自宅警備員と死神さん・続
これは「自宅警備員と死神さん」の続編です。時系列はあんま気にしてないですが。
――――冥界。
それは人間達の言うところで“あの世”と呼ばれる、魂の集う領域。
それは全ての朽ちた生命がいつか必ず辿り着き、新たな生を受ける為の約束の地。
冥界の王であり、全ての死神を統率する第零式死神であるハーディスはとある報告を受けてから頭を悩ませていた。
「死神が既に寿命を終えた人間と命の共有だと……?」
馬鹿げている。これでは単なる職務放棄ではないか。いや、これは命の冒涜、死神に対する裏切り行為だ。
しかし、件の第二十八式死神のアヤメは真面目という言葉が形になったような死神だった。
不意打ちを忌み嫌い、きちんと対象者に自分の正体と仕事内容を説明してから命を狩り取る。そこに私情は決して挟まない。そんな行動方針を掲げた死神の鑑であった。
何かがあったのだ。彼女を狂わす何かを、命を共有した人間が持っていたのだ。
「確かめる必要があるな」
ハーディスが両手で一拍すると、瞬間移動でもしてきたのか隣に大鎌を構えた女性が現れた。
「第二十七式死神マリー。お前にとある人間の監視を任せる」
「了解です。その人間の名前は何でしょうか?」
マリーと呼ばれた少女は抑揚の無い声で尋ねた。が、ハーディスは知っている。普段から口数が少ない彼女が流暢に敬語で喋る時は、少なからず怒りを感じている時だと。その怒りが職務放棄した死神に向けられているのか、それとも真面目だった死神をおかしくさせた人間に向けられているのかは定かでは無いが、どちらにせよ彼女の仕事が荒れることは間違いない。
「人間の名は――栗林圭介だ」
ハーディスは少しだけ神選を間違えたかと不安に感じながら件の青年の名を口にした。
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「ぶえっくしゅんば!」
俺はギネスブックにも載るんじゃないか思われるくらい盛大なくしゃみをした。
ううぅ。頭が重い……。体が寒い……。これはきっと誰かが俺をディスってるに違いない。
「もう、寝てなくちゃ駄目だって言ってるじゃないですか!」
後ろで天使さんが俺を心配してくれているが、如何せん俺は今行っている戦いを止めるわけにはいかないのだ。あ……くそ、回復アイテム取り損ねた。
「止めないでくれ! 俺には自宅警備員エースとしてのプライドがあるんだ!」
ここで必殺技ゲージキタァァァァァァァ! これで、終わりだぁあああああああああああ!
俺は高速ダッシュをしながら相手を追い抜き、必殺【レーザーブースト】を後方にぶっ放した。俺の必殺技をまともに食らった相手の体力ゲージは見事空になりそのまま無様な姿で退場していく。
「よっしゃああああああああ!」
「たかがゲームで何でそこまで必死になれるんですか! いいから早くベッドに戻ってください!」
「あああ!? セーブ! せめてセーブさせて!」
天使さんは俺を無理やり寝室に連れて行こうとする。だが俺も必死に抵抗した。
長い攻防の末、床にしがみついて離れない俺の必死さに根負けしてくれたのか天使さんはゲーム機の傍に歩いていく。
「えい!」
その行為はあまりにも外道。
天使さんはセーブもせずにゲーム機から伸びるコンセントを引き抜いた!
「あああああああああああああああ!?」
真っ暗になったテレビの鏡面作用により、映し出された俺の顔は絶望に染められている。
……ああ。天使さんはやっぱり死神さんだったんですね。
「わああ!? 圭介さん!? 圭介さーん!」
俺は膝を折り、電池が切れた玩具の様にプツリと意識を閉ざした。
目を開けるとよく見知った顔が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
緩くウェーブのかかった黒く長い髪。瑞々しい白い肌。綺麗よりも可愛いが似合う整った顔立ち。
その顔は紛れも無く俺と同居する事になった死神――アヤメさんである。
「良かった……。いきなり気を失うからビックリしましたよ」
「アヤメさん……」
ほっと息を吐き俺に笑いかける彼女はやはり天使のようだ。
だがいきなりコンセントを抜いた事は許さない。イケナイ子にはお仕置きが必要だ。俺はアヤメさんの豊かに育ち、完熟した二つの果実を思い切り掴んだ。……何だこれは! めちゃくちゃ柔らかい!
