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引き篭り師弟と、南の森の花畑4―子猫たちの贈り物と思い出―

 どれくらい、花摘みをしていただろうか。バスケットの中身は、色とりどりの花で満たされつつある。

 

「あにむちゃ、淡いお花しゃんの茎は、ちょっと甘くておいちいのでしゅよ」


 目の前をちょこちょこ飛び回っていたフィーネが、薄桃色の花に抱き着いた。不思議なのは、抱き着かれた花が赤みを増したことだ。まるで照れているみたい。

 うん、フィーネの愛らしさは万物共通なのだ!


「へぇ! じゃあ、デザートに、使わせてもらおうか? プティングにのせるも、いいね」

「ほんちょだー! ぷてぃんぐしゃんの生くりーむに乗ってたら、もっともっとおいちそー! あにむちゃ、てんちゃい!」


 いやぁ、可愛いフィーネのおかげだよとでれでれ頬が緩む。

 落ちてくる頬をしゃがみこんだ状態で支えていると、てしてしっと足を叩かれた。私の足に掴み立ちしているフィーニスだ。


「そいなら! ふぃーにすは、こっちの葉っぱはパンにいれると美味しいっておしえてあげるのぞ! おともだちに教えてもらったのじゃ! おはなびら吸ってみるのぞ」


 くるりと向きを変えたフィーニスが摘んだのは、薄い黄色の花びら。

 大丈夫だったかなと思う暇もなく、フィーニスは花びらがなくなった部分にちゅっとキスを落とす。すると、ぴょこぴょこっとさっきよりも淡い色の花びらがはえたじゃないか!


「すごい! くるみみたいな味がするね! ほろ苦いけどどこか甘い」

「うなっ! ふぃーねとふぃーにす、どっちがおいちーのもぎもぎできるか、競争なのでし!」

「ふぃーにす、負けないのぞ!」


 愛くるしいフィーネとフィーニスの一挙一動に見惚れちゃう。競争しながらも、仲良くちっちゃな体をぴょこぴょこ跳ねさせて、花畑を動き回るんだもん。眼福過ぎて、堪らない。


「こんなに、いっぱいの花、見たことないのに、緑はやっぱり、懐かしい」


 少しばかり汗ばんできた額を撫でる風が心地よい。立ち上がって瞼をとじると、余計に強くなる草の香り。深く息を吸うと、体いっぱいに風と風が運ぶ甘い声が満ちていく。


「幸せって、今みたいなのかな」


 呟いて。次の瞬間には胸がつぶれそうになった。ばくばくと心臓が跳ねる。


「違う、違う。駄目なのに」


 私は、この状況を受け入れてはいけないはずだ。

 でも、やっぱり。ぐっと唇を噛んでみても、体に感じる全部も、視界に広がるすべても、優しいから。誤魔化し気味に歌うしかない。


「私とししょー、引き篭りー、私花摘み娘ー、ししょー気ままに昼寝ー、ウーヌスさんはー羽ばたく鳥みたいにー樹から樹へーフィーネとフィーニス、可愛くてー、まいっちゃうなー、らららー、楽園咲くー子猫の妖精さーん」


 自分でもどうかと思う即興だった。けれど、フィーニスとフィーネの方がよっぽど衝撃的だったらしい。


「……あにみゅに、歌をつくりゅ才能にゃいのが、痛いほどわかったにょぞ」


 あぁ、フィーニスの視線と声色が、今までにないくらい冷たい。っていうか、怯えてない?

