第一話 チートコピーとジジィと弓と
父いわく、
「おまえは一夜の過ちで生まれたんだよ、ワハハ」
なんてふざけた理由で命名されたのが俺、カズヤなんだけど。
死にました。
カズヤ、死にました。
名前の由来に負けず劣らず刹那的な感情に従い、勤め先に辞表を叩きつけて無職生活三ヶ月。
コンビニにウェブマネーとアイスクリームを買いに行く道中のことだ。
空から迫りくる轟音に顔をあげ、赤く燃えるなにかを目にした直後、
死んだ。
死にました。
たぶん隕石の直撃だと思う。ちょっとした奇跡を体験して死んだわけです。
問題は死んだあと。
いま現在、俺が置かれている状況のことなのだけど。
「死後の世界ってやつかな……」
まばゆい光が俺の周囲で渦巻いている。
光り輝く螺旋階段の中心にふんわり浮かんでるような、と言えばわかるだろうか。
それともスパイラル電球の内側に放りこまれた感じ?
螺旋中央の空白地帯は広いような狭いような、どっちつかずの不思議な距離感。
自分の輪郭がぼやけるぐらい強い光なのに、目を開けていても眩しくない。
「あなたはいま、世界と世界の狭間で転生の時を迎えようとしています」
目の前に女性らしき何者かが出現した。
なんとなくスタイルはよさそうだけど、輪郭がぼやけていて目鼻立ちが見て取れない。
「つまり……ここは、死後の世界ってことでいいんだよね?」
「死後であり誕生前です。アナタはこれから新たな生を迎えることになりましょう」
「もしかしておねーさん、神様でいらっしゃる?」
「世界のことわりを司り魂を管理する者――神、と呼ぶ者は多くいます。わたしという個体はその末席に身を置くものであり、人間の上位存在というよりも人間を補佐するプログラムと呼ぶべきかもしれません」
面倒だから仮称神様ってことでいいや。
「じゃあやっぱり俺、死んだのか……死因が隕石なんて笑い話としては上出来だな、うん」
大した人生じゃなかったから、とくに未練はない。
できれば一度ぐらい可愛い女の子とキャッキャウフフしたかったけど。
キャッキャウフフの先の桃色天国を好きほうだいに味わいたかったけど。
「俺、次はなんに生まれ変わるのかな……石油王の息子にでもなれないかな。そもそも人間になれる? フナムシとかアメーバとか言わない?」
「あなたの魂が強く深く求める生き方があるならば、叶えてさしあげることも不可能ではありません」
「……マジで?」
「アナタにはその資格があります」
思ったより融通が利くのか。神様やさしい。信者になりそう。
「アナタは因果操作されたゴッドブレス隕石をその身に浴びることで、激烈な運命力の加護を得ました。その魂は歴史に名を残した英雄や、無数の信徒を生み出した聖者にも匹敵するもの――常人を超越して高次階梯に進んだという証拠に、いまこうして私と対話できているのです――」
………………。
……えーと。
「操作された、隕石……?」
「はい。超絶運命パワーの備わった魂を生み出すため、アナタが地球と呼んでいる惑星を管理する《神》との合意のうえで、落としました」
「俺に狙いを定めて、隕石を叩きつけて、潰し殺したと」
「人間に当たるよう調整しましたが、特定の個人を狙ったわけではありません。たまたま当たったのがアナタというだけです」
「つまり俺、殺されたってことじゃん!」
俺は悲鳴じみた声をあげた。
「ご不満でしょうか……?」
「そりゃね! なんてことない人生だったけどね! 他人の都合で強制終了されたら平然としてられるはずないと思うんだ!」
「でしたら――選択肢がふたつあります」
神さまは両手を広げて、手の平のうえにバレーボール大の光の玉を浮かべた。
右手の光球内では無数の刃物や鈍器、そしてギロチンが金魚のように泳いでいる。
左手の光球には果てしなく広がった森の風景が映っている。
「わたしへの懲罰を望むなら右手を取ってください。その身に宿した運命力が尽きるまで、わたしを好きにいたぶり、凌辱することができます」
「懲罰とかいたぶるなんて、さすがにそこまでは……え、凌辱? 凌辱って言った?」
「はい、凌辱です」
「性的な意味で?」
「ご自由に」
「そうかぁ、凌辱かぁ……暴力はいやだけど、凌辱ときたかぁ……」
率直に申しあげて、ちょっと心惹かれる響きです。
