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引き篭り師弟と、告白1

 子猫たちやラスターさんがいなくなり、部屋が急に静かになった。

 隣に立つ師匠の存在を強く感じ、今更ながら鼓動が早くなっていく。ちらりと師匠を横目で盗み見ると、猫みたく可愛いあくびをしていた。


「眠たそうな瞼は、いつもだけど、おつかれだよね。早く、ベッドにいこう?」


 口を押さえているのとは反対の師匠の手を、両手で包む。そのまま正面に回り込むと、師匠は結構眠かったのか無言で見下ろしてきた。

 もしかしたら、もうほとんど夢の世界にいるのかもしれない。


「なんなら、私に、もたれかかってもいいから」

「もっと疲れるような言い回しすんな、このあほアニム!」


 師匠がうとうとなっても良いように誘導しますよー、という弟子心からだったのだけれど……。思いっきり耳を引っ張られてしまった。ひどい。


「オレは平気だ。むしろお前の方が、目がとろんとしてるぞ」

「そんなことないもん」

「あるんだよ。だから、色々余計にやばく見えるんだろうが」

 

 ぶつぶつと視線を逸らされた状態で文句を言われて、はっとした! やばいって、やばいよ! 眠たさを自覚していない分、しまりのない顔を晒していたんだから!

 きりっと眉をあげて私比120%増しに凜々しさを振りまく。


「ほらっ、大丈夫! さっ、ししょー、子猫たちのために、ベッドをあたためておくのですよ」


 おまけにと、師匠をエスコートするように左手をベッドへと伸ばした。大事なのは指先まで意識すること。

 ふふんと鼻を鳴らしたのは未熟だったと反省だ。でも、我ながらスマートな動作だと思う。


「……オレ、今までの自分の態度が自分の首を絞めているのを実感せざるを得ない」

「なに、小難しいこと、言ってるですか。もういいから、早く」


 はいはいと弾むように促し、師匠の背を押す。両掌にじんわりと染みてくる体温はもう結構下がっているようだった。

 割と大人しく誘導されてくれた師匠だけど、シーツには潜らず、隣に腰掛けただけだった。まさか寝ずの番でもする気じゃないよね。


「よっこいしょ! ししょー、寝ないの?」


 声付きで体を起こすと、可哀想な人扱いの視線を向けられたよ。でもいいのだ。返事をしないあたり図星だったのはわかった。

 じゃあ、私も枕を背に敷いて、ぼけらと今日の出来事を振り返えろうか。もちろん、前半の幸せ気分だけ。


「そういえば、ししょー」

 

 大切なこと、確認するの忘れていたよ。

 すでに本を手に取っていた師匠は、しがみついた私を見ずに「なんだよ」と先を促す。一見すると邪険な扱いに思えるよね。うん。私は知ってるけどね。師匠はこうやって何にでも反応してくれる。無視はしない。こういうところも大好きだ。


「ししょー、フィーネとフィーニス、くれた、花飾り、どこかな?」

「あぁ、それか。安心しろ。一度ウーヌスが森から家に戻ってきた際に、泡の中に入れてる。明日にでも好きな場所に飾っておけよ」


 よかった、無事だった!

