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引き篭り師弟と、師弟交換3—やきもちとやるせなさ—

「ラスししょー! 弟子に名前、呼ばせてくれない、偏屈ししょーは、ルシオラさんに、お任せしちゃって、調理場でお菓子作り、お願いしますデス!」


 そうなのだ。本日の計画で一番大事なのはお菓子作り。

 フィーネとフィーニス、それにルシオラさんにチョコクッキーを用意する予定なのだ。ウーヌスさんは元々食べなくても平気な体だけど、お茶は好んで飲まれる。ので、とっておきの茶葉でお茶を淹れよう。


「おぅよ! 任された!」


 ルシオラさんが良い笑顔で親指を立ててくれた。

 はぅ! まぶしい!!やっぱり、私、ルシオラさんと友達になりたい。

 一方、師匠からすり抜けたラスターさんは眉を八の字に下げてしまった。前半部分の言葉を空元気だと思われたのかも知れない。それでも、さすがはラスターさんだ。右腕で力こぶを作ってウィンクを投げてきた。


「よーし、あたし張り切っちゃうんだから! アニムちゃんとの、共同作業!」


 にかりと、妖艶な顔立ちに不似合いな可愛い笑みを浮かべたラスターさんに、ちょっとどきっとしてしまう。

 しかし、きゃぴっと片足をあげられた足に、心臓よりも笑いの方が体を揺らした。

 優しいラスターさんに笑みが零れる。私、いつもラスターさんに励まされてるなぁって。


「ししょーと、ルシオラさんの、魔法に、負けないくらい、素敵な、お菓子、つくりましょ!」


 私も力こぶをつくって鼻息荒く詰め寄ると、ラスターさんに視線を逸らされてしまった。今にも口笛吹きそうな唇で。

 なんと。心の広いラスターさんでも見るに耐えないくらい、ひどい鼻息だったらしい! てっきり、「負けないわ!」と掌を打ち鳴らしてくれると思ったのに。


「ついでに、『アニム』って、呼び捨て、でも――」


 挫けずにもう一歩詰め寄る。

 けれどっ! ラスターさんは真紅の頭をぶんぶんと激しく振ったじゃないか!


「あっあたしはね! アニムちゃん、って語尾にハートマークつけて呼ぶのが好きなの! それに、あたしの最後の砦で、ちょっと、そこを突破されるのはやばくて」


 どこか切羽詰まった気迫を感じる。

 えーと。拒否されたのかと衝撃を受けたけれど、どうやらそうではないらしい、のかな?


「えっと。砦を無理に攻めるは、良くないです。アニム、ぐっと我慢、しておくです」


 ラスターさんが好きなように呼んで下さればと思うので、深く頷いておいた。よくわからないけれど、嫌がられているようではないと感じたので。

 ラスターさんが息を漏らし目線を逸らしたのも束の間。師匠の手が容赦なくラスターさんの首を捻った。


「いででっ!! ちょっと、ウィータ! まだいたの? とっとと地下にこもりなさい!」


 ぐぎって。ぐぎって効果音つけたみたいな音量が響き渡りましたよ、なにやってんですかお師匠様。


「いいか。オレがアニムの傍にいない隙に、余計なことぬかすなよ」


 いつになく真剣な表情の師匠が向き直ってきた。口調もどこか淡々としている。

 傍にいない間。

 その言葉が、普段どれだけ私と師匠が顔をあわせているのかを教えてくれて、くすぐったくなってしまった。


「それと、アニム」

「うん?」


 返事だけでは足りなかったようだ。先ほどと同じく、手招きされた。

 お年寄りは動くのも億劫なんですか。仕方がありませんと妥協して、一歩、弾むように近づくと、ぐいっと後頭部からを押された。って――!


「んっ?!」


 はぐっと噛み付くように強引に唇を割られ、ぬるっとしたモノがもぐりこんできた。

 心の中で『ふあぁぁー!?』と叫んだ刹那、あっという間に生暖かいモノは引いった。

 というか! ラスターさんとルシオラさんに見られてるんですけど!


