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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第二章:禁忌十字に愛を
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あるいは聖夜の救世主

 クリスマス短編です。

 この二元世界に於いて、遍く者の対立というのは絶えない。善性存在と悪性存在、人と獣、あるいは、個人同士の対立――恐らくそれらが永遠に地上から無くなることは、余程の奇跡か、或いは生物の絶滅が起こらぬ限り、実現しないことだろう。


 だが——

 だが、一日だけ。

 

 その昔、たった一日だけ、地上からありとあらゆる争いが消えた日があった。

 


 ***



 商店街に施された、赤白緑のカラフルな装飾と、きらきら輝く金銀に、シュウはふと目をとめる。

 楽器隊や聖歌隊が音楽を奏で、道行く人たちもどことなく浮足立っているようだ。談笑しながら歩く男女たちは、多くが腕を組んだり、手を繋いだり。子供たちはショーウィンドウに飾られた色とりどりの服やおもちゃ、絵本に目を輝かせる。


 何か催し物でもあるのだろうか——と考えたところで、彼ははたと自身がすっかり忘れていた、年に一度の大祭を思い出す。


「そうか、もう聖ミトラ祭の時期なんだな」


 思わず呟いたシュウに、答える声が、隣から。


「はい。今日が十二の月の二十四日なので——ああ、もう明日ですね」


 白いダッフルコートを纏った少女。フードの部分にはふわふわしたファーが付いており、まるで雪の妖精のような印象を受ける。

 それを強調するかのような、蒼い髪と、同じく碧い瞳。愛らしい微笑みを浮かべた彼女の肌は、これまた雪の様に白い。

 けれども、決して『氷のような』、あるいは『冷徹な』、と言った雰囲気は感じない。出会ったばかりの頃なら分からなかったが、今の彼女からは、決して。

 寒さからか。あるいは、もっと別の理由からか。彼女の頬は、うっすらと桃色に上気していて。それが、後者の理由だと考えるのは、流石に少し、自信過剰かな、と、シュウは繋いだ手を握り返しながら想う。


 少女の名前はマイヤ・フィルドゥシー。

 シュウ・フェリドゥーンにとっては一歳年下の後輩であり、法術師育成学園に於いて、樹海探索などの一部実習を共に行う班員(パーティーメンバー)であり——そして、一週間ほど前から交際関係にある、恋人(パートナー)でもある。


 現在は育成学園にほど近い――とはいえ、往復で一時間前後は掛かる距離なのだが――の街で、所謂デートの真っ最中だ。まさか自分が経験することになるとは、と、シュウは今日一日ですでに九回ほど考えていた。


「全く気付かなかったな……比較的無縁の日だったから、というのもあるが……」

「私もです……」


 シュウが苦笑すると、マイヤもまた、似たような表情を取る。


 今日と明日の二日間というのは、友人や家族、それから恋人といった、親しい人々と過ごす人が多い。シュウには血のつながった家族が居ないし、故郷の邑では、この二日間を然程重視していなかった。しいて言うなら、夕食が少し豪華になった程度である。

 マイヤの方は、あまり家族との仲が良くなかった、というのと、父親が今日明日を祝い事として扱うのに反対する人間だった、ということが、両日と疎遠になる原因であったという。いずれは挨拶に向かわなければならないのだろうが、少し不安になってしまう話だ。


 だが今年は違う。

 友人としてアリアがいるし、それとして扱うには恐れ多いが、イスラーフィールやアルケイデスも居た。何より——シュウにはマイヤが、マイヤにはシュウがいる。

 

 最愛の人々と過ごす、友誼と融和の一日。


 名を、聖ミトラ祭という。

 あるいは、マイトレイヤ・デイ。後者の呼び名は、なんとダエーワ語によるものだ。これは、この祭りが善性存在だけのものではなく、悪性存在にも受け入れられている、極めて少ない年中行事の一つであることを示す。


 祭りの起源は、凡そ四百年近く前にさかのぼる。即ち、善と悪の世界がまだ同一であり、両者が毎日のように血で血を洗う戦争をしていた時代だ。

 今もなお、争いの絶えない善性存在と悪性存在であるが、当時は輪をかけて酷かった、と聞く。戦争は六百年以上続き、七百年目の一日目に、初代ファザー・スピターマの起こした奇跡によって両者の世界が分断され、一応の平和が形成されている。されど、シュウたちも知る様に、人間は悪の世界から迷い込んだ悪性存在たちを狩り、曝し、貶めている。


