13話 告白と返答
※5章は弟くん視点になります
最近周囲が騒がしい気がする。
自分の気のせいではないかと思っていたのだが、
思い当たる事が増えてきた気がする。
今こうして考えている間にも、確実に何かが動いている?
特に、千佳さん辺りが一枚噛んでいても不思議ではない事……
先日、兄夫婦に喋ってしまった事が、
そのまま千佳さんに筒抜けになっている可能性もある。
(兄夫婦に関する企み事ならば、自分も手伝うのに……)
そう思っているのだが、情報らしい情報が何も出てこない。
兄夫婦は兄夫婦で、最近は昼食時に会っていない。
こちらから会いに行ったこともあるが、居ない場合が多かった。
(本当に、どうしたというのだろうか……)
完全に取り残されたような気持ちで、今日も教室で一人昼食を食べる。
(その分、榎木さんや沖本と話せるのは良いけどね……)
義姉さんの誕生日の前にあった騒動の時も、そうだった……
(この静けさは、不気味かもしれない……)
やはり今日も、教室で一人昼食を食べるしかなかった。
いずれ教えると言ったままで忘れられていそうな、
美味しいお菓子を取り扱っていそうな場所。
(榎木さんと、沖本……か)
顔見知りが少ないこの学校で、
珍しく向こうから声を掛けてきてくれた二人。
(特に、榎木さんの事が……気になる)
色々な秘密を知られているからなのかもしれない。
義姉さんに関係のある人物だから目が離せないという理由もある。
だけど、それだけならあまり気に留める事はない。
(目立つわけじゃないが、いつも印象に残る)
時折すれ違うときに会釈をしてくれる彼女を、
知らぬ間に目で追っていた。
楽しそうな笑顔で話している彼女を、
知らぬ間に遠くから見ていた。
その顔を見ると、何故だか安心感を覚える。
(この感情は、あまり表に出さない方がいいのかもしれないな)
珍しいと思うからこそ……戸惑う。
こんな状態を兄夫婦や千佳さんに相談すると……
間違いなくまた何かが起きそうな気がしないでもない。
だからこそ、平生を装い続けた。
(自分にはまだ、恋愛事は早すぎる)
兄みたいに……護れる自信が無い。
責任ある行動が取れるまでは、人を好きにならない方が良い。
一時の感情に、惑わされてはいけない。
それが良い結果を生む事なんて、少ないのだから。
(だが、それでも……気持ちが晴れない)
心のどこかに引っ掛かりを覚えながら……
毎日を、ただ変わる事無く過ごそうとしていた。
少なくとも、自分は……そう思っていた。
今日もまた、授業が終わる。
(後は、帰るだけ……か)
千佳さんにも呼ばれていなければ、兄夫婦にも呼び出されていない。
ただ、いつもと変わらない一日が終わった。
退屈だと思いながら、校門へと向かう。
そうすると、後ろから声を掛けられた。
「智樹さん、一緒に帰りませんか?」
「その声は……榎木さんだ。
今日は沖本は部活かな?」
「はい」
その時に、気付いておくべきだったのかもしれない。
彼女の顔が、ほんのりと紅く染まっていた事に。
他愛ない話……も無いまま。
榎木さんと一緒に歩く、帰り道。
(甘い物関係の話でもした方が、良いのだろうか……)
しかし、先程から俯いている彼女を見ていると、
自分が話しかけても会話になりそうにないと思った。
(何も会話しないまま歩くなんて、珍しいな……)
それでも何も言い出せないまま、無言で歩いていく。
「公園、立ち寄りませんか?」
「何か、話でもあるのかな?」
「大事な……お話です」
緊張した声で、彼女は自分に告げた。
小さな声だったが、はっきりと聞き取っていたのは……
それだけ、彼女の行動に目を配っていたからだと思う。
だからこそ、先程からずっと過ぎり続けている……
この妙な雰囲気から逃げようと思っていたのに。