「圭介さん? そのイケナイ手をさくっと切り落としていいですか?」
「ごめんなさい」
心からから反省してます。だから笑顔を浮かべて鎌を引き抜くのは止めてください。マジで怖いから。
アヤメさんは鎌を霧のように霧散させた後、俺の額にそっと触れた。その手はひんやりとしてて気持ちいい。思わず頬が綻ぶ。
「……今朝より熱が上がってますね。全く、ゲームに夢中になってちゃんと寝てないから体調が酷くなるんですよ」
ううむ。反論できない。なぜならアヤメさんの発言は殆ど正鵠を射ているからだ。
しかし考えてみると俺は自宅警備員だ。自宅警備員は己の部屋の中では絶対君主であり、神である。つまり俺のやる事は全て善行であり、怒られる理由も非難される理由も無い。
そんな事を頭の中でぐるぐると思考しているとお腹が獣の様な呻き声をあげた。
「くすっ。そういえばもうお昼ですね。ちょっとだけ待っていてください。今朝作っておいたお粥の残りを温めてきますから」
「よろしく頼もうか」
俺は部屋の主らしく偉そうにアヤメさんが台所へ向かうのを見送る。
……揺れてたな。何がとは明言しないが。
アヤメさんと暮らす事になってからもう二週間。いや、まだ二週間か? 俺はすっかりアヤメさんに依存してしまっていた。何せ彼女は料理、洗濯、掃除を得意とする実に家庭的な人なのだ。アヤメさんのお陰で部屋の快適さがかなり向上した。隠していたエロ本を全て処分されたのは血涙ものだったがね。
「俺は恵まれてる……んだよなぁ。アヤメさんがいて」
思えば俺達の出会いってかなり特殊だったよな。
寿命がきた俺と、その命を狩りに来たアヤメさん。まさかそんな俺達が命を共有する関係になるなんて……あの時は思いもしなかった。
「ですがそれも終わりです」
そうだよなぁ。もう終わりなんだよなぁ……って。
「…………あんた誰?」
一体いつからそこにいたのか、ベッドに寝そべる俺の顔を跨いで仁王立ちしている黒パンツ……じゃなくて黒ローブの少女が、その体より一回り大きい鎌を構えて俺に視線を下ろしていた。
その少女はよく見るとアヤメさんと対照的に雪のように真っ白な髪を持ち、烈火を連想させる紅い瞳をしていた。そして彼女の足下から見上げていても顔が分かる様に、胸は残念なほどに貧相だ。
少女と視線が合うと、彼女は静かに口を開いた。
「私はアヤメの先輩で第二十七式死神のマリーと言います。初めまして、栗林圭介さん」
「ええ!?」
俺は二重の意味で驚愕した。
アヤメさんは俺と同い年くらいに見えるけど、この子は明らかに彼女より年下だ。なのに先輩なの? そしてアヤメさんと同じ死神がどうしてここに?
「取り敢えず、思考を読ませて頂きます」
「へ?」
不意打ち気味に言われた事に俺が間抜けな声で返していると、マリーと名乗る死神ちゃんは大鎌を俺の頭に振り下ろした。
サクリ。刃の先端が俺の額に突き刺さる。
ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!?
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
出血はしていないみたいだがかなり痛い! だが、それと同時に心の底を覗かれる様な不気味な不快感が俺を襲った。
「な、何? この人間、殆どの思考が意味不明……」
痛いから! 何に驚いてるのか知らないけど速くこの鎌を抜いて!
「……あ」
死神さんは俺が痛がってる事に気付いてくれたのか勢いよく鎌を引き抜いた。
ブシュ。
「痛い!!」
「圭介さん!? 大丈夫ですか!」
ア、アヤメさ~ん! このバイオレンス娘をなんとかしてぇ! ……というか俺が痛がってるのに気付いてたわけじゃないんですね。
その証拠にバイオレンスな死神ちゃんは俺に見向きもせずアヤメさんに向き直っている。俺にパンツを晒したままな!
「アヤメ……久しぶり」
「マ、マリー先輩……」
おや? アヤメさんが怯えてる姿なんて初めて見たぞ。プルプル震えてる様子が小動物のようで可愛いなぁ。
「……大丈夫。分かってる。アヤメはこの得体の知れない男に唆されてる」
「ち、違いますマリー先輩! 圭介さんは確かに時々理解に苦しむ行動を取りますけど、意外と小さな子供の為に自分の命を差し出せる様な優しい方なんですよ! ちょっとだけ意味不明な事をやったりするだけで」
「おい!」
アヤメさん、フォローしてんのは分かるけど微妙にしきれてないよ!
