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引き篭り師弟と、不吉な訪問者8―枯れてない!―


 敵を挑発してどうするだ、私! 昔の私なら、触らぬ神に祟りなし精神で笑って流していたはずなのに、アラケルさんの時も今も感情が抑えられない。いや、この世界に来てから素直すぎるよね。

 頭を抱えた私に投げつけられたのは、汚物でも見るような視線だった。ひっひどい! 敵からの視線とは言え、さすがに傷つくレベルの軽蔑を感じるよ。


「下品な生き物ですね。これだから女という存在は気持ちが悪いのです。そのような行為で、相手おとこを独占できていると考える浅はかさが実に腹立たしい」

「さっさっきの言葉に、下品あったですか? 私の言い回し、おかしい?」


 当たり前だけど、メトゥスに尋ねてはいない。

 隣にいる師匠を見上げると、思い切り目が据わっていた。ぎゃっと背が伸びたのは一瞬。


「あほアニム」


 耳元で呟かれたのは、笑いを押し殺したという声だった。

 熱があがるより先に、伸ばされた師匠の腕に頭を抱えられてしまっていた。力任せという寄り、腕にそっと閉じ込められるような触れ方に居心地が悪くなる。が、師匠はすぐに腰を伸ばして、メトゥスに向き直ってしまった。


「下世話にとらえてんじゃねぇよ。気持ちが悪いのは、てめぇだっつーの。頭に男女つったら肉体関係ってくだらねぇ方程式が成り立っているから、アニムの純粋な言葉を歪んでとらえるんだろうが」

「って、えぇ!? つっつまり、私とししょーが、男女関係で、繋がってる、意味に、伝わったですか!?」


 直接的に言われて、初めて思い至ったんですけど! いっいや。確かに深い口づけする関係ではあるし、師匠の触れ方もそういう感じが増えてうっとりするけれども! 私が主張したかった関係性は、ソレじゃない!

 あわあわする中、ホーラさんと目があった。『今更なにを言ってるですよ』という、残念さ全開のホーラさんの声なきチョマテヨ的引きを目の当たりにして、もの悲しくなった。わかるよ、ホーラさん。あなたのチョマテヨは、ここまでいちゃいちゃしておいてソコまで至ってないのかよって言う、引きですよね。

 でも、ソレに関してはラスターさんがホーラさんの頭を軽く小突いてくれたので反応しないでおく。


「ししょー、ごめんです」


 私が謝るべきは師匠だ。

 毎日全身で感じているなんて言い方、一緒に暮らしている恋仲の男女なら、そういう行為があって当然だ。恋仲じゃない時から疑われてきたから、訪問者さん以外の前では気をつけていたはずなのに・・・・・・最近は気が緩んでいたのだろう。師匠が気持ちを受け入れてくれたからって。


「ごめんなさい。私、いつも、深く考えてない。思ってる、そのまま、叫ぶばっかり」


 熱い頬を押さえる。駄目だ。これは駄目な方向の羞恥の熱だ。両耳ごと頬を覆っても熱いのを確認するだけだ。

 また蘇ってくる。調合室での出来事が。私は何もわかっていないんじゃないかっていう恐怖が襲ってくる。


「まぁ、率直すぎるってのはあるが。悪かねぇだろ」

「『悪かねぇ』どころか、めちゃくちゃ喜んでんじゃない、あんた」


 近づいてきたラスターさんは、とっても呆れ顔だった。届かないのに、裏手突っ込みもつけましたよ。

 師匠とラスターさんが「うっせぇ」とか「図星でしょ」とか憎まれ口を叩きあっている中、メトゥスへと視線をうつすと――驚愕という表現がぴったりな姿があった。


「ウィータ、貴方まさか……」


 ゆっくりと、メトゥスは足を組み直す。今までの様子とは打って変わって、なにやら動揺しているみたいだ。

 師匠の笑顔がそんなに衝撃的だったのかな。確かに、センさんやラスターさん、それにホーラさんも、お会いした当初は師匠と私のやり取りにかなり驚いていらっしゃった記憶がある。

 メトゥスを見上げていると、すっと視界が遮られた。あたたかくて大きな手。師匠に視界を隠されてしまったようだ。


「あぁ? オレとアニムの問題に他人が首突っ込んでんじゃ――」

「枯れたのですか?」

「はぁっ!?」

「ぶふぉぁ!!」


 師匠のすっとんきょんな声と、高い爆笑が重なりあう。

 ホーラさんは龍に跨ったまま痙攣しているし、ラスターさんは自分を包んでいるシャボン玉をばしばし叩いていらっしゃるし。っていうか、お二人とも呼吸困難で今にもこと切れそう。

 師匠はというと、足をかっぴらいて両手をわなわなと震わせていますよ。こちらはこちらで心配になる様子だ。今にもぶちぎれそうなほど、血管が浮いているからね。


「てってめぇ」


 それにしても、師匠が枯れているって……はっ!!