 その少し離れた場所では、フィーネの手からぽすんと落ちていく花が見えた。フィーネの元々くりんと丸いおめめが、さらにまん丸になっちゃっている。


「よっよし! バスケット、お花と、ご飯の茎で、いっぱいなったね!」


 うん、なかったことにしよう。わざとらしいけれど、高々と籠をあげてみせる。てってれってー! とファンファーレっぽい音がなりそうな勢いである。


「フィーネにフィーニス、ありがと。おかげで、いっぱい、取れたよ。私、いちど、ししょーのとこ、戻るけど、ふたりどうする?」

「しょーでしゅ。あにむちゃ会えたの嬉しくて、わしゅれてましたの」


 フィーネとフィーニスは掌を打ちつけ、びゅんと花畑に潜っていってしまった。

 二人のぷりっけつに目を細めると――目の前を小さな花びらが通り過ぎた。

 地面に咲いている花たちのとは違う。


「ど、して。この花びらが」


 知っているけど。よく馴染んだ花だけれど。

 ぐるりと見渡すと、いつの間にか、花吹雪が私の周りに舞っていました。どうしてか、懐かしさに涙腺が緩む。

 でも、可笑しい。元の世界でだって、ここまでの花に包まれたことはないのに、いくら周囲を見渡しても、その樹は見当たらない。これだけの花吹雪なら、それなりの並木道じゃないとありえない。


「どこから、きたの?」


 異世界だから。そう割り切ろうにも、掌にひらりと舞い降りてきた花びらは、大きさも色もよく知った――桜によく似ている。


「あなたは、私が知っている、花?」


 当然のことながら、花びらが応えてくれることはない。それでも、浮かんできた名前が、ほつっと喉から毀れる。元の世界の音で。

 その瞬間、ぐらりと視界が揺らいだ。まるで、あの時の夢の中にいる感覚。


「カローラ、さん?」


 自然と口をついで出た名前。吹いた風が髪を掬う。応えるみたいに。

 途端、再び心臓がばくばくと煩くなる。小鳥のさえずりが、耳鳴りに変わる。

 

「飲み込まれるような、花びらたち」


 記憶に新しいのは、召喚獣を取り巻く光景。フラッシュバックのように、脳内で弾ける映像。召喚獣と落ちてくる涙と、崩れ落ちる崖に紛れた自分。降りかかってきた涙の欠片に、皮膚がやけるような感覚。


「いた……い、いたい。でも、私じゃなくって――」


 悲鳴みたいな召喚獣の鳴き声が、脳を揺らす。真上から落ちてくる、黒い塊が私を飲み込もうとして、その奥には――。


「――みゅ! あにみゅってば! 聞いちょるのか!」


 眩暈が起きた。けれど、どうやら嫌な記憶のせいではなく、フィーニスに額を激しく叩かれたからのようだ。

 容赦のない愛情が、痛い。今回は爪を立てられてないので、肉球の心地よい痛さなのがありがたい。


「あっ、あれ? フィーニス、いつの間に、っていうか、あれれ?」


 気がつけば、あれ程吹雪いていた花びらも姿を消していた。足元を見てみても、花びらの跡形もない。

 やばい。これは本格的に白昼夢を見ていたというのか。


「あにむちゃ、こっち」


 呼ばれて、幻よりも足元で手招きしているフィーネに意識がむく。フィーニスも、軽やかに地面に着地しているところだった。


「うん?」


 膝を折って顔を近づけると、二人とも花の密集地帯に顔を突っ込んでしまった。


「可愛いお尻、ふりふり。ぽんぽんしたい」


 元気に動いている尻尾を目で追っていると。しばらくして、「ぷにゃ!」と息苦しそうながらも、愛らしい声があがった。

 顔をあげたフィーネとフィーニスは、花びらや葉っぱに飾り付けられている。


「ふたりとも、お花つけて可愛いけど、可愛いお顔、もっと見せてね?」


 小ぶりな花びらを払う指がくすぐったかったのか。「うみゃみゃ」と首をすくめた二人。ついでにと、「へぷにゃっ!」なんて可愛いくしゃみが飛び出た。二人のくしゃみを真似るように、たんぽぽの綿毛みたいなのが、ほわーっと一斉に空に舞い上がっていく。


