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引き篭り師弟と、師弟交換6―幸せと失う不安と、もうひとつの隠された想い―

「あにみゅ! ふぃーにす、花びらは黄緑にして、周りを銀のつぶつぶで飾って欲しいのじゃ」

「黄緑色だね。じゃあ、まぜまぜの魔法でーす」


 フィーニスとフィーネがブルームーンの目をらんらんと輝かせて、手元を覗き込んでくる。いくつかの白い小皿から、黄色二匙と青色一匙の粉を掬う。スプーンで混ぜると、どんどん黄緑色になっていく。色味が変るたび、二人から見えない花が飛び散る。

 幼い雪夜と華菜が思い出されて笑みが深まっていくのが、自分でもわかった。懐かしいのと同時、ちくりと胸の奥が痛んだ。


「花びらにー、色をのせてー、銀の粒を、ふちにそってー置いてー」


 出来上がった色にジェルを少しだけ垂らし、クッキーに乗せていく。最後に掴みにくい小さな銀粒で淵を飾って・・・・・・出来た!


「どうだー!」

「うなー! かっこいいのぞー!」


 立ち上がったフィーニスが両頬を押さえて、「うなぁぁ」と全身で喜びを表してくれた。普段は垂れている片耳も、ぴんと伸びている。

 そこにフィーネも加わって丸っこい体を左右に動かしている様子は、まるで踊っているようだ。


「あにむちゃ! ふぃーねも、ふぃーねも!」


 フィーネにも強請られ、桃色と黄緑を交互に塗ると、先ほどのフィーニスと同じようにうっとりとして、両手の肉球をあわせてくれた。

 さてと、これで焼く準備完了。


「ラスししょー、これ、窯に持っていくですけど、お手伝い、お願いできますか?」

「はーい。あたしが二つとも持っていくから、任せて!」


 言葉通り。ラスターさんは軽々と天板を持ち上げてしまった。結構重くて分厚いのだけど、すごい。体自体は女性のままのはずなのに、力はそのままなのかな。


「力持ち、です! ラスししょー、かっこいー!」

「やんっ! もっと誉めてくれていいのよーなんなら、アニムちゃんも抱っこしてあげちゃうわよ?」


 ばちこーんとウィンクされた。大げさなラスターさんに、へにゃんと笑い返してしまう。

 楽しげに窯へ鉄板を入れていくラスターさんの手つきは、かなり慣れているように見える。鉄板をひっかける道具も、飄々と使いこなし、あっという間に鉄の扉も閉めてしまった。


「じゃあ、焼けるまでの、ちょっとですけど。お茶、します?」

「嬉しいー! アニムちゃんにお茶淹れてもらえるなんて! お礼に、ぎゅって抱きしめてあ・げ・る!」

「全然お礼じゃないのぞ」


 師匠よろしく半目のフィーニスが、びしっと裏手ツッコミを入れた。可愛いお手々なので痛くはないだろうけど、ラスターさんは大げさに「いやんっ!」と笑った。

 私と言えば、勝手にあがる熱を押さえ込むのに必死だ。

 抱っことか抱きしめるとか聞くと、師匠を連想してしまう。きっと、最近抱きしめてもらってばっかりだし、昨日の夜も横抱きして家まで運んでもらったからだろう。師匠、童顔に似合わず、力持ちだし!


「あら、アニムちゃん。お湯沸かすのに、そんなに熱くなっちゃったのー? それとも、昨晩、あたしが部屋を出てから、ウィータとイイコトでもあった?」

「ラスししょーが、イイコト、言うと、艶めいた感じです。それに、思い出してたのは、さっきの玄関先のことで――」


 しまった! 墓穴を掘ってしまったよ!

 案の定、ラスターさんはにやにやと愉快そうな視線に加え、口の端を三日月級にあげちゃった。

 作業台を片付けてくださったのは嬉しいけども、広がったスペースに肘をついて、意味深な笑みで見つめてこないでください!


「どうなの? 二人の甘ったるい空気から、進展はあったのは明らかだけれど」

「ふぃーね、知ってりゅ。今の、らすたーしゃんみたくは、井戸端会議のおばちゃま言うのでちょ?」

「らすたーは両方じゃから、おじちゃんとおばちゃんを混ぜて、おじばちゃまなのぞ」


 腕を組み神妙に頷いたフィーニスの姿に、思わず噴き出してしまった。

 だって、おじばちゃまって。

 しかも、フィーネが


「ふぃーにす、しゅごいのでしゅ! あるじちゃまに報告でち!」


と誉めるものだから、腹筋がよじれて横っ腹が痛い。

 おじばちゃま――!! 笑いのツボにはまってしまった!