「ししょー! だから、時期時期って、誤魔化して。私、ししょーなら、なんでも、受け入れるのに!」

「あほアニム!! まさかお前、どんだけオレが我慢しているか微塵も汲み取ってなかったのかよ! お前はオレの理性に全力で感謝すべきだろうが!!」


 えっえっ? いつもの軽いボケのつもりだったのに、師匠ってば何で頭突きしてくるの?

 しかも、目が血走っているよ。綺麗な瞳がもったいない。


「あっありがとうございます?」


 見たことがない師匠の気迫に、反射的な謝罪が口を出ていた。

 はい、私は知っている。そんな言葉が余計に師匠を怒らせるって。

 案の定、師匠はメトゥスをまる無視して額をぐりぐりしてくるじゃないか。


「本当に感謝しろよ? オレが本能のまま動いてたら、アニムは今頃足腰たってねぇぞ!」

「いひゃい。ししょー、まって」

「おーおー、痛がれ。オレの心は間違いなく、お前の額と頬以上の衝撃ダメージを受けているからな!」


 師匠に思いっきり引っ張られている頬が、本気で痛い。痛いのと、師匠の顔が近いのとで心臓がばくばくいっちゃってます。

 ちょっと尖らせたらくっついちゃいそうな唇。ついに額をこすり付けられ、恥ずかしさと恐怖から涙目になってしまう。


「じょっ冗談、ですよ。ししょーが、手を出してくれないは、私に魅力足りないからかと、思ってたですから、ちょっと、悔しくて、反抗しただけですよ」


 師匠の両手を掴むと、とても冷たかった。のに、徐々に熱を持ってくれるのがありありと伝わってきた。表情は相変わらず怖いのに、私は嬉しくてしょうがない。

 だって、師匠は私をお子様だと考えていたから、手を出してくれなかった訳じゃないんだよね?


「でも、えっと、『そうしたい』とは、思ってくれていたんだと、わかって、うれしい。けど、私はすごくうれしくても、ししょーが、我慢してくれているの、申し訳なくて。同時に、理由、教えてくれないと、私も、抱きつく我慢できない、思うというか、なんというか」


 自分史上最小の音量で呟いたよ。目の前の師匠にだけ届けって思って。

 幸い、他の人には聞こえなかったようだ。メトゥスもラスターさんたちも、変らない様子でこちらを伺っている。

 ほっと胸を撫で下ろした直後、師匠が魔法泡に両肘膝をついてしまった!!


「ウィータが哀れなのは、充分把握出来ました。昔の貴方からは想像つかない状況で、少々私も驚いてしまいました」


 小雨の空気に、メトゥスの静かな声が落とされた。心なしか、っていうか絶対哀れみが含まれていたよね。咳払いとかしちゃってるし。


「・・・・・・ほっとけ」


 昔の師匠とかちょっと引っかからなくもないよね。

 というか、むちゃくちゃ気になる。それでも、小声で「昔の……」と呟きつつ、そっと距離をとるだけにしておいた。


「アニムちゃん、可愛いお顔がものすっごくシュールになってるわよ」


 とは、ラスターさんの呼びかけである。


「だれかさんのせいなので、見ないふり、しておいくださいです。幸せいらっしゃいから、切なさこんにちは、です」

「メトゥス、てめぇさっきからいい加減な発言ばっかりしてんじゃねぇよ。結界に閉じ込められている間に、随分とおしゃべりになったな」


 ぎろりとメトゥスとラスターさんを睨んだ師匠。なぜ、ラスターさんまで。

 いつの間にか立ち上がっていた師匠。ぐいっと肩を抱き寄せられ、あっさり師匠と密着してしまった。私も本気で離れたかったのではないので、逃げるような真似はしない。

 だって、私の顔を覗きこんできた師匠は、しょんぼりしてたんだもん。はぁぁ、可愛い!


