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第八話 セクハラと食事と奴隷根性

 御使い降臨の報はエルフの森を震撼させた。

 かつて魔王を倒した救世主の存在はまさしく正義の象徴。

 征服戦争の大義名分としてこれ以上のものはない。


 以来、風竜要塞を訪れるエルフは後を絶たない。

 マドゥーシアを立ち会い人として、高位のエルフが俺にこうべを垂れる。

 それが罠だと知りもせずに。

 魔力と手足を封じられ、薄暗い部屋に放りこまれて、ようやく自分がハメられたと理解するのだ。


「ふふ……いい格好だな、お嬢さん」

「なぜこのような無体をするのです、御使いよ!」


 俺は身動きの取れないエルフの将軍に詰め寄った。

 一万年前と変わることなくエルフは女系の種族らしく、この将軍もまた女である。

 女であるがゆえに、俺のぶっといやつに怯える表情は格別だ。


「どうだい、将軍。大したもんだろう?」

「ひっ……そんな太いものをどうするつもりなのですか……!」

「どうするって、わかるだろう? 気持ちよーくしてやるのさ!」

「ひッ、い、いやぁ! やめて、そんなものこっちに向けないで!」

「俺の自慢のぶっといやつでヒィヒィ言わせてやるぅー!」


 俺は思うまま女将軍へと解き放った。

 凝縮率低めのぶっとい光風の矢。

 直撃するや、矢のほうが砕けて拡散する。

 人体へのダメージはないはずだが、女将軍は目を剥いてのけ反り返った。


「あひぃーッ、死んじゃうううぅううううぅーッ」


 失神すると、あっという間に褐色肌が白くなっていく。

 近ごろは漂白の要領もわかってきた。日増しに時間が短縮できている。

 使用した弓は例のごとくケイローンの模造品。

 儀式用としてエルドベリアが製法を残したもので、本物は神精郷に保管されているとか。


「ん、ううぅ……」


 女将軍はすぐに目を覚ました。

 自分の手を見て、目を剥く。


「あ? あ、あ、あ、あぁー! なんで私、白くなってるのー!」


 いい加減見飽きたリアクションの次は、肉欲を満たしてやるべし。

 ユニが部屋に入ってきて、縛られたままの将軍の口に肉料理を運ぶ。


「どうぞ、お召し上がりください」

「な、なによその火を通した肉は!」

「豚肉を焼いて、イチゴソースに和えたものです」

「そ、そんなの成人式も終えてない子どもが食べるようなものじゃないの! 私は夜は血の滴るドワーフの肝臓しか食べないって決めてるのよ! 百歩譲って解凍した脳!」


 女将軍のかたくなな態度に、俺はため息をついた。


「エルドベリアの好物なんだけどなぁ」

「う、嘘を言わないで! われらが祖神は人間の赤子の腹を裂いて内臓を噛みちぎる勇猛なエルフだったと元老が言っていたわ!」

「おまえらエルドベリアをなんだと思ってんだ」


 本人が聞いてたら本気で嫌な顔するだろうなぁ。


「いいから食え! おまえの肉欲をこの肉の塊で満たしてやる! ユニ、ねじこんでやれ!」

「はい……御使いさま」

「ぐふっ、おぶうぅううッ、んぐっ、んあぁああ……!」


 ユニは女将軍の口に肉をつめこみ、顎を無理やり上下に動かした。

 女将軍は目に涙をためていたが、しばらく味わったのち、きょとんと呆ける。


「おいしい……?」

「それがエルフ本来の味覚だ」


 またひとり、ダークエルフが本来のエルフに立ち戻った。


 このようにして、俺たちは勢力を増している。

 森のエルフたちをひとり残らず漂白するのが、さしあたっての目的だった。


 ――愛し子らよ、御使いは汝らの目の前にいる。信じ、ともに戦うのだ。


 イグニスに秘められていたエルドベリアの意志はそう語った。

 ともに戦うべきなら、協力しうる状態を造りあげるのが急務だろう。


 でも、まだ重要なことがわかっていない。


 俺たちが戦うべき相手って、いったい何者?




