18話 ひとまずの決着へ
覚悟を決めて、いざ……
いや、兄に引っ張られて仕方なく千佳さんの家へと、向かっている。
何でこんな事になっているのか?
千佳さんが何かを企んでいると事前に察知したからに他ならない。
「嫌な予感がするから行きたくないと先程言っていたな。
智樹、何か疑いたくなる事でもあったのか?」
「洋菓子屋で千佳さんと榎木さんが笑顔で話していたんですよ。
何か、裏で色々と動いているような気がしないでも……」
「ここまで来たんだ、率直に答えを言おうか。
その直感は、概ね正解に近い。
ただ、もう引き返せると思うなよ?」
ああ、扉の前にまで来て引き返すなんてできるわけがない。
つまり、本当に詰んだ。
この話、もう少し早い段階で話していれば……
いや、もう四の五の言っても意味が無いか。
大人しく、覚悟を決めた。
結論から言おう。予想以上の状態が待ち受けていた。
漂ってくるお菓子の良い匂いで気持ちは安らいでいたが……
「千佳さん……
今、自分はありえない光景を見ているのですが?」
「キッチンの様子に、変なところでもある?」
千佳さんは、それが当然のように言ってみせた。
「まず、榎木さんがお菓子を作っている側に立っている事が……」
「そうね、そこまでしっかりと驚いてくれると、
最大のサプライズとして用意した甲斐があったわね」
つまり……
今から自分は、榎木さんが作ったお菓子を食べねばならないのか……
「何となく心配なんだけど、千佳さん?」
「一応指導はちゃんとしたわよ。
美味しくなるかは運かもしれないけどね……」
何気に恐ろしい事を……
一切笑う事無く真顔で言わないで欲しかった。
「仕方ないじゃない。
小織ちゃん、思った以上に不器用なのよ。
恋愛も、お菓子作りもね」
「そこが可愛い……とでも言いたそうですね」
「そうね」
あっさりと納得されても、それはそれで困る。
「今から、小織ちゃんが作ったお菓子を食べてあげて。
そして、彼女の問いかけに嘘偽り無く答えてあげて」
「それだけで、良いんですか?」
食べた感想を言う、それならば別に難しい事ではない。
今日呼ばれた理由は、それだけなのだろうか。
それならば、別にこんなパーティーのような形にしなくても良いじゃないか。
(とはいえ……確かに、機会が無ければ会う事も無いか)
沖本に姿を見せないようにと釘を刺されていた時は無理。
そう考えるならば、この時期に呼ばれるのは当然かもしれない。
「約束してくれないと、パーティーは始められないのよ」
「解った、約束しよう」
ただ、ほんの少し引っ掛かりを覚える言葉だった。
千佳さんが仕掛けてくる約束だ、何か裏があるかもしれない。
そう思った時には千佳さんはキッチンの方に向いていた。
「朝葉様、準備が全て整いました!」
「千佳さん、ありがとう。今そちらに行くね」
キッチンから、義姉さんがやってきた。
そして、柔らかい笑顔の榎木さんもやってきた。
(似合っている……な)
エプロン姿の榎木さんの可愛らしさ。
思わず目がそちらに向いて、そのまま彼女の視線と重なった。
その瞬間、榎木さんは顔を赤らめていた。
何だろう、この気分で彼女の作った物を食べたら……
正常な判断が、出来なくなるかもしれない気がした。
そして、榎木さんは……
ゆっくりと、自分の前にやって来た。
「お久しぶり……ですね。ずっと、逢いたいと思っていました」
「こちらこそ。
一度会って話をしなければ……と思っていた。
こんな形で再会するとは思っていなかったけど……」
「はい、わたしも驚きました。
まさか、今回のパーティーに来てくれるなんて考えてもいませんでした。
来て欲しいとは、願っていたけど……」
「その辺は全部、義姉さんや千佳さんにはお見通しだった。
だから今、自分はここに居る」
だからこその、この瞬間。
舞台としては悪くない。
「千佳さんにお菓子作りを教えてもらいました。
お菓子が好物なのは聞いていたのですが、
わたし、不器用で……」
「意外だと思ったよ。
だけど、そこで諦めないならいつかは上達するさ」
彼女は頷いた。
そして、彼女は机の上に手を向ける。
「あの……これ……どうぞ……」
机の上を彼女の作ったプリンが目の前に置かれていた。
(見た目は問題ないが、これだけ作れて不器用と聞くと……)
即座にそれを見て、ある程度の覚悟を決めようとする。
この見た目だ、良いか悪いか極端に出るかもしれない。
「まだ、覚えたてだけど……
智樹さんの為に、頑張って作りました。
食べて……いただけますか?」
涙目になりながら、彼女は訴えかけてくる。
「心配しなくて良い。
心の籠ったプレゼント、残さず戴こう」
覚悟を決めて、スプーンを手に取る。
そして、一口。
(見た目だけじゃなくて、味も……基本的なプリンそのものだ)
正直に言おう。美味しい。
不器用な彼女が必死に作ったというのならば、
これは奇跡に近い出来なのではなかろうか。
「どう、ですか?」