 ファザー・スピターマの奇跡は三百年前の出来事だ。つまり、千年以上争いは続いている、という事になる。

 されど、四百年前のその日――つまり、戦争も終盤の百年紀に、その出来事は起こった。


 その日。その一日だけは。

 善と悪の対立は、無かったのである。


 善性存在も、悪性存在も、人間も魔族も、どちらもが手を取り合って、平和を実現したのだ。


 立役者の名前は、祭りの通り聖ミトラと呼ばれる人物だ。法術師だったのか魔術師だったのか、人間だったのか魔族だったのか、それどころか性別すら伝えられていない。そのため、その人物がどんな存在だったのか、というのは、意外にも情報が少ない。

 イスラーフィールは、「あれは呪術師だったんじゃないかな。私やお前と同じ、ズルワーンの意思を託されたタイプの」と言っていたが、その真偽すらも不明である。イスラーフィールは、「今起こっている事象の情報を知る事」や、転じて「物事が起こったその場所からの逆探知」に関してはほぼ全知全能を誇るが、流石に世界分裂前のことまでを見ることは不可能なのだ。曰く、「全知全能の真似事をしているだけ」との事であった。


 シュウとしてはそれでも十分凄いと思うのだが――ともかく、聖ミトラに関しては、殆ど分からないことだらけなのである。


 その法術とも魔術ともつかない業は、『顕現型ミスラ』と呼ばれる。彼もしくは彼女は、その力を以て、世界からたった一日だけ争いを無くしたのだ。


 『ミスラ』は、友誼を司る。

 残された数少ない、極めて古く、かつ貴重な資料によれば、その力は人々から闘争本能を取り除く。

 聖ミトラは、その力を、『善悪関係なく、全ての人々のために』と使ったとされる。


 極めて強力な力だが、ミトラは何故かその力をたった一度しか解放していない。一説には、人々から争いを排除するためには相当な出力が必要で、聖ミトラの一生を以てしても、一度しかその力を発動できなかったのではないか、と聞く。


 さて、一日だけの完全なる平和の達成は、それだけで祭りを開くに足る強大な理由となる。が、それだけでは、ただの宗教儀礼として終わった可能性も高い。


 では——

 ではなぜ、このように街は浮足立ち、商店街は見るからに商戦ムードなのだろうか?

 答えは、聖ミトラが『顕現型ミスラ』の力を使って成したたった一日の完全平和、その当日に、人々が行った行事にある。


 友誼を、友愛を、友和を示すための、贈り物。相手が人間であるか、魔族であるかに関わらぬ、プレゼントの送り合い――それが、ミトラが勝ち取った平和の中で、人々がたどり着いた答えだった。

 プレゼントを受け取り合う相手の居ない、貧しい子供たちには、ミトラ本人が贈り物を授けたという。

 このことから、現代における聖ミトラ祭では、家族や友人に贈り物を渡したり、子供たちに『ミトラ様』がプレゼントを届けに来るのである。最も、現代では前夜祭である二十四日にプレゼントを渡し、翌日二十五日の朝に開ける――といった風にアレンジされているようだが。


 ミトラが『顕現型ミスラ』の力を解き放ったその日付が、十二の月の二十五日であったのは、一説によれば旧文明時代の年中行事に由来するとも言われる。詳しいことは、世界が二元に分裂した後の生まれであるシュウやマイヤには分からないが――きっとその日は、人々は笑顔であふれていたのであろう、と、シュウは思う。


「あ、凄い……広場が、飾りつけされてます」


 ふと、マイヤが前方を指差す。

 商店街の中心広場。そこは、赤や青、白――といった、様々な色の発光体で、きらびやかに飾り付けされていた。中央の噴水が高々と放つ水にその輝きが写り込み、まるで夜空に光る星の様。

 大きなモミの木は、聖ミトラが子供たちにプレゼントを配った、と記録される、当時の地を表しているという。


 発光体(イルミネーション)に近づいたシュウは、ふとその中にちらちらと揺らめく火を見て、ほう、と息を呑んだ。


「聖火を使って光らせているのか……」

「という事は、これは全部、小さなプリズム、という事ですか?」

「その様だな……これだけ大規模な細工をするとは。腕のいい職人というのは居るものだな」


 シュウたちが法術師として樹海に繰り出す際に身に着けている、簡単な呪術の触媒となるアイテム――『プリズム』。本来は八面体なのだが、ここにあるのはどれも先端が細い、円柱の形をしている。マイヤのコートの留め具のような形だ。アーモンド形、というのだろうか。少し違う気もする。


 プリズムの材質というのは、非常に硬い。全力の法術を使っても、魔物からの攻撃を受けても、壊れないようにできているのだ。何を使ったらそのようなものができるのか、とてもではないが想像がつかない。