 いったん漂白されたエルフはもう生肉や内臓を食べられない。


 胃腸が受け付けないのはもちろん、味覚的にも吐き気をもよおすのだ。

 とりわけ人間やドワーフのような知性種の肉は論外と言っていい。

 雑食性で臭みが強いし、生でなくても食えたものではない。


 かと言って、何千年と受け継いできた文化をはいそうですかと捨てられるわけもない。


 そこでいくつかの代案を取り入れた。


 内臓食に関しては、まずソーセージ。

 腸を使ってるから文句ねーだろとゴリ押す。

 一口食べればおいしいんだから俺の勝利は揺るがない。


 生き血を求めるヴァンパイアもどきのため、血のソーセージも作らせた。

 血と脂とハーブとあれやこれやを混ぜて腸に詰めれば、これまた美味しく大勝利。


 モツ鍋も心強い味方だ。

 あく抜きに時間がかかるけど、歯ごたえが強くて食いでもある。


 生肉が恋しい者にはルイベを推奨する。

 魚を雪中に埋めて冷凍し、凍ったままシャリッと食べるアイヌの料理だ。

 低温で寄生虫や微生物が死滅するので衛生上の問題はなし。獣の肉にも適用できる。

 雪がなくともエルフには精霊魔法があるので、氷結ぐらいは朝飯前だ。


 あとは魚の活け作り。

 見方によってはグロい食べ物だが、エルフに染みついた凶暴性をいくらか満たすことができる。


 ほかにもあれやこれやと気を遣った。

 遣わないと、こっちのほうが気まずさに押し潰されてしまう。

 結局のところ、俺のやってることは価値観の押しつけと文化の汚染だから。

 魔に染まりつつある種であろうとも、自分たちの文化には誇りがあるだろう。

 わかっているけど、俺は手を緩めない。

 御使いと祖神の名をフル活用して、エルフたちを漂白していく。


 そのうえで、白くなった肌は染料で黒く偽装してもらった。

 俺の活動はまだおおっぴらにしていいものではないから。

 不満も募ってはいるだろうが、表立って逆らうものもいない。


「エルドベリアさまの意志に触れたら、みんなわかっちゃうからね」


 カリューシアは無邪気に笑う。


 イグニスから祖神の意志を引き出すのは彼女とユニの役目だ。

 ふたりは巫女として優れた才能を有するが、そもそもエルフという種自体が大なり小なり同様の素質を有するらしい。

 だからエルドベリアの強い神性には本能的に共感してしまう。


「細かな不満はすこしずつ解きほぐしていくしかございませんわ」


 マドゥーシアは静かにそう言った。


「何千年も過ちを犯していたと知らされたのです。だれもが冷静でいられるはずがありません。かと言って、さらなる過ちを良しとできるほど恥知らずでもなく……われらは、ともすれば道に迷うことでしょう」