「ちょっ!!」


 沸騰しそうな熱が全身を駆け巡る。師匠の胸を何度も叩いても、びくともしない。それどころか、ぐっと踏み込まれてしまった。

 しかも、しかも。ようやく唇が離れてくれたと思ったら、口の端を拭ってくれた指がすごーくさり気なく胸の淵を滑っていったじゃないか。ひえぇ!


「ししょっ、ばかぁ! いくら、なんでも、人前、信じられないっ! 節操、なし! 口づけ魔! 無神経魔法使い!」


 照れからなのか、怒っているからなのか。自分でも出所不明な感情から、瞳が熱くなっていく。

 だって、師匠とキスにうっとりしている奇妙な顔なんて、人様に見られたくない。だれもが見とれる、映画みたくスマートで美しい光景ならともかく、私はいつも必死なんだもの。きっと、いっぱいいっぱいで梅干しみたいになってるはずだ。


「はいはい、すみませんね。アニムさん」


 師匠の息が髪の先に、キスと混じって落ちてきた。溜め息交じりの、キス、なんて、卑怯すぎる。

 しかも、またアニムさん呼ばわりだし!! ししょーは、その呼び方ひとつで私をどれだけ動揺させているかなんて考えてもいないんだろう。

 ぐぬぬと悔しさに梅干顔になったのも数秒、すぐに師匠が追撃をしてきた。


「稀代の魔法使いも、所詮あなたの前では一人の男なんです。アマトリウスな奴が無節操に愛敬振りまくのは、我慢できないんですよ。伝わってますかね。節操なし、無節操。お互いさまだと思いますけどー?」

「また、敬語! 普段、口悪い、ししょーの、敬語は、心臓に、悪いですよ! 大魔法使い、かんけーない、です! っていうか、あまとりうす、意味知らない!」

「っていうか、口づけ魔ってばらして、恥ずかしいのはアニムじゃないのか?」


 ひーんと、顔を覆って下を向くしかない。言いながらも、師匠の胸に額というか頭を当ててしまっているあたり、私も常識ないかもだけど。

 これ、ただのあほなバカップルだよね。あほとバカのダブルパンチだ。砂浜をかけて捕まえてごっこどころの話しじゃない。

 これが中毒性ってやつですか。慣れって怖い。


「屁理屈ししょー! 無神経!」


 それはともかく、初対面のルシオラさんの前っていうのもある。長生きしていらっしゃる訪問者さんたちならともかく、同年代同性というのがただでさえ羞恥を誘うのに……ルシオラさんが師匠を男の人としてみているならすっごく嫌味な行動だ。


「あんた……そこまでの単語使うなら、率直な気持ちを口にすればいいのに。アニムちゃんが知らないのを前提な単語を使って虚しくないわけ?」

「うっせぇ。調べようと思えば、簡単にわかる単語だ」


 私の髪をいじりながら、にやりと悪魔のごとき笑みを浮かべる師匠。

 ひぇっ。

 変なしゃっくりを出して固まった私を面白がっているのだろう。師匠はさらに笑みを深める。おまけにと、体を起こした彼は眉間に指をあて眼鏡をあげるような仕草をした。私が本の虫な師匠をからかう際にしていた仕草だ。


「なぁ、アニムさん? 勤勉な弟子なら古代語だってお手の物ですよね」


 古代語って。現代語でさえ片言の弟子に向かって、お手の物とは。

 羞恥も手伝って、むかーっと両手を振り上げていた。


「ししょー、突然の、敬語で、なに企んでる、ですか! 私、掌で、ころころ、ですか」

「アニムの反応がおもしれぇ以外に理由なんてあるわけねぇだろ。それにしても、アニムが掌サイズになったら良く転がりそうだなぁ」


 さらっと言いやがりました。それに、どうせ私は転がりそうなお子様体型ですよ。


「ししょーは、おもしろい女の人が、好きな、だけですか」

「ちげーよ。『アニムの』って言ったろうが。お前が口にするから意味があるんだ。オレにとったら、面白いからアニムに構うわけじゃなくて、お前だからだよ。本質が問題だっての」


