皇妃様、皇帝陛下に溺愛される。【2】
皇妃様、皇帝陛下に溺愛される。の続きです。
前話から読まれることをおすすめします。
※ただのギャグです
「アレクは浮気しているんじゃないかしら。」
穏やかな昼下がり、ユースタシア帝国皇妃、ナターリアの一言で部屋の空気は凍った。
部屋付きのメイド達は固まり目を見開きやがて一斉に動き出した。
「ごっ、、誤解です!!!絶対に絶対に誤解です!!!」
「そうです!私達はよぉーーーく知っております!皇帝陛下はナターリア様を溺愛なさってるではありませんか!」
そう、愛されているのだ。彼はいつだってナターリアを一番に優先するし、ナターリアのためならなんでも買い与える。いつのまにか大量に増えている宝石やドレスを見て、ナターリアは慌ててプレゼント禁止令をだしたほどだ。
「でも、昨日だって一昨日だって………」
ナターリアはついに俯いてしまった。
ひと月前、結婚するまではアレクサンダーのことなど何も知らなかった。嫁ぐ前に知っていたことといえば賢帝、軍神と仰々しい二つ名くらいだ。
だけどかっこよくて可愛くてちょっとヘタレで自分の事をこんなに愛してくれるアレクサンダーを好きにならないはずがない。
たったひと月なのにナターリアはアレクサンダーを愛してしまった。
それなのに、今になって浮気なんて……
ナターリアの瞳が潤みだす。
それを見て慌てたのがメイド達だ。
皇帝陛下が浮気なんてするはずがない。
でも優しくていつも笑っているナターリア様が悲しんでいる。私たちがなんとかしなければ!
「姫様、どうしてそう思われるんですか?何か理由があるんでしょう?」
冷静に問いかけたのはナターリアが母国から連れてきた唯一の側付きである、サーシャだ。彼女は結婚してからも姫様、と呼び続けるが、それを咎める人間はいない。
ナターリアは顔をあげて、決心したように打ち明けた。
「最近、アレクの帰りが遅いの。
ずっと気になっていて執務が忙しいのかってリーヴィッヒに聞いたらいつも通りの時間に帰ってこられませんか?って。それで、執務室に迎えに行ってみようと思って部屋を出たら、見てしまったの。」
ゴクリ、とその場にいる全員が身構えた。
「執務室からでてきたアレクは廊下の角にある部屋に入ったわ。私が追いかけようとしたら中で聞こえたの。君のことを愛してる、っていうアレクの声が。」
私、そのまま逃げ帰ってきたの。そこまで言ってナターリアは黙り込んでしまった。
角の部屋。執務室の前の廊下の角の部屋。
そこまで考えてメイド達はあっ!と顔を見合わせた。
その部屋の名前は藍の間というが、そこは愛人を囲うような部屋ではない。
そう、そこにあるのは
ひと月前に撤去された大量のナターリアの姿絵だった。
サーシャとナターリアは藍の間に絵が保管されていることは知っているかもしれないが、藍の間がどこにあるのか把握してなかったのだろう。
使用人達は言うべきが言わざるべきか大いに悩んだ。
言った方がいいんじゃないの。
私がナターリア様なら知りたくないわ!夫が自分の絵に愛を囁いてるなんて!
