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引き篭り師弟と、賑やかな訪問者たち1

「お前らー! 魔法書の禁書には触るなっつってんだろ!」


 師匠の怒声が、家中に響き渡った。

 師匠と私、それに式神のウーヌスさんと子猫たちが住んでいるのは、日本の一軒屋が五つくらいは余裕で入る。いわゆるお屋敷なのに、そこに響き渡るなんてすごい声量だ。


「数分前、ししょー、地下の書庫に、いったはず」


 ということは。地下から、夕飯という名の晩酌準備中の調理場内まで届いたのか。


「ししょー、元気いっぱい。フィーネとフィーニス、いないのに、にぎやか」


 たまねぎに似た野菜を切る包丁が、とんとんと弾む。甘みがたっぷりなので、そのままサラダにする予定だ。

 お手製のドレッシングを舌先に乗せると、爽やかな香りが口内に広がっていく。


「――うん、大丈夫そう!」


 最近ようやく、香辛料や素材の味が元の世界のモノと結びついて、失敗がなくなってきた。


「ししょー、正直に、失敗って言う。けど、美味しいも、ちゃんと言ってくれる」


 師匠って、私が料理に失敗すると、きっぱり変な味だって言うのだ。けど、ちゃんと一緒に原因を考えてくれる。それも、辛抱強く。

 美味しく作れた時にしてくれる、にかっと眩しい笑顔。その、好きだなって思う。それが欲しくて頑張れちゃう。


「って、私、好きって。違う。どきどきなくて、師弟的意味」


 そっそれはさておき。師匠の血管がブチギレないか心配だ。師匠ってば、怒りっぽいからなぁ。

 ちなみに、叱られている『お前ら』とは、ラスターさんとホーラさんとう女性二人組。お二人とも師匠の旧友さんだ。師匠やセンさんと違い、不老不死ではなくご長寿さんたちらしい。数日前から離れに滞在されている。


「お客さんやお知り合い、いらっしゃる。けど、お友達は、センさん以外で、初めて」


 この一年の間に、来訪者は何人かいた。

 師匠への仕事の依頼やよくわからないお客さんには、ほとんど顔を合わせる機会はない。そういう時に限って、地下の書庫でなかなか終わらない作業をさせられたりとか、フィーニスたちと散歩に出されたりするのだ。