 師匠の言葉。嬉しいはずなのに、どうしてか脳震盪のうしんとうのような揺らめきを感じてしまった。すごくすごく嬉しいはずなのに。胸が締め付けられるくらい嬉しいのに。

 私ではない『アニムさん』の存在が頭を過って、息が止まりそうになってしまった。

 追い出そうと師匠の服を強く握り締める。気にしないって決めたんだから、これしきのことで動揺しないの、私ってば。


「素直になっているオレを前にして、どこへ意識逸らしてんだよ」


 私の心の揺らぎを悟ったのか。師匠は背を撫でるように抱きしめてくれた。おまけにと、耳上の髪に、唇が擦り寄ってくる。まるで私をここにつなぎ止めてくれるような声。

 縋るように背中を掴んで、師匠の胸に顔を埋める。すんと鼻先をかすめる薬草の香りに泣きそうになる。


「って!! ちょっと待って!! ししょー!」


 自分から甘えておいてあればだけど、ストップをかけざるを得ない状況だよ。

 これがふたりっきりなら、もっととねだりもするけれどっ!

 私が慌てて体を離すより早く、ルシオラさんがすっと手をあげた。


「ウィータ様とアニムが濃い関係だってのは存分に理解したうえで言わせてよ。とりあえず、魔法生成したいから、いちゃこらは夜まで待ってもらえる?」

「はいっ! もちろんです! ご指摘に、感謝です!」


 鮮魚のごとく飛び跳ねて、師匠の腕から抜け出る。ついでに両手を天井に向けて。降伏、万歳のポーズだ。

 ラスターさんとルシオラさんが口元を抑えてプルプル震え出したが、私はお二人に拗ねる余裕はない。だって、師匠がこれ以上ないほど艶っぽい目で顔を近づけてきたから。


「ほぅ。夜まで待っていて、その後どうするんだか」

「もう、ししょーは、だまらっしゃい! どーにもしません! 敢えていうなら、お疲れししょーに、あっついお茶、淹れて、毛布重ねて、子猫たちのついでに、子守歌、うたってやるですよ!」


 私のいっぱいいっぱいの叫びに、ラスターさん兄妹はさらに大きく肩を揺らす。

 わかってますよ。笑いどころは、師匠の色っぽい声色や仕草に反して、私の挙動が愉快な点ですよねっ!

 色気回答になったのが悔しくて、八つ当たりで師匠の胸をべしっと叩いてやった。熨斗のしを張り付けるように。


「むしろ、花飾りつけて、お渡し、しますですよ!」

「花飾りつける意味がわからねぇよ。ったく」


 はぁっと落とされた溜息。これは呆れたやつじゃなくて、私の言動が意味不明と疲れた時のやつだ。

 だって、熨斗に代わるこっちの言葉を知らないんだもん。自分でも意味が変わりすぎたとは思ったけどさ。


「確かに、待たせて悪かったなルシオラ。地下に降りるか」

「いえ! じゃあ、わたしは先に降りて魔法道具の準備しますね。ウィータ師匠はゆっくりいらっしゃってください。いや、早く作業はしたいんだけども!」


 矛盾した自分の言葉に葛藤するルシオラさんは可愛い。大きなリュックを背負ってキリっとしたかと思うと、くっと顔をしかめたのだ。表情豊かなところもラスターさんに似ている。

 仲良く慣れたらいいなぁ――ううん、仲良くなりたいと思う。


「ラスター。くれぐれも、オレのアニムに手ぇ、出すんじゃねぇーぞ」


 ルシオラさんが廊下を走っていくのを見送っていると、師匠がまたとんでもない発言をした。

 いやいや、ラスターさんが私に手を出すとか有り得ないよ。

 案の定、ラスターさんは呆れた調子で顎下までの長い前髪を掻きあげた。


「今までのあれこれを見せ付けられて燃えるほど、若くはないわよ。アニムちゃんがスルーしたの含めてね。っていうか、これみよがしにオレのオレのってやかましいわよ。それも例の感情の払拭一環かしら?」