 お昼寝から目覚めた時に、ウーヌスさんがバスケットごと持って帰ってくださったとは聞いていた。可能性としては考えていたけど、改めて無事を確認できて安心できたよ。


「そっか。明日、また見たいな」


 フィーネとフィーニスが、結界内を飛び回って作ってくれた花飾り。

 私の新しい宝物だ。傀儡に壊されていたら、腸が煮えくり返るだけじゃおさまらないところだったよ。

 というか、泡ってなんだろう。魔法なのは推測出来るけど。


「泡って。もこもこ、魔法泡? なにか、効果が、あるのかな」

「あぁ。フィーニスたちも魔力を注ぎ込んではいたみたいだし、余計な世話かとも思ったが」


 中途半端なところで言葉を切った師匠が、私を伺うように瞳を転がした。

 はて、なんだろう。師匠の視線の意味に全く心当たりがない。

 首を傾げていると、師匠は観念したように口を動かす。白い息が生まれ、ふわりと消える。水晶の森はいつも雪か雨だ。今日とて例外ではない。


「少しでも長持ちした方がいいかと、長持ちする魔法道具に入れておいた。泡っていっても、時間がたてば水に変わって染みこむんだがな」

「そっか。ししょーも、ウーヌスさんも、ありがと、だね」


 私を想って行動してくれたのが嬉しくて、へらっと締まりなく笑ってしまう。

 師匠はいつだって、さり気なく優しい。スマートさに人生経験の差を感じつつも、くすぐったくなって幸せになるのだ。

 おずっと、師匠の腕に頭を触れさせる。にやけた顔を不気味がられたくない。


「……怒ってないか?」

「へっ? 怒る? だれ、っていうか、私?」


 突然すぎる声色の変化も手伝ってか、すっとんきょんな声で問い返してしまった。よくよく考えてみても、どこに私が怒る要素があったのか、さっぱり検討がつかない。

 師匠の頬が頭に乗ってきているので、表情は伺えない。


「なんつーか、ふと思ったんだ。アニムに渡された贈物に、勝手に魔法かけたりしてさ。元々、花や玉自体が魔法成分で形作られているとはいえ、アニムは生花のまま楽しみたかったんじゃねぇかって、思ってだな。後の祭りだが、オレの常識――不老不死や魔法使いって立場で、当たり前みたいに魔法かけちまったから、アニムとしては、違和感とかあるんじゃねぇかと反省してみたわけで」


 驚きのあまり言葉が出なかった。きっと、今の私は間抜けを通り越して、無表情かもしれない。それは、悪い意味ではなく、本気でびっくりしているという意味で。

 この世界に来てから、師匠にこんな言葉をかけられたことがあっただろうか。

 

 あぁ、ひとつだけ思い出した。


 直接ではなく、カローラさんに見せられた看病風景だ。

 熱を出した私の手を握り、魔力関係の影響だけを考えていて、体力的な面に思い至らなかったというような後悔を、吐露していた師匠の姿。

 でも、こんなに具体的に直接告げられたのは初めて。


「ししょー? 急に、どーしたの? 熱、あるですか」


 額で体温は測れないので、投げ出されている手をとって頬に当ててみる。お風呂あがり効果もすでになく、だいぶ冷えている。


「ねぇよ、あほアニム」


 師匠が呆れ声で離れていったので、隙ありと私も体を起こす。その勢いのまま顔をあげる。

 目が合った師匠は眉間に皺を寄せていた。


「変な、ししょー。私、ししょーの、魔法、不思議思う、あっても、嫌とか違和感、なんて、考えたないよ?」

「どうしてだよ。アニムの世界では具現化された魔法はなかった。世界が違うって、割り切ってるからか? 無理にあわせてる訳じゃ、ないよな?」

「ほんと、今日の、ししょー、変。私、そんな風、見えるのかな。傷ついちゃう、なー」


 当然だが、本音じゃない。

 だって。師匠は、この世界で私がどう過ごしてきたかを一番知っていてくれる人だ。場を和ませようと軽い口調でわざとらしく肩を落としたのに、師匠にとっても強い調子で肩を掴れてしまった。


「誓って、オレはアニムを歪んだ目で見たことねぇよ! お前が、この世界で一生懸命生きてるのも。お前が生きてきた世界の経験やモノを取り入れながら、この世界を知ろうとしてくれてるのも。十分すぎるくらい伝わってる! ……けど」


 早口で紡がれる言葉に、呆気にとられてしまう。


 私……師匠が私の世界を知りたいと耳を傾けてくれた時期も、最近妬いてくれているやきもちも、やっぱり拗ねながらもちゃんと受け入れてくれるのも、全部ぜーんぶ嬉しい。


 何より魔法のない世界で生きてきた私と、この世界で生きている私。丸ごと、抱きしめてくれる師匠が、大好き。


「あくまでオレが思っているだけで、他の奴にはお前が無理してる姿が映っているのかもって」

「ししょー、もしかして、傀儡、繰り主に、変なの言われた?」


 私の問いには答えず、師匠は深い溜め息を吐き出し手を離した。私から視線を外したまま、首筋を掻いている姿は、とても気まずそう。


「変なの」

「おかしいか?」

「うん、おかしい」


 人って不思議だ。

 今、だれよりも近くにいるのは師匠なのに、それはきっと物理的な距離。心は近づくほど、お互いが見えなくなる。


「稀代の魔法使いが、魔法使うに、落ち込んでさ。魔法ない世界で生まれて、絶対使えない弟子が、魔法使いたい思って。なのに、使えない世界でも、使える世界でも、魔法使えてるって、言ってくれる子たちいて。ありのまま、受け止めてくれる、あなたがいる」


 悲しいなって感じるんじゃなくって、私が抱いている幸せも切なさも、師匠も持っていると思うと嬉しくて堪らないのだ。

 すれ違いとも取れる言動にすら、目の奥が熱くなっていく。私がこどもだから。


「ありがと、ししょー。私、ししょーが、くれた言葉、全部嬉しい。私を思って、花飾り、魔法かけてくれたのも、ちっとも違和感、なんて、ないの。むしろ、すっごく、嬉しい」


 あぁ、もどかしい。私の言葉が拙いせいで、溢れる想いが伝えられない。とはいえ、元の世界くらい話せても伝えきれるとも思えないから不思議だ。

 ので、思いっきり腕にしがみついた。染みろ染みろー! 私の熱!