「それこそ違う。……アヤメは分かってない。この男は……単に自分が救われたかっただけ」
「え?」
死神ちゃんの言葉によって俺はさっきの不快感を思い出した。
「……止めろ」
俺は我慢しきれない自分を心の中で叱責した。けど一度口にしたらもう止められない。
「……この男は……ただ自分自身が許せな」
「俺の顔に跨って立ったまま会話するのは止めろぉ! いつまで年頃の女の子が黒パンティー晒すつもりだーー!」
俺の叫びは死神ちゃんの言葉を遮り、辺りは冷たい静寂に包まれた。彼女の視線が俺に移り、視線が合うと死神ちゃんの小さな顔が段々と紅潮していく。そして手にした大鎌を強く握りしめ……って、これヤバイ。何か前にもこんな事があった気がする!
「死んで下さい!!」
「のわぁああああああああああ!?」
俺はドスンッと墜落するようにベッドから抜け出し、俺の首を斬り飛ばそうとする大鎌の一閃を避ける事に成功。全力疾走でアヤメさんの元に駆け寄りそのまま助けを――――
「……ずっと見ていたんですね。圭介さん最低です」
――――求める事は出来ないみたいです。……そんなゴミを見下すような目をしなくても良いじゃん。
助力は期待できそうにない。こうなったらもうやる事は一つだ。
俺は後ろから大鎌を振り回す死神ちゃんの攻撃をギリギリでかわしながら玄関の扉を蹴り開けた。そのまま庭に放置してある愛チャリに跨りありったけの力でペダルを漕ぐ。死神ちゃんの鎌が俺に振るわれるのと、俺が家を脱出するのは僅かに俺の方が勝っていた。
「取り敢えずほとぼりが冷めるまで『覇恋恥』に避難しておくぜ!」
危機を脱した余裕を得て俺は行き付けの喫茶店へと愛チャリを走らせた。しかし安堵するにはまだ速かったらしい。我が愛チャリにカスタムされたバックミラーはしっかりと鎌を構えて追いかけてくる白い髪の少女の姿を捉えているのだから。
「逃がしません! この大鎌でアヤメとの命の繋がりを断ち切って殺してあげます!」
「そんな怒んなって! たかが黒レースのパンツ見られたぐらいで!」
「ぬあぁあああああああああああ!? それ以上口を開かないで下さいぃいいいいいい!!」
あの子健脚だな。アヤメさんと違って俺のスピードに付いてきながらも息一つ切らしてない。それに比べて今の俺は熱で体調を崩してるから体力が本来の半分も無い。これは意外と不味いかもしれないな。
ククク、体力を気にしながらの競争か……今朝やってたゲームと似た状況だな。あのゴールに着くまでの間にアイテムや必殺技を駆使して相手の体力を減らすバトルが楽しめるレースゲームに。そう考えると何故か負ける気がしない。
ふと辺りが暗くなってる事に気付いた。何事かと空を見上げると……電柱が俺に向かって倒れてきてました。
「のわぁああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
俺は何とか電柱の倒れる進路から離れ事なきを得たが、死神ちゃんはさっきから大鎌で色んな物を断ち切りながら追いかけてくる。そして斬った物を鎌で俺に撃ち飛ばしてくるのだ。自販機やポストなど、当れば無事で済まない物が俺の横を通り過ぎるたびに寿命が縮まる思いである。
「くそ、こうなったら!」
俺は普段なら絶対に通らない、人が多い道を敢えて疾走する。迷惑そうな声が辺りから聞こえるがそんな事は知ったっこっちゃない。こっちだって必死なんだ。だがどうする死神? こんなに多くの目撃者の前で鎌を振り回すわけにはいかないだろう!
「く! なんと小癪な……! 意外に知恵が回るようですね」
案の定、後ろのあの子は持っていた鎌を煙のように消していた。人目を気にしないで疾走してくる事からきっと自身の姿は普通の人には認識されないのだろうが、だからこそ鎌を出すわけにはいかない。何せ触れただけで命を狩る鎌だ。死神が見えない人間はその鎌を避けようとしないからな!