恐る恐る聞いてくる彼女に……
「手を出してくれないか?」
「えっ……あっ……」
恐る恐る差し出されたその手を優しく握る。
「ありがとう、素晴らしいプレゼントだった。
あの時、振ってしまった事を後悔するくらいに……」
「それなら……
もう一度、わたしから告白させてください。今ここで」
「是非とも、頼むよ」
本当に、今にも泣き出しそうな顔の彼女を見て、
すぐにでもこちらから告白したかったのだが、
彼女は彼女で、自分から告白しなければ気が済まないのだろう。
その気持ちを汲んで、
すれ違いで終わったあの瞬間から動き出すために、
その気持ちを押さえ込み、一言も逃さずに聞く体制を取った。
遠巻きに、兄夫婦や千佳さんが居ても気にしない。
今この瞬間だけは、彼女と二人の世界。
「勇気を出して告白して振られた後も、忘れられませんでした。
姿を見せてくれなかった時も、ずっと気になっていました。
お菓子を作る時は、ずっと智樹さんに食べてもらいたいと思っていました」
「やはり……か」
誰かの為に作ると、上達も早い……
これは、過去に義姉さんが口にしていた話だ。
「わたしは、智樹さんの事が好きです。
でも、すぐに恋人になって欲しいとまでは言いません」
「もしかして、自分が恋に興味が無いと言ってしまったから?」
「それは聞かないでください。ただ、今は……
あさおねーさんや千佳さんみたいに、智樹さんの近くに居る事を許してください。
それだけで、良いです」
近くに居させてほしい……か。
なるほど、それならば……
「恋人になれるかはまだ、自信が無い。
だけど、榎木さんの事が気になって仕方ない気持ちは本当だ」
「はい……」
「恋するとはどういう事か、未熟な頭では考えても答えになってくれない。
だから、自分の一番近くで恋について教えて欲しい」
「一番近くで……ですか?」
「ああ。誰よりも近くに居て欲しいと思ったから……」
「はい、ありがとう……ございます」
多分それは、他人から見れば少しだけ変な状態なのかもしれない。
だけど、自分の中ではまだ答えが見つけられていない以上、
軽率に恋人として付き合うなんて事はしたくない。
「恋をするなら、榎木さんを相手にしたいと思っている。
もし、一緒に居て恋をしている自覚が出た時は……
今度は自分から告白させてくれないか」
「それはつまり、恋人同士にはならない……」
「自分勝手かもしれないけど、
恋人同士になるには、もっと榎木さんの事を知ってからでも遅くない」
「それもそうですね。
なら、是非とも智樹さんには素敵な恋をさせてあげますから……
覚悟していてくださいね」
「ああ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、お願いします」
これで、彼女は納得してくれただろうか。
この中途半端な気持ちをそのまま投げてみたのだが、
本当にそれで良かったのだろうか……
「仲良くなるために、一つだけお願いさせてください」
「何かな?」
「わたしの事、苗字じゃなくて名前で呼んでください」
ああ、それは確かに今すぐ何とかなりそうな事だ。
「榎木……いや、小織ちゃん、か」
「はいっ!」
元気な返事が返されて、少し目が覚めた気がした。
「あの……」
「ん?」
「いつかは、呼び捨てにしてくれると嬉しいな」
上目遣いでそんな事を言われてしまった。
正直に言おう、この笑顔は危険だ、惹き込まれる。
「考えておくよ」
だから、それだけ返すのがやっとだった。
どうやら、このままだと……
自分が恋に落ちるのも、そう遠い日でもないのかもしれない。
そんな事を思った。
そして……周囲を見渡す。
今までのやり取りを、見守ってくれていた人達が居た。
皆、笑顔だった。
「お疲れ様、小織ちゃん、弟くん……
そして、これからもよろしくね」
「二人で納得したのならば、それで良いだろう。
この選択が、幸せな未来に繋がる事を願うとしよう」
「色々と動き回った甲斐があったわね……
本当、やっと何とかなったわ」
皆、労いの言葉を掛けてくれた。
それだけ、周囲を巻き込んでいたのだと気付かされた。
「さて、重大なイベントが終わったから……
打ち上げとクリスマスを兼ねたパーティーを始めるわよ!」
千佳さんの一言で、周囲の雰囲気が一変した。
そう、今日の目的は……クリスマスパーティーだった。
自分と兄は座ったまま待つように指示される。
あっという間に、料理などが並んでいた。
準備が終わった後、小織ちゃんがこちらに近付いてきた。
「あの、隣に座ってもいいですか?」
「もちろん」
拒絶する理由なんて、あるはずが無い。
返事と共に、自分の隣に小織ちゃんが座ってくれた。
この光景、傍から見たら……どう見えているのだろうか。
(考えるまでも無いな……)
きっと、その先にある答えは一つだけ。
さあ、パーティーが始まる。
ここからが、本当の始まりになると確信した。