「アニム……」

「今の私、無理してる、よう、映ってる? 見たくない?」


 私が首を傾げるのと同時、師匠が音を立てて顔をあげた。師匠のアイスブルーの瞳が、ちゃんと私を見つめてくれている。

 未だに頬を強張らせている師匠に、へにゃんと笑いかける。嬉しくて締まらないよ。でも、さらに崩れていくのがわかる。


「やった! ししょーが、目を、あわせてくれた!」


 喜べば師匠も眉を垂らしながらも、笑みを浮かべてくれた。口の端だけわずかにあがっている力ない微笑みのまま、おずおずと指が伸ばされる。

 耳裏に滑り込んできた指先に、心持ち擦り寄ってみた。


「ほら、私って、順応能力、すごいから! 魔法でも、不思議動物でも、引き篭り魔法使いでも、なんでもござれ! 大魔法使い、唯一の弟子、伊達ない、でしょ。えっへん!」


 これまた。恥ずかしげもなく、えっへんとか口に出す。

 師匠の笑みが深くなったのでよしとしよう。今だけは、存分に呆れてください。

 てっきり、得意げに鼻を鳴らした私を、冗談交じりに諌めてくるのかと思いきや。


「本当だな、アニム」


 師匠ってば、私の肩口に顔を埋めてきた。

 曖昧に触れる唇に、ぞわっとなんとも言い難い痺れがお腹に響く。

 どどどどうしちゃったの、師匠!!?


「ししょー、嬉しさ爆発、泣いてる?」

「うっせぇ。あんまり調子に乗ってると、喰っちまうぞ」

「かっかっ、噛み付いて、から、警告、しないで!」


 しかも、追い打ちにと歯を立てた痕に口づけしないで!

 えぇい! 髪をわしゃわしゃ乱してやる! 修羅場を乗り越えたアニムは強い。押される一方じゃないよ。


「はいはい、お弟子様。ほら」


 すとんと、師匠の腕の中に落ち着いた私。

 薄暗く、薪の音と私たちの声だけが響いている空間に心音が響きわたる。

 いつもはさ、師匠の腕に閉じ込められるのだ。でも、今日は違う。師匠が私の胸に耳を当てているから、師匠のつむじがよく見える。


「アニムがちゃんと生きてるって音がする。それに、あったかくて不思議な甘さが香る。時々さ、恐ろしくなるんだ。確認しないと」

「私、そんな、死にそうな顔、してるですか。いつも」

 

 どぎまぎを誤魔化すためにツンとしても、師匠は動かない。自分でもわかるくらいバクンバクンと飛び出しそうな心音に聴きいっている。

 うっうるさくないのかな! 体だって、折角さっぱりしたのに変な汗がわいているし!


「お前、顔色も良いし、ありあまる体力もあるだろうが。そうじゃなくって、ほんとに傍にいるん――っていうか、無事でよかったなってさ。今回ばかりは、本気で焦ったぜ」


 一瞬、げっと口元を引きつらせた師匠。我に返ったという様子だ。誤魔化し気味に心配されたが、つい口が滑ってしまったという色が隠せていない。すっと熱が引いていく。

 

 師匠は私を――『アニムさん』を百年間、ずっと探していた。


 百年というのは想像し難い時間の流れ。ただ、とても長いのは私にも理解出来る。だから、今、傍にいるのが信じられなくて、不安になる。

 だから……だから抱きしめたり口づけしたりして、存在を確かめたい。そういう、こと?


「ししょーが、私、触れるのは……ただ、傍にいる、確認したいから? 私、傍にいる、どーして、確かめたい? 私、一緒いるは、不思議?」


 決して、嫌味のつもりはなかった。

 醜い感情がわいたのは否定できない。けれど、師匠が感じている存在は、だれでもなく『私』だ。自分の都合のいいように解釈してやるって決めた。

 師匠の太ももに手をついて、顔を覗き込むと。師匠はぐっと喉を詰まらせた。


「そら、不思議だろ。異なる世界の人間に出会う機会は、少ないとはいえ皆無じゃねぇ。けど、アニムみたいに魔法自体が存在しない世界から、肉体を持って次元を越えてくるってのは、相当希少なんだぜ?」

「ほー、いわゆる、運命、ってやつ、ですか。ししょー、ロマンチック、ですよ」

 

 まっ! 白々しい!