「ははっ! やだ、くるしっ! ごめん、です!」

「いいの。子どもって、素直で残酷なものだって良く知っているわ。それに、アニムちゃんが私のことで可愛さ弾けて爆笑してくれるなら、本望よ。ただ、笑い過ぎて呼吸困難にはならないでね? ウィータに丸焼きにされそうだもの」


 ラスターさんは打ちのめされて、作業台に突っ伏して、しくしく泣いている。三つ編みになった真紅の髪も、だらんと垂れちゃっているように見える。

 おや。大きな誤解があるようだ。私の爆笑は決して事実だと思ったからではない。


「ぼっ爆笑、すみません。でも、あはっ、ラスししょー、かっこいいし、綺麗だし、似合わない表現で、よけいに、おかしくって」


 笑い涙を拭いながら謝ると、今度はラスターさんのぽかんとした顔が目の前にあった。

 いつもみたいに胸を張って肯定すると思っていたラスターさんは、子猫たちを掴んで顔に当てただけだった。だけっていうより、子猫たちには蹴りけりされて痛そうだけども。


「フィーネとフィーニス、ラスししょーと遊んで貰って、嬉しいはわけるけど、そこまでね。二人にはミルクね。ラスししょーは、もうちょっと、待って下さいね」

「わーい! はちみちゅ、入ってるでしゅー!」

「いただきます、なのぞ!」


 二人用の小さなコップを器用に持って、こくこく喉に流し込む姿は、人間の赤ちゃんみたい。

 紅茶の硝子ポットにお湯を注いで、葉が開くのを見つめていると・・・・・・ポットの奥にいた、ラスターさんが起き上がった。


「アニムちゃんのフォローも貰ったし。魔法を使う者にとって、自由な発想は武器になるからねぇ。よしとしておきましょう。それより、アニムちゃんの話しが聞きたいわ?」

「今日のラスターさんは、やけに食い下がる、ですね」

「やーね。ラスししょーって呼んでちょうだいよー。女子会っていうのだっけ? 折角甘いお菓子の香りに包まれているのだし、アニムちゃんの恋話、聞きたいのよー」


 今日のラスターさんは、やっぱり、ちょっと雰囲気が違う。抜けた感じだったり、意地悪に笑ってきたり。調子が狂ってしまう。

 とはいえ、昨日の夜にラスターさんが去り際に一言くれなければ、告白にまで辿りついたり、師匠が『オレの、アニム』なんて囁いてくれることもなかったかもしれません。

 うん。ご報告はしなきゃ。


「私、ですね」

「うん、うん」


 満面の笑みで頷いてくるラスターさん。すっすごく話しにくい。相槌なのに、相槌じゃない。

 恐らくもなにも、私が師匠に異性としての想いを寄せているのって、訪問者の方々にはバレバレだ。なので、あえて秘密にする必要もないし、今更感は半端ないとは思うのだ。けれど、実際口にするのにためらいがないのかと問われれば、少し違う。


「ゆっくりで、いいのよ?」


 手持ち無沙汰にいじっていたポットが、ラスターさんにさらわれていった。

 全部表情に滲み出ていたのだろう。ラスターさんは、目じりを下げて微笑んでいる。ポットから、ぽこぽこと音を立てて注がれている紅茶のようなあたたかさ。


「私、ししょーに、告白、したですよ」


 思い出しても、昨晩の私は赤面ものな勢いだった。加えて、可愛らしさの欠片もなく言いたい放題に気持ちをぶつけてしまった。

 私の言葉と同じものを返されはしなかった。けれど、師匠は受け止めてくれた。


―絶対に離してなんて、やらない。どこにも、行かせない―


 ううん。それ以上の想いを伝えてくれた。

 私は精神的にも幼くて、それは異世界とか関係ない幼さで。大好き以外の言葉でもって、自分の気持ちを伝える術がない。師匠と並べるはずがない。

 それでも、私は頑張っても良いのだと受け止めて貰えた気がしたのだ。世界とか漠然とした存在ではなく、誰でもなく、大好きな師匠に。


「ししょーが、大好きだって、伝えられたです。溢れ出てくる気持ち、とめられなくって、すごくみっとも無い、告白でしたけど」


 浮かれる気持ちを落ち着けようと、言い訳がましい言葉を付け足してしまった。さらに、これ以上よけいな言葉が出ないように、紅茶が揺らめいているカップに口をつける。

 なんか、喉が熱くなってきちゃった。こくんと喉を流れていく紅茶の味なんて、さっぱりだ。

 ソレも長くは続かなかった。


「ラスターさん?」


 意を決して報告したラスターさんからは、一向に反応がないのだ。

 はてと、首を傾げてしまう。顔をあげた先にいるラスターさんは、これ以上ないってくらい眉間に皺を寄せていた。


「アニムちゃんが、ウィータに、告白したの?」


 わっ私が告白したのが、そんなにも怪訝な行動だったのかな!? どう考えても、師匠から愛の告白とかの方が想像できないと思うんですけど!?