 が――それは、恐らく人によっては自在に加工できる素材なのだろう、と、少しだけ新しい知識を得た気分だ。


「あ……」


 また、マイヤが声を上げる。今度は広場ではなく、上空を見上げていた。


「雪、降ってきました」


 その言葉の通りに——


 しん、という、音がした気がした。

 直後、ふわり、ふわりと、白い綿が舞い降りる。冷たいその綿は、シュウの羽織ったコートの表面に落ちると、みるみるうちに溶けて、居なくなる。


 それを皮切りにして、同じような白い綿が――雪が、降り始めた。


「わぁ……!」


 舞い踊る雪の粉たちに、マイヤが歓声を上げる。

 シュウもまた、心の中で、「ほう」と呟いた。中央大陸で雪を見るのは、実はこれが初めてだ。今年は、雪が降るのが遅かったように思う。それはこの大陸の特徴なのか、それとも単純に遅かっただけなのかは分からない。少なくとも、シュウの住んでいた、極東大陸の邑では、十一の月の終わりごろには、もう雪が積もっていたから。


 徐々に徐々に、うっすらと雪化粧をし始める街並み。眺めていれば、イルミネーションの中に閉じ込められた聖火たちが、ちらちら、ちらちらと、雪に反射して煌き出す。


「……綺麗ですね」

「ああ」


 マイヤが、ふわり、と呟く。シュウもまた、それに応えた。一瞬、「君の方が綺麗だ」などという、ベタなことを言うべきなのか、と迷ったが、きっとマイヤはそういうことを言って欲しいのではないだろう、と思うことにした。実際のところは単純に恥ずかしかったのである。


「私、先輩とこの景色を見れて、凄く嬉しいです」

「俺もだ」


 こちらを見上げて微笑むマイヤに、シュウは頷く。こちらは本心からの賛同だ。


「マイと、ここに来られてよかった……本当に」

「先輩? ……ひゃっ……」


 シュウは、繋いだ手を引き寄せると、マイヤを抱きしめた。ふわふわのファーと、さらさらした青い髪が、シュウの頬を撫でる。

 ――甘い、いい匂いがした。女の子は、こんな柔らかい匂いがするのだな、と驚く。


 白い耳元に口を寄せる。


「君が生きていてくれて、本当に良かった」

「……っ」


 マイヤの体が、少しだけ強張る。


 当然だ――マグナス・ハーキュリーとの激戦は、まだそこまで昔の話ではない。マイヤの青い髪は、まだ短いままだ。彼女は、もしかしたらあの戦いで命を落として、もう二度とミスラ祭の街並みを、この雪景色を見ることが叶わなかったかもしれないのだ。


 だから——だから、彼女の隣で、彼女が、この街を見て、「綺麗ですね」と言う場面に立ち会えたことが、たまらなく嬉しいのだ。


「……先輩」

「どうした、マイ」


 きゅっ、と、マイヤの細い腕が、シュウの体を抱きしめ返す。


「来年も、一緒に、見に来ませんか」


 彼女は、シュウの肩口に頬を寄せると、少しだけ体重を預けながら、言った。


「再来年も、その次の年も、そのまた次の年も――ずっと」

「……ああ。きっとだ」

「約束、ですよ」

「ああ」

「破ったら怒りますからね」

「それは嫌だな――絶対に守らなくては」


 ふふ、と、マイヤが笑う声。シュウも釣られて、少しだけ声を出して笑ってしまう。

 

 怒ったマイヤはとても怖い。彼女は優しいから、失敗を繰り返さないようにとても厳しく叱ってくるのだ。

 彼女と、ただのパーティーメンバーであったころでさえそうだったのだ。友人となり、恋人となり——シュウの心の大半をマイヤが占めるようになった今、彼女にそっぽを向かれたら、それだけで心が折れる自信がある。


 聖ミスラ祭的に言うのであれば、こうだろうか。


「いい子にしていなくては」

「ふふっ、まるで私がミスラ様みたいですね」

  

 なら——と、マイヤは、シュウの腕から逃れて、少しだけ離れたところに立つ。


「私も、いい子にしていますので――くれますか、プレゼント」


 そうして、彼女は海の様に青い目を閉じる。身長差の分だけ、彼女は顔を上に傾けた。

 それだけで、彼女がプレゼントに何を望んでいるのかは、分かる。


「――ああ、勿論」


 シュウはマイヤに近づくと――


 その唇に、自らの唇を重ねた。



 雪は、まだ降っている。

 それは、まるで地上を白いキャンパスへと変えるかのようで。


 これから続いていく未来を、自分たちに描かれる準備をしているようにも見えた。


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