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魔女帽子  作者: 今西薫
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「ただいまー」

 カランと音がしてドアが開くと軽い足音とともに少女たちが入ってくる。

 口々に挨拶をして入ってくる彼女たちに、()(つき)は顔を上げてにっこりと笑顔を向けた。

「おかえりなさい。手洗いとうがい、ちゃんとしてね」

 と言ったところで美月は思わず動きを止めた。少女たちの頭の上には朝には見なかった帽子があった。

「それ、どうしたの?」

 黒いつばの広いとんがり帽子。物語の中の魔女がよく被っているあの帽子だ。

 美月が問うと少女の一人、(せっ)()が笑った。

「もうすぐハローウィンでしょ? みんなで仮装をしようって話になって」

 ね、と同意を求めるように他の二人を見ると、(あさ)()(はつ)()も笑いながら頷いた。

「仮装って、魔女の?」

 少し吹き出してそう問いかけたのは美月の向かい側に座る()(つる)だ。今日は同窓会の打ち合わせでやってきていたのだ。真鶴の言葉に、その隣に座る(おみ)も吹き出す。

「真鶴先生! こんにちは、久しぶりー! ……そう、面白いかなって思って」

 雪花は嬉しそうに答える。真鶴は中等部の教員をしていたので彼女たちとも顔見知りだ。

「臣先生はどうしたんですか? 今日はお休みでしたよね?」

「ってか、ここ、男子禁制ですよ!」

 雪花の後ろから浅黄が問いかけた。その肩越しに言ったのは雪花だ。初菜もうんうんと頷いている。

「同窓会の相談。男子代表。教員は対象外だろ。美月がここを離れられないっていうから、こっちから出向いたんだよ。……てか、お前らそれ、寄り道したんじゃないよな?」

 臣は高等部の教員で、彼女たちの担任だ。律儀に禁止されている寄り道を指摘しないわけにはいかない、と言った顔で注意をする。

「えー? みんなしてるしー」

「先生、見逃して!」

「そうそう!」

 そんなふうに言いながらも、彼女たちは臣の目が笑っていることに気付いている。臣もそのことが判っているので、大仰にため息をついてみせた。

「お前らなあ、もう少しうまくやれよ」

「はーい」

 口々に言うとスカートをひるがえして奥へと入っていった。

「しっかし……」

 ぷぷぷと笑いながら真鶴が言う。

「魔女が魔女の仮装とは、仮装と言って良いのか、と」

 美月もくすくす笑う。

「まあいいんじゃないの。実際あんな恰好はしないんだし」

「しないねえ」

 臣も笑う。

 なんとはなしに三人同時にカップを口に運び。

 顔を見合わせて笑い出した。



 美月たちは魔法界の住人で、魔法使いと呼ばれている。

 その昔は魔法使いたちと人間たちは近しく暮らしていた。人間界でまだ魔法が普通のこととされていた頃だ。だが今では人間界では高度に科学が進み、魔法使いたちには暮らしにくい場所となった。と言って、完全に切り離して暮らすこともできない。……主に魔法界の住人たちにとって。

 そのため、人間界に高等学校を建てそこで学生たちを寮生活させることで、若い魔法使いたちに人間界を経験させることになった。あまりに子供の頃では間違って魔法を使ってしまいかねないし、年をとってからだと柔軟さが足りないという理由からだ。

 ――そう、魔法使いたちは、ひっそりと暮らしていた。魔法などおとぎ話の世界のこととして関係ないもののようにふるまっていた。

 だから、今回の少女たちの「魔女」の仮装は、盲点を突かれたようで面白く思えたのだ。

 少なくとも、自分たちが学生だったころには思いつきもしなかったことだ。

 普通の人間のように暮らさなくてはならないと、それだけを思っていたからだ。

「男子たちは何か考えてるのかな?」

 ふと思いついて美月は臣に訊ねた。とりあえず、男子代表と勝手に決めた。

「さあ? あんまりそういう話は聞かないな。…だいたい、女の魔法使いだから魔女なんだろうけど、男は何て呼ぶんだ?」

 訊かれた臣は腕組みをして返事をする。

「魔女とも呼ばないもんね」

 真鶴も言う。

「ハローウィンなら、ジャック・オ・ランタンになるか?」

「臣は似合いそうだけどね」

「そりゃ、真鶴もだろう」

「美月は魔女だよね」

「そう? じゃああの帽子買ってこないと」

「女子が魔女で、男子がカボチャのお化けって、なんか高等部時代を思い出すわ」

 ふと思い出したように真鶴が笑う。

「……あ、椎名ね」

 美月も思い出して笑った。

 臣だけがよく判らないらしく怪訝な顔で二人を見ていたが、思い出したようでふと小さく声を漏らした。

「石膏像事件」

「正解」

 真鶴がピンポーンと言い、美月は大笑いした。

 もう十年も前の高等部時代に同級生がやらかした悪戯だ。生徒の過半数をそそのかし、体育祭でのキャンプファイヤーを囲んでのフォークダンスで、美術室に置かれているデッサン用の石膏像の頭部のみの被り物に黒いマントで参加したのだ。キャンプファイヤーに赤く染まる白い頭部とひるがえる黒いマント。それはなかなか異様な光景だった。

