16話 不器用だけど頑張るよ
今日は久しぶりのお休みの日。
わたしはちょっとだけ早起きをして……
「小織ちゃん、おはよう~」
「おはようございます、あさおねーさん」
あさおねーさんと一緒に、千佳さんの家に行く。
今日は、お菓子の作り方を教えてもらいに来た。
「本当に、小織ちゃんが不器用だったなんてね……
中学時代の時も沖本さん辺りから聞いた覚えがあるけど、
実際に見て驚いちゃった」
「あ、あはは……それは言わないで欲しいです。
お母さんが入院してるから家事はしてますけど、
料理は特に苦手なんです……」
「でも、基本はしっかりしてたからすぐに何とかなったね。
その辺は、私と一緒かな」
「あさおねーさんも、そんな感じだったんですか」
「うん、だからすぐに上手くなるよ」
だけど、毎回色々と作るから大変……
覚えるのは楽しいけど、なかなか時間が取れない。
作るのが面白いって思えてきたから尚更そう思っていた。
「二人とも時間通りに来たわね。
今日もまた、色々と作って覚えていきましょう」
「はい、お願いします」
「お願いします」
これまでに数回習ってみたけれど、
最初の時よりはやる気が出てきた。
「出来上がり~」
「ううっ……あさおねーさん、早いよ~」
「朝葉様の方が慣れているから、仕方ないわね」
毎回毎回、作る度にあさおねーさんのお菓子はわたしより何倍も上手で……
「器用なのは、うらやましいです」
「確かに朝葉様は器用なのよ。
小織ちゃんにも真似できない事も考え出せる事実だけど、
時折凄い大間違いをしてしまうのが玉に瑕なのよね……」
「それは言わないでぇ~」
あさおねーさんが苦笑いしていた。
何か大きな失敗をしてしまったのかな……
「ホイップクリーム作るときに、
二人分作るなら単純に材料を全部二倍すれば良いのに、
砂糖だけそのまんまの量にして甘くないのを作っちゃったり……」
「それくらいならまだ大丈夫ですよね」
食べさせられた方はちょっとした惨事かもしれない。
その場に居合わせていなくて良かった。
「バニラエッセンス使うところで、
間違ってレモンエッセンス使っちゃったりした事があったから……」
「それ、大丈夫なんですか?」
「甘い香りにならないだけで、味にはあまり影響無いのよ。
でもね、棚から出して目の前に置いてあった奴を使わずに、
自分から取りに行って間違えてるから……」
「う、ううっ……
教えないでって言ったのに……」
恥ずかしくて顔を真っ赤にするあさおねーさん。
だけど、それを聞いてわたしは気分が楽になった。
「でもね、失敗は誰でもするものなのよ。
むしろ失敗せずに学ぶなんて、考えられないわね」
「そうね、だから私もこれだけ上達したんだし……
ちょっと大変だったけど、感謝してるよ」
「不器用とは違うところで間違えるのはちょっと困るわ。
朝葉様は特に気をつけてくださいね」
「今はもう、ちゃんと確認してから使ってるから大丈夫です……」
何か、拗ねてるような声で言う姿が面白かった。
わたしはつい、笑ってしまった。
「笑わないでよ……もうっ……」
「ごめんなさい」
「別に怒ってないけど、二人には言わないでね。
弟くんに教えるとそのまま晴樹さんに伝わってしまいそうだし……」
「わかりました、秘密にしますね」
「お願いね」
本当、そういう所はあまり中学時代から変わっていない気がする。
何か懐かしい気持ちになった。
と、思っていたら……
「そういえば、小織ちゃんは朝葉様の中学時代を知ってるのね。
今と比べて、変わったと思う?」
「はい、見違えるほどに綺麗になったと思います。
なんか、大人の女性になったような……」
「大体3年くらいだから、色々と変わるよね。
私も最初に小織ちゃんを見たとき、成長していて驚いたし」
成長するのは当たり前だけど、
確かにあの頃と比べると色々と変わった気がする。
「でも、あんまり変わってない所もあるんです。
話し方とか、雰囲気とか……顔とか」
「私自身はあまり気にした事は無いよ」
わたしとあさおねーさんだけの会話になっている所を、
上手い具合にすり抜けて、千佳さんが入ってくる。
「小織ちゃん、もしかして……
朝葉様って、昔からちょっとだけ抜けてる所があったのかな?」
「はい、千佳さんのご想像通りです」
「ちょ、ちょっと……何二人で勝手に納得してるのかな……
少なくとも私は、お菓子作りの時みたいな失敗の仕方はしてないよ?」
「そうですね、でも……
肝心な所で大切な事の一部が抜けてる事はありましたよ」
