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魔女帽子  作者: 今西薫
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 説明を聞いた真鶴はたっぷり数秒沈黙して、絞り出すように「冗談にもほどがある」と呟いた。

「臣が平気だった理由はそれだったのか。……判った、街にいる人全員に連絡と、男性の皆様に出動願うことにする」

「うん。それが懸命だよね。多分、急いだほうがいい。次の段階があるよ、きっと」

 ――魔女帽子……魔女防止。要するに、魔女……女性の魔法使いの行動を阻害する、帽子らしい。

「こっちはまだ一人しか帰ってきてないから、まずは街に残っている魔法使いたちの保護を優先的にする」

 ちょうど帰ってきた初菜を手招きする。

「問題は、こんな混乱を何のために起こしたか、だと思う」

 一瞬首を傾げた初菜は、美月が電話に向かって話しているのを見て、何事かを察したのか真剣な表情で近寄ってくる。

「何のためにって、椎名はいつも面白がってただけでしょ」

 電話の向こうの真鶴は、昔を思い出すように言う。

「面白がるにもちゃんと理由があるのが椎名なの。里瑠にも連絡をとって、とにかく本人を捕まえるのが一番だと思う。私も準備が終わったらすぐ参加する」

「体は大丈夫なの? 確かに、椎名のことなら美月が出てきてくれたほうが助かるとは思うけど」

「体は大丈夫。ってか、私は椎名係なわけ?」

 そういえば、高校時代には椎名がなにかやらかすとそのたびに呼びに来られてたなあと思い出す。結局止められたことは一度もなかったのに、何故か頼りにされていた。

「うん」

「……そこは否定して欲しかったわ」

 笑いながら言って、あのね、と言葉を継ぐ。

「私が出ても椎名を止めることはできないよ。でも、椎名の考えそうなことは判る」

 何故、椎名がメッセージを美月に寄越したのか。

 おそらく、ターゲットは自分なのだろうと、美月は気付いていた。

 真鶴もそのことに気付いたのだろう。美月に気をつけるように言い、電話を切った。

 携帯電話をポケットにしまいながら美月は初菜のほうを向いた。

「今、どうやら街中で謎の壁が発生しているらしいの。初菜は、藤菜と晩御飯の支度をお願い。それから、全員帰ってきたら私に連絡。……あ、その前に、帰宅していない子たちに一斉に連絡を入れて、壁に出会っても迂回してとにかく帰ってくるように伝えて。あと立ち往生している子の居場所も教えてくれると助かる」

「判りました」

 話しながらエプロンを外して、コートを羽織る。メニューを伝えると一瞬不安そうな顔をしたが、もう何度も一緒に作ったことのあるメニューだ。大丈夫だろう。

「美月ちゃんは?」

「倒れている人がいたら保護に回る。でも、犯人を探さないと」

 苦笑して伝えると、心配そうに眉を顰められた。

「大丈夫よ、こんな大がかりでバカげたことをするヤツだけど、誰かに危害を加えようって気持ちはないから」

 そう伝えても、初菜は信じられないというような表情のままだった。




 美月が街に出る直前、真鶴から再び連絡があり、携帯端末に『壁』の位置確認用のアプリのダウンロードをさせられた。なにそのハイテク、と驚く美月に真鶴は、観察者を設けて地図に落とし込んでるだけのアナログだと笑った。確かにアナログだろうがなんだろうが、位置が判るのと判らないのでは大違いだ、と素直に礼を言った。

 それから、問題の『壁』は、もっとアナログな方法で、男性諸君が持ち運んで撤去している。女性たちは一応観察だけに留めている。倒れてしまったら、助け出すのに更なる人員を要するからだ。

 が、思ったより事態は深刻だった。角を曲がる前に携帯端末を確認するたびに、どんどん『壁』が増えていくのだ。さっき撤去されたと確認した場所にまた『壁』が登場していたりする。『調査』をしない限り安全とはいえ、行動は制限される。とにかく早いうちに全員を安全な場所へ移動させないと、と通学路を辿っていると、()(たび)真鶴から連絡が入った。