「新たな可能性を欲するなら左手を。その身に宿した運命力によって私の管理する世界を救ってくだされば、あなたの望む人生を贈呈しましょう」
「世界を救えば……望むような人生?」
俺のなかで荒れ狂っていた怒りと不満が引き潮になっていく。
「たとえば、可愛い女の子にモテモテ人生とかアリ?」
「私の管理する世界で叶う範囲であれば、最高の美女と愛しあう運命に導きましょう」
「……ハーレムとか」
「充分に可能です。あなたが手に入れた運命力を私が調整し、転生させることにより、世界律との同調が――」
「難しい話はわからんけど。たしかにそれは美味しいな……」
つまり一夜の過ちを百億回繰り返せる立場になれるというわけだ。
報酬だけ見れば最高級のもてなしと言ってもいい、のだけれども――
「前提条件の、世界を救うっていうのは、具体的になにをしろって話なのかな」
「ええ、それが私たち管理者も頭を痛めている問題でして」
女神は頭を押さえてため息をつく。
「世界を狂わせる《ねじれの因果体》――魔王を倒してほしいのです」
創造されたばかりの世界は不安定である。
ともすれば不確定な因子によって跡形もなく崩れ去ってしまう。
管理者たる神々は様々な手段で安定を図る。
自然法則をいじったり、いろんな地形を作ったり、生物の種類を増やしたり。
最初はその世界に降りたって直接的に干渉する。いわゆる神話時代。
世界構造が確立されていくと、管理時空に戻って間接的な手段に移行する。いわゆるバタフライ・エフェクト。
たとえば、ある日の天気を快晴にする。
日差しの気持ちよさに、とある青年が外出する。
予想外に暑苦しくて苛立った青年がゴミ箱を蹴ると、ヤクザに直撃。
ふらついたヤクザは車に轢かれて死亡。
彼は鉄砲玉として人を殺しに行くところだった。生きのびれば十年後、内閣総理大臣になるはずの若手議員を――
「ずいぶん遠回しなことするんだな」
「事態が急を要するなら、特定の人間に祝福を与えて聖者や英雄とし、因果律に大きな潮流を生み出すこともありますが――世界は形が定まるにつれて、神々の干渉を受け入れる余地がなくなっていくのです。神の降臨は世界崩滅の引き金となりましょう」
「息子夫婦の家に住みこんで離婚の原因になる親みたいなもんか」
「いささか卑近すぎますが、それで理解が進むなら構いません。問題は、あえて夫婦仲を試そうと嫌がらせに励む親がいることでして」
女神は何度目になるかわからないため息をつく。
「人間はそれを邪神と呼んでいます。世界構造に欠陥がないか確かめるため、混乱と破滅をもたらす者たち――」
そして、またため息。
「うちの邪神担当が面白半分でやりすぎました」
「つまり、そのやりすぎた結果が魔王ってことか」
「強さ設定を完全に間違えているんです……魔族だけならエルフを筆頭にした光の軍勢で対抗できるのに、魔王の邪気でエルフの出生率が激減してしまって」
エルフは人間よりも長命な存在らしいが、繁殖できなければ戦力を維持できない。
光の軍勢はどんどん弱体化し、魔王軍が拡大していく。
魔王が力を増せば、因果律のねじれが広がっていく。
世界がヒビ割れ、いずれ崩れ去る。そうなれば一から作り直しだ。
「その魔王を倒せば、俺は好きな人生を手に入れられると」
「左様にございます」
「ちなみに、その世界のエルフってどんな種族?」
「強く美しく長命なる知性種です。世界をよりよく治める未来を嘱望されていました」
「耳は尖ってる?」
「長く尖っているので、長耳族と呼ばれることもあります」
耳が尖っていて美しい長命種。
ゲームや漫画でよく見かけるエルフのイメージそのままだ。
「……なにを隠そう、俺はエルフ大好き人間だ」
理想の女性は、と聞かれたらエルフと答えるのが俺という生き物です。
エルフ系の卑猥な同人CG集は手当たり次第購入してHDD容量を圧迫してました。
給料れぐらい飛んだんだろうなぁ。あはは。
「やろう、やり遂げてみせよう。リアル・エルフ・ハーレムのために」
「喜ばしきかな……! アナタに世界の祝福を!」
「で、送り出すにあたって、どんなチートをプレゼントしてくれるんだ。まさか無力な一般人にヒノキの棒で特攻させたりしないよな?」
「お察しのとおり、アナタにはふたつの力を進呈します」
女神は左手の光球を握りつぶし、ぱっと開いた。
湾曲した木の枝が出現する。