「あ、あれは……うん、言わないで、お願いだから」
忘れてはいけないと言っていたはずの物を、
思いっきり忘れてきてしまった事が何回か……
「少なくとも、高校に入ってからは無くなったよ。
私だって、ちゃんと成長してるんだからっ」
「実際は隊長に面倒を見てもらってたのでしょう、朝葉様」
「あはは、否定できないから困るよ……」
苦笑いしている朝葉様の横で、
わたしは……何か頭の中で引っ掛かっていた。
「あさおねーさんと晴樹さんって、
その頃から一緒に……」
「そうね、大体その認識で間違ってないわ」
「でも、付き合い始めたのって……」
「色々と深い事情があるのよ」
「そういうこと」
あさおねーさんと千佳さんが、二人で笑顔で言った。
「ところで、小織ちゃんは……
弟くんの事、今でも気になる?」
「それは……」
「よく、判らない?」
「振られてしまってから避けられている気がするので、
このまま忘れようと思っています」
本当は、お菓子を作り始めてから……
彼の笑顔を思い出しながら作ってるのは、秘密。
「先日話し合った時はそんな素振り見せてなかったわよ?」
「弟くん……どうしたんだろうね。
小織ちゃんの件で少し落ち込んでいるのは知ってたけど、
励まそうと思っても自然と離れて行っちゃうから……」
その時、わたしの頭の中には……
先日の釉の言葉が、思い出されていた。
「暫くの間は、護ってあげるからねって……
釉が、言ってくれました。
あさおねーさんは、何か関係あると思いますか?」
「それだけでは、解らないかなぁ……」
やっぱり、気のせい……
「その言葉は、いつ聞いたの?
時と場合によっては疑う要素にもなるわよ」
「千佳さん?」
「一理あると思う。
小織ちゃんはいつ、どこでそれを聞いたの?」
確か、あれは……
わたしが振られたすぐ後で、その事を釉に話して……
(あの後から……智樹さんを見なくなった?)
何かが、わたしの中で繋がった気がした。
「わたしが智樹さんに振られた直後です。
その後に多分、釉が智樹さんに何か言ったのかもしれません」
「確証はあるの?」
「わたしが釉に智樹さんとのやり取りを話した直後から、
智樹さんがわたしの視界の中から消えてしまいました。
探しても、見つけられなくなってしまったんです」
だから、あの言葉の意味も……
「私が弟くんを見かけたのは、それよりも後。
だから、大体間違いないわね」
「それで、小織ちゃんは……
智樹君の事を今も気になってるのかな?
答えは聞かなくても、もう自白してるようなものだけど」
「そうですね、気になるから……
探して、見つからなくて、ちょっとだけ憂鬱な気持ちになります」
好きかどうかまでは、判断できないけど……
告白してしまってから、尚更気になってしまう。
「きっと、その気持ちも恋に繋がっていくと思うよ」
「朝葉様は経験者ですからね……」
「そうなんですか」
色々と紆余曲折があったって聞いてたけど……
「多分、沖本さんの忠告で……
弟くんは小織ちゃんになるべく近付かないようにしてる」
「本気で考えて動けば、彼なら十分にできる話ね。
彼は彼で思い悩んでるとは思うけど……」
千佳さんが話している内容はよく解らないけど、
とにかく、智樹さんはわたしを気遣ってくれている。
「小織ちゃん、ちゃんと……
自分の気持ちと向き合ってみて」
「ここから先は、あなたが決めないといけないのよ。
決断しないと、手伝う事はできないわ」
あさおねーさんが、わたしの目を見て告げる。
千佳さんが、わたしの肩に手を置いて呟く。
「わたしには、チャンスはありますか?」
二人は、黙って頷いた。
「わたしはまだ、智樹さんの事が好きです。
一目惚れの時とは違う、それ以上の気持ちなんです。
逢えないのが……寂しい……」
素直な気持ちを、二人に告げていたのだった。
「お菓子作りがもう少しだけ上達したら、
その時は色々と手伝ってあげるから……
もう少しだけ、頑張りましょうね」
「私も一緒に頑張るよ。
弟くんには幸せになって欲しいからね」
あさおねーさんに優しく抱きしめられて……
わたしの恋は、もう一度動き出す。
お菓子作りを覚えて、智樹さんに食べてもらう所から始めよう。
「もっと、頑張らないと……」
「あら、無理は駄目よ?」
千佳さんは優しく、私の手を握る。
「でも、年内には何とかしたいから急ぎたいのは確かね。
後はあなたの努力次第よ」
「はい」
こうして、わたしの修行は続いて行くのだった。




