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やがて天則の救世主  作者: 八代明日華
第一章:邪竜の巫女は唄う
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第一話『落ちこぼれの法術師』

 世界が九つの大陸に分かれ、そこに住まう『人類』が、人間(パルス)魔族(トゥラン)という、よく似た、しかし全く別の種族に分かれて久しい。人間たちは『善』を、魔族たちは『悪』を選んだ。『悪』より生じた魔物たちと融合し、異界へと移住した魔族たちは邪悪な存在にして、『善』なる正義に選ばれた人間たち『善性存在』は、魔族や魔物たち『悪性存在』、すなわちはあらゆる『悪』を滅ぼさなければならない。やがて来たるべき、『絶対悪』の復活を防ぐべく――――


 ――教会の首魁たる人物、ファザー・スピターマに授けられ、人間へともたらされた預言、『天則(さだめ)』に曰く、それこそが教会が存在する理由であり、己の人生や運命を形取る”業”……『ダエーナー』を具現化する術、『法術(ティスティ)』が人間にもたらされた理由らしい。

 九大陸に住まう人間(パルス)が、生まれてから成長して大人になり、やがて老衰して死するまで、あらゆる場所で聞かされることになる、世界の絶対命令。


 ただ、どうにも。シュウには、この理念に共感できない所が多かった。

 実際、邪悪なるものである、とされる魔物たちが人間の命を脅かす危険な生物であることは確かだし、命の安全を護るために、シュウも法術の使い手――『法術師』の見習いとして、何度も魔物たちと矛を交えた。

 けど、魔物達がどうして人間を襲うのか、例えば本能的なものなのか、それとも生活の為なのか――その理由すら一切考慮せずに彼らを駆逐するのには、少々疑問を抱かざるを得ない。


 とはいえ、日常的な行為として、命じられるが儘に魔物達を殺す……そう言った面で、シュウはやはり、疑念を抱いているとは言え、教会の教えに逆らうつもりもない、という、中途半端で、優柔不断な人間なのだろう、と、自らを定義する。


 そんな風に中途半端な人間だから――『善』なる正義の象徴たる『法術』は一向に発現せず。

 さりとて、魔族たちの扱う、『悪』の象徴とされる『魔術』も使用することは叶わず。

 人間と魔族、どちらもが使用する『中庸』の存在である、『呪術』だけを磨く日々に陥ることになるのだ。


 そう。善の側に在るべきである人間――シュウ・フェリドゥーンは、教会に所属する法術使い達を育成するための『法術師育成学園』に通っていながら、いまだに法術を発現させることの出来ない、落ちこぼれなのである。



 ***



「――灯を燈せ(ライトアップ)正義の種火(アナヒット)


 小さく、祝詞。焔、燃え上がって。

 樹海の黒い木々を、橙色の火炎が照らし出す。

 ぱちり、と、首にかけられた、クリスタル状の『(プリズム)』を開ける。中に入っているのは『聖火』と呼ばれる、あらゆる『教会』関連の組織員に配られる、正義の象徴だ。

 この世界を作りたもうた善なる聖霊達は、太陽の光の現身として、人類に炎を与えたという。この『聖火』は、初代のファザー・スピターマが聖霊達から授かったという『それ』からうつしとられたもの……あるいは、それを模して聖別された火種である。


 聖火、というその名の通り、この焔には『悪』側の存在を焼き祓う能力がある。もっとも、あくまで火種でしかないため、それを着火させてどれほどの効力を発揮させることができるかは、使い手によるだろう。例えば教会最強の法術師の集団たる『アスラワン』たちならば、種火の状態のままでも、あらゆる魔物を焼き尽すが可能だろう。

 シュウの場合は、ある程度呪術でもってこの種火を増幅させることで、ようやく『悪』性存在への特効を顕すことができる。


燃え上がれ(ブレイズ)――燃え盛れ(アンド・ブレイズ)――灰と化せ(アンド・ブレイズ)‼」


 しかも、シュウ自身に『善』性存在への理解が不足しているため、着火後も増幅させていかなければ効果を発揮してくれない。

 それでも、特効術式であるだけあって、シュウの持つ数々の呪術や道具の中では最も悪性存在に対する効力が高いというのだから、彼自身は己の非力さを時々呪うほどでもあった。