でも、ナターリア様は浮気だと思ってるわよ。
どれもこれも皇帝陛下が変態なのが悪いのだ!!とその場にいる全員が心で叫んだ。
メイド達がこそこそ相談しているうちに、ナターリアの考えはよからぬ方にいたったらしい。
がたっ、と勇んで立ち上がったナターリアの言い放った一言に、メイド達は卒倒するかと思った。
「決めたわ。私、アレクが入った後にあの部屋に乗り込んで、自分の目で確かめる!」
アレクサンダーは今日も無事執務を終え、藍の間へと向かっていた。最近の日課である、ナターリアの絵を見るためだ。
本物のナターリアではなく、絵を見に行くのには理由がある。
実は、自分たちはまだ夫婦の営みを済ませていない。それどころか、することといえば親と子がするような軽いキスだけだ。
それは、恋愛に憧れを持つナターリアのためだ。彼女が自分を好きになってくれるまで待つ、とアレクサンダー自身で決めたことだった。
長い間片思いをしていたのだから、ナターリアの気持ちが追いつくまで待てると思ったのだ。
だが、自分はナターリアの魅力を甘く見ていたのだと知ったのは一週間ほど前だ。
結婚してから、アレクサンダーと一定の距離を保っていたナターリアが、急に心を開いてくれるようになった。
もともと人懐こい性格なのだろう。帝国にもアレクサンダーにもすっかり慣れた彼女は、物理的にも精神的にも距離をぐっと詰めてきた。
彼女と至近距離で目が合う度に、
ふわっと甘い香りがするたびに、
楽しそうに声をあげて笑う度に、
アレクサンダーは理性をフルで働かせて、ナターリアに飛びつきたくなる自分を抑えるのだ。
正直、このままでは襲いかかってしまいそうだった。
でも、そんなことをしたらせっかく開いてくれた心を閉ざしてしまうだろう。笑いかけてもくれなくなって、目も合わなくなって、しまいにはほかの男のところへ………
そこまで考えて、アレクサンダーは握り締めていたグラスが割れていることに気づいた。
だめだ、それは絶対にダメだ。
そんなことになれば自分は死んでしまう。
ついでに、死ぬ前に相手の男も殺してしまう。
でもどうすればいいのだ!
悶々と悩んでいたアレクサンダーが思いついたのが、ナターリアと会う前に絵を眺めることだった。
これを見て、耐性をつけてから会えばいくらかマシになるのだ。
妻がいるのに妻の絵に愛を語るなどなんと情けないことかと思うが、こうしなければ取り返しのつかないことになりかねないのだから仕方がない。
藍の間に入り、最近のお気に入り、「花畑でまどろむナターリア」の前に座ったときだった。
愛しい妻が勢い良く飛び込んできたのは。
「アレク!!浮気なんてひどい………わ?」
目の前に広がる光景を見てナターリアは思わず口をあけたまま固まってしまった。
アレクサンダーは一枚の絵の前に座り込んで硬直している。
絵。絵。絵。
絵で溢れた部屋だ。
まさか、嘘でしょう。私………
自分の姿絵に嫉妬していたのッ?!
ありえない事実に、直面してじわじわと、羞恥がせり上がってくる。
背後からはナターリア様〜黙っていてごめんなさい〜と涙声のメイド達の声が聞こえる。
「い、いったいどういうことなの………」
「ナ、ナターリア、これは違うんだ!」
「浮気者の典型的な返事ですね。」
いつのまにか現れたリーヴィッヒを見てなぜかふつふつと怒りが湧いてくる。
「リーヴィッヒ、あなたまさか知っていて、わざと黙っていた?」
そう、そうなのだ。そもそも自分が浮気を疑い出したのはこの男の言葉が原因ではなかったか。
「いえ、私は何も知りませんでしたよ。陛下が本物のあなたといるとムラムラするから絵で気を紛らわしてから部屋に帰っているなんて、今知りました。」
「リ、リーヴィッヒ!!お前なぜ知っている!」
飄々と言い放つリーヴィッヒの言っていることが本当のことだと慌てるアレクサンダーが証明してくれた。
なによ、それ。馬鹿じゃないの?
