引き篭り師弟と、南の森の花畑1―期待と不安―
玄関先でセンさんを見送った後、なぜか師匠もマントを羽織りだした。
「ししょー、どっか行くです?」
今日、お出掛けするとは聞いていない。
お茶の時間に、センさんに何か頼まれたのだろうか。訪問者の方が帰られた日や師匠が疲れた様子の時は、家に引き篭っていることの方が多いのに珍しい。
「あぁ。センから、魔法道具を作ってくれって頼まれたんだよ。道具の中身に使う花が、南の森にあるから摘みに行く。昨日はつい飲みすぎちまって、言うのが遅れて悪かった」
南の森は、外界の植物に近いモノがたくさんある場所らしい。とはいえ、結界外よりは、空気も土も比較にならないくらい澄んでいるのだと聞いている。どちらかというと、外界の成分に近くなるよう、浄化が調整されているらしい。
「南の森、ですか。フィーネとフィーニス、お気に入り散歩道」
とても綺麗な花や動物が溢れていると、フィーネやフィーニスが教えてくれた。そこは徒歩だと遠く、飛行か転移魔法で移動しないといけない。そのため、転移魔法が体の負担になるという理由で、私はまだ足を踏み入れたことがないのだ。
想像して、小さく息が漏れてしまう。そういえば、私が召喚されたのは、桜のお花見をする季節だったっけ。
「お前も突っ立ってないで、用意しろよ」
あまりにも予想外だった師匠の呼びかけ。思わず、変な角度に首を傾げてしまう。
「私、も?」
はて。師匠をお見送りする準備? とはいえ、火打ち石を打つわけでもないので、お見送りに準備も何もあったものではない。
「アニム以外にだれがいるんだよ。ほら、行くぞ」
「私も、一緒です?」
疑問と期待が入り混じった表情と声色は、相当、奇妙だったようだ。師匠は、戸惑ったように頭を搔いた。
「いや、もし体調がすぐれねぇようなら、ウーヌスだけ連れて行くから、無理にとはいわねぇが」
師匠の視線が、私を通り過ぎる。それを追うと、いつの間にか式神であるウーヌスさんが畏かしこまって控えていた。相変わらず音も無く現れるウーヌスさんに、びくっと肩が跳ね上がってしまうよ!
「アニム様。すぐ転移するとはいえ、外は冷えます。こちらを羽織ってください」
ウーヌスさんは、失礼な私の態度を別段気にした様子はない。むしろ、口の端に、わずかな、でもあたたかい笑みがのっている。
そんなウーヌスさんの手には、チョコレート色のストール。水晶の森で使うには少し薄手だ。
「ウーヌスさん、それは、私用の、ストールです?」
そっと差し出した両掌に乗せられたストールを、しげしげと見つめてしまう。
「はい。街にいる式たちから、先ほど送られてきたものです。今の流行ものらしく、淡いピンクとブラウンが入り混じった色合いで……ほんの少しパープルが混じっているのが、アニム様、それに南の森にあうかと」
ややあって上げた視線の先にいたウーヌスさんは、淡い笑みを浮かべていた。その目は師匠に向けられていたから、わかってしまった。送ってくれたのは街にいる式神さんたちだけど、きっと、選んでくれたのは――。
「ウーヌスさんも、式さんたちも、ありがとうですよ!」
気持ちが嬉しくて、羽織りたいのに眺めてもいたくて。ストールをぎゅっと抱きしめる。
が、すぐさま私の腕から、さっとストールが奪われた。あっと思う暇もなく、肩を包み込んできたのはあったかくて甘い香り。かけてくれたのは、ちょっぴり拗ねた風の師匠。
「ししょーも、ね。ありがとですよ」