 思わず身を縮こめて、上目で伺ってしまう。


「はっはいです。告白いうよりは、私が勝手に、気持ち、ぶちまけた、ですけど……」


 私の言葉に、ラスターさんは盛大な溜め息を伴って頭を抱えてしまった。

 もっと雰囲気よく告げて欲しかったという意味?! それとも、この世界では、女の人から告白するのって、とんでもなくはしたないとか、有り得ないってこと?! はたまた、世界に名を馳せる大魔法使いウィータにふさわしくないという、お友達心なのだろうか。


「わっ私、非常識だった、ですかね?」


 考え得る全ての可能性に思考をめぐらせ、魂が抜けそうな私の気配を察したのか。フィーネとフィーニスが、慰めるように手に掴ってきた。ふにふにと押しつけられる頬の柔らかさといったら・・・・・・。子猫たちは自由なようで、人の傷に聡すぎる。それは嬉しいことだけど、心配でもある。

 私が手を子猫たちの背に滑らせたところで、ラスターさんが大きな溜息を吐いた。


「で、ウィータも同じ言葉を返してくれたのかしら? 念のために聞くけれど」


 え? 師匠うんぬんに話が移るの?


「ししょーは、あぁいう人だから。はっきりとは」

「――っかぁー! ウィータのやつ、どこまでも情けない! 大体、あいつはいつもいつもアニムちゃんの気持ちに甘え過ぎ! 臆病になるの、わからなくもないけど、それにしたってさ、あんなに根深い想い抱いて、独占欲丸出しに周りを牽制するくらいなら、どーしてもっと強引になれないのさ! アニムちゃんが知らない単語使って熱愛してるとか遠まわしにでも言っちゃうくらいなら、本人に伝えてあげろっての! もー、何がしたいのか意味不明なんだけど!」


 がたんと。椅子と床がぶつかる音が、豪快に響き渡った。フィーネとフィーニスの垂れ耳が、ぴんっと立っちゃうほどだ。おまけに、作業台の上に二本足で立ち上がった。

 ラスターさんの怒りっぷりは、まるで娘を庇うお父さんのようだ。あんぐりと、口を開けることしか出来ない。こんな風に怒っているラスターさんを見るのは初めてだ。


「アニムはさ、よく、あんなのに愛想尽きないよな! いっそのこと、元の世界に戻ってやるとでも宣言して、ウィータのやつを追い込んじゃうくらいしても、罰は当たらないと思うんだけど!」


 ぐいっと、ラスターさんが体を乗り出してきた。それなりに幅のある作業台だけど、高身長なラスターさんは軽々と距離を詰めてくる。

 っていうか、口調がいつもと違う!!


「あっあの、ラスターさん?」

「なんだよ。大体にして、ウィータは君の好意に臆病すぎるのがむかつくんだよ。これだけ好きオーラ出されているのにさ」


 好きオーラとは!! 自覚済みの事実に冷や汗が出るものの、ラスターさんの口調が!

 ただ、それよりも私が気にかかったのは・・・・・・。


「ししょーが、臆病ですか?」


 目の前で、自分のことのように眉を吊り上げているラスターさんには聞こえなかったようだ。子どものように拗ねている様子に、ただ瞬きを繰り返すばかりだ。

 ラスターさんに『アニム』とか『君』って呼ばれたのに驚いたのもある。けれど、内容よりもラスターさんの口調というか言葉使いにびっくりしている自分がいる。


「ふぇっ……らすたーしゃんのばかちん!! あにむちゃは、いなくなんて、ないのでしゅよ! あるじちゃまとあにむちゃは、お婿しゃんとお嫁しゃんで、ずーとずっと、ふぃーねたちと一緒いるの! お月しゃまなんかに、行かないでちょー!」

「あにみゅは、ありゅじに意地悪なんてしないのぞ! あにみゅは……あにみゅは、絵本の続きだって、読んでくれる約束してるのじゃ! ふぃーにすたち、嫌いない言ってくれたのぞぉ」