先端と先端を紐で結びつけているところからして、弓だろう。
「ずいぶんと手作り感あふれてるな……芽とか出てるぞ」
「わが愛弓ケイローンです。百発百中の加護は当然として、使い手の技量次第で風や光を矢に変えて撃ち出すことも可能。なによりも、魔族の邪気を打ち払う破魔の力を宿しています」
「要するに魔族特攻だな」
俺は弓を受け取り、弦を爪弾いてみた。
ビィン、と低めの音が心地よい。
「そしてもうひとつの力――それは《技》です。あなたが望む技術を、人類として到達可能な最高の水準で与えましょう」
「スキルをレベル99でもらえるってことだな」
「わが世界の知性種が持ちうる同系技術の頂点に立つものとお考えください。神の領域に近い絶技です」
女にモテる魅了スキルとか心惹かれるけど、魔王を倒せばハーレム確定なんだからガマンしよう。
いまは戦闘に役立つもの、そして魔王殺しの武器を活かせるものがいい
なら迷う必要はない。弓を極めて世界を救うのが最たる近道だ。
俺は求めるスキルを口にしかけて――ふと思いとどまる。
「神の領域に近いってことは、そのものではないのか?」
「人類のスキルと神々のスキルは別物ですから、単純比較はできませんが……強いて言えば、人類の頂点をスキルレベル99としたら、狩猟神でもある私のスキルは999に相当します」
「……おまえが空から魔王を撃ったら即終わらないか?」
「世界のバランスが崩れなければそうするのですが……」
どうも釈然としない。もっとこう、数値が壊れるぐらいのチートを期待していたのだが。
だいたい弓スキルを選んだところで、ステータスが上昇するわけじゃないだろうし。
たとえば魔法を防御できなければ瞬殺、なんてこともありえる。
万能でないのなら、もっと爆発的なメリットがほしい。
神スキルがほしい。
「あ」
思いついた。
「スキルをコピーするスキルってある?」
「技術摸倣ですか? もちろんございます」
「あらゆるスキルをコピーできるスキルだぞ」
「ええ、あります。低レベルなら猿真似にすぎませんが、最高レベルなら対象の技術を九割水準で再現できます」
「それだ、それがいい。それ以外にない。くれ、いますぐくれ」
「でしたら――手をお出しください」
俺は求められるまま、ケイローンを左手に持ち替えて右手を差し出した。
女神は両手で俺の手を包みこむ。
柔らかくて、ほの温かい。女性とのスキンシップに餓えている俺は軽く痺れてしまう。
いやめっちゃ痺れる。
全身がガクガク震えるぐらいの電流が駆け抜けていた。
「ひゃばばばばばばばばばばばばばゥおンッ」
「汝、摸倣せし者――すべてを見極め、すべてを操る者――その力、月の満ちるがごとく――」
「ばばばっばばばばばひゃらりおッ、おんんっ、おふっ、ふぅ、うぅん……」
徐々に痺れが体になじんでいく。
それは新たな技術が定着したことを意味するのだろう。
どうすれば他人のスキルを見極め、コピーできるかが、直感的に理解できる。
頭の片隅に「技術摸倣(99)」という文字が浮かんできた。
コピー能力の名称とレベルだろう。
さらにその横に100という数字が浮かんでるけど、これはコピー可能回数。
一ヶ月に百回コピーできるということ。
「勇者よ、これからアナタをわが世界に送り出します。そこでアナタは魔王を討ち倒す使命に――」
「スキルコピー発動! 対象、女神の弓術!」
「ふえっ、ちょっ、それはマズイですよ……!」
女神は慌てているが、俺はすでにコピーを開始している。止まれない。
「精度MAX、期限は無期限――!」
触れあった手からふたたび痺れが流れこむ。スキルを手に入れている証拠。
摸倣は成功だ。
「おお……俺が強くなっていく実感が……!」
頭のなかのスキル爛に「神性弓術」の名が刻まれて、レベルが一気に上昇していく。
反比例してコピー可能回数も減少していく。
一回使い捨てのコピーなら一消費だけど、恒久的に使いつづけるなら全消費。
それだけの価値が女神の弓術にはあるはずだ。
全身を蝕む電流にも慣れた。
「ひゃばばばばばばばばっ、ばははははははははははッ」
100が90に。
90が80に。
70。
60。
50。
どんどん減少していくカウントが清々しい。
40。30。20。10。
0。
-10
「お、おふばッ、ばばばばびッ?」