「フィーニスとフィーネは、くしゃみまで、魔法だね」


 笑う私の指に擦り寄ってきた二人だったが、すぐにはっとなり毛を震わせた。

 花が散って、綺麗だなぁ。

 二人にくっついたモノだからだろうか。肌をこする花びらがとても暖かく感じられた。


「あにみゅ、ちょっと目、つぶるのにゃ」


 へらへらと二人を見つめる私を、フィーニスがきりっとした顔つきで見上げてくる。


「えー、可愛いふたり、眺めていたいのに」

「あにむちゃ、いいかりゃ!」


 おや? フィーネまでも宙でおててを躍らせた。

 もしかして、あれか。元の世界で友人が飼ってた猫が、ほめてと言わんばかりに、捕獲したねずみなんかをお披露目してくれたことがあった。うちのみゃーはまだ子猫だったのでなかったけど、実際目の当たりにするとかなりインパクトのある場面だったなぁ。


「じゃあ、ぎゅってするね」

「うな!」


 いやいや。フィーネとフィーニスは子猫の姿こそすれ、習性はほとんど人間と変わらない式神だ。くすぐったり撫でたりなんかの身体的な類似点はあるが……一年以上二人が生まれたての頃から暮らしていても、未だかつて、どや顔で捕獲動物を差し出された経験はない。


「どっどきどき、するなぁ」


 ともかく、心の準備だけはしておこう。

 内心、冷や汗を流しつつ、目を閉じる。視界が遮られると、風のそよぐ音がより鮮明になる。


「よし、いいにょ!」


 耳をくすぐった甘い音にひかれ、瞼が自然と上がっていく。徐々に広がっていく視界に映る姿に、笑みが広がっていく。広がって、目の前に待ち受けた光景に口を覆っていた。

 髪を舞い上げる優しい風よりも、流れる色鮮やかな花たちよりも、心を鷲掴みにされた姿があったから。


「私、に?」


 詰まった声が零れた先にいたのは、小さな手を震わせながら花飾りを持ったフィーネとフィーニス。

フィーニスとフィーネは、自分の顔ほどもある大きさの飾りを、一生懸命持ち上げている。フィーニスとフィーネは、いつもお散歩のお土産にお花をくれた。でも、それとは、また違う。


「私に、くれるの?」


 フィーニスとフィーネが一生懸命抱えているのは花飾りだ。

 桃色牡丹のような花を、一回り小さな薄紫や薄緑の花が取り囲んでいる。それをさらに、ハート型をした鈴蘭に似た紅色の花が包む。虹の欠片のようなモノが散りばめられていて、きらきらと放たれる輝きが……。


「これって――」


 そっと指の腹で触れたのは、花飾りの中央にある宝石。それはまるで――地球を思わせる、翠と蒼がまざったような不思議な色だった。

 おまけに、寄り添うようにあるのは、深い黒にも見える紫色の玉。

 掲げられているのは、私の中にある大切を形にしたみたいな花飾りで。あぁ、言葉が出てくれない。


「あにみゅ以外に、だれがいるのじゃ」


 至極当然。フィーニスは不可解そうに首を傾げた。

 隣のフィーネはたれ耳をさらにしょんぼりと頭にはりつけている。


「あにむちゃの髪とおめめといっちょの石、ふぃーねとふぃーにす探したでしゅ。なかにゃか見つからにゃくて、おねちゅの時と今日も、傍にいなくて、ごめんにゃしゃい」


 こちらこそ、ごめんなさいだ。

 そう伝えたいのに、抑えた口元からは嗚咽しか出てくれない。

 だって、私が身勝手に一人は寂しいって思っていた瞬間も、二人は私を想って飛び回ってくれていたのだ。


「私は――こんなにも守られて、思われている」


 込み上げてくる感情をどう認識していいのかわからない。どう捉えたら正しいのかわからなくて、苦しい。

 それは、夢の中で師匠とセンさんのやり取りを覗いてしまった時の感情にとても似ていた。納得と疑問。幸福と後悔。どっちに着かずな感情は気持ち悪い。


「異世界の人間な私は、どれだけ、こたえられるのかな」


 わかってる。でも、わからない。

 答えを出してしまったら、私は今の私じゃいられなくなる。大切にしてきたもの全部、なくしてしまう気がする。


「うっ、は、う。それに、これ」


 目の前の飾りの造形には、見覚えがあった。前に二人に読んであげた絵本に出てきた、幸せのお守りだ。挿絵に描かれた花飾りがとても綺麗だったので、印象に残っている。そこに出てくる鍛冶屋の兄弟が、二人と似ているねとも話していたっけ。