 子猫型の式神の可愛い羽とぷりっけつを見守るのは楽しいけど……。


「師匠とって、私、人に会わせたら、恥ずかしい弟子、なのかなぁ」


 世界一の魔法使いの弟子なのに、魔法が使えないから当然だけど。

 手に取ったきのこを裂く手に、力が入ってしまう。とっても不恰好になってしまった。


「おい、まて! 調理場にはアニムが――」


 近づいてくる師匠の怒鳴り声と、どたばたと鳴る質の異なる足音で我に返る。    

 ハイヒールが床を踏む音なので、きっとラスターさんだろうな。


「魔法書に触るなって、何言っているのよ。そもそもコレ、あたしやホーラが使ってた貴重な魔法書を、引き篭りのあんたに譲ってあげたんじゃないの」

「ラスターの言うとおりなのですー! それに、自称天才が読んでる本、気になるのですよー!」


 きのこを裂いていた手を止めて、隣部屋を覗いた先。はしゃいでいるでこぼこ女性二人と、疲れた様子でのっそり歩いている師匠がいた。

 玄関と部屋の間にある壁に手をついている師匠は、珍しく肩で息をしている。


「たく。子猫たちの賑やかさは心地良いが、お前らのやかましさには胃が痛む」


 かきあげられた、レモンシフォンの前髪。師匠の額には、うっすらと汗が滲んでいる。

 本当に大丈夫かな。エプロンで手を拭くのもそこそこに、師匠に駆け寄ってしまうくらいには心配だ。


「ししょー、だいじょ――」

「アニムー! 助けて下さいなのですー!」


 いつの間に、私の後ろに回りこんでいたのか。ホーラさんが腰に突撃してきた。けけ結構、頭突きが腰にきいたよ。


「ぐはっ!」

「きゃー! アニム、ごめんなのですよー!」


 ホーラさん、見た目は幼い少女だ。なのに、中身はほとんど師匠と同じくらいらしい。

 だぼっとしたポンチョ風の上着と、かぼちゃパンツが似合っている。ハロウィンの魔女っこみたいだ。


「ホーラさん、額ぐりぐりは、くすぐったい」


 振り返った先には、赤みのある珊瑚色ヘアーがある。


「うりゃーなのですよ」


 赤みがかった珊瑚色のツインテールが左右に揺れるたび、笑い声が出てしまう。

 それも、正面から放たれた不機嫌オーラにより、すぐ引っ込んじゃったんだけどね。


「ししょー、大激怒です」

「なのです、なのです。アニムが鎮めてくださいなのですよー」


 それは、無理です。ゾンビみたいにフラフラ近づいてくる師匠を鎮めるなんて。迫力が有りすぎて、むしろ一歩足が後ろに下がったよ。

 ふみゃんとぶつかったのは、豊満なお胸。


「アニムちゃん。心の狭い男って、嫌よねぇ」


 柔らかさに浸る前に、胸の持ち主――ラスターさんの肘が肩に乗ってきた。

 モデルのように背が高いラスターさんは、自然と見上げる形になる。艶っぽい唇に当たられた指は、さらにどきっとする。


「うーと、ですね。ししょーは、心、狭くないですよ?」

「あら? アニムちゃんたら、意地悪師匠に気遣わなくてもいいのよ?」


 ついっと師匠に流れる視線も色っぽい。

 ラスターさんは深紫色のイブニングドレス風がとても良くお似合いな、色気むんむん女性だ。深紅色の髪を纏めて大人っぽい。

 お色気に当てられ俯いた先には、きわどい部分まで入ったスリットから覗く太ももがあって。同姓ながら、余計に挙動不審になるよ。


「気遣う、ないです。ししょーはね、怒りっぽいけど、魔法使えない、異世界人な私、弟子してくれてるは、すごい」

「あほ弟子が。急にしおらしくなるな。普段は年寄り扱いしてきたり、理不尽のに」

「うそないですよ。あと、理不尽は、ししょー」


 むすっとした私に、師匠も負けないくらい口の端を落とした。

 師匠に歩みより、ぐいっと顔を近づけて睨めっこすること数秒。白旗をあげたのは師匠だった。ついっと逸らされた視線。やった!