「別に。選んだのはウーヌスだしな」
「いえ。アニム様を南の森へお連れする旨をお聞きした際、南の森はあたたかく外套がいとうではあつく、かといっていつもの服だけですとアニム様が風邪を召されますと進言申し上げたところ、ウィータ様が激しく動揺どうようされたので――」
ウーヌスさんの声を遮ったのは、わざとらしい咳払い。
思わず、音の主を見上げてしまったよ。ウーヌスさんと。
「あー、アニムもウーヌスも、そろそろ出るぞ」
口元に拳を当てた師匠は、心なしか、耳元が赤い。
「はい、ウィータ様。では、私は先に」
ウーヌスさんはくすりと笑いを零し、姿を消した。
ウーヌスさんも気になるけど、それよりなにより――。
「ししょー! 私、体は、全然大丈夫! 問題、そこなくて! 私、南の森、行って、平気?」
うわずった声が、天井の高い玄関で反響する。
追撃と言わんばかりに、爪を立てて師匠に掴みかかる。当の師匠はきょとんと瞬きを数回して――気まずげに頬を掻いた。
「オレ、言わなかったか? 急に存在固定が進んだって。それに、センと話している時も、外に出られるようになっても許可出せねぇぞって」
「言った! けど、私、その程度、わからないし、もっと先の話、思ってた!」
「あー、そうだよな。まだ外界は無理だが、南の森になら行っても問題はねぇよ。ただし、数日とかの長時間は、心身ともに負担がかかるから駄目だけどな」
師匠の言葉に、世界がぱあっと明るくなる! それこそ、お花畑にいるような気分。
結界内とはいえ、少し世界が広がったような気がする。これで、ちょっとは師匠に近づけたのかなって。
「行く! 行きたい! むしろ、連れて行って! だって、私、いつまでも、この世界、馴染めてないのかなって、思ってて」
気が付けば、思いっきり師匠に飛びついていた。
「アニムは、そうやってふいに思ってもいない発言をするから、心臓に悪い」
「外に連れてって、いうの? 私、引き篭り魔法使いの弟子けど、私自身は、不本意、引き篭り。私は、早く外界出られるようなって、お知り合い、増やしたい」
突然抱き付いたにも関わらず、師匠の両腕は私を抱き留めてくれた。あまつさえ、ふわりとだけど後頭部を撫でられた。
ちくしょう。これじゃ、私がくっついても嫌がらないって勘違いしちゃう。ただの弟子なのに。
違うか。ただの弟子だって思われているから、抱き着くのも、一緒に寝るのも拒否されないのだ。
「悪かったな、師匠が筋金入りの引き篭りで。あぁ、あれか。外界のやつといっぺんに接触したから存在固定が進んだのか。だったら、オレと二人でいるよりは――」
うん? 師匠ってば、私が言いたいのと全然違う方向に考えてませんかね。
思わず体に隙間を作って見上げる。その先にあったのは、拗ねているようで、寂しそうな顔。
「ばかししょー、意味が違う、ですよ。私、他意なんて、ないです。ひねくれる、ないです」
ずるい。師匠は、ずるい。とんでもなく年上で、なのに近くて。余裕があるようなのに、ふいに、そんな風に拗ねるから。嫌味じゃなくて、拗ねるから。
だから、無責任に涙が溢れてくる。弟子として接しなきゃっていう気持ちと、このまま甘えていられるならっていう、思いが入り混じって。
「私は。今の生活、いやなくて。むしろ、ちょっとでも、できること、増やしたいって。それは、だって、ちゃんと、ししょーの傍いていい、弟子だって、認めてもらいたくて……」
わー! 止まれー! 口と理性がばらばらなんですけどー!