塵と成れ(アンド・ブレイズ)……ッ!」

『グ、ギ、ギャァァァァ……‼』


 四度目の増幅を行ったあたりで、ようやく相対していた悪性存在――下級の魔物である『屍鬼(ナス)』を撃退することに成功した。

 屍鬼は教会に伝わる経典にも登場する由緒正しい魔物だが、その戦闘能力はさほど高くもない。一介の法術師であれば、法術によって編んだ武器、あるいは術式によって、一瞬で焼き祓うことが可能だ。だがしかし、法術師であるはずのシュウがその手を取らないのは――――ひとえに、彼が法術を使えないためだ。


 極東大陸たるウォルジャルシュティ大陸に生まれ、物心ついたときには親も兄弟も親族一人としておらず、訳の分からないまま、山奥に形成された、寂れた(むら)の人々と共に暮らしていた。長老が簡単な呪術を扱えたため、他の子どもたちと共にそれを学び、暇な時には唯々それを鍛え続け、しかして大した能力の向上も無いまま、どうやら自分には才能は無いらしい――と勘づいたあたりである一年ほど前、偶然、邑に中央大陸の法術師がやってきた。

 彼女に勧誘され、中央大陸の法術師育成学園に招かれなければ、自分は今でもあの邑で、無意味に呪術を鍛えているか、あるいは畑仕事でもしていた事だろう。


 もっとも――学園に来たことで、その未来とほど遠いものになったか、と言えば話は別だ。確かに魔物と戦う、という、邑にいた頃は経験しなかったことを日常的にするようにはなった。だが、善性存在と悪性存在の間における価値観が他人と異なる(らしい)シュウには、魔物(それ)が『人間に害をもたらすことが多いため、駆除しなければならない野生の獣の類』に見えてしまい、どうしても邑にいた頃に追ったイノシシだとかそういうモノの同類に思えるのだ。残念ながら手なずけることは無理なようだが。いや、邑人時代も、別にイノシシを手なずけていたわけではないのだが。


 シュウは現在学園の二年生だが、もしもあの日、シュウを学園へと導いた法術師が、この学園の学園長を務める人物でなければ――あるいはシュウが、なぜか彼女の眼鏡にかなう、そんな人物でなければ。シュウはとっくに学園を退学になっていてもおかしくは無い。それくらい、彼に法術が発現するような兆しは無く。同時に、『正義』とか『善』への信仰心、というものも、出来る気配は無かった。


 中央大陸に来て出来たモノはとても少ない。せいぜいが――。


『ギャッハァァッ‼』

「……っ……!」


 突然、茂みの中から大形のサルの様な生物が出現する。長い両腕を振るい上げて、鋭い爪を振りかざし、油断していたシュウに向けて躍り掛かる。低級魔物の一種で、『追跡魔(チェイサー)』と呼ばれる魔猿だ。今は一体だけだが、本来は複数体で行動する。先ほどの屍鬼と比べると少々強力で、鋭い爪による攻撃と、ある程度の思考力による戦術組み立てが厄介。


 そして何より面倒なのが──若干、シュウより強いと言うことである。


「くそっ、火種(ランプ)は使いきったか……!」


 先ほど屍鬼を斃す為に使った『聖火』を媒介とした呪術――『正義の種火(アナヒット・ランプ)』は、プリズムの中にある聖火が無ければ打ち出すことは勿論できない。クリスタルの『器』の中には、樹海に繰り出す前にはちろちろと炎が中で燃えていたのだが、今は光の欠片もない。先ほど、最後の種火を使ってしまったのだ。教会関連の建造物に戻る、あるいは聖火を宿す法術が使える法術師がいなければ、復元することは出来ない。

 他にも二、三種類、純粋な威力の面では強力な攻撃系の呪術をシュウは覚えているが、そのどちらも長い詠唱や念入りな準備が必要で、今この場面でカウンターとして繰り出すには不足だ。

 そして純水な筋力は向こうが上。殴り合えば負ける。

 俺にも法術が使えれば、と一瞬脳裏をよぎる負の考え。だがそれは、考えても仕方のないことだった。それに、法術が使えないというこの状況は、『教会の理念を盲随しない』という、ある種彼の利点でもある、と、彼を導いた法術師が言っていた。

