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引き篭り師弟と、不吉な訪問者3―結界の傷と狙われる事情―

「おわっ!」


 何度目の揺れだろう。自室を出てからも大きな揺れが続いている。

 転位魔法を使う間は割と無防備になってしまう。なので、状況が把握出来ない現状、歩いて談話室に降りなければいけないのだ。


「あの野郎、今度は自分が結界に入り込もうとして一部を壊しやがったな」

「この間は、傀儡かいらいだけだったの?」

「あぁ。ある程度の魔力がある奴は、オレの承認がないと結界には足を踏み入れられない。だから、傀儡が襲撃してきた時は外にいたあの野郎を、ラスターと追いかけたんだ」


 言い終えた師匠は少し眉を下げてしまった。

 自分が不用意に結界外に行ってしまったせいで、フィーニスとフィーネが弱っているのに気が付くのが遅れたと思っているのだ。

 聞いた時はすぐに『ソレが普通なの!』って、子猫たちと一緒に師匠の頬を引っ張ってやった。なのに、今は声をかけられない。


「そう言えば、子猫たちは大丈夫かなぁ――っと!」


 やっと階段まで辿り着いたというところで、一際地面が唸り、足を踏み外しそうになってしまった。手を繋いでいる方とは逆の腕で、師匠がぐいっと抱き寄せてくれたので、事なきを得たけれど。

 いつもより強い力に、心臓が跳ねた。でも、ときめきだけじゃない。


「オレにしっかり掴っていろ。ひとまず揺れがおさまるまで、ここにいるか」

「うっうん」


 階段の脇で、私を抱きしめつつ魔法映像を作り出した師匠。いつもは安心する温度が、今は胸騒ぎしか生み出さない。

 表に出してはいけないと自分に言い聞かせるが、どうしても袖を握るに止まってしまう。


「んだよ、お前。普段みたいに、しがみついて来いよ。師匠にのっかかって、昼寝しているぐらい」

「あれはっ! ししょーが、二の腕掴んで、倒すからでしょ。それに、眠りの魔法かけてる、思うくらい、すっと眠れるんだもん」

「……一応言っておくが、魔法香と違って、眠らせる魔法はあまり脳によくねぇから、使ってないんだけどな。もうひとつ付け加えておくと、喜んでいいのかはかなり微妙な台詞だぞ。ソレは」


 はっ。つい変わらずな会話をしてしまった。師匠のペースに持ち込まれているよ。

 余裕の師匠に安堵しつつ、現実逃避している自分に腹が立った。


「ししょー。先に談話室、戻っても、大丈夫。私、あとから、追いかける。早く、ホーラさんたちと、合流した方が、良くないかな」

「あほアニム。オレは傀儡の時みたいなの、二度とごめんだぞ」

「そーだけど。でも、結界壊れるは、よっぽどでしょ?」


 薄い開かれた眼に射抜かれ、怯んだものの。私よりも結界の方が大事なのではと、食い下がる。

 師匠から距離をとろうと突っ張った腕は、無意味だった。すぐに肩を抱き寄せられてしまった。しかも、かなりの力で。


「結界の修復なんざ、後からどうにでもなる。結界が守っている本人に被害が及んだら、元もこもねぇだろうが。大体、侵入者――メトゥスの狙いはアニムなんだからな」


 少し低めの声に、びくりと肩が跳ねた。自分が襲われる恐怖でもなければ、凄んできた師匠にでもなく……。


 結界が守っている本人。その言葉が持つ裏に、反応してしまった。


 たまごが先か鶏が先か。そんなレベルの話かも知れない。けれど、今の私にとっては、結界に守られている私なのか、それとも私ありきの結界なのかが気になってしょうが無いのだ。