「別の日に……」
「すぐに終わります。
だから、少しだけ話を聞いてくれませんか?」
彼女の縋るような目には抗う事などできず……
「話だけは……聞こう」
溜息を付きながら、自分はそう答えていた。
もう後には戻れない、そんな気がしていた。
公園の中心で……
自分と、彼女は向かい合って立っていた。
紅く染まる彼女の頬、潤んだ瞳。
彼女の顔をここまでしっかりと見たのは……
実は、これが初めてだった事に気付いた。
(意外と、美人だ……)
千佳さんのような大人びた感じではなく、
義姉さんのような、優しい感じを纏った……
「それで、話とは?」
「最後まで、逃げずに聞いてください。
約束してくれますか?」
「解った」
多分彼女は……
それだけの覚悟で、ここに居る。
ならば自分も、それを聞き逃す気は無い。
「藤山智樹さん。わたし、榎木小織は……
あの洋菓子屋で助けて貰った時から……
あなたの事が、好きになってしまいました」
悪い予感が、当たってしまった。
「もし、ご迷惑でないのなら……
わたしの、恋人になってくれますか?」
口元から紡がれたその言葉は……
今の自分にはとても重くて、受け止められそうに無かった。
(完全に、失策だった……)
必要以上に興味を持たれないようにしてきたはずなのに。
それが裏目に出たのだろうか。
後悔と、言い訳が頭の中を駆け巡る。
「何も、言ってくれないのですね」
彼女が呟いた言葉も、自分の耳にはしっかり届いていた。
しかしそれでも、見つめる事しかできなかった。
ただ、何を言えば良いのか。
どうやって、自分の気持ちを伝えて諦めてもらうか……
それだけで頭の中が滅茶苦茶になっていく。
「駄目、なんですね。
やっぱり、よく知らない相手からいきなり告白されても困りますよね?」
無言の空間を切り開いたのは、彼女だった。
哀しげな顔をしているのを見て、更に自分の頭は混乱していく。
こんな時は……何を……言えば……
「ごめん」
頭が、考えるのを放棄しつつあった中で……
ただ一言、自分の口から言葉が自然に零れ落ちた。
その瞬間、全てが音を立てて崩れていくような気配を感じた。
「他に好きな人、居るんですか?」
涙目で震えながら、彼女は自分に向かって問いかけてくる。
「いない」
「それなら、わたしの事は……嫌いですか?」
「よく、判らない」
何も考える事無く、正直な気持ちを口にしていた。
義姉さんの知人であり、重要な人物である以上は……
なるべく目を離さずにしておきたい相手。
今はまだ、それ以上でもそれ以下でもない。
そしてそれを、義姉さんの時みたいに無理をしてまで変える必要は無い。
時間を掛けてやっていけば良い。
「そもそも面倒な事は、嫌いなんだ。
恋愛はその代表のような物だと思っているから……」
恋愛は……兄夫婦を見る限り……
周りを巻き込んで全てを滅茶苦茶にしかねない、とても面倒で危険な物だ。
少なくとも自分はまだあんな事をするつもりはないし、巻き込まれるのも御免だ。
「ごめん……なさい……
迷惑をかけて……すみませんでした。
聞いてくれて、ありがとう……ございましたっ……」
彼女は涙を零しながら、走り去っていく。
(泣かせてしまった……)
彼女が立ち去っていくのを、ただ見つめていた。
これで目の前の危機は去った。
混乱していた頭が落ち着きを取り戻す。
「ああ……」
それまでの言動を……冷静になって思い返す。
「何で、あんな事を言ってしまったんだ……」
あれでは、相手の事を何も考えていない。
断るにしても、もっと言い方があっただろう……
罪悪感が、心に押し寄せる。
後悔しても、恐らくもう修復なんて望めないだろう……
公園のベンチから見た星空は、
妙に霞がかかり、暗い底へと落ちていくようなそんな気がした。