 フィーネとフィーニスの抗議があって。二人の全身の毛が逆立ったかと思うと、びえぇと、大きな泣き声が調理場に木霊した。


「ぶえぇっぇ!! うわぁぁっぁん!!」


 真珠のように大きな涙の粒が、フィーネとフィーニスから零れ落ちる。

 慌てて手を伸ばすと、二人から飛び込んできてくれた。てしっと指先を掴まれて、おもちみたいな感触が擦りつけられる。あとは、二人が腕を駆け上ってくる。

 二人を抱えた袖から染みてくる熱さに胸が震えた。

 こんなにも自分を欲してくれる存在がいることに、私は幸せを感じてしまうから――ひどい人間なんだろう。大事な存在を悲しませているのに、喜ぶなんて。


「うなぁぁぁぁ!!」


 二人を抱え直し、よしよしと背中を撫でると、よけいに泣かせてしまった。激しく泣きすぎているせいで、しゃっくりまで出ちゃっている。

 やっぱり、どうあっても、私はひどい人間だ。私を求めて縋ってくれるぬくもりが嬉しくて泣けてくる。泣かせてしまっているのに、肌を濡らし服に染みる熱を幸せだと噛みしめてしまう。


「だいじょーぶ。だいじょうぶ。二人と、一緒にいさせて、ほしいのは、私だから。いなくなるなんて、しないよ。できないよ」


 ほろりと零れた言葉。はっと目が見開くのがわかった。

 正直な願いなはずなのに、血の気が引いて行った。

 理由はわからない。ただ理解できるのは『ふたり』という発音が心臓に刺さったことだけ。


「ごめんなさいね。子猫ちゃんたちを脅かしたかった訳ではなくって。あくまでも、煮え切らないウィータに、腹が立っただけなの」


 ラスターさんの語尾が掠れた弁解に、はっと意識が戻る。

 焦って顔をあげると、ラスターさんが『後悔』と書いたまま力のない調子で項垂れているじゃないか。


「わかってる、です。ラスターさん、本気で、私とししょーの関係、心配してくれてるからこその、言葉だって。ありがとう、です。子猫たちも、そこは、ちゃんとわかるですよ。ただ、びっくりしただけ、なんです」


 元を辿れば、私が花畑で零した不安が原因だもの。フィーネとフィーニスの動揺って。

 顎で子猫たちの頭を交互にぐりぐりする。「ぷみゃっ」と愛らしい鳴声があがって、ほろりと笑みが零れた。ラスターさんもふっと口元を綻ばせてくれたものの、すぐに机に溶けてしまった。


「そんな……あたしの勝手な感情で口走って、申し訳ないわ」

「ほんと、嬉しかった、ですよ? どうでもいい人のこと、真剣に考えたりはないです。ましてや、怒るって、それだけで、とっても疲れるですから。フィーネとフィーニスの反応、元々は、昨日の私のせい、なんです。ラスターさんは、気にしないで、くださいです」


 必死にしがみついている二人の背中を撫でると、ぶんぶんと大きく頭を振られてしまったけれど。

 ミルクと蜂蜜の甘い香りがするフィーネとフィーニス。それに、渋い面持ちのラスターさん。

 皆から伝わってくる優しさに、私の涙腺が頼りなく緩む。


「むしろ、ありがとう、ございますですよ。私、ししょー、一番大好きですけど、ラスターさんも、大切な人です。センさんやホーラさんも、それに会ったのないですけど、センさんの奥さんの、ディーバさんも。顔はみえなくても、レシピとかお手紙とか、くださいます。それに、ラスターさんが大事想ってる、ルシオラさんも、私もっと仲良くなりたいです。ししょーから繋がる関係、触れられるが、幸せ思うです」


 グラビスさんも、アラケルさんも。引き篭っている森で出会った全ての人。

 もちろん、前向きな思い出ばかりではない。けれど、その出来事がなければ、師匠と想いを通わせたり、この世界に残るかどうかに真剣に悩んだりすることもなかったかも知れない。ただ、元の世界に戻りたいとだけ願って、人の優しさに気がつけなかった。

 辛い出来事ばかりなら、間違いなく落ち込んでいたと思う。けれど、師匠をはじめ、訪問者の皆さんのあったかい感情に触れられるからこそ、頑張れたと思うのだ。


「私、召喚されたのが、ししょーで、よかったです。だから、私は、私で頑張れたです」


 そして、ラスターさんが私のために感情を動かしてくれている。

 どうして今、そう思ったのかも、正直わからない。けれど、理由はわからなくても、感じた想いは本物だとわかる。


「ラスターさんが、こうしてお話聞いてくれるのも、元気の源です。思えば、ラスターさん、最初会った時から、とっても親しみやすくて、頼もしかったです」


 ただ感謝を伝えたくて、溢れ出そうな涙を押し込めて笑った。へへっと可愛くない照れ笑いが落ちた直後、


「アニム、『俺』は――」


硬く低い声が耳に響いてきた。


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