15話 振られた事実は重かった
※6章は小織編。13話辺りと裏表の関係になっております
智樹さんに振られた。
千佳さんに言われたとおりの結果になってしまった。
(ちょっとは、自信があったのに……)
見事なまでの大敗北だった。
暫くして、わたしが落ち込んでいるのを見ていた釉に
事の顛末を話していた。
問い詰められたわけじゃなくて、自然と答えていた。
「暫くの間は、護ってあげるからね」
釉はそう言ってくれた。心配してくれるのは嬉しい。
だけどそれから、わたしの視界の中に彼が一切映らなくなった。
(避けられてるのかな、わたし……)
わたしは、告白した事を……
ほんの少しだけ、後悔しつつあった。
その日、わたしは千佳さんに呼ばれて喫茶店に一緒に来ていた。
本当なら、あさおねーさんに相談したかったけど……
わたしが振られる事を予想していた千佳さんなら、
この先どうすれば無かった事にできるかを教えてくれると、思った。
「その顔、智樹君には振られたのね」
「はい……」
「ここまでは本当に、シナリオ通りね。
その件で、智樹君と色々話をさせてもらったわよ」
「え……?」
慰められるかと思ったのに、千佳さんの反応が何か違う。
というか、今、何て?
「辛いを思いをさせてしまってごめんなさいね。
お陰さまで、智樹君の方は何とかなりそうよ。
落ち込んでいては駄目よ、これからが本番なのだから」
「はい……って、本番?」
何を言っているのか全然よく解らない。
突拍子もないというか、振られて終わりのはずだと思っているのに……
「これで諦めるなんて言うつもり?」
「普通なら諦めますよ……ね?」
その普通を知らないから、断言なんかできないけど……
諦めが悪すぎて逆に嫌われそうかも。
「今回に限っては、諦めないで欲しいのよ。
まだ、本当に始まったばかりなのだから」
「そんな事を言われても、わたしはどうすれば……」
戸惑うわたしに、千佳さんは優しく笑顔を向けてきた。
「そんな小織ちゃんに提案があるの。
お菓子作り、習ってみる気は無い?」
「な、なんでそこでお菓子作りが入って……」
「朝葉様も一緒にいるわよ。
兄弟揃って甘い物好きだから、やってみる気は無い?」
あさおねーさんが一緒なら、頑張れる……かもしれないけど、
そもそもまず、その前の問題がある。
「わたし、お菓子作り、苦手なんですよ?
料理だって不器用であんまり上手く作れないし……
それに、何でそんな事を?」
「少なくとも、小織ちゃんが告白した事で……
色々と彼も成長したのよ。色々とね」
「そうなんですか?」
「だから、次に告白したら……
上手く行くかもしれないし、行かないかもしれない」
結局、そんなに変わらないと思うけど……
振られるのは確実と言われた時よりは良いのかもしれない。
「確実に心を掴むなら、胃袋を押さえちゃうのが良いのよ。
先程も言ったけど、兄弟揃って甘い物好きなんて好条件なんだから」
「頑張れば振り向いて貰えるかもしれない……
だから、お菓子作りなんですね」
「そういうこと」
本当に上手く行くかなんてわからない。
だけど、少しでも希望があるなら……
「それでも、最後は智樹さんの心次第ですよね」
「それはそれで、朝葉様や隊長が何とかしてくれると思うわ」
「隊長?」
何となく、誰の事を指してるのか予想がついてしまうけど……
わたしはつい、聞いてしまった。
「世の中には、知らなくても良い事もあるのよ。
でも、智樹君と小織ちゃんが仲良くなったら……
朝葉様がそのうち教えてしまいそうね」
「身内だから知れる事なんですね」
わたしがそう言うと、千佳さんは黙って頷いた。
微妙に苦笑いしているのは、あまり知られたくない事だからなのかもしれない。
「で、智樹君には何て言われて振られたの?」
「面倒な事は、嫌い……って言われました」
「それ、本当に言われたの?」
「はい」
千佳さんの壮大な溜息が聞こえた。
やっぱり無理でしたとでも言われると思い、身構えていた。
「あの二人を見てたら、そう考えるのも不思議ではないわね。
実は今でこそ二人は劇甘空間を醸し出してるけど……」
「色々、あったのですか?」
「そうよ、本当に大変だったわね……
両思いなのに全然進展しないし、複雑な事情は絡んでくるし……」
「もしかして、千佳さんも智樹さんもその時に関わっているから、
知り合いになっている……のですか?」
「察しが良いわね。
でも、その辺の事は改めて二人に聞いて欲しいのよ。
改めて、直にね」
千佳さんが申し訳なさそうに言う。
この辺は、あまり踏み込まない方が良いのかもしれないけど……
「秘密にしなければならない理由があるからですか?」
「違うわ、手助けした側から聞くよりも、
当事者から直に聞いた方が間違いないに決まってるからよ」
「え、それって……」
「朝葉様の惚気話に付き合って欲しいのよね。
人に話したくてもあまりにも説明が面倒だし、
そもそも身内で起きた事が大半を占めているし……」
それって、話せる相手が居ないから、
わたしを身内に引き込んで……って事なの?