「うっせぇ。昼飯には一旦戻るからな。指一本、アニムに触れるんじゃねーぞ」


 目を据わらせて乱暴に言い放った師匠。ラスターさんは肩を竦めて、しっしと追い払っている。

 仲がいいのか、悪いのか不思議な二人だ。

 師匠とセンさんが多くを口にしなくても通じ合う関係なら、師匠とラスターさんは拳で語り合う悪友みたい。……自分で言っておきながら、そんな体育会系な師匠、想像できないと考えを改めるしかない。


「ほら、ししょー。ラスターさんに、絡んでないで、いってらっしゃい。はりきりルシオラさん、待たせるは、よくない」

「離れがたいのは、オレだけみたいじゃねぇかよ」


 師匠、どうしちゃったんだ。いつになく素直な言葉が出てきちゃってるけど。私のキャパは振り切ってるよ。

 思考フル回転だ。師匠は二人っきりの時の方が、格段に意地悪なのかも。ラスターさんがいると、何故だか甘い言葉をかけてくれる。独占欲の、表現の仕方の違い? 対抗心? 男心は難解すぎる。


「まっまぁ、いいや」


 私がへのへのもへじみたいは変顔をしていたせいか、師匠自ら咳払いをして話を終わらせた。

 実際、今日の師匠は偽物じゃないかと疑うほど恋愛的な発言をしている気がする。思わず、じとっと疑念の眼差しを投げてしまうよ。


「なんだよ、そのけったいな目つきはっ!」

「いでっ!」


 ひどい。チョップだよ。脳天にチョップを食らったよ。

 うん。こんなひどい扱いに安心している自分はどうかと思うけど、しっくりくるんだからしょうがない。

 へらへらと、衝撃を受けた部分をさすっていると、今度は呆れた溜息が落とされた。


「アニム、昼は手間のかからねぇ食事でいい。オレとルシオラはゆっくり席につけねぇだろうし、フィーネとフィーニスへの菓子作りを優先してやってくれて構わねぇから」

「了解です。ししょー、ありがと」


 お礼を言うと師匠がにしっと笑ってくれた。でも、いつもよりへにゃんとしているようだ。本気で申し訳ないと思っているんだろう。

 召喚されたばかりの頃、私を一人で食事させていたことを後悔している師匠は(子猫たちは一緒だったけど)、家にいる時に同席につけないことをとても気にするのだ。


「あのね、ししょー」


 踵を返そうとした師匠に駆け寄る。


「なんですか、アニムさん」

「がんばってね。私も、寂しいけど、おいしく、食べてもらえるよう、まってる」


 頬に唇を寄せて、そこに数秒くっついたままにする。師匠の袖を握って、背伸び。

 触れ合った色んな場所から伝わってくるのは、師匠の硬直状態。

 毎度のことながら、可笑しい。自分からは深いキスだって、一歩手前のコトだって平気でしてくるくせに。


「だから、楽しみに、しててね?」


 ふふっと、幸せの微笑が浮かんでしまう。すりっと擦り寄り、離れる。案の定、耳まで染めた師匠が、わなわなと震えていた。

 あれ? 思いっきり眉間に皺が寄ってるよ。怒ってる?