 冷静に、しかし真摯に俺を見つめる目には、かすかだが恨みがましさがある。

 責任を取って導けと言われているような気がした。

 その使命をそばで支えようという強い決意も感じられた。


 そんな彼女も、娘の教育になると沈着さを保てないのだけど。


 あるとき、俺はたまたまお説教の現場を覗き見てしまった。


「もーう! おかーさんはなんでそういつも頭ごなしなの!」

「あなたとは生きてきた年数が違ってよ、カリューシア。わたくしとて三百歳の若さではありますが、たかだか二十年しか生きていないアナタにくらべたら……」

「ババアってこと?」

「お尻を叩きます。こっちに来なさい」

「ひー、横暴だよぅ!」


 カリューシアは尻を連打されて泣いた。


「よろしくって、カリューシア。彼女は御使いさまのお気に入りではありますが、あなたの友となりうる者ではありません」

「なにそれ……まだ半端者の奴隷だから生け贄にするべきだって言うの?」

「生け贄に関しては過ちでした。母も認めましょう。ですが、彼女の生きてきた日々を思えばこそ、いまさらエルフとわかりあえるはずがありません」

「そんなの知らないよぅ! だいたいボクと年が近い子ほかにいないし!」

「ナイアとネレイアでガマンなさい」

「やだー! アイツら性格悪いし! ユニちゃんは優しいしほわほわしてるのー!」

「聞き分けなさい!」

「やーだー! イグニスー!」


 カリューシアの懐から火とかげが現れ、ぼわんと煙をまき散らした。

 母親がむせ返っている隙に姿を消す。

 堂々たる逃げっぷりに俺は感心しながら、ついでに煙を吸って咳きこんだ。

 当然の流れでマドゥーシアがこちらに気づく。


「いらしたのですね、御使いさま」

「ああ、まあ、いました」

「あのハーフエルフが娘の友人にふさわしくないという話、撤回する気はありません」

「なんだと。いま、ユニのことをバカにしたか!」

「見下していると取ってくださいまし」

「そんなことは許さない! おまえもペンペンしてやる!」


 俺は耳でペシペシとマドゥーシアの胸を叩いた。

 子を産んで母乳を出したことのあるご立派なものを叩いて揺らす。

 人間ならセクハラだが、いまの俺はかわいいかわいいウサモスちゃんなのでセーフ。

 ゆえに思い知れ、この高慢エルフ女めっ。

 えいっえいっ、衝撃で柔らかくひしゃげろッ!

 もげるほど揺れろッ、えいっ!


「……あのハーフエルフは自分を下に置くことでしか心を保てません。ビクビクと顔色を窺ってくるような者を友人と勘違いしては、うちの娘まで歪んでしまいます」

「そんな風にしたのはおまえたちじゃないのか、オラッ揺れもげろッ」

「それが問題だとおっしゃるのでしたら、二度と過ちが起こらないよう奴隷の扱いについては考えなおしましょう。しかし、彼女個人の扱いは――」


 マドゥーシアは何度か口を開け閉めして言葉を選ぶ。


「――わたくしには、なんともいたしかねますわ」


 俺はお乳ペンペンを止めた。

 彼女の表情に複雑なものを感じて、すこし考えなおす。


 マドゥーシアは俺と戦ったときよりずっと心優しくなっている。

 敵対関係でなくなったから、というだけではない。

 皮膚の黒化によって植えつけられていた凶暴性を、漂白によって失ったからだ。

 彼女にかぎらず、白化たエルフたちは以前ほど戦争に沸きたつものを感じなくなっているという。


 それでも――彼女たちは聖人君子になったわけじゃない。


 真実をすべて飲みこむには、まだまだ時間が足りない。

 長命のエルフにとっての一月二月は、人間にとっての一日二日に相当するだろう。


「ユニのことをどう思ってもいい。でも、顔にも声にも行動にも出すな。あくまでほかのエルフと同等に扱え。娘の友達選びについては、娘を信じてやってほしい」

「……御意」


 彼女は膝をついて恭順を示した。



 マドゥーシアは基地司令にして氏族長だ。

 指導者のひとりとして多くのエルフに規範を示さなければならない。

 同時に、エルフたちの想いを映す鏡でもある。


 エルフたちは数千年にわたって築いてきた文化を根本から否定された。

 祖神と救世主によって、魂に言い聞かされてしまった。

 存在が裏返るほどの衝撃である。ともすれば恐慌に陥ってもおかしくない。

 そんな状態で統制を保っていられるのは、マドゥーシアの手腕あればこそだ。


 下々の不満や困惑をまとめ、

 やんわりと抑えこみ、

 あるいはときほぐす。


 卓越した手腕と言わざるをえないが、それも親子関係ではあまり発揮されていないらしい。

 親としての焦りはあって当然だ。

 彼女と苦楽を分かちあう夫はすでに故人。彼女はひとりで戦うことを余儀なくされている。


 前々世、子どもはおろか妻も恋人もいなかった俺になにが言える?

 彼女に重荷を強いている俺が、家庭内の事情にまで口を出すのは傲慢じゃないのか?


 俺にできるのは、表層の態度をあらためさせることだけだった。

 そんなことじゃユニの心の問題は解決できないとわかってはいる。


 けれど、じゃあ、どうしたら救えるっていうんだろう?