混乱しつつも、体を離して師匠を見上げずにはいられない。逃げ出したいのに、離れたくなくて。
「いや、だってさ。オレ、アニムがそんなに此処へ思い入れを持っているなんて考えていなくてさ」
師匠の焦った声は、どうしてか私の胸をえぐってきた。
図星だったから? それとも、私の態度が異世界に対して線をひいていると思われてたって落ち込んだから? わからない。でも――。
「そう考えてたは……ししょー、私が、ここに馴染むは、ない、思ってるから?」
吐息ほどの音だった。それでも、二人きりになった空間には、耳に痛いほど響いてきた。
あぁ、覚えている。この心臓をつぶす得体のしれない感情。
無意識に、指が喉元を滑った。
「あ、えと。早く、花畑、行きたいって、呟い――」
喉を流れて、そのままごく自然な仕草で師匠の胸を押していた。微々たる力で。押すというよりは、指の腹を添えたに近かった。
それなのに――上目で伺った師匠は、あり得ないくらい眉を寄せていて。
「勘違いさせて悪かった。けれど、アニムは、わかってない」
喉から落ちていくはずだった指は、痛いほどの力で握られた。
手袋をはめているのに、師匠の体温を感じたのは、予想外に近くに寄っていた顔のせいだろうか。
「オレにとってお前は、この世界に馴染むとか、異世界人とかじゃ、ないんだ」
「しっししょー?」
前髪が触れ合っただけなのに、とんでもなく頬が熱い。
澄んだアイスブルーの師匠の瞳が、熱を持っている錯覚に陥って。ぎゅっと瞼を閉じてしまう。ずくんずくんと騒ぐ全身。あまりの苦しさに師匠ってばお年寄りなのに体温が高いとからかおうとした一呼吸後、すっと離れていったのは熱と存在。
「え、う」
息を飲んだのは私だけなんだろうな。
証明するように、ぱっと顔をあげた師匠には、にかっていうお日様な笑顔が浮かんでいたから。どきどきしているのは、私だけなんだって鼻の奥がつんとした。
「アニムはアニムってこった。深い意味はねぇよ。お前は色々変な感じにとらえすぎなんだよ。とりあえず、のんきに笑っておけ」
つんとしたけど、師匠の笑顔があまりにきらってしていたから……私にも、明るい苦笑が浮かんでくれた。
「もー! なにそれ! そっくりそのまま、ししょー、返す! 弟子は、素直に、新規開拓、喜びの舞!」
師匠が拒絶しないのをいいことに、両手をとって、くるくると回る。スカートの裾が盛大に踊るのも、気にならない。
……決してね、膨らんでいく想いを誤魔化したわけじゃないんだ。
「アニム、目がまわる……たく。素直にとはいったが、そんなにはしゃぐこたねぇだろうが」
「だって、だって! 水晶もきれいけど、生の植物、大好き! 懐かし!」
一瞬、ぴしっと師匠の体が固まった気がした。
「とはいえ、まだ病み上がりなんだぜ? 少しでも熱があがる気配があれば、即帰宅するからな」
師匠は釘を刺しつつも、優しい笑顔を浮かべていたので、私の考えすぎだったのだと思う。
返事の代わりに脇元でガッツポーズをとると、師匠は笑顔は苦笑に変わった。
「いく、いこ! 体調だって、もう平気なの! はやく!」
師匠の気が変わったら大変だ。飛んでいたストールを拾い上げ、体に巻きつけて、一番のりで玄関の外に飛び出す。
「ぶわっ。寒い」
氷で出来ているような水晶の森は、今日もひんやりとしている。この澄んだ空気も好きだけど、やはり、自然に近い植物に触れたい。
だって、約一年ぶりだ!