「――っ! だーかーらー! お前はちゃんと主語をつけてしゃべれっつーの!」

「えー! いきなりの、話し方、指導?! お菓子、以外、食べる、モノ、ないでしょ? あっ、お昼も、あるか」

「うっせぇ! 前後の会話と文脈、それに己の行動をあわせて考えろ、あほアニム!」


 すごく面白いポーズの師匠が脳天を高速でつついてくるけど、地味に痛い! おまけに目が据わりすぎて視線で心臓を止められそうだよ。ときめきとは真逆の意味で。

 でも、文脈と行動を合わせても変な点はないと思うんだけど。


「私からは、嫌、だった?」


 それしか師匠が怒っている理由が思い浮かばず、しょんぼりしてしまう。師匠の裾を掴む指に力が込もった。師匠を盗み見るようにちらりと見上げるのが精一杯。

 一方、師匠は苦虫を潰したような表情で喉を詰まらせた。まさか図星だったのだろうか。視界がうるっとなるが、なんかとぐっと口を結ぶ。


「嫌じゃないからやばいんだろうが」

「えっ!? ほんと?」


 嫌じゃないという言葉に思わず反応して、表情がぱっと明るくなったのが自分でもわかった。にへにへと緩む頬を、師匠を掴んでいるのとは反対の手で押さえても蕩けてしまう。

 そわそわしながら師匠の言葉の続きを待っていると、師匠が全身脱力してしまった。自分の両手を睨みながら、なんか震えてるし大丈夫かな。


「なぁ、オレは試されてんのか?」


 顔を覗き込もうとした瞬間、師匠はがばりと音を立てて体を起こした。が、視線は私ではなく何故か天井に向けられている。目の前で手を振っても、それは変わらない。

 どうしたもんかと、後ろにいるラスターさんに助けを求めるが・・・・・・お腹を抱えて壁に手をついていた。なぜにーと、呆然とラスターさんを見ていると、ぐいっと強引に顔の向きを変えられた。もちろん師匠に。


「これから、繊細な魔法生成行うってのに、集中できねぇにも程があるだろ!」

「集中、できない、よくわかんないけど、ごめんです。でも、私は、さっきのが、ししょー、嫌ないなら、よかった」


 謝りつつも、やっぱり師匠が心を動かしてくれているのが嬉しくて笑みが零れてしまう。

 あと、頭を抱えて「だー!」と叫ぶ師匠がなんだか可愛い。

 そう思ったところで、師匠の目つきが色を変えてさすがにやばいと背が伸びた。


「ささっ! ラスししょー、そろそろ調理場、いきましょ!」

「そうね! さぁ、アニムちゃん、手をとりあって、めくるめく甘い時間を練り上げましょう!」


 ラスターさんのお色気たっぷりな声色が玄関先に響く。甘いお声にひかれ、差し出された手を取ろうと腕を伸ばすと――。

 遠くから、私の大好きな声たちが聞こえてきた。付け加えると、物凄いスピードで近づいてきている。


「にゃうにゃうー! どーん、なのじゃー!」

「間一髪なのでしゅよー!」

「ぐはっ!」


 フィーニスの効果音どおりの衝撃がラスターさんを襲った。可愛くて丸い二人に突撃されたラスターさんは見事に床に転がった。今日だけで何度目だろう。

 まぁ、子猫サイズの二人に押されてというよりは、頭横に激突されて、視界が隠れ、さらに足がもつれたからだ。リアクション芸人さん顔負けだよね。


「フィーニスにフィーネ、おかえりなさい」

「ただいまなのじゃ! お菓子作り手伝うのぞ!」

「あい! あにむちゃの助手さんでし! ふぃーねとふぃーにすは助手さんなのでし!」


 ほこほこの湯気を纏った二人は、ラスターさんの上に乗っかりてしてしと叩き続けている。太鼓を叩くようにリズムカル。

 ラスターさんは起き上がるよりも先に子猫たちの頭を撫でた。結構しんどい姿勢だろうに。


「子猫ちゃんたち、あったかいけどちょっとばかり痛いかもわからないわ」

「ごっめんなのぞーラスター、にゃんか湿ってて、いやな感じなのじゃ」

「ごめんあそばせ、なのでしゅー」


 確かに。ラスターさんは玄関で何度も転倒して、そもそも雨の中歩いてきて体も冷えてらっしゃるよね。お菓子作りの前に、ラスターさんにはお風呂に入っていただこう。ルシオラさんは、大丈夫かな。