「アニムもあいつなんかの言葉に惑わされるなって」

「耳なんて、かしてないもん。ただ、ちょっと想像して、妬いただけ。今、怒ってる場合違うから、あとでいっぱい、じゃれてやるんだから。ししょーは、甘んじて、受けなさい!」


 と言いますか。数分前までは緊迫した状況ではありませんでしたか、皆さん。『異物』とか蔑まされていた空気が消え去ってるよね。

 いえね。私もどえむさんではないので、穏便に済むならそれにこした事はない。好き好んで悪意を向けられたくない。ないないよ。

 いっそのこと、このまま「じゃっ、そーいうことで!」ってメトゥスさんを追い返したいものだ。


「アニム、オレが悪かった。だから、これ以上オレを刺激しないでくれるかな、っつか、可愛いこと言わずに黙っててください。じっと応援だけしてくれるか?」

「もがっ」


 頭を抱きかかえられ、ぐりぐりと頬を擦りつけられた。嬉しいけど、上から降ってくる溜め息には納得いかないよ。

 師匠の背中をばしばしと叩くと、距離をとってはくれたけども。もう一度長い溜め息を吐かれてしまった。

 でも! 師匠自身は無意識の発言だったかもですが、可愛いって口にしてくれただけで、正直満足なので反抗はしないでおこう。


「じゃあ、ねぇねぇ、ししょー」


 ちょいちょいっと師匠の袖をひっぱると、お師匠様が至極疲れた速度で首を傾げた。

 ちょっと物言いたくなる目つきだけど、無言で拳だけを空に向かって突き上げておいた。口ぱくで『がんばれ!』と付け加えて。


「あほアニムがっ! 攻撃力あげてどうすんだっ!」

「ししょー、とっても、理不尽! 首絞めてくるししょーのが、攻撃的!」


 後ろから首に腕をまわされて、ぐえぇって感じ。まぁ、師匠も本気ではないので窒息はしなさそうだ。ただ、背中に感じる温度に喉が詰まる。いつまでたっても慣れない熱さ。でも、ほっとする。

 きっと、こんな状況でもお気楽な口がきけるのは、間違いなく師匠が傍にいてくれるから。傀儡の時はフィーネとフィーニスを守るために気合を入れていたけど……。


「あら、ウィータ。アニムちゃんがお邪魔なら、あたしが貰うけど。ほら、アニムちゃん、こっちの魔法泡にいらっしゃいな」

「うっせぇ。だれが渡すか。ラスターはメトゥスの相手でもしてやれ」

「いやよ! どーしてアニムちゃんの代わりが、あの陰険根暗眼鏡なのよっ! 不公平どころか拷問じゃない!」


 ししっと、虫を払うように手を振った師匠。追い払われたラスターさんは、ぷんぷんと腕を上下にばたつかせた。まるでフィーネとフィーニスが喧嘩するときみたいな動きだ。

 根暗陰険眼鏡という称号をぶつけられたメトゥスは、額を押さえてぷるぷるしている。意外に繊細なんだろうか。毒舌な人って、実は打たれ弱いらしいし。


「ウィータってば、いやんなのです! そんなアニムのお肉に腕を沈めるくらい抱きしめてるなんて! あたしも柔らかくて甘いのは大好きなのですけど、ウィータもなかなかなのですぅ! あっ、ウィータは『アニム』の甘いかおり限定でしたっけ?」

「ディーバがきたらアニムちゃん取られちゃうでしょうし、今のうちよ。ふんっ」

「そういや、ディーバが飲みたがっていた茶葉は地下に仕舞ってあるんだったな。用意しておかねぇとセンのそら寒い笑顔に殺されちまうぜ」


 え、あの。三人とも、「はーやれやれ」とか言い出しちゃってますけど。師匠は片腕を私に回したまま、首筋を摩っていますし。ラスターさんは腰を捻ってますし。ホーラさんにいたっては下げているミニバックから飴を取り出して、幸せ顔で舐め始めた。

 突然の展開についていけず瞬きを繰り返しちゃうよ。というか、瞬きしか出来ない。

 横並びになった師匠たちが、さっと片手をあげた。息がぴったり。


「じゃあ、そーいうことで」

「お待ちなさい、貴方たち。なんですか、この茶番劇は」

「ちっ。相変わらず頭のかてぇやつだぜ」


 そういう問題でしょうか、お師匠様がた。


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