 上手くかわしましたねと、小指を立てて悪人面で微笑んでやる。心の中で。

 現実の私ときたら、余裕もどこへ吹き飛んでいったのか饅頭顔負けのふくれっ面だ。

 九割方は、高鳴った胸の照れ隠し。


 『アニムさん』はさておき。改めて師匠と出会えた奇跡には感謝するしかない。


 術に巻き込んでくれてありがとう。


 そう口にすれば、絶対に師匠は戸惑うから。複雑な想いを抱くだろうから。

 この気持ちは、私の心にだけ、そっと仕舞っておこう。


 私の心の内など知らない師匠は、いつも通り両頬を挟んできた。私の目線を自分のものに真っ直ぐ合わせるやつだ。


「なんだよ、その疑ってる目つきは。大体、運命なんて単語引っ張ってくるお前の方が、よっぽど夢見てんじゃねぇかよ」

「私、夢見る、ないよ。引き篭り、浮世離れししょーの、弟子は、しっかり者!」

「ほぅ。嘘をつくのはこの尖った口か。一回、魔法で心の中、丸ごと覗いてやろうか」


 にんまり。まさにそんな効果音が似合うご様子で、師匠は距離をつめてくる。

 師匠の悪人丸出しの台詞はともかく、心臓に悪い顔つきで近づいてくるのに、全身の熱があがっていくので困る。

ぎゅっと強く瞼を閉じて、師匠を視界から消してやる。


「見ない振りなんざ、百年早いんだよ」


 後悔先立たず。私が瞼を閉じたのをいいことに、唇を寄せてきた師匠。

 師匠って、目元に口づけするの好きだよね! この口づけ魔!!


「覗いても、驚くは、ししょーだよ! 私、真っ直ぐ、単純明快。私、だって、ししょーの心、覗き返して、やるんだから」


 本当に心を覗かれて、私の師匠への想いが筒抜けになったら穴に入るどころか、世界の裏側に突き抜けていきそう。

 師匠なら余裕綽々に「しかたねぇーな」なんて愉快そうに微笑んじゃうかな。


「はいはい。失礼しました、お弟子様。つーか、単純明快って、自画自賛になってねぇっつーの」


 ぼすんと。枕を立てかけ直した音に紛れてきたのは溜め息。暖炉にくべてある薪が、ぽんと爆ぜる。

湿った部屋の中で火の粉の香りが強くなった。もう慣れた匂い。


「オレの心の奥を覗いたら、アニムは離れちまうかもな」

 

 確かに、私が離れると聞こえた。

 耳に残る掠れた声は自嘲の色が濃かったように思えた。

 師匠は、小さなちいさな呟きが、私に聞こえているとは思っていないようだ。溜め息ごと押し込めるように、ぐっと水を煽った。


「ししょー、あのね! えっと、あの!」


 咄嗟に掴んだ、師匠の腰元。せっ正確には、夜着だけど。申し訳ないくらい皺が寄っていく。

 もしかしたら、師匠はベッドから降りてどこかへ行ってしまうのでは無いかという不安がよぎったのだ。師匠から今日は一緒に寝るって言ってくれたのにも関わらず。

 

「んっ。どうした?」


 ぶわあぁ、だからね、師匠のそーいうとこだよ!

 私が不安げになると、どこまでも甘やかした声色を出すところか、拒否したりしないところ! 付け加えると、こういう時に嫌なのは普段遠慮なしに触れてくるのに、すっと一歩引くところだ。全部がちぐはぐって思う。


「私、思い出した。ししょー、なんでも、言ってくれる、いったよね?」

「アニムの気のせいじゃ――」


 ほらっ! 誤魔化そうとした!

 切なかったはずなのに、むかむかとしてしょうがない。なんだかなぁ。むすりと腕を組んでじっと師匠を見つめる。師匠は気圧されて視線を逸らしている。この誤魔化魔め! さらに睨むと、わかりやすく口端が落ちた。

 

 そうだ――、私。


 何も言ってくれない師匠も視線を逸らす師匠も嫌いじゃない。そういう時の師匠は、言葉以上に鮮やかな色を纏うから。

 でも、言葉で誤魔化す師匠はすごく嫌なんだ。勝手な自覚はあるけれど、言霊を大事にする彼に、その一番大切にしている手段ではぐらかされるのは耐えられない。


「ラスターさんも、言ってたもん」


 だから、敢えて私は彼が嫌がる言葉を用いて、反抗してやるんだ。

 

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