「あにみゅー、ただいまなのぞ!」

「あにむちゃ、ただいまでしゅの!」


 ぼうっと思考と飛ばしていた私の首元に、二人が飛びついてきた。その際、ラスターさんを足蹴にして。

 蹴られたラスターさんは嬉しそうに頬を摩って起き上がっているけれど、ここはちゃんと叱らねば。


「おかえりで、ほかほかだけど。ラスターさん、踏み台にするは、めっ、でしょ」


 つんと二人の鼻先を交互に突っつき、もう一度「めっ」としかめっ面を作る。ついでに耳をいじるものの、


「だっちぇ、らすたーと遊ぶは楽しいのじゃ!」

「でち! らすたーしゃんはいっちょにうきうきでしゅ!」


 と可愛く鳴かれてしまい、困ってしまう。ラスターを見ると、にっかりと笑ってくれた。

 ラスターさんは子猫たちにすこぶる甘い。子ども好きなんだろうなぁっていう人柄だけど、なんていうか、子猫たちは特別だと思うのだ。昨晩の様子もだけれど、なんとなく。


「アニムちゃん?」


 一瞬、自分の世界に浸っていたようだ。ラスターさんが目の前で掌を振って、師匠がじっと射貫くように私を見ていた。

 誤魔化す、じゃないけれど。ちょっと呆れ気味な表情を作り、廊下の先を指さす。


「ししょー、ルシオラさん、うずうずしてる、違いない」


 いや。人心に聡くて優しい二人だ。私の誤魔化しなんてお見通しだろう。なのに、それぞれの調子で笑ってくれた。

 師匠は意地悪くにやりと口の端をあげ、ラスターさんはルシオラさんを思い浮かべたのか眉を下げた。


「それもそーだ。フィーネとフィーニスが戻ってきたなら、オレも安心して離れられる」

「はいはい、あんたのやきもちは理解しているけれど、今日はルシオラに付き合ってあげてよね」

「お前に言われなくても。あいつの探究心はオレも感心せずにはいられねぇからな。魔法開発の発想力だって、刺激を貰ってばかりだ。引き篭もっているってのに、ありがたいことだよ」


 そう口にする師匠はすっかり稀代の魔法使いのオーラを纏っていた。アイスブルーの瞳には知識欲が満ちている。ともすれば、好奇心に溢れた子どもみたいな純粋な色。


 正直いって羨ましいと、思う。


 だって、私にはどうしたって向けられない色だから。一緒に結界に引き篭もっている私には――魔法が使えない私には、絶対に向けて貰えない感情。訪問者の人たちと楽しそうに話す師匠を見る度、高揚する感情を目の当たりにする度、行き場のない感情が胸をえぐる。


「ししょーの、ばーか。でも、そんな、ししょーも、好きだから、しょうがない、ですよ」

「ほんと、しょうがない魔法馬鹿よね。うちのルシオラも、魔法のことになるとムキになってさ。でも、そこが――一生懸命なところが可愛くてしょうがないのよ」


 玄関に響いたのは、溜め息の二重奏。ラスターさんと目が合い、どちらからともなく笑いが零れ落ちた。


「お互い、まるで、片思いみたいな、やるせなさですね」


 胸にすり寄ってくる子猫たちを撫でながら、はふっと息が零れてしまう。

 白い息が子猫たちに落ち、小さくなった彼らの羽がそれを掻き回す。小刻みに動く羽が可愛くて、煙みたく分散される息が面白くて。また、口元が緩む。


「かたおもい、か」


 高い位置から落ちてきたのは、キンと氷が張ったかと思うような声色だった。

 その人から耳にしたことのない音に驚き、隣を見上げる。

 視線の先にいるラスターさんは、真紅の髪をもたげていた。片眉をさげて、いつものように戯けて肩を竦める。


「アニムちゃん、ひとまず、お風呂借りられるかしら」

「もちろん、です。ラスししょー」


 私がそう呼べば、ラスターさんは無邪気に――本当に嬉しそうに笑ってくれた。


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