「いや、あれは無いだろう」

 臣が顔をしかめる。

「え? 面白かったじゃない」

「高三の思い出に楽しみにしてた男たちの夢は粉々になったんだぞ」

 妙に真剣な顔で言う臣に真鶴が吹き出した。

「まあ、女子たちの中にも同じようなことを言ってた子はいたけどね」

「美月は石膏像になってたよね。好きな男がいなかったの?」

 ケタケタと笑いながら訊いてくる真鶴に美月は苦笑してうなずいた。

「うん。それに、それどころじゃなかったし」

 言うと場の空気が一瞬凍った。美月はそのことに気付かないふりをして、さて、と声をかける。

「そろそろ時間だよ。晩ご飯の用意しなくちゃ」

「……あ、ほんとだ」

 一瞬遅れて反応した真鶴は腕時計に目を向けて立ち上がる。

「私も用事があるんだった。先に失礼するね」

 手早く机の上の資料をまとめて立ち上がると、軽く手を振って姿を消した。瞬間移動だ。

「んじゃ俺も。次は、今度の日曜あたりでいいか?」

「うん。真鶴にも確認しとく」

「……おまえ、まだ使えないのか」

「うん」

 美月は軽く頷いた。

「そんな心配した顔しないで。もう慣れたし……というか、それどころじゃないの意味が違うし」

 臣が軽く首を傾げるのに、苦笑してみせた。

「まったくは違わないんだけど、使えなくなってそんな心境じゃなかった、っていうのじゃないの。使えなくなった私を励ましたかったらしいんだよね、椎名が。なんかあの頃は怒涛のように、彼女の悪戯が押し寄せてきてて」

「…ああ、それでか。なんか悪戯の頻度が高くなった気はしてたんだ」

 美月も元は普通に魔法が使えた。魔力などはむしろ強いほうで、その制御に苦労をしていたほどだ。だが、暴走させてしまい、その時の恐怖で使えなくなった。

 その頃だ。元々いろんな悪戯をしていた椎名が、さらに多くの悪戯をするようになったのは。

「ティタノボア化石発見事件、トリュフ犬訓練事件、校内縦断すごろく大会…」

 指折って挙げていくと臣は思い出したように小さく呻いた。

「次から次へと思いついては実行する椎名に振り回されてて、なんだかそんな気分にはなれなかった、って話」

「……」

「でも、思い出すとあれはあれで楽しかったね」

 同意を促すように美月が言うと、臣はすっと目を逸らした。

「臣?」

「ん? まあ、そうかもしれないよな…」

 微妙な顔つきでそう言った臣だった。




 美月がこの寮で預かっている女生徒は毎年十数人ほどだ。一学年が男女合わせて四十人程度。寮は男女それぞれあわせて十二ほどある。この小さな街に点在させてひっそりと紛れ込んでいるのだ。

 高等部の建物はこちらからも見えるが、正確には魔法界にあって、一般の人間は中に入ることはできない。一種の結界がはってあり、魔法使いたちだけが入ることができるようになっている。中の様子も外から伺い知ることはできない。外側で耳をすませば、なんとなく、普通の学校のような物音が聞こえるように魔法をかけてあるのだ。

 だから、生徒たちが油断できないのは寮を出てから校門をくぐるまでのごく短い距離だ。それでも心配はある。

 美月がここで寮の管理人を任されるようになってからしばらくは、生徒たちが「外」を歩いている時間には、どんな用事も入れないようにしていたほどに、不安になる。

 美月は、魔法が使えない。……使えなくなった。本来なら、大切な余所のお子様を預かるのに、美月のような状態の魔法使いは選ばれない。彼女が選ばれたのは、寮と学校が比較的近いことと、魔法が使えなくても指導ができるからだ。何かあった時にすぐに駆けつけられるような体制がとれたことも理由の一つではある。一人の魔法使いを寮の管理人として置くよりも、いざと言う時のためにフォローに回ったほうが効率的だったからだ。

 頭で理解していたことを体感として理解できるようになるまでには数か月要したが、今の美月は何か起こっても何とかやっていけるかもしれない、と思えるようになってきていた。少しずつ用事を入れられるようになり、ちょっとしたアクシデントにも慌てないようになり。

 だがそれは、自信というよりは、油断とか馴れとかいうものだったのかもしれない。

 そう思ったのは、その日、学校から帰ってきてから再び外出した少女の一人が慌てた様子で扉を開けて入ってきたからだ。

「美月ちゃん、美月ちゃん、たいへん!」

 浅黄は呼吸を整えながら、すがるような眼差しを向けてきた。

 晩ご飯の準備をしていた美月は手を止めて、自分の暢気さに腹を立てた。

 何かが起こったのだと、直感が告げていた。


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