「そっくりなんだ」


 それに……昔、本当にまだ幼かった弟の雪夜ゆきやと妹の華菜はなが、私の誕生日プレゼントにくれたモノにも似ている。

 幼稚園児だった二人は、お小遣いを握り締め雑貨屋さんに行ってくれたらしいのだけど、途中でお金を落としてしまったらしい。ショックで泣きじゃくりながらも、庭の花や木の実を使って、一生懸命作ってくれた宝物の飾り。しばらく生花で楽しんだ後、お母さんがドライフラワーにしてくれたっけ。


「そっくりだけど、あたらしくて」


 雪夜は私の部屋に来るたび、「いい加減、飾るのやめてよね。そんな不恰好な飾り」とぶっきらぼうに言っていたっけ。華菜は「来年はもっときれいなの作るから!」なんていきこんでくれていたっけ。


「わた、し」


 フィーネとフィーニスのことだから、きっと私の話も絵本の内容も覚えていてくれて。色んな森を飛び回って、一生懸命作ってくれたんだろう。私を思いながら。

 ぽたぽたと落ちる涙。それを受けている二人は嫌がることもなく、じっと私を見上げてくる。その姿に余計、しゃがみこんだ体を丸めて、泣きじゃくってしまう。もう、悲しいのか嬉しいのかわからない。


「あにみゅ、どーしたのぞ? 花畑来れたから、もう、いらないにょか?」

「ふぃーにす! しょしたら、今度はしゃぼん玉の森のきらきら玉で、指輪をつくりゅでしゅ! お姫しゃまは、指輪でしゃーわせでしゅ!」

「でも、指輪は、おーじさまから貰わにゃいと、意味ないにょぞ!」


 腕の隙間から見えたのは、両前足をぱたぱたと左右に動かす二人。焦った様子で、飛び上がった。

 優しくてあったかくて、人のことに一生懸命になれるフィーネとフィーニス。二人の純真さは自分が汚いと落ち込む要因にはならないから不思議だ。ただただ、胸がきゅうっとなって、ぽっとなる。


「そうじゃ! ふぃーにすたちで指輪作って、ありゅじに渡して貰うのぞ! ありゅじはおーじさまなくて、魔法使いさまだけど、愛の告白が一緒ならきっと問題ないのぞ!」

「でしゅ! あるじちゃまもあにむちゃも、しゃーわせでしゅ!」


 ぽろぽろと溢れ出てくる涙はとまらない。

 みっともないと思いながら、同時に溢れてくる涙を止めるのがもったいなくて。泣きっ面のまま、微笑んでいた。


「しゃーわせ、か」


 正直、師匠が指輪を持って愛の告白なんて、全然想像出来ない。

 師匠なら、一言、しかもプロポーズだって非常にわかりにくい台詞を言ってそうだ。それで、聞き返されたら真っ赤になってやけっぱちに叫んでいる姿が浮かんでくる。


「私は、きっと、いま、しゃーわせ」


 けれど、幸せを感じる心の隅に、恐怖があるのも確かなのだ。

 この世界で幸福を感じる度、大切な関係を築いていく度、ついてまわるのは消失への恐怖。どちらかの世界を選んでも、一方を失うことには変わらない。

 過去の出来事を見て、家族や故郷を思い出して、確かに胸が痛んだのに……現金なモノで、私は目の前の幸福に手を伸ばしてしまう。

 けれど、きっとこの世界に残ると決めたとしても、それが間違っていないと胸を張って宣言出来ない。


「私、宙ぶらりん」


 こちらの世界に残るなら、元の世界での記憶はそのままにして欲しい。けれど、元の世界に戻るとするなら、この世界の記憶は消して欲しいとは思う。

 もちろん、皆を覚えていたい。でも、フィーニスやフィーネ、それに師匠を良い思い出と笑って、そっと胸の奥にしまって置ける自信がない。


「それは、つまり――」


 それは、つまり、私の中にある答えな気がして、叫びたくなる。

 手に持った花飾りを撫でると、不思議なことに、一瞬花の色が変わった。


「あにみゅ? ぽんぽんいたいにょか?」

「あにむちゃ、しょーいうときは、おいちーもの考えるのでち!」


 真っ直ぐに私を心配する二人。

 ぐいぐりと目をこする。元の世界ならアイメイクが崩れるなんて考えたのかな。そう考えた自分が、どうしてか、少しおかしかった。たぶん、おかしく思えた自分をくすぐったく思ったからだろう。