「ししょー、早く!」
ゆっくりと玄関前の階段を下りてくる師匠に向かって、ぶんぶんと手を振る。
師匠ってば歩幅は変えないけれど、あきれ顔で魔法杖を錬成し始めてくれている。
「へいへい、お弟子様の仰せのままに」
軽く肩を竦めた姿さえ、嬉しい。
「って、ちょい、待ってろ。ウーヌスから報告が来た。よし大丈夫そうだな」
言うが早いか。師匠は詠唱を始めた。
魔法陣の光が蛍のように師匠の周囲で浮いている。レモンシフォンの髪にも、アイスブルーの瞳にも、とてもよく似合う。
「何度見ても、不思議だって思うの。あまりに、綺麗で」
そう言えば。訪問者の方々もだけど、この世界の方は髪や瞳の色も色鮮やかで綺麗だ。鮮やかと言うか、色のバリエーションが多いというか。それも魔法が関係しているのかなと思ったり。
「きらきら、まぶしいな」
掬い上げた自分の髪に、ため息が落ちる。
元の世界にいた頃よりは、幾分か紫がかっている気もするけど、私は髪も瞳も黒い。
結っている先を指に絡めても――魔法のわずかな光を受けても、なお、色は変わらない。
「いいなぁ」
ラスターさんのお土産話を手紙では、東方では黒髪は多いみたいだから、みんながみんな鮮やかな訳ではないのは知っている。
変なところで、元の世界との共通点が多い異世界なんだよね。
「おし。花畑の魔力成分も、ウーヌスの報告通り大丈夫そうだな。朝から特に変化はなさそうだ」
「やったー! ぬか喜び、なくて、一安心」
好きな人の容姿を羨んでどうする。小さく頭を振って、両腕をあげる。
それにしても師匠ってば、下調べもしてくれてたのか。いい男過ぎる師匠に、ちょっと嫉妬だ。私も、出来る女になりたい。
「お師匠様の気遣いに感謝しろ」
「ういっす!」
「なんだ。その色気の欠片もねぇ返事は」
呆れ顔の師匠が魔法杖の先を魔法陣に打ちつけたので、準備は整ったようだ。
私も魔法陣が描く円の中に、ひょいっと飛び込めば。ようこそと言わんばかりに煌めいた魔法陣。思い込みかもしれないが、師匠の魔法ってなんだか表情がある気がする。
「アニム、もっとこっち寄れ」
師匠の邪魔にならないようにと、隅っこにいたのに、ぐいっと二の腕を引っ張られた。
「よいしょっと」
「だから、オレにくっつけって」
今でも十分近い。一歩踏み出せば爪先同士がこんにちは、とぶつかる距離に立っている。
これ以上ということは、つまり、抱きつけって意味じゃないですか。
「今更、なに照れてやがる」
「勢い、話の流れ、触れると、くっつけ言われてくっつく、乙女的、違うです」
師匠は時間の無駄だと言わんばかりに、しかめ面をしてやる。
師匠は全く恥ずかしがっている様子がないので、余計に二歩足を踏んでしまう。だって、私だけ意識しているみたいで悔しい。
「あほ弟子。別にとって食おうってわけじゃねぇんだからよ」
「男は狼、センさん言ってた。あっ、ししょー、は、お犬さま。じゃなくて、にゃんこ」
「……置いてくぞ、こら」
師匠の眠そうな瞼が一段と降ろされたので、慌てて正面からぶつかった。
本気で嫌がっていたわけではなく、師匠との会話を楽しみたかっただけなんだけど。へそを曲げられては、元も子もない。
マントの胸元を軽くだけ掴む。痺れを切らしたのか。無言の師匠にすっぽり抱き込まれてしまった。
おぉ。ごめんなさい! 師匠に他意がないのは百も承知。でも、つい構えちゃって!
「しっかり掴まってろよ」
魔法陣の光が強くなってきて、瞼が自然と閉じていきます。浮遊魔法と同じく、違和感があるのかな。瞬間移動ってどんな感じなのか、ちょっとばかり怖い。
頭の上で、師匠がふっと笑いを零したのが聞こえてきた。顔を上げようとすると、顎が頭に乗せられてしまう。それでもなお、忍び笑いをしている振動が伝わってくる。
何がそんなに愉快なのか、さっぱりわからない。
でも、おかげで力んでいた全身がほぐれていった。師匠に寄りかかると、腰に重みを感じた。これ、抱きしめられるより恥ずかしい体勢かもしれない。
「一呼吸の間に着くから、アニムは転寝するつもりで、力抜いてろ」
私が返事をするより早く、魔法陣から立ち昇った光に包まれる。一瞬だけ、ぐらりと、全てが歪む。肌全体に電気が走ったような、痛み。
はっと息を飲み込むと、師匠の指が後頭部で軽く弾んだ。
その振動に安心した次の瞬間、耳に届いたのは小鳥のさえずり。瞼の向こう側に、ほのかな明かりを感じる。これは、あたたかい日差しだ。
期待と久しぶりすぎる感覚に対する恐れ。両方が入り混じって、体内を駆け巡る。