「ごめん、です」

「悪い。お前をびびらせたい訳じゃねぇんだ。ただ、自分が標的だっていうのは、自覚して欲しいんだよ。絶対、オレがお前を守るからさ」


 なんだろう。さっきからひっかかっている違和感は。


「ひとまず、壊れた結界部分は見ておくか」


 魔法映像に映った結界は、割れたガラスのようだ。降っている大雨に混じった魔法粒子が、きらきらと七色の光を纏う。それだけ眺めていると、美しい光景だ。

 もうひとつ。作りだされた魔法映像に映りこんできたのは、ラスターさんだった。


「ちょっとウィータ。お客様が強引に玄関をこじ開けたみたいよ?」

「あぁ、わかっている。ラスターは屋敷の外を頼む。メトゥスの魔力を追ってくれ。歪んだあいつの性格を考えると、直にこの家を襲ってくるとは考えがたいからな。手の込んだ罠でも企んでるに違いねぇ」

「わかったわ。それはそれとして。外界の空気や魔力が流れ込んできているけれど、アニムちゃんは平気なの?」


 ラスターさんが視線を横に流した。私を凝視しないあたりラスターさんらしいと思った。ラスターさんは普段はすこぶるスキンシップが激しいのに、いざって時は逆に気を遣いすぎる人なのだ。


「あぁ。アニム自体は、もう外に出ても支障はないからな」


 実はそうなのだ。

 二ヶ月前から、体質的には結界外へ出ても問題はなくなっている。ただ、メトゥスさんの件があったので、未だに外出自体は禁止なのだ。

 魔法映像に映っているのは、長い槍を練り上げているラスターさん。ホーラさんは二つに束ねた髪が揺れているのだけが見えている。


「本当に? それにしては、アニムちゃんの顔色良くない気がするわよ?」

「こっこれは! びっくりしてるだけ、です! 怯える乙女!」


 伺うように向けられたラスターさんの顔が、あまりにも心配の色が濃くて。拳を握って、意味不明な言い訳をしてしまったよ。

 ただ、声がうわずっているし、掠れているし。中途半端なボケになってしまったのは反省だ。


「あん! 大丈夫よ、アニムちゃん! あたしがむっちりどっぷり守ってあげるから!」

「ひとまず突っ込んでおくのですよ。むっちりもがっちりも使う場面が間違ってるのです」

「いいのよ! あたしの愛情とたくましさが伝われば! だから、アニムちゃんも大船どころか戦艦に乗ったつもりでいてね!」


 安定のラスターさんもホーラさん。

 あえて私の心の揺れには触れず、おどけてくださった。腰に手をあてて胸を張ったラスターさんがくれたのは、安堵。落ち着いている皆さんを見ていると安心できる。

 けれど、どうしてかな。かたくなった体は、思うようには動いてくれない。ううん。理由なんてわかりきってる。


「口だけと言われねぇよーに張り切ってこい。オレはアニムを守るのと森全体にプレッシャーをかけるのに集中するから、他の処理は全部二人に任せた」

「じゃあ、あたしは召喚獣に森を探らせるのです。食前の運動にちょーどいいのですよ」

「ホーラ。あんた、あれは食事だったんじゃないのかしら?」


 魔法映像を挟んで、会話がテンポよく交わされる。冗談を交えながらも、さくさくと決められる役割と手順。

 動揺していないにしろ元気にしろ、私はただ耳を傾けることしか出来ない。

 しかも……あのメモ書きが頭にこびりついて離れてくれないので、右から左へと抜けていってしまう。瞼を閉じてみても、映像として脳裏に焼きついている文字は、容赦なく心を責めてくる。


「ししょー! それにホーラさんにラスターさん。私にできる、ありますか?」


 せめて、魔法陣や魔法道具を使うお手伝いが出来ればと申し出る。師匠に鼻を掴まれてしまった。おかげで、いつものように「ふぎっ!」とか変な声が出た。

 えぇ、私だって理解してます。足手まといだって言うのは。


「あほアニム。さっきも言ったが、今回狙われてるのはお前なんだぞ?」

「そーよ、アニムちゃん。しかもメトゥスは、今までアニムちゃんが出会ってきたような魔法使い、というか男とは違って、すんごく粘着質で嫌味なやつなんだから! ウィータに対する執着心とも対抗心とも取れる不気味さといったら、もう! アニムちゃんにも好奇心でひどいこと言うと思うけどムシムシよ!」