 

 ただ――何にせよ、この状況は抜け出さなければならない。


 シュウは素早く地面を蹴ると、なんとか飛びかかりを回避。瞬時にターンして距離をとる。その隙に腰から筒形にまとめられた木簡を取り出すと、ばらりと拡げて口ずさむ。


「『麗美の大樹、強く根太き地の草よ。光ある者所造の義者よ。どうか我に幸いあれ、我の敵に災禍あれ』──!」


 その祝詞に反応して、木簡が鋭い剣となる。

 簡易呪術、『光の木剣(バルスマン)』。木簡を開きながら発動させることで、木々を苦無(クナイ)状の短剣として、外敵へと一直線に飛翔させる。一撃一撃の威力は低いが、すぐに起動させられ、扱いによっては急所も狙える――そんな技だ。


 ただし、今回の様な場合は、あまり有効でない場合も多い。


『ギャギャッ』


 チェイサーは一言笑うと、その長い爪で短剣たちをはじき返した。このように、短剣よりも速い動体視力や、硬い身体を持つ相手には効きづらいのだ。

 それでも、一応は悪性存在に対する特効を持つため、多少は行動を阻害することは出来るだろうが――


『ギャ、ギャギャギャッ』

『グギャッグギャギャギャッ』

「何――」


 声に気づいて振り向けば、背後の樹海の奥から、更に複数体のチェイサーが出現。


「くっ……」


 思わず顔を顰める。

 良く良く考えれば、チェイサーが単体で出現することはほぼあり得ないのだから、群れのメンバーが近くにいる可能性は非常に高かったのだ。注意しておくべきだった。


 複数体のチェイサーを相手取る余裕は、今のシュウには無い。

 どうする。何か手立てはないのか。あるいは、このまま、死ぬのか――


 ――と、彼が思考を巡らせていると。


我が正義に光をくべよダエーナー・ウェイクアップ――虚ろなる者に導きあれ。『光輝女神の眼差しメーザー・オブ・シャイニング』」


 閃光。しかし、熱は無く。

 けれども、チェイサーたちは悲鳴を上げて、まるで火をつけられた紙が焦げていくように、ボロボロと炭化していく。

 十秒もしない間に、シュウを取り囲んでいた悪魔猿たちは、一匹残らず掃討されていた。


 シュウは下手人の顔も見ないまま、苦笑しながら感謝した。


「ありがとう、マイ……助かったよ」


 すると上空から、返す声。涼やかで、丁度いい高さの、きれいな声。


「――全く。種火の残量も考えないで呪術を使うとか……先輩は本当に馬鹿ですね。自己管理力が欠如しているとしか言いようがありません」


 ふわり、と。背後に、誰かが舞い降りる気配。シュウは悪い、と謝りながら、振り返る。


 ウォルジャルシュティ大陸からこの中央大陸に渡るときに見た、『海』のように綺麗な、群青色の髪。

 肌は白磁のように白く、絹のようにきめ細やか――と形容すればいいのだろうか。整った美貌は、シュウがこれまで見てきたどの女性よりも可憐だ。

 纏うのはシュウと同じく、学園制服たる純白の法衣。もっとも、シュウのそれとは違って女性用、という差はあるのだが。

 肩から掛けたストール状の衣は、彼女が一学年において最も優秀な成績を収めている、『主席学生』——即ちは一人前の法術師で在ることを表す。


 髪と同じく青い瞳で、困ったような表情と共にシュウを睨む彼女は、マイヤ。

 本名を、マイヤ・フィルドゥシー。シュウにとっては後輩にあたる、法術師育成学園の一年生だ。シュウは彼女のことをマイ、と呼んでいる。


 そして――シュウがこの大陸にきて『出来た』、『唯一のモノ』──『パーティメンバー』でもある。


「自己管理力の欠如は言いすぎじゃないか?」

「学園長から私が先輩のお目付け役に任命されているのを知らないんですか」

「勿論、知っているぞ」

「では、どうしてどんどん先行してしまうんですか?」

「いや……その……屍鬼を追っている間に、知らない間に深いところまで――」

「だから注意力とか自己管理力が足りない、と言われるんです。文句は言わせませんよ。私の法術に飛行能力が無かったらどうするつもりだったんですか」

「……はい……」

 

