不安なお茶会
「フォーリィ皇妃」
彼が私を呼んでいる。思えば、彼と出会ったのは400年程前のこと。
こうして一緒に毎日暮らす日が訪れるとは、幼い頃の私は思っていなかったのだから。
「フォーリィ、昔話をしよう。」
彼と話し合えることも奇跡の一つ。二人でお菓子を食べながらの会話は楽しいものである。
「貴方から話しますか?」
「いや…フォーリィ、お前から話せ。」
こうして、昔話が始まった。
■養母
ー昔、母(コルフィーヌ司教様)に聞いたことがありまして。ある日、血の繋がった母のことを知りたくて聞きましたら、『病弱で、優しい人。フェンネガリーヌお姉様に負けないくらい美しい方だったわ。』と言っていましたわ。そう言えば、フェンネガリーヌ様は、ファンテーヌお姉様と性格が全く違ったようで、こんなお話が残っています。
†.[外に出たい鳥]
鳥は空を自由に飛び、さえずります。ですが、鳥籠の中の鳥はどうしても飛べません。海の雫という名前を付けられるくらい青く澄んだ色をした鳥は、空を自由に飛ぶことが夢でした。ある日、海と言う名の一羽のカモメがフェンネガリーヌの鳥籠を開けましたが、フェンネガリーヌは飛び立とうとはしませんでした。
「どうして、鳥籠からでないんだい?」と彼が問うと、フェンネガリーヌはこう答えました。
「外に出たいと私は今でも夢に見ます。ですが、この鳥籠が大きな籠を編み、皆を守っているのです。ですから、私は鳥籠の鍵が外れようとも、此処から出ることは出来ません。」
そう言って拒む彼女を、彼は拐い、外の世界を見せました。彼女は初めて、海の青さを知りました。そして、鳥籠を出た彼女は、大きな籠のことを心配しながら、徐々に息を引き取ったのでした。
†.[鳥籠が嫌いな鳥]
鳥籠が嫌いな鳥がいました。鳥には幼い頃に自由に飛び回ったことが懐かしく思えるのです。鳥籠が嫌いな彼女は、それを壊すために巣を飛び出しました。それを仲良しの菫が止めようとしましたが、植物ですからその場を動けませんでした。
彼女は今でも、鳥籠を壊す方法を探しては外に飛び出すそうです。
このように、同じ鳥でも責任の感じ方は様々なのでございます。
「相変わらず、お前は話しが上手だ。俺も一つ、母の話しをしよう。」
そう言って微笑み、彼は母の記憶を語る。
■インルビン皇女
ー母は美しい人で、柳のように細く、桜のように儚げな人だった。難病にかかり、生涯を閉じたが…少しある話しがあってな。
†. [記憶]
お前の知らない秘密を、俺は知っている。全ては語らないことにするが……。数々の秘密の中から話すこととしよう。
ゼディリアを知っているだろう?俺の師である彼女が何故、お前ではなく俺を守ったか。その理由は…母が関係しているらしい。
昔の話だ…ゼディリアにとって母は『憧れ』だった。ゼディリアには、ある王命があってな。それが悪夢を見るほど、心苦しい内容だった。
「羨ましいねぇ…アンタは、さ。」
そう彼女が呟くと母も同じ答えを言ったらしい。
「ゼディリア、自由に駆け回れる貴女が羨ましいわ。」と。
この『無いものねだり』の会話が彼女に影響を及ぼしたようで、母の亡き後俺の養母となったテタルゥラに近づき、俺を殺さないように計らい、守ったらしい。
…人間とは、空を飛びたいと言ったとしても、空を飛んだとしたら、地上に戻りたいと言い出すように。何故か隣にあるものが、羨ましく思える生き物だということだ。
「……あぁ、我に帰れば……もう宵になる。もう寝よう、フォーリィ。」
「えぇ、もう寝ましょう。」
こうして、夜が訪れお開きとなったお茶会。……終わりを告げたはず、だったのに。
「……大丈夫か?」
「ごめんなさい……突然、歩けなくなっていたわ。」
驚いた…。
(私は……どうしたの?)
頭の中はもう、恐怖に取り憑かれている。
「……ほら、これで一緒に戻れる。」
不意に、横抱きにされる。…スティニスの温もりが、ゆっくりと染み入ってきて……少しだけ落ち着くことが出来た。
「ねぇ、スティニス……。お願いを聞いてくれる?」
「……お願いなんて久しいな。聞くだけ……だぞ?」
(聞くだけ、と言っているけれど…スティニスは少し嬉しそう。でも……哀しげな理由は教えてくれないのね。)
「今夜、私が寝るまで…お話を聞かせて……。」
子供の頃に戻ったみたい。こうしないと、彼が何処か遠く…手の届かない所に行ってしまいそうだったから。
「あぁ、良いよ。お前が寝るまで、昔話を聞かせよう。飽きても知らないぞ?」
「飽きないわ、きっと。」
(…私と生きている時間は、ほぼ同じ。何故、私より秘密を知っているのかしら?)
彼の話しが、私を楽しませるだろう。……拭いきれぬ、不安と共に。