「あなたがヘタレなせいで私が馬鹿みたいじゃない!!」
完全に八つ当たりだ。
しかしアレクサンダーは慌ててナターリアをなだめる。
「す、すまない。いや、でも、君に無理矢理迫ってしまいそうで怖かったんだ………」
やっぱりヘタレだわ。
女の子の気持ちもわからないなんて。
「無理矢理じゃないわ……余計なこと考えてないでちゃんと本物の私を愛して。」
こんな言い方しかできない自分が情けなくなる。
だが、アレクサンダーには十分だったようで、ナターリアの顔をまじまじと見つめた。
「ほ、本当にいいのか?」
期待半分、疑い半分と言った表情だ。
素直になりたい。絵に負けたくない。
「…………アレクが好きよ。」
恥ずかしくて自分からアレクサンダーの胸に顔をうずめてしまってから、余計恥ずかしいことに気づくがもう遅い。
呆然としてたアレクサンダーは覚醒し、腕の中にいるナターリアを強く抱きしめた。
「今日はもう部屋からでない。夕食は隣の部屋に用意しておいてくれ。寝室には入ってこなくていい。風呂も自分でする。」
そう言い放つと軽々とナターリアを抱き上げて、歩き出した。
突然のお姫様だっこに慌ててアレクサンダーの首にすがりつく。アレクサンダーがナターリアを落とすなど万が一にも有り得ないが。
それから寝室に入ってすぐに、そっとベッドに下ろされた。
や、やっぱり今日は無理って言おうかしら
と今頃になって恥ずかしくなるが、アレクサンダーのひとことにもう全てを委ねようと思った。
「夢みたいだ。」
ポツリと呟いてくしゃりと泣きそうに顔を歪めてから、ナターリアにゆっくりとキスをする。
私って本当に馬鹿ね。
こんなに愛されているのに。
「アレク、好き。愛してる。」
アレクサンダーの首もとにキスを落とすと、彼は一瞬だけ固まり、可愛すぎるだろう、と真っ赤になって呟く。上目遣いで見上げてみると、唇を食むように貪られた。
「不謹慎だが、嫉妬してくれて嬉しかった。私も愛している、ナターリア。」
返そう、と思った。
この人が与えてくれる愛情に甘えるだけではなくて、ちゃんと愛情で返してあげたい、と。
何かを考えていられたのはそこまでだった。
文字通り、美味しくいただかれてしまったナターリアは昼間だというのに寝台に体を預けていた。
「姫様、大丈夫ですか??」
「うぅ〜〜痛い」
アレクサンダーは優しかった。すごく優しくて、そして同じくらいしつこかった。
女の人はみんなこんな痛みを我慢してるなんて、尊敬する。
サーシャはそのうち慣れると言うけど、痛くなくなる日なんて来るのかしら。と思う。
あの後、起き上がれないナターリアのため、と大義名分をもらって遠慮なくナターリアに構いまくるアレクサンダーと入れ替わりでサーシャがやってきた。
いつも以上に世話を焼いてもらうのが申し訳なくて、自分でやるわ、と言っては見たものの
結局立てなかったので諦めて今日は寝ていることにした。
サーシャはリーヴィッヒから「すいませんでした、いつまでも陛下がうじうじしているので。」と伝言を受け取ったらしい。
きっと全然悪いと思ってないだろう。
リーヴィッヒのおかげといえばそうだが、自分の絵に嫉妬するという大恥をかいたのも、リーヴィッヒのせいなのだから感謝はしないでおく。
「はぁ、あの絵はトラブルメーカーね。捨ててしまいたいけど絵師に悪いわよね……」
「それなら、私の実家へ運びますか?」
「そうね、それがいいわね。アレクには内緒で運んじゃいましょう」
自分の宝物が邪魔者扱いされているだなんて、アレクサンダーは知るよしもない。
彼は今頃、機嫌よさげに執務をしているに違いないのだから。
〜その頃の皇帝陛下〜臣下視点
いつもより倍以上の速度で政務をこなす皇帝陛下を、呆然と見つめる私達。
とてつもなく、機嫌がいい。
皇妃様の前以外では基本無表情のあの皇帝陛下が、今日は鼻歌でも歌い出しそうだ。
「へ、陛下。なにかいいことでもあったのですか?」
お前は勇者か!とその場にいる全員が思った。普段の怖さを知っているだけあって、いくら機嫌がよくてもなかなか聞き出せない。
「ん?あぁ。そうだな。いいことというか。ナターリアはどうしてあんなに可愛らしいのだろうな。いや、むしろ可愛いがナターリア……」
後半はボソボソとほぼ聞き取れなかったが、前半部分だけ聞いてもさっぱりわからなかった。
「そうだ。ナターリアを膝に乗せて政務を行うことにしようか。」
たぶんそれ、皇妃様嫌がりますよ、とは結局だれも言えなかった。
もう少しイチャイチャ入れる予定でした。
次のお話は糖度高めにします。