「だから止めようとしたのに……! 人間のキャパシティで神のスキルを摸倣するなんて無茶です! 不可能です! 滅茶苦茶です!」
カウントが止まらない。-100を下回っても減りつづける。
徐々に電流も激しくなっていく。慣れたはずの刺激に俺は悶え苦しんだ。
「ばひゃばばばばばっばばばーッ、あばばばばばっばばばっばばばばばばばばッ!」
「うわっ、うわっ、魂が、魂がちょっとアレな感じに! カズヤさんの存在が危険域!」
-500。まだ止まらない。全身が焼ける。
-800。加速しつづける。肉体がねじきれるような感覚。
-999に達した、その直後、数字が変化した。
●☆■◇×
バグった。
電流が止まった。
さっきまで俺の体だと思っていたものが、霞のように頼りなく感じられる。
死後の世界だし、体というより魂そのものなんだろうけど。
「なんか俺、すっごい消えそうな感じがする……」
「あなたの魂は擦り切れる寸前です……! これはもう、一度転生させてリセットするしか……うん、それしかありませんので、行きます! 諦めてください!」
「いま諦めろって言った?」
「わりともう絶望的な気もしますが、アナタの未来に祝福を!」
「投げたな! だいたい俺のせいだから文句は言えないけど投げたな今!」
螺旋状の世界が光を増す。
かすれた俺の魂は導かれるように上昇――あるいは下降していく。
感覚が曖昧でよくわからないけど、どこかに移動していることはわかった。
すさまじい加速感なのに、なぜだか妙に眠い。
全身が泥になったような倦怠感だ。
俺はなにもかも忘却して、ただ目を閉じた。
意識が光に飲まれて、消えていく。
目を開けたとき、世界は霞んで見えた。
輪郭のぼやけた緑色のスクリーンが目の前に広がっている。
鼻をくすぐるのは、いかにもマイナスイオンという感じの匂い。
緑色はおそらく植物だろう。ビックリするほど鬱蒼と茂っている。
目を凝らせば、草木や蔦が重層的にあたりを囲いこんでいた。
木漏れ日があってもなお薄暗いほどの深い森だ。
「困ったなぁ」
しわがれた声が出た。喉が妙にいがらっぽい。
ごほん、と咳きこむ。
「そうだ、あの弓……ケイローンはどこだ」
なんにしても武器が必要だ。
魔王が幅を利かせている世界なら、いつモンスターに襲われてもおかしくない。
あたりを見まわすうちに、目のかすみが多少マシになってきた。
どうにもピントが合いづらい。どちらかと言えば、遠くよりも近くが見えにくい。
手足は重たくて、動かすのに少々時間がかかる。
ちょっと屈もうとしたら、腰にしこりのような鈍い痛みを感じる。
転生直後の不調なのだろうけど、これから魔王退治をしようってのに不便なもんだ。
「そういえば……生まれ変わりと言っても、かーちゃんの股からポンと出てくるわけじゃないんだな」
ハイハイではなく、立って歩ける。ある程度は成長した肉体ということだ。
動きはまだ鈍いけど、慣れたらきっと素早く活動できるはずだ。
「あっ」
俺はなにかにつまずき、あえなく転倒した。
地面に打ちつけた膝が傷むけど、革のサポーターをつけてるから擦りむくことはない。
俺は簡素な布の服に、要所を覆う革鎧を身につけていた。
初期装備としては可もなく不可もなくか。
立ちあがろうと地面に手をついたとき、前方に泉があることに気づいた。
さっきから喉の調子も悪いし、一杯の水を飲みたい。
「いや……生水は体に悪いか」
俺は身を乗り出して泉に口をつけ、うがいだけでガマンした。
ほんのすこし口内がサッパリした。顔も洗うと気分爽快。
「よし、これで体の調子も戻るだろう」
泉から身を離そうとして、俺は動きを止めた。
俺が触れたことで泉に広がっていた波紋が、ゆっくりと消えていく。
水のなかに変なのがいて、俺の顔を覗きこんでいた。
顔はしわくちゃ。
髪の毛は隅々まで白。
呆然と目を見開いて、口も半開きの、
間が抜けた顔の、
おじいさん。
「……はは」
いや、わかってる。もちろん本当は理解している。
それは水のなかの老人じゃなくて、水面に映っている鏡像だ。
「なんたることじゃあ……チートの代償は老衰とはのう、ははは、はは、はぶふっ、ごほッ」
なんとなくジジィ口調になり、乾いた笑いの途中でむせ返る。喉も弱くなっているらしい。
手足の重さも、視界の悪さも、全部老化が原因だろう。
これ、無理じゃない?
