだ。少し武骨で、中性的な印象は間違いではないようだと感じる。


「こちらこそ光栄だ――シュウ・フェリドゥーンという。いつもマイに仲良くしてくれているようで、ありがとう。俺がするのも変だとは思うが……どうか感謝の言葉を述べさせて欲しい」

「ボ……私の方こそ感謝をさせてください。正直、中等部の時のフィルドゥシーは、見ていて心配になる様な子だったのですが……先輩と出会ってから、随分と関わり易くなった気がしています。一応はずっと友人のつもりで接していたのですが……本当の友人関係になれたのは、貴方が彼女と出会ってくれたからだと確信しています」

「よしてくれ。それに、その……あまり形式ばった態度も取らないで欲しい。俺より君のほうがずっと強いだろうし……何より、無理をしてほしくない」


 シュウの言葉に、ロザリアはぴくり、と反応する。一瞬、目に宿る光が変わった気がした。親愛から、警戒へ――しかし直後、それは納得と安堵のそれに代わる。

 敵わないな、と呟きながら、彼女は握手を解きつつ苦笑した。


「そうさせてもらいます。ボクにはやっぱりこっちの方が落ち着くようで」

「俺もその方が助かる」


 ロザリアの口調は、どうにも取り繕った、というか、素の自分を抑えているように見えた。

 できることなら、自分と会話する人々には自然でいて欲しい、とシュウは思う。シュウ自身が、『天則』に対して苦悩していたこともあり、「自分を抑える」という事そのものに否定的だからだ。

 緑髪の少女の肩から、ふっと力が抜けた気がした。


「良い人に出会えたんだね、フィルドゥシー」

「……はい。私の、自慢の先輩です」


 マイヤの浮かべた優しい笑顔に、ロザリアもふっ、と笑顔を浮かべる。どこか、遠い所を見ている様な――そんな笑顔だ。


「君がそんなに愛おしそうに他人を呼ぶ場面を、ボクはこれまでに見たことがないよ。本当にいい出会いをしたみたいだ――だからこそ」


 そして、彼女は。

 きっ、と、表情を引き締めて。


「フィルドゥシーはフェリドゥーン先輩を、先輩は、フィルドゥシーを。どうか、何としてでも守り抜いて欲しい。相手はきっと、タダモノじゃない。それを知らせるのに、ボクの大事な友人の犠牲が役に立つのなら、ボクも、リズも、本望だ」


 そう、真剣な口調で告げる。

 ロザリアは、シュウとマイヤに、医務室のドアを明け渡すように、その場を去って行った。


 あとに残された二人は、互いに顔を見合わせると、一つ頷く。


「アルケイデス先生、シュウ・フェリドゥーンとマイヤ・フィルドゥシーです。入ってもよろしいでしょうか?」

『構わん、会話は聞こえていた。入るが良い』

 

 アルケイデスの声が室内から返ってくる。シュウはもう一度マイヤと目を合わせると、医務室のドアを引くための取っ手に、手をかけた。


 お読みいただきありがとうございます。六月中に二章を終わらせる! などとほざいていたのですが、このペースだと大分難しいですねこれは……! せめて、せめて夏が終わるまでに三章を投稿させてくれ我が執筆能力……!

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