 小難しい問題に頭を悩ませて、俺は風竜要塞をぴょんぴょことうろついた。


 城壁内にはちょっとした村落が楽に収まりそうな面積がある。

 事実、かつての村がそのまま要塞になったという話だ。


 イグニス暴走時に居住地はあらかた焼けてしまったが、現在猛スピードで再建中。

 建材は森にいくらでも生えている。土の精霊の力を借りれば重機もいらない。


 人手が必要な細々とした作業には奴隷を駆り出す。

 要塞内には戦争で捕まった虜囚たちが食糧として飼われていた。

 食う必要もなくなったいま、作業員にクラスチェンジしてもらうのが得策である。


 最初は解放することも考えたのだが、マドゥーシアに止められた。


「森のなかで解放しても野垂れ死にするだけですわ」と。


 外まで送り届けようとすれば、それはそれでトラブルの種になるだろう。

 いくら食糧でなくなったとはいえ、彼らとエルフの敵対関係が解消されたわけではないのだから。


 だから慎重に段階を踏む。

 まずは一方的に苦役を強いるのでなく、時給換算で給与を与えることにした。

 金さえ払えば奴隷であっても衣食住の改善はできるよう取りはからう。

 一定額を支払えば自由を買い取ることもできる。


「俺ぁ国に帰るんだ……! こんなところで死ねるかよ!」

「さっさと稼いでカミさんとまた一発ヤリてぇー!」

「どうせいまごろ間男とよろしくやってらぁ!」

「んだとコラァ! テメェのカミさんに俺のガキ産ませるぞ!」

「あぁーん!?」

「んーあぁー!?」


 その元気と負けん気をユニにも分けてやってほしい。


 彼らは労働力として非常に役立っている。

 ドワーフは天性の鍛冶師にして建築家だ。力も強いので再建の要と言っていい。

 狭い場所や高所での作業には身軽な小人種のパルメットが向いている。

 人間は能力の個人差が大きいので適材適所を心がけた。


 そして褐色のハーフエルフは、彼らのサポートに奔走している。


「みなさん……水を持ってきました」


 ユニは水瓶を頭に乗せてやってきた。

 それはだれに命じられた仕事でもない。奴隷同士の気遣いだろうか。

 俺は物陰からその様子を見守ることにした。


「水分補給はマメにしないとダメだと……御使いさまが、言ってました」


 ユニは精霊魔法で浄化した水をコップに注いで、甲斐甲斐しく手渡ししていく。

 腰を低くして、奴隷たちの顔色を窺うようにして。


「ほう、御使いさまがねぇ……」


 人間の中年男はコップを受け取ると、粘着質な目でじろりとユニを睨んだ。

 なめまわすような視線で値踏みするのは、上等に仕立てられた服だろう。

 すでに彼女は以前着ていたぼろ布を脱ぎ捨て、俺の命で与えられたエルフの服を身につけている。

 豊かな胸元が開き気味の上衣に、華やかな赤いスカート、そしてブーツ。

 奴隷の給与基準では、一ヶ月の労働でようやく手が届くといったところか。


「いいご身分だな、半端者め」


 吐き捨てるような物言いに、ユニは取り乱すことなく、


「ごめんなさい」


 頭をさげた。そうすることが当然だと刷りこまれているみたいに。

 卑屈な態度が火に油だとはまるで理解していない。


「御使いさまのお付きとはうらやましいこった」

「相当気に入られてるそうじゃあねぇか」

「食事だってエルフの連中と同等のをもらってるんだってな」

「こないだまでも贄としていいもん食わせてもらってただろうに」


 彼らはいつだって不満を溜めこんでいる。

 監督役のエルフもそれをガス抜きと理解して見過ごしているのだろう。


「ごめんなさい……ごめんなさい……わたしなんかの身に余る光栄だと、理解しています……」


 なおもユニは謝りつづける。心底から申し訳なさそうな目つきで。

 この場で一番立場が低いのは自分だと思いこんでいる顔。