意識すれば、脳内に「技術摸倣(99)」と「神性弓術(94)」の表示が浮かぶ。
技術摸倣の横には「●☆■◇×」という俺の過ちの証拠まで刻まれている。
ヨボヨボの爺さんが実は達人でした、という展開は非常に燃えるけれども……
ぶっちゃけ立ちあがるのも一苦労だ。いくら技術があっても弓を引ける気もしない。
魔王退治どころか今日の生活すら困難と思える。
――ぼふぁあ、ぼふぁあ、ぼふぁあ。
荒々しい息遣いと、茂みを揺らす音が聞こえた。
全身の血が凍りつく。
野生の獣か、魔王の尖兵か。どちらにしろ、ジジィの身では命乞い以外できることはない。
生まれ変わって即惨死とか冗談じゃない。
「ゆ、弓……ワシの弓はどこにあるんじゃ……」
震える手であたりを探った瞬間、頭に閃きが走った。
こっちじゃない。後ろだ。
四つん這いで後ろに向き直ると、さっきつまずいた場所に弓があった。
木の枝の先と先を紐で結んだような、ちょっとショボい弓。まぎれもなく神弓ケイローン。
「ワ、ワシの武器じゃあ……!」
どうやら神性弓術があれば直感で得物を探ることもできるらしい。
手を伸ばして弓を握りしめた途端、冷えた体に熱が広がった。
腕に力が入る。
脚に力がみなぎる。
背筋に力がほとばしる。
俺はバネ仕掛けのように立ちあがった。
従軍経験のある老人に銃を持たせたらシャキンとするって感じのノリ。
「ギイィ……ギイ、ギィ……!」
ジジィの身に起きた異変をまえにして、獣のうなり声が警戒の響きを孕んだ。
逆に俺のなかでやつらへの恐怖が薄れていく。
「お。おぉおお。おほぉおおうッ。若き日の力がいまここにぃ……!」
ためしに弦を引いてみると、ごく自然にフォームが仕上がった。
体を横に開き、弓を持った左手を前に、弦をつまんだ右手は右肩まで引く。
矢はつがえていない。
風と木漏れ日が渦巻きながら集束して、一本の線になっていく。
神々しいほどの完璧な構えに自然現象が引き寄せられて矢となる――神性弓術の真髄だ。
同時に五感が研ぎ澄まされていく。
目に映るのは、さっきまで霞んでいたのが嘘みたいに鮮明な光景。
はるかかなたの木の一本一本、いや葉の一枚一枚、その葉脈まで。
見えない場所にあるものまで感じ取れる。耳で、鼻で、舌で、肌で。
全感覚が矢で獲物を射貫くために特化している。
「後ろ、三十メートルってところじゃな……」
茂みに隠れているのは野生動物ではない。二足歩行で武器を手にしている。
目で見なくても姿は把握できた。
鼻息の高さ、勢い、量、体臭、みじろぎで震える大気、などなど、判断材料は無数にある。
ねじくれた顔。獰猛な牙。小柄なわりに発達した筋肉。
言うなれば小鬼――ゴブリンというやつか。
「んぎゃお」
リーダーとおぼしき賢しげな一匹が小さく声をあげた。
群れが三手に分かれ、俺の左右に三匹ずつ回りこんでくる。
「はぎょぉおおおおおおおおおッ!」
三方からゴブリンたちが襲いかかってくる。
「ほいっ」
俺は顔も向けずに、ただ弦を手放した。
風と光をよりあわせた矢は十一本に枝分かれし、Uターンして散開。
ゴブリンの頭をすべて射貫いた。威力がありすぎて貫通どころか爆散する。
「大した威力じゃのう……さすがは神さまのスキルじゃ」
漂う血臭のなか、俺は充実感とともに弓を下ろした。
たちまち糸が切れたみたいにガクンと体が重くなる。
スキルに引っ張られて体が動くのは、あくまで弓を使うときに限るようだ。
「やれやれじゃが……これで魔王討伐に希望が持てるわい」
俺は弓を杖がわりに歩きだした。
どうせ老い先短い命。
魔王に挑んでハーレムの夢を叶えるのも悪くない。