 『壁』の数がさらにとんでもなく増えてきたらしい。

「美月、椎名が何を考えてるか判ってる?」

 確認するように真鶴が聞いてきた。

「多分。なんでこんな久々に行動を起こしたかは判らないけど」

 椎名はもともといろんな突飛な行動をしてはいた。だがその回数が増えたのは美月が魔法を使えなくなってからだ。最初は単に元気付けようとしていたのだと思っていたが、ある時からなんとなく気付いていた。

 椎名は、美月が猫の危険を回避しようととっさに魔法をつかったのなら、魔法を使わざるを得ない状況に追い込めば良いと考えたのだろう。だが、結局は椎名自身で大事故にならないように魔法で回避していた。

「確か、一度、魔法が使えるようになったことがあったよね」

 真鶴の言葉に美月は首を傾げた。少なくとも、自分で使えたと感じられたことはない。

「……?」

「ほら、クジラ風船事件の時」

 美月の様子は見えなくても返事がないことで思い出せないのだと判断した真鶴は、その昔椎名が起こした事件の名を告げた。

 黒いゴミ袋を繋げてクジラを作って空気を入れると、太陽光により空気が熱せられ空に浮かぶという人間界での実験をテレビで観た椎名が、学園の生徒の魔力を少しずつ浮力に変えたら空飛ぶクジラを作って空を飛べるのでは、と実験をしたのだ。

 そのことは美月ももちろん覚えていた。

「ああ、あれ。………あ!」

 だから何気なく返事をして、ふと思い出した。

「ね、あの事件の時」

「あー! 判った。判った真鶴、いいこと思いついた」

「は?」

「多分、急いだほうがいいと思う。椎名なら、この先もっともっと『魔女帽子』を増やしてくるから、その前に……あ」

「なによ」

「ちょっと遅かったか。……空を見て」

 電話の向こうの真鶴が、人間界の空を確認できる状況なのかは不明だが、とにかく告げてみる。

 何しろ、空に無数の『魔女帽子』が浮かんでいるからだ。

「美月、何が起こってるの」

 やはり、真鶴には状況確認ができないらしい。

「『魔女帽子』が空から降ってくるところ。すごいよ、カラスがすんごい数集まって街を囲んでるみたい」

「え?!」

「まあいいや、多分これが最終段階だから、ここを乗り切れば終わるよ」

「美月?」

「説明はあとで。急がないと、ごまかすのが大変になるよ」

 説明不足なのは仕方ないと、真鶴が混乱しているのは容易に想像できたが、指示を飛ばしていった。



 空飛ぶクジラは、浮遊の魔法の授業のあとに起こった事件だった。

 みんな自分一人を浮かす程度の力はもっているのだが、魔力の向け方が上手くいかなくて浮き上がれない生徒がクラスの半数程度いたのだ。

 もちろん椎名は普通に浮遊できた。普通にできたから、暇だったのだ。暇だった彼女は考えた。いつか観た巨大なクジラの風船に、みんなが少しずつ浮遊の魔法を注げば、全員を乗せて空を飛べるんじゃないか、と。

 そこで考えるだけならば椎名ではない。実行してしまうからこそ、椎名なのだ。彼女は、大量の黒いゴミ袋を入手し、発火の要領で指先に適度な熱を集めゴミ袋を繋ぎあわせ、一人で巨大なクジラを作成した。

 そして、浮遊の魔法の練習と称してグラウンドへ生徒を誘い出し、太目のホースに魔力を注ぎ込むようみんなを唆した。結果、注がれた魔力によりグラウンドに敷かれていたクジラは膨らみそして宙に浮いた。――大勢の生徒を背に載せたまま。

 ……要するに、今回の『魔女帽子』はそういう仕組みなのだ。

 浮遊の魔法は、実際に浮くことよりも、適切な場所に魔力を注ぐことが重要な魔法だ。椎名は、ホースという『的』を用意することで、注ぎ込む場所を明確にした。だから、大勢の生徒たちの魔力を集めることができたのだ。

 今回の『魔女帽子』は、その名前に関連付けて『調査』というきっかけで、無意識に魔力を注ぎ込むように設定された、魔道具だったのだ。この『無意識』というのがポイントだ。魔法使いたちは『調査』をする際には少なからず「魔力」を使う。美月でさえ、使えてしまう程度の、ごく微量の「魔力」を使う。きっかけを与えられた『魔女帽子』はスイッチがオンになる。普段なら『調査』に使われる「魔力」は、信号となって状況を魔法使いに知らせる。だが『魔女帽子』は信号を返さないようになっている。だから、ナニモノなのかが判らないまま『調査』を続け、結果「魔力」を吸い取られるのだ。そしてそれだけでなく、魔力を吸い取りながら体力も吸い取っていく。