 ――末路。


 そんな言葉が頭をよぎった。

 全方位から半端者と蔑まれ、自分を否定することが常態化してしまった者の末路。


「マドゥーシアの言ったことも、すこしわかるな……」


 いまのユニは自分も他人も貶める底なし沼のようなものだ。

 上目遣いのくせに、本当は相手を見あげているのではない。自分を見下しているのだ。

 低い立場に甘んじて、暗い満足感に溺れている。


 ――わたしが不幸なのは仕方ないことだから、諦めてしまおう。


 そんな気の持ちようでは、近づくものがみな堕落してしまう。

 彼女を責めたてる奴隷たちの醜く卑しい態度がなによりの証左だ。


 ユニをここまで追いこんだ者は許せない。

 けれど、それを裁いたところでユニはけっして救われないだろう。

 ユニを叱りつけたところで、やっぱりなにも変わらない。


「そうか……わかったよ、ユニ」


 俺のすべきことは制裁でも説教でもない。

 彼女に「つい見あげちゃうもの」をくれてやることだ。

 お日様を見あげて清々しい気分で歩くような、そういう気持ちにしてあげなきゃいけない。

 万事解決にはほど遠いけど、きっとそれは改善への第一歩になる。


 そう信じて俺は、ぴょーんと高らかに跳躍した。


「待てぇええええええええええーい!」


 ユニと奴隷たちのあいだに着地。

 長い耳をしゃきーんと伸ばしてキメポーズ。


「み、御使いさま……?」

「NO! 違うぞ、ユニ! そうじゃない!」


 耳を振り振り、ユニの頬をぺたぺた叩く。


「いいか、ユニ!」

「は、はい……! いたらぬところがあったのですね……! ごめんなさい……!」


 地面に膝をつこうとする彼女の尖った耳を、俺の耳できゅっとつかむ。


「ひゃんっ」

「土下座なんていらん! それよりもユニ、これから言うことをよく聞きなさい!」

「は、はひ……!」


 声が妙に情感的なのは耳が敏感なせいだろうか。

 それはそれで気になるところだが、いまは置いておく。


「俺のことはご主人さまと呼べ!」


 意図がわからないのか、ユニは申し訳なさそうに眉を垂らした。


「おまえは俺個人の奴隷であり、ほかのだれかの使用人じゃないってことだ!」

「わたしが……御使いさま個人の、奴隷?」

「YES! だから簡単に頭を下げるな! それは主人の品格まで落とすことになる! アンダスタン?」

「は、はい……御使いさま」

「NO! それはそのほか大勢が使ってる呼び方でしょーが! ごーしゅーじーんーさーまー! そう呼んでいいのはユニだけなんだぞ!」


 単なる性的嗜好じゃねーかと笑いたければ笑え。

 ああ、これは俺のエゴと嗜好と趣味とえこ贔屓と、ほんのわずかな使命感だ。

 かわいくて胸の大きなハーフエルフの女の子にご主人さまと呼ばせる?

 最高にドキドキしますよ。


「ご主人、さま……?」

「YES!」

「ご主人さま……」

「YES!」


 ユニはうつむき、胸に腕を抱いた。

 肩が震えているのは、俺の言いたいことが伝わったからだと思いたい。


「ご主人さま……」


 自分自身の至らなさに溺れず、上を見てほしい。

 漠然とした御使いなんて存在でなく、ノクトという個人を見つめてほしい。

 そして俺の視線にも気づいてほしい。

 ユニのことを一番大事に考えている者がいるのだと理解してほしい。


 自分の価値を認めることができたら、きっと彼女は前に進むことができる。

 そう信じて俺はご主人さまの道を選んだ。

 個人的なエゴも満たされるから一石二鳥です。


「あ、そして労働者たち! おまたえたちに新たな給与の使い道を与えよう!」

「な、なんですかい、御使いさま」


 さっそく食いつく奴隷たち。わかりやすい連中め。

 ならばくれてやる。最高級の希望を!