「フィーネにフィーニス、ありがと」


 両掌の中にある髪飾りを鼻に近づける。吸い込んだ香りは初めてのものだったのに、どこか懐かしい気持ちになった。果物みたいでハチミツみたいで、風みたいな香り。

 私の様子に首を傾げた二人は、私の膝に手をつきくんくんと鼻を鳴らす。


「まるで、フィーニスとフィーネみたいな、匂いだなぁって」

「うな? ふぃーにすたちは、あにみゅみたいって話してたのぞ」


 倒れそうな勢いで体を傾げる二人。


「ありがとう。ずーっと大事にするね」


 花飾りを太ももに置き、フィーネとフィーニスを喉元まで持ち上げる。思い切り抱きしめて、ぐりぐりと頭に顔を押し付けると。あったかくて柔らかい二人。おやつに食べたのか、苺みたいな香りがした。

 私の顎の下から何とか抜け出した二人は、抱きついてくれた。指の間から出ている尻尾が、くりんと私に絡むように丸まっている。


「あにむちゃ、よろこんで貰って、うりぇしーでしゅ」

「ふぃーにすとふぃーねは、てんしゃいぞ!」


 二人を両肩に乗せて、腕にバスケットを持ち上げる。肩の筋肉が鍛えられそうな重みだけど、それがいいなぁって思った。

 全体重を預けてくれた二人は、私の手元にある花飾りを嬉しそうに眺めている。そんな二人を見て、私もさらに満たされる。


「ふたりは、幸せの、天才だね」


 フィーネとフィーニスはとっても絶妙なバランスで、私に接してくれる。甘やかしてくれるのと、甘えてくれるのと。


「だいすき」


 私も、自分が大切だと想う人たちのそんな存在になりたいと、こっそり思った。

 けれど、今ここでその人たちの名前を音にするのも思い浮かべるのもいけないことな気がして、ごくんと飲み込んだ。


「じゃあ、ししょーのとこ、もどろっか!」


 元の世界で大好きだった、花束の歌をくちずさむと、二人もご機嫌に頭を揺らしてくれた。合いの手の変わりに、高めの鳴き声をくれる。


「そういえば、ふたり赤ちゃんの時、水晶の森、花畑行ったの覚えてる?」


 今でも赤ちゃんサイズなフィーネとフィーニスだが、本当に生まれたてでしゃべれない頃、師匠が連れて行ってくれた水晶の花畑を思い出す。

 途切れた歌に、不満そうに耳を動かしたのはフィーニス。フィーネは大きく頷いた。


「ふぃーね、ちゃんと覚えてましゅ。あにむちゃ、花冠、作ってくりぇたでしゅ」


 私が師匠に受け入れて貰えたような、私が師匠を受けれられたような日。

 フィーニスとフィーネが私を呼んでくれているって、初めて気が付けた日だった。なにより、師匠とちゃんと向き合えた瞬間だった。


「ふぃーにすは、赤ちゃんだったことにゃんて、にゃいぞ!」


 そういえば、師匠に赤ちゃん呼ばわりされた時にも怒ってたっけ。可愛いなぁ。

 反対側にいるフィーネからは、呆れた溜め息が落とされた。


「ふぃーにす、おばかしゃんでしゅね。しょんなわけ、にゃいのでしゅよ」

「うにゃ! ばかって言ったほうが、ばかにゃんだぞ!」

「ばかって言ったほうがばかなんて言うのが、ばかにゃのでしゅー!」


 あらら。何気にお約束な『おばかと言ったほう喧嘩』だ。

 さっきまでご機嫌いっぱいだった二人は、飛び上がって喧嘩を始めちゃった。短い前足をぶつけあっている。すいーと先に行く二人と、慌てて追いかける。


「ふたりとも、仲良くし――」

「しー、にゃ」


 駆け足で花畑を出ると、今度は仲良く声を揃えた二人に怒られてしまった。なぜに。

 疑問に思ったのは一瞬。二人の下には、ぐっすり夢の世界度だっている師匠がいた。後頭部にまわした両腕を枕に、気持ち良さそうに寝息を立てている。