 相手が他の知らない人ならどうしたらいいかなんて、美月には判らない。

 けれど、椎名ならば、少しは理解できる。

 宙に浮いて降りられなくなったクジラは、ゆっくりとグラウンドへと着地した。あの時と同じことをすればいい。


 『魔女帽子』は、とにかく素早く回収させた。ようするに『調査』をしなければ良いのだ。

 そう伝えて、風を吹かせて、一旦上空に上げてまとめて、そこから転移魔法で、学園内に移動させた。

 そして学園内では、男性諸君の魔法により、鍔ととんがり帽子部分を分離させた。女性たちも実にアナログな方法だが手作業で同じことをした。

 すべて終わるのには半日ほどを要したが、それでもなんとか片付けることが出来たとき、作業に従事した魔法使いたちから歓声があがった。

 一緒にハサミを持って作業していた美月は肩の荷を下ろしたように、息をついた。

「人海戦術、とはねえ」

 横で同じように一心不乱に作業していた真鶴は呆れたように呟いた。話しながら作業をしたいところだったが、油断をすると「魔力」を吸い取られてしまうのだ。実際、作業の最初にはそれで倒れてしまった女性たちが数人いた。そして、「魔力」を吸い取られると、『魔女帽子』は分裂をするのだ。仕方ないので、校歌を合唱しながらの作業となった。主旋律を歌う者、下パートを歌う者、なかなか荘厳な合唱が、長時間学園に響き渡った。

「これはこれで、語り草になりそうねえ」

 ぐるぐると肩を回しながら、のほほんと言う美月の肩に、真鶴は手を乗せた。

「要するに、クジラ事件の時は何をしたのよ」

「ん? 穴を明けただけだよ」

「は?」

「高い所が得意な人に頼んで、鯨風船の四方に針で穴を明けたの。そのままじゃちょっと怖かったから、セロテープ持ってる人を探して、一旦テープを貼ってから、その上から穴を明けたんだよ。風船っていってもゴム素材じゃないから大丈夫だと思ったんだけどね。で、ちょっとずつ空気を抜いたの。横向きに空気が抜けるようにして」

「ええと?」

「椎名は、風船の中の空気をターゲットにして、浮遊の力を定着させてたの。だから、空気さえ抜けば降りられると思ったんだよね」

 予想通りゆっくり抜けた空気は、ゆっくりと浮遊の力を横に分散させていった。それとともにクジラも高度を低くして、静かに着地した。

「ってことは、美月はまったく魔法を使ってないの?」

「うん。使ってないよ。ってか、なんで真鶴は私が魔法を使ったって思ったの」

「それは椎名が言ったから。でも、本人は気付いてないから黙っていようって」

 そう言いながら、真鶴は、あれ?と首を傾げた。どうやら気付いたらしい。クジラ事件の後も、いくつか事件はあった。だが、その後の事件の時は、美月が魔法を使えたと伝えられていないのだ。

「実際使ってないから、仕方ないわよ」

 美月が笑いながら言うと、真鶴は少し淋しそうな顔をした。

「椎名は、椎名だけじゃなくて私も、美月がまた魔法を使えるようなって欲しいって思ってるよ」

 椎名みたいなやり方には反対だけどね、と付け加えて苦笑して。

 それには美月も肩をすくめて苦笑を返した。

 雪花が倒れた時、魔法を使えない自分でいいのかと思った。だが、こんな事件が終わって思うのは、やっぱり使えなくても仕方ない、ということだ。

 少し遠い目をして、無効化されたとんがり帽子の残骸を片付けている人たちを眺めていたら、、真鶴がぷぷぷ、と笑った。

「でも、まさか魔法を使ってなかったとはねえ」

「あの時もそう説明したと思うんだけどなあ」

 だが、椎名のことだ、話の半分くらいしか記憶に残ってない可能性は高い。

「椎名らしいね」

「うん、椎名らしい」

 そして、私たちも片付けよう、と二人して笑いながら立ち上がった。

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