8話 半信半疑が確信へ
授業が終わり、手早く帰宅の準備をして校門へと……
出ようと思っていたが、下駄箱の近くに来た時に見た事のある二人組を見かけた。
(先日言っていた事は本当だったのか……)
確か喫茶店で会った時も制服姿だったと思うが、
すぐにこちらの教室にやってきた時点でまず同学年しか考えられない。
偽りが無いと知れば、必要以上に警戒する事は無いが……
「藤山、こっちこっち~」
「ん……ああ、解ったから大声で呼ばないでくれ」
ただでさえ兄夫婦が原因で色々と面倒な事になりかねないのだから、
クラスの皆に注目されてしまうのは避けたい。
しかし何も知らない彼女達にはそんな事情は通用しないのだろう。
「こんにちは、お久しぶりです」
「こちらこそお久しぶり。
確か……榎木さんでよかったかな」
「はい」
良かった、間違ってはいなかったみたいだ。
正直、自信があまり無かったのだが……
「で、そっちは沖本」
「そうだよ」
こっちはしっかりと覚えている。呼び捨てなどの印象が強い分余計に。
ただ、方向性を誤ると千佳さんみたいになりそうなので、
あまり積極的に関わりたくない人物……かもしれない。
何となくだが、周囲の視線を感じるので……
「とりあえず、別の場所に移動しようか。
こんな場所で話していたら間違いなく邪魔になる」
そう言うと、仕方ないので人目につく通学路からは少し離れて、
近くにあった空き教室へと三人で入った。
「昼間にもこっちのクラスに訪ねてきたらしいけど、
何か用件でも?」
「話をしたかったので……
わたし、迷惑でしたか?」
「いや、迷惑というわけではないのだけど……
何というか、自分はあまり昼食時に教室に居ない事が多いので、
無駄足になるとだけ言っておくべきだった」
今日のような場合は特に。
兄夫婦に呼び出されているというのはあまり知られていないが、
昼食を一人で食べているという噂だけは流れている。
「色々と話を聞かれたくない……
と言えば、解ってくれるだろうか」
そう言ってみるものの、どうも反応が悪い。
沖本は何となく感付いているみたいだが、
榎木さんの方は自分や兄夫婦の事をあまりよく知らないのだろう。
「有名人と知り合いだから?」
「まあ、そういう事だね」
なので、必然的に自分も色々聞かれるわけだが……
兄とは別の部屋に住んでいるので接点があまり無い。
それを伝えていたら、あまり騒がれる事は無くなった。
「一部の面倒な奴が来る可能性がある。
そういう奴と関わるのは嫌いなので、なるべく避けたい」
「大変だねぇ……」
沖本が納得して首を何度も縦に振っているが、
やはり榎木さんは十分に理解していないみたいだった。
「小織……大丈夫?」
「え……あ、うん、大丈夫だよ」
「藤山が心配してくれてるよ?」
「えっ、あっ……あのっ……
ごめんなさい」
突然謝ってくる榎木さん。
いや、別にその辺は気にしてなどいないのだが……
「あまり男の人と話した事が無いので……」
「なるほど、それなら仕方ないか」
嘘かどうかは判別できないが、
ここは合わせておくに越した事はない。
「なら、自分と話す事で慣れてくれれば嬉しいね」
「あ、ありがとうございます……」
照れて顔を真っ赤にする榎木さん。
正直そんな反応をされるとは思っていなかったのだが……
「評判以上ね……うん」
その隣では沖本が何か口走っているし……
この場合、面倒な事になる前に逃げた方がいいのだろうか。
何となくそれも後味が悪くなりそうなので止めておきたいが……
「あの……」
「ん、何か?」
そんな気分になってきた所で、榎木さんが恥ずかしげに問いかけてくる。
「甘いものの美味しい店、知っていたら教えてくれませんか?」
「ん……ああ、甘いものの美味しい店か」
いや、いきなりこんな話題振らないで欲しいのだが……
「わたし、知ってます。
コンビニでお菓子買ったり、あの洋菓子屋でお菓子買ってますよね?」
「ああ、それは間違いない。
なるほど、だから甘い物好きだと思ったのか」
「是非とも教えてください。
釉と一緒に行ってみたいので……」
「あたしからもお願いしていい?」
少々面倒だとは思うが……
それでもあまり難しいお願いと言うわけではない。
「面倒臭い事は嫌いだが……
反対にこちらにも情報を貰えるというのならば、構わない」
まあ、俗に言う交換条件。
一方的に教えるだけでは意味が無いので、
こちらにも何らかの益が無いと困る。
「釉はそれでいい?」
「小織こそ、どうなの?」
「わたしは別に構わないよ」
「あたしも良いと思う」
二人の密談らしきものが終わった後、揃ってこちらを向いて……
「その条件で行きましょう」
「その条件で良いですよ」
ほぼ同じタイミングで、言った。
「話はそれだけかな?」
「はい、今日の所は……
釉は部活、大丈夫なの?」
「少し遅れるって伝えておいたから大丈夫……
だけどそろそろ行かないと不味いかも」
時計を見ながら沖本がのんびりとそう言った。
いや、それならば今すぐ行けと……
「それなら、早く行かないと駄目だよ……」
自分が言う前に、榎木さんが注意していた。
「わたしはこのまま帰りますね。
それでは、また……」
「ああ」
と、別れの挨拶をしたまでは良かったのだが……
結論から言おう。挨拶は完全に無駄になってしまった。
校門まで道のりが一緒、それどころか……
「あれ?」
「わたし、こっちです」
「いや、自分もこちらなんだが」
二人揃って同じ方向を指差していた。
つまり、この場合……
「途中まで一緒に帰りましょう」
ああ、その流れになると思ったよ。
拒否するにも拒否し辛いじゃないか……
「それに、釉が居る時には聞けない事を聞かせてください」
「なるほど、それが目的……」
「いえ、帰り道が同じなのは偶然だと思います」
多分、嘘は言ってない。
登校する時間帯が微妙に違うから会わないだけなのだろう。
「まあ、行動範囲を考えたら似たような方向に向かうのは当然なのか」
「そうですよ……」
今までどれだけ道中を気にしていなかったのか……
と、直ぐに彼女がこちらに向かって聞いてきた。
「前置き無しで聞きます。
『初恋ショコラ』、買ってましたよね?」
「ああ、確かに買って食べたけど……
まさか、買っていくのを見てた?」
「はい、そのまさかです」
となると、最初の二個を買った時しか思い浮かばない。
あの時、確か誰かに見られている気がして……
「なるほどね。で、味の感想が欲しいのかな?」
「違います、誰かに贈って……」
ああ、贈り物として買ったと思われているのか。
確かに、あれはプレゼントとしても人気だ。
二つ一気に買ってしまったのを見られた以上、そんな事を聞かれるのも仕方ないのか。
「いや、先にもう言ったと思うが……
買って、食べたと」
「自分でですか?」
「もちろん」
兄夫婦に渡した事は伏せておこう。
何となく追求されると全部喋りそうで困る。
「そうだったんですか……」
「で、それが……」
「いえ、それだけ聞ければ十分です。
ありがとうございました」
こちらとしてはその質問の意味が全然解らないのだが……
とりあえず、安心した表情をしているのを見て、
何らかの心配事を解決するのには役立ったのだと思った。
「あ、ここからは……」
「自分はこっちだ」
丁度、ここで分岐する。
話の方も一段落付いたところだったので、丁度いい。
「それでは、気をつけて」
「またお話しましょうね」
「ああ」
改めて、別れの挨拶をして……
自宅へと帰ったのだった。