 眦を吊り上げて、シュウを叱るマイヤ。これでは、どちらが先輩なのか良く分からない。


 彼女と出会ったのは今年の始めだ。シュウは、ウォルジャルシュティの邑から、今年最初の月に中央大陸にやって来て、年度の最初の月に、育成学園の高等部二年に中途入学した。素質こそあれど二年生になっても法術がたいして使えない学生がいないわけではないので(全く使えない、というのはシュウだけだが)、入学試験に於いては、法術は試験内容には含まれず、知識や純粋戦闘能力が求められた。

 シュウは直前まで、自分を連れだした法術師――すなわちは学園長と訓練を行い、なんとかギリギリ知識面・戦闘能力面で及第点を獲得、どうにかこうにか編入を認められた。

 

 しかしそうはいっても、二学年最下位の成績で在ることに変わりは無く、そもそも初等部、中等部、高頭部と上がっていくべきである育成学園において、シュウは編入生だ。高等部から入学する生徒は少なくない(確か全体の四割がそうだと聞いた)が、二学年から、というのは非常に珍しい。

 そのため、指導役的な存在が求められた。学園の近隣にある、魔物が出現しやすい樹海への実習などに於いて、彼とペアを組んで行動する人間が。


 もともと学園自体、パーティと呼ばれる部隊の様なものを組織して実習に参加することを推奨しているのだが、シュウの場合は、恐らく彼が四人いても平均の生徒一人分になるかならないか、という戦力だ、という評定が、試験監督官から下されていた。

 結果として、シュウとパーティを組もうとする人間は一人としていなかったのだ。


 見かねた学園長は、「ならば一人で何人分もの活躍をする人間と組めばよかろう」と笑い、一学年最強、と目される、このマイヤ・フィルドゥシーを指名した。彼女はその圧倒的強さ故に、逆に『パーティを組める人間が存在しない』少女だったのだ。パーティ自体は学年を超えて組むことができるため、そのシステムを利用してのことだったが、マイヤとしては実力のない上級生と組むのは不本意らしく、時々シュウを罵ってくるため、その度に大変申し訳ない思いに駆られる。


 今だって、彼女はシュウに説教をすることをなかなか止めない。そろそろ彼女としても辛いだろう、と、シュウは話を切り上げることを決意する。


「大体ですね。先輩は他の生徒の何倍も弱いんですから……その……もっと、私を頼ってくれても……」

「すまない。今回の件は、俺が全面的に悪かった。だから怒りを鎮めてくれないか」


 後半の方は聞き取れなかったが、怒っている女性を鎮めるには、常に下手に出るほかない、と、シュウが良く狩猟を手伝っていた、邑の猟師の男が言っていた。自分のことは師匠と呼べ、と常々口にしていた髭面の彼は、奥さんと喧嘩が絶えない、と愚痴をこぼすと共に、将来恋人や妻が出来た時に困らない様に、と、ケンカをした時の対処方法をシュウに教えたものだった。

 その言葉を思い出して、いやしかし妻や恋人への対処方法として教えられた方法を、自分を嫌っている女性に使ったのは良くなかったか――などとシュウが内心で反省していると。


「……分かればいいんですよ、分かれば。さぁ、行きますよ」


 マイヤはぶすっ、とした表情を取ると、ぷいとそっぽを向いて歩きだした。怒りはおさめてくれたらしいが、やはり気分は概してしまったらしい。

 俺は言動に注意しなければな……確かに自己管理が足りない――などと思いながら、


「あまり頬をふくらませるのはどうかと思うぞ。可愛らしいが、折角の綺麗な顔が台無しだ」

「かわっ……き、きれ……っ――――馬鹿なことを言わないでください!!」


 ついに法術が飛んできた。光の弾丸。法術使いが誰でも使えるそれは、シュウの持つどの呪術よりも威力が高い。 

 ああ、正直なことを言ってもダメか……じゃぁ俺はどうすればいい……教えてくれ師匠――――


 心の中で嘆息しながら、シュウはマイヤの後について歩き出した。


 本日の投稿はここまでとなります。続きは明日の18時ごろを予定しています。

 読んでいただきありがとうございました。

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