 ラスターさんが高速くねくねで教えて下さった情報に、正直どんびきだ。私についてよりも、師匠に対して粘着ってとこだ。


「メトゥスいう人は、どーして私を、狙うです? 弟子狙うは、ししょーへの、嫌がらせ? それとも、ししょー憧れてるから、魔法使えない弟子の私、気に食わない?」


 問題はそこなのだ。

 吹雪の中、初めて聞いたメトゥスさんの声。アラケルさんとの魔法戦で、師匠がアルス・マグナを使った際、直接頭に響いてきた言葉。


――おかしいですよねぇ。実に、おかしいです。あれほどの魔法使いが、周到に準備整えて発動する召喚術を失敗するなんて。君も薄々感じているんですよねぇ?――


 あれはどちらかというと……私を攻撃的に見るのではなく、師匠への不信感を煽るような台詞だった。私が師匠に騙されているというニュアンスにもとれた。

 だけれど、メトゥスさん本人は師匠と対峙した。まぁ、私なんて傀儡で充分だと判断された可能性の方が高い。

 とはいえ。どんな感情を向けられているかによって、対処法も変わってくると思うのだ。


「メトゥスさんが、『執着している』、その芯は、どこにあるのかな」


 私なりに考えての発言だったのだけど、師匠たちからは一向に返事がない。


「ししょー? 即答できないくらい、複雑な事情? 根深いの?」


 気まずそうにそっぽを向いている師匠の襟元を引っ張る。顎先まである長い襟に顔を埋めるようにしている師匠は、どう考えてもだんまりを決め込む姿勢だ。

 わずかに熱を持ったような目元が気になる。私を完全に視界から外しちゃってる。


「もう! ししょーが、無視するなら!」


 ならばと、魔法映像に向き直る。

 目線の先にいたのは、なぜか床に倒れこんでいるホーラさん。そして、おなかを抱えて爆笑をしているラスターさん。ラスターさんなんて爆笑とは言っても、声も出ていない。笑いの最上級なやつだ。


「あの、私、そんな、おもしろおかしい、言ったです?」

「ごっごめんなさい。くはっ! おかしいのは、アニムちゃんじゃなくって、ぷぷっ、ウィータの、あの反応っ……!!」


 え? 私ではなく、師匠ですか。師匠を見上げると、先ほどとは違って、物凄く不機嫌そうに眉を寄せていた。あぁ、これは切れる直前の空気だ。こめかみがぴくぴくしちゃってる。

 心なしか肩を抱かれている手に、力が込められた気がした。痛くはないけど、心臓に悪い。


「そうそう。アニム、ウィータのはとっても根深いのですよ。ぷぷぷー。深すぎて窒息しそうなのです。アニムが助けてあげてくださいなのです。あっ、でも、手を引っ張られてがんじがらめにされたら、アニムも危険なのですー! むしろ、ふたりで溺れてしまえーっていうか、もうお砂糖の海に浸ってますですよねー」


 ホーラさん、きゃっきゃとはしゃいでらっしゃいます。

 えっと。今は緊迫した状況だったような? 

 いつもなら自分の突っ込みが原因かなとも反省してみる。現在に限っては、全く心当たりがない。


「おーまーえーらぁ」


 師匠が大きく息を吸い込んだ。

 危ないと慌てて両耳を塞いだ直後、師匠の瞼がぐわっと開いたよ。


「うっせぇ!! てめぇら、さっさと表に出やがれっ!! メトゥスの奴に先手打たれてたら承知しねぇぞ!!」


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