「何せ、朝葉様が特にあなたの事を気に入っているのよ。
その上、隊長……いえ、晴樹様も」
「智樹さんのお兄さんまで……」
「そう、あなたの味方なのよ」
そんなに大きな話になっていたなんて。
しかも、もうわたしの意思から少し遠い所に……
そこで、気付いた。
(流されてそのまま進んで……良いの?)
本当は、この恋を忘れて新しい恋を探した方が良いのかもしれない。
とても魅力的な提案なのに、心が乗ろうとしてこない。
「それでも、わたしは……
そんな意見を勝手に押し付けられたくはありません。
智樹さんには振られました。それで良いんです」
「だから、もう一度……」
「これ以上、傷付きたくありません、ごめんなさい」
わたしは、丁重にお断りすることにした。
「それなら、お菓子作りだけでも学びに来て欲しいわね。
これは朝葉様からの伝言でもあるの」
「あさおねーさんのお願いでも、それは……
ご迷惑になりませんか?」
そこまで迷惑なんて掛けられないから。
「遠慮しなくて良いのよ。
お菓子だけではなく、料理や裁縫も教えられるからそれでも良いわ。
できないままにしておくのは、勿体無いでしょう?」
智樹さんの事を抜きにして考えると、その提案は凄く魅力的だった。
でも、そこにはきっと……
「どうして、そこまでしてくれるんですか?
理由を……教えてください」
「磨けば間違いなく輝く原石が目の前にあるのに、
黙って見過ごす事なんてできないの。
お節介焼きなのは、もちろん自覚してるわよ?」
「本当に、そうです……」
でも、それが千佳さんの良い所だと思う。
「実際は、小織ちゃんの為だけじゃないのよね。
このままだと恋の一つもせずに生きてしまいそうな彼を何とかしないと……」
「そんなに、酷いのですか?」
「だから、小織ちゃんにはまだまだ……
いえ、今の所は小織ちゃんにしかチャンスが無いと言っても過言ではないわね」
「それは……えっ?」
釉とか、苗字呼び捨てで仲良さそうなのに……
「世の中は、偶然と思ってたことも……
本当は違っていたなんて、よくあるのよ」
「それって……」
「これは洋菓子屋の店員としての、アドバイスよ」
洋菓子屋の店員からの……
偶然と思っていたことが、偶然じゃない……
(もしかして……智樹さんが居たのは……)
わたしの顔が、熱を帯びていくのを感じた。
「解った?」
わたしはこくりと、頷いた。
だけどまだ、自分に自信が無いから……
「手先が不器用なのは釉にも散々笑われてるのは嫌だから、
お菓子の作り方とか、料理のレパートリー増加とか……色々と教えてください」
「ありがとう、受けてくれて」
千佳さんが、一礼する。
優しい笑顔が、浮かんでいた。
「開催日や場所とかは、朝葉様が教えてくれると思うから……
また後日、改めて話し合いましょう。
あ、それと……準備とかは特にしなくて良いわ」
「え?」
「私服で、そのまま来てくれれば結構よ。
必要なものは全てこちらで用意するから」
「良いんですか?」
「もちろんよ」
その日は、そのまま喫茶店を出て……帰った。
遅い時間だったから、途中まで送ってもらった。
だけど、お父さんにその事を怒られなかったのは……
ちょっとだけ、不思議に思った。