「ふふん。今日は、私、勝ち!」

「うっせぇ」


 勝利に酔いしれ、満面の笑みで拳を握ったのもつかの間。押さえつけられるように髪を掻き乱されちゃったよ。

 私の頭が雑草のごとくもじゃっていたのか。忍び笑いが背中を叩いてきた。私は別に気にしなかったんだけど、師匠からは苦々しいため息が落ちた。


「ウィータ、短気は損気なのですよー」


 ホーラさん、実に楽しげだ。めちゃくちゃ愉快そうなので、煽っているだけなのがもろばれ。

 てっきり師匠は魔法をぶっぱなすと思ったのに、がっくりと肩を落とした。


「オレの問題じゃなくて、お前らが危なすぎるんだろうが。この前だって、禁書を勝手に発動させて家をぶっ壊しやがったの、忘れたとは言わせねぇぞ」


 おぉ、ぶっ壊しは困る! ここ寒いし、野宿は無理だ! ここは師匠の援護をせねば。

 ささっと横に並び、師匠の腕を掴んだ。頑張れの意図を込めて見上げると、師匠が何とも言いがたい感じに片眉を落とした。

 首を傾げた私に落とされたのは、でこぴん。


「えー! 二十年も前の話なのですよー」

「二十年! ししょー、心狭いかも。前言撤回」


 予想を超える年数だよ。

 裏切り上等。ホーラさんとラスターさんの前に逃げてしまった。

 二百六十才からしてみたら、二十年なんて最近なのかも知れない。でも、私にとっては、自分が生まれるより前の話なんて、大分前だ。


「アニム、前言撤回って。撤回する発言していないだろう」


 師匠の顔が思い切り歪んだ。眉間に皺が集まりすぎて、大変な様子になっている。


「っていうか、お前ら、いい加減アニムから離れろ。髪一本にでも触れるな。魔力的な悪影響が出たらどうしてくれる」

「あらやだ。ウィータってば独占欲? 言い訳がましいわよ」


 ラスターさんの仕草、井戸端会議のおばさま顔負けだ。


「というか、まだ息が切れてるわよ。折角、体は若いままなんだから、ちゃんと普段から運動しなさいよ。まさか、腹筋衰えてないわよね。どう? アニムちゃん」


 ラスターさん! 名前の呼び方が、いちいち色っぽい! しかも、顔が数センチの距離って。頭をきつく抱えられているので、体を離すのもかなわない。

 香水だろうか。意識がぽわんとするような、甘い香りが鼻腔をくすぐってきた。


「えっと! 私、ししょー、体若い、わかりません。見る機会、ないです。顔、童顔だけど!」

「あほ弟子が! 無防備に目をつぶってんじゃねぇ!」


 師匠、この状況で私にどうしろと。

 放心状態の私をよそに、ラスターさんの笑いは響く。


「そっか、まだ見てないのね。ウィータ、少年と青年の間の体って、とっても美しいのだから、もっと露出しなさいよ。首まで隠してるなんて、もったいないわ」

「鎖骨うまーなのです。男の程よい骨っぽさは、お色気武器なのですよぅ」


 ホーラさんの趣味はさておき。

 固まったまま、ちょっとだけ瞼を開けてみる。師匠とラスターさんは睨み合ったまま、不敵な笑みを浮かべ合っている。師匠なんて、腕を組んで、ふんぞり返っているよ。

 悪の魔法使い対お色気美魔女みたいな感じだ。


「うっせぇ、余計なお世話だ。ラスターは、その無駄についた胸の脂肪、絞りやがれ。むしろ、全部もいでやろうか」

「あら、ひどいもぐなんて。久しぶりに触りたいだけじゃないの?」


 この会話って……。

 師匠を見ると、仁王立ちのまま爪先で床を鳴らしていた。その瞬間、自分が爆発音を立てた錯覚に陥った。あがっていく全身の熱。


「ちょっとちょっと、ウィータにラスター? アニムが動揺しちゃってるのです。今の会話は、だれが聞いても二人が男女でいやんな関係だったって思われても仕方がないのですよー?」


 私の前に回りこんだ、ホーラさん。腰に手を当てて、師匠を見上げている。

 表情は伺えないけど、びしっと二人を交互に指差した仕草には貫禄を感じる。


「あら、まぁ」


 上から聞こえてきたラスターさんの声は陽気だった。

 師匠は口を歪めただけだ。特に否定はしない。口癖も出ない。

 胸の奧が痛んで、目の奥が熱くなっていく。

 

「えっと! ししょーも、ラスターさんも、長生き。さもありなん、です!」


心に生まれたモヤモヤとは反対に、自分でも驚くほど軽い声が飛び出てていた。


「アニムちゃん、言葉が可笑しいわよ。もう! 真っ赤で涙目になっちゃって、可愛い!」


 ラスターさんも否定はしないのか。本当に窒息しそう、苦しい。

 私、もしかして、師匠のこと……。ううん、違うよね。師匠がちゃんと話そうとしてくれないから、ショックを受けてるだけ。そりゃ、引き篭り魔法使い的には、一人お酒でもしっぽり飲みながら、過去の恋愛話を思い出して黄昏たいのかも知れないけど。

 私、一年間、ずっと一緒にいた師匠を取られた気がして、やきもち妬いているだけなんだよね。


「……ラスター、アニムが潰れるぞ。ったく、子どもの前で変な会話させんじゃねぇよ」


 そうだ。師匠は二百六十年も生きている。私とは、違う時間を生きてきた人。

 自分で言ったことを頭では理解していても、心がついてきてくれない。大体、私とはスキンシップすらろくにないのに、堂々と女性の胸をもぐ発言てどうなんだ。


「ウィータってば、人のせいにするのは、良くないのですよ」


 ホーラさんがめっと愛らしい叱責をしつつ、私の腰にしがみついてきた。

 紳士イケメンなセンさんだって、頭を撫でてくれたり、手を握ってくれてたり、何かしらのスキンシップがあったりするのに。

 師匠とは日常的場面での触れ合いって、ほとんどない。


「アニムがお子様なのはオレのせいじゃねぇ。事実だろうが」

「あらあら。とってもふかーい意味が含まれていて、同情したくなる台詞だこと」

「うっせぇ」


 今ここで口癖ですかい。師匠は間違ったこと言ってませんけど、もやっとする。

 ここ数日、スキンシップ多めなホーラさんとラスターさんと接しているせいだろうか。髪というか、肌同士の触れ合いってない――って! 違う! 肌同士って、そういう意味じゃ!


「私、子どもない」


 そりゃ、行為の経験はないけど! どうせ! 高校は女子校で男子との交際は禁止だったし、大学に入って先輩といい感じになりそうかなっていうタイミングでトリップだったんだから!

 でも、雑誌とか、友人たちからは聞いていた。


「大人の情事、くらい、わかるもん!」


 あれ? 私、この瞬間まで先輩のこと忘れて……た? 当時は憧れじゃなくて、ちゃんと恋だって思ってたはずなのに。


「じょっ――!?」


 沈みかけた思考は、師匠の裏声に引き戻された。

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