「うーん、この顔。私の、膝枕なくてもなんて、ちょっと悔しい、ですよ」


 膝をついてしゃがみこみ、覗いた寝顔。寝てても凛々しい顔つきって、どういうこと。普通、寝顔って幼さが出るっていうのに。まさか、寝たふりとか?

 って、あれ? 私が寝ている師匠を見下ろす時は、もうちょっと抜けているような気が……。


「ししょー、狸寝入りないよね?」


 フィーニスとフィーネと一緒に、つんつんと頬をつついても、反応ひとつしない師匠。

 いえ、いつぞや、お昼寝しているかと腕にくっついた時は、狸寝入りしていたっぽいし。


「どうしよーかな」


 三人で顔を合わせて考えてみるけれど、たどり着いた答えは同じだったようだ。


「もういっかい、お花摘みに、いこっか」

「うな!」


 満場一致!

 容量以上に詰まったバスケットは置いて、代わりにストールを持っていこう。

 師匠の隣に寝ころがって、上空の綺麗な光景を堪能するのも良いかなと思ったけど、今は興奮状態でじっとしていられない。なんだか、そわそわして仕方がない。


「というわけで、ししょーは、もうちょっと、寝かせてあげるね」


 師匠ってば、ずっと私の看病をしてくれていたので、寝不足なのかもしれない。

ゆっくり休んで欲しいので、私が隣にいたら人の気配を感じて熟睡できないだろう。

 師匠、お昼寝も夜もだが、一緒に寝た時は決まって余計に瞼が重そうになるのだ。引き篭りさんは、人の気配になれないのかも。


「っくしゅ」


 そろそろと立ち上がったところで、可愛いくしゃみが鳴った。

 日差しがあたたかいとはいえ、寝冷えしないとも限らない。弟子の風邪がうつっていないとも言い切れないし。


「そっと、そっとね」

「しーにゃー」


 口元をおさえた子猫たちに笑みが深まりつつ、師匠を起こさないように細心の注意を払う。可能な限り静かに師匠へストールをかける。

 一瞬、師匠の表情がほにゃんと崩れたよう見えた。残念ながら、すぐ端整な顔立ちに戻ってしまった。寝てるのに、気を張ってるのかな。

 というのは、考えすぎか。師匠は黙ってれば整っているから、これが通常運転だろう。


「花持ち帰るは、スカート、使えばいっか」


 幸い、着ているのはふんわりとした膝丈スカートなので、結構乗せられそうだ。

 競うように花畑へ突っ込んでいったフィーネとフィーニスを追うため、踵を返す。遠ざかっていく二人を、吸い込んでいるようにも見える蒼天。変わらず、魔法陣が放つ彩の粒子が、蝶のように舞っている。


「さて、いきますか」


 空と魔法陣の間を、雲が優雅に流れていく。

 駆け出そうとした瞬間、全身を使って私を呼ぶフィーネに笑みがこぼれた。


「あにむちゃー! 早く来て、おうた、うたってくだしゃーい!」

「うなななー」


 まださっきの喧嘩を根に持っているんだろう。フィーニスは邪魔するように、フィーネの前をちょろちょろ飛んでいる。

 妨害されているはずのフィーネは楽しんでいるのか、フィーニスの合間から頑張って笑顔を出そうとしている。

 可愛い光景なのに――可愛いのに、なぜか心がざわめいた。岐路となるあの日にあった光景に似ていたから。


「私、知っている。こんな大切な、瞬間を」


 溢れてくる記憶をとめるため、大きく頭を振る。

 何気ない日常の場面に、過剰に反応しているだけ。そう言い聞かせて、大きく足を踏み出した。


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