「三千! 三千で俺を一モフさせてやる!」

「たっけぇ!」

「ちなみにユニは俺の命令で毎日たくさんタダモフしまくりだ!」

「ひっでぇ、贔屓だ! いや、うん? 冷静に考えて、それはあまり羨ましくないけど」

「なんだと。この俺の柔らかな毛並みをモフモフできるんだぞ」

「やっぱり高ぇよ御使い! そこらのウサモス捕まえてモフったほうがいいだろ!」

「モノの価値のわからないヤツめ! ユニ、今この場で俺をモフれ。そしてその感動をコイツらに語って聞かせるがいい!」


 俺はユニに背を向けて手招き、いや耳招きした。


「はい……失礼します」


 ユニはそっと俺に抱きついた。

 ぎゅーっと抱きしめる。

 モフモフと頬ずりする。

 ぷにゅんぷにゅんと柔らかいものを押しつけてくる。


「おふっ、ふぅん」


 甘い声が漏れた。


「ご主人さま……モフモフであったかくて……優しい感じ、します……」

「そうだろうそうだろう、おふぅ、ふおおぉ、どうだ労働者ども! このユニのうっとり顔は!」

「御使いのほうがうっとりしてんじゃねぇか」

「なんのことだい、ほふぅ」


 べつに油断して快楽の吐息が漏れたわけじゃない。


 すべては「俺にこんな声を出させるなんて、キミは大した人物だよ」とユニに自信を持たせるべく、あえて恥ずかしい声を出してるだけで、実際には、おふっ、ふぉおおっ、やわっ、やわらっ、マジやわッ、やわらちゃんっ! まるでマシュマロっ、マシュッ、マシュマるっ、マシュマー! マシュマー! せろッ! 俺もうマシュマロマンになっちゃうぅッ! 官能の炎に焼かれて溶けちゃうぅううッ! 甘酸っぱい少女の匂いで頭痺れッ、びれれれッ、びろろんッ! びろろろろぅぅぅううぅううううううんッ、ハレルヤアアアアー!


 なんてやってるうちに、現場監督が奴隷たちを仕事に戻していた。


 彼らはもうユニを見下したりなんかしない。

 ちらりと視線を投げかける先は、モフられおふおふ鳴きつづける御使いだ。


「変態エロウサギめ」


 侮蔑対象がスライドしてきただけのような気もする。

 えーと、本来の目的としては、こんな感じでいいんだっけ?

 そういう趣味はこれっぽっちもないのに。


 ユニが感極まったように漏らす声を聞いたら、細かいことはどうでもよくなったけど。


「わたしの……ご主人さま……」


 やっぱり美少女にご主人さまって呼ばれるとドキドキします。

 以上、変態エロウサギでした。




 そんな具合で要塞の日々は瞬く間にすぎていった。

 およそ三ヶ月が経ったころ、マドゥーシアが深刻な顔で報告にやってきた。


「神精郷の元老院から遣いがやってきます。御使いさまに拝謁したいとのこと」


 元老院はエルフの最高意思決定機関だ。

 五千年前に初代女王エルドベリアが亡くなって以降、エルフは王を戴いたことが一度もない。

 千歳以上の長老たちが元老となり、種族の行動指針を決定している。


「とうとう来たか……いずれ向きあう相手だと思ってたけど」


 エルフ漂白計画を完遂するには元老院の協力が不可欠だ。

 あるいは対決の可能性もある。

 もっと地盤を固めてから接触したかったけど、希望的観測は崩れるのが当然と割り切ろう。


「それで何人ぐらいだ?」

「ひとりです」

「なんだ、本当にただの連絡役か。本隊的なヤツはいつくるんだ?」

「いえ、それが……」


 そのとき俺は、マドゥーシアの後ろに控える騎士隊長の異常に気づいた。

 褐色の顔料がどろどろに溶けてスプラッタ映画じみてる。

 どんだけ汗かいてるんだ。


「どしたの、ヒルデガルト。病気か?」

「い、いえ、それが……その、実は……ラ、ララプロトさまが……」

「だれそれ」


 ヒルデガルトは閉口する。それ以上の説明を恐れるかのように。

 気高いエルフの騎士にしてはずいぶんと情けない態度だ。

 彼女にかわってマドゥーシアが口を開いた。


「スペイディル氏族のララプロト……間違いなく全エルフ中最強の戦士であり、軍の最高指導者――大元帥です」

「それ個人で動いていい身分じゃなくね?」


 俺のツッコミに対する返答はなかった。

 その暇すらなく、とんでもない蛮声が雷鳴さながらに轟いたのだ。


「これから危険分子を制圧し、連行する! イヤならせいぜい抵抗してアタシを楽しませてくれよ!」




 その日、風竜要塞は完膚なきまでに破壊された。


 再建したばかりの建物がことごとく打ち壊され、エルフも奴隷たちも逃げ惑った。

 御使いと氏族長をはじめとした数人は捕虜となり、神精郷へと連行された。


 つまるところ、俺は敗北したのである。



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