そして俺は目的の場所へと移動する。お昼時に限って人を寄せ付けない、俺のお気に入りの淋しい喫茶店に。
「必殺技ゲージキタァァァァァァァァァァァァァァ!」
俺は店の前で水撒きをしている禿げたマスターを見つけて愛チャリのスピードを上げた。そして禿げたマスターが持っていたホースを奪い取って急停止。
「ふふ! ようやく逃げる事から諦めましたか!」
俺の動きが止まった事でチャンスと思ったのか、死神ちゃんは俺との距離を一気に詰めてくる。だが俺にとってもチャンスだ。タイミングを間違えるなよ俺。
彼女との距離が一メートルぐらいに縮まった瞬間、俺はバッと後ろを振り返り、ホースの先を押し潰して勢いを最大にした水を驚いた様子の彼女の顔面にぶっ放した。
「必殺【レーザーブースト】!」
「ぶぷわぁ!?」
死神ちゃんは突然の事態にバランスを崩してその場に転倒。そんな彼女は黒いローブも黒いパンツもぐっしょりと濡らしていた。うわ……何かエロい。
「ひぐ……ぐす……ひ、酷い……」
「え」
あ、あれぇ? 泣かすつもりは無かったんだけど。というか何かこれあれじゃね? 少女をずぶ濡れにして泣かす大学生の構図とか俺悪者じゃね?
どうにかしようと思い、でもどうにもならないと諦めてオロオロ手を動かしていると死神ちゃんは親の仇を見るかの様にキッと俺を睨みつけた。うろたえる俺に指を突きつけながら死神ちゃんは宣言する。
「よくも私にこのような屈辱を……。今日はすぐにでも着替えに帰りたいので引き下がりますが、この借りはいつか必ずきっちりと返しますからね!」
「いや、無理しないで返さなくても良いんじゃないかな?」
俺のとっても良心的な無利子無返済の提案を死神ちゃんは軽くスルーし、瞬間移動でもしたのかその場からスッと姿を消した。
それから俺が自宅に戻ると、アヤメさんが今にも泣きそうな勢いで俺に抱き付いてくれた。彼女の柔らかい二つのものが形を潰しながら俺の胸に押し当てられる。これはあれですか。ゲームクリアのご褒美ですか!
「さっきはすいませんでした! 私が圭介さんを守らなきゃいけなかった筈なのに、あんな小さな事で拗ねてしまって! もしかしたら圭介さんが死んでたかもしれないのに! ううぅ……本当にごめんなさい」
な、なんて可愛い子なんだろう! 確かにアヤメさんが助けてくれれば体力を消耗する事はなかったかもしれないけど、こんなご褒美が貰えたんだから全てチャラですよ。
「大丈夫。あんなぺチャパイ死神、俺のテクでパンツぐしょぐしょに濡らして泣かせてやりましたから!」
俺はアヤメさんを安心させる為に彼女の頭を撫でながら、死神ちゃんとの攻防をできるだけ明るく話した。しかしアヤメさんの視線が何故か冷たいものに変わっている。どうしたのだろうか?
「先輩に何やったんですかぁ! この変態!」
「グバァアア!?」
熱があり、体力も消費した状態で痛烈なビンタを食らった俺は視界をぐるぐる回しながらゆっくりと意識を手放した。……何故こうなった?
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マリーはちゃんと新しい下着とローブを着用して、栗林圭介の事を考えていた。
(あいつ面白い。名前、圭介……確かに覚えた)
マリーの普段の話し方は言語多用せず敬語を使わない。そう、マリーはもう圭介に怒りを感じてはいなかった。寧ろ強い興味を持ったほどだ。何せ不死身である事を除けばただの人間である筈の彼によって自分が撤退させられたのだから。
手段や結果はどうあれマリーは負けた。そして彼女は強い男が好みであった。故に自分に勝利した圭介に強い興味を抱いたのだ。
残念ながら思考を読んだ時、殆どがゲームだの必殺技だのアイテムだの……馴染みの無い単語に埋め尽くされていて大した情報は得られなかった。しかし分かった事もある。
――それは過去に起こったであろうトラウマ。
人との関わりを避けるために人のいない場所を好み、自宅警備員となった要因。
(まだ……アヤメに取られる心配は、無い)
マリーは圭介について自分の方が詳しくなった分、後輩より優位の立場にあると認識している。しかし油断はしない。だからこそ
(今度は、遊びに行こう。圭介の所に)
マリーはそう決意しているのだった